俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ   作:最高司祭アドミニストレータ

52 / 72
新年あけましておめでとうございます。


害虫駆除の準備 - (三人娘 視点)

 特四の作戦司令室。青白い電子マップの光だけが照らすその空間は、橘圭一を頂点とする完璧なピラミッド構造によって支配されていた。王たる隊長が立ち、その手足となる我々が控える。それは無駄がなく洗練され、何より美しい調和を保っていた。だがその静寂は、一本の電話によって汚された。

 

 絶対君主橘厳一郎からの勅命。『第一公安機動捜査隊』通称『一公』との共同作戦。

 

 受話器を置いた橘の背中から、微かな困惑の気配を感じ取った瞬間。室内に控えていた黒澤麗奈、赤城陽菜、白石雪乃の三人の間に絶対零度の沈黙が流れた。言葉を交わす必要すらない。彼女たちの思考は驚くほど、完璧にシンクロしていたからだ。

 

 

(不要)

(邪魔)

(誰ですのそれ?)

 

 

 彼女たちにとって、特四とは橘圭一という唯一絶対の王が統べる聖域であり、完結した小宇宙だ。そこに外部の人間、それも「エリート」などという得体の知れない不純物が混ざることは、手入れの行き届いた美しい庭園に土足で踏み込まれるのと、同義の不快感であった。だが隊長がそれを受け入れた以上、表立って異を唱えることは許されない。

 

 彼女たちはただ静かにその「異物」の到来を、待つしかなかった。まるで獲物が罠にかかるのを待つ、肉食獣のように。

 

 そして、闖入者は現れた。規則正しいノック音と共に司令室のドアが開かれ、スーツに身を包んだ男が入室してくる。第一公安機動捜査隊 隊長 結城誠。絵に描いたような爽やかイケメンが、一点の曇りもないキラキラした瞳で敬礼し、橘への尊敬の念を語り始める。

 

 その瞬間、三人の脳内では超高速の査定が開始されていた。

 

 麗奈は、冷ややかな視線で結城を値踏みした。その目は宝石の真贋を見極める、鑑定士のように冷徹だ。

 

 

(なるほど。見かけだけは一級品ですわね。育ちの良さと正義感を、絵に描いたような好青年。公安の上層部が好みそうな、素直で使いやすそうな駒ですこと)

 

 

 彼女の評価は辛辣だった。彼からは「迷い」が感じられない。それは一見美徳のように見えるが、裏社会の闇と対峙する者としては致命的な欠陥だ。光しか知らない者は、闇に飲まれた瞬間に脆く崩れ去る。対して、我らが隊長はどうだ。常に恐怖と戦い胃を痛め脂汗を流しながら、それでもなお現場に立ち続ける。

 

 その苦悩に満ちた背中。絶望を知り尽くした者だけが持つ、深淵のような瞳。それこそが人の魂を惹きつけてやまない、魔性のカリスマなのだ。

 

 

(その瞳には、深みがない。苦悩も絶望も、狂気も知らない…なんと薄っぺらい男でしょう。隊長の持つ奈落のような魅力とは比べることすら、おこがましい。所詮は、ガラス玉。ダイヤモンドの隣に並べる価値も、ありませんわ)

 

 

 麗奈の中で結城の価値は、「観賞用の造花」以下に決定された。

 

 

 陽菜はコーヒーメーカーの横で、結城をジロジロと観察していた。彼女の基準は、もっと直感的で動物的だ。

 

 

(うわー、なんかワンコみたいに尻尾振ってる感じ! 人懐っこそうだけど…隊長みたいにドキドキしない! 全然しない!)

 

 

 彼女にとっての「魅力」とは、本能に訴えかける「何か」だ。隊長の前に立つと、心臓が早鐘を打ち頬が熱くなる。守りたい壊したい抱きしめたいという衝動が、ごちゃ混ぜになって押し寄せてくる。

 

 結城という男には、それがない。ただ綺麗なだけ。味のしないガムみたいだ。

 

 

(それに筋肉の付き方も、まだまだ甘いですね! ジムで綺麗につけただけの、観賞用の筋肉。実戦で使える、野生の筋肉じゃないです。隊長の華奢だけど、芯のある体の方がずっと魅力的! あんな体じゃ、隊長の盾にもなれませんよ!)

 

 

 陽菜の中で結城の価値は、「噛みごたえのない骨」以下に決定された。

 

 雪乃はコンソールに向かったまま、顔も上げずに結城をスキャンしていた。彼女にとって人間とは、情報の集合体であり解析対象でしかない。

 

 

(…ノイズ。この人の発する全てのデータが、隊長と私たちの完璧な調和を乱す不協和音…)

 

 

 彼女は結城の存在そのものを、システムエラーとして認識した。声のトーン歩幅呼吸のリズム。全てが生理的に受け付けない。排除すべきバグだ。結城が自己紹介をしているわずか数秒の間に、彼女の指先はコンソールの下で静かに動いていた。

 

 警視庁の人事データベースへのバックドアを経由し、公安のサーバーへ侵入。彼の経歴、資産状況、交友関係。果ては、昨夜の夕食のメニューまで。全ての個人情報が雪乃の網膜ディスプレイに、滝のように流れ落ちる。

 

 

(清廉潔白。面白みがない。だけど、人間には必ず脆弱性がある。過去のトラウマ、恥ずかしい趣味、隠された性癖…必ず見つけ出してやる。いざという時のために)

 

 

 雪乃の中で結城の価値は、「削除予定のスパムファイル」以下に決定された。

 

 三者三様のやり方で結城という、「異物」の値踏みは完了した。結論は一致している。

 

 「価値なし」。

 

 ここまではまだ、「無視」で済むレベルだった。彼がただの無能なエリートであれば、彼女たちも空気として扱うことができただろう。だが彼は、致命的なミスを犯した。橘圭一という地雷の起爆スイッチを、無邪気な笑顔で踏み抜いてしまったのだ。

 

 作戦会議中。結城が地図を覗き込みながら、純粋な尊敬の念から橘の肩に気安く手を置いた。

 

 

「我々が先陣を切ります。特四の皆さんの負担を、少しでも減らせればと…」

 

 

 その瞬間。三つの世界で、時が止まった。

 

 

(今この男、何をした…?)

 

 

 思考が一瞬停止する。信じられない光景が、網膜に焼き付いている。あの汚れた手が。どこの誰とも知れぬ、男の手が。神聖なる王の玉体に触れている。しかもあろうことか「負担を減らす」などという、世迷い言を吐きながら。それは我々の能力への侮辱であり、何より隊長への所有権侵害だ。パチンという音を立てて、彼女の中の理性の糸が切れた。

 

 

(我が王の玉体に、その汚れた手で触れた…?)

 

 

 絶対零度の殺意が覚醒する。彼女の脳内では、即座に処刑プランが構築された。まず、あの不敬な指の腱を一本ずつ切断する。次に神経毒を用いて全身の自由を奪い、瞬きすら許さない状態にする。そして目の前で、橘隊長の偉大さと自分が如何に無礼な行いをしたかに関する講義を、三日三晩ぶっ続けで行う。精神が崩壊したところで記憶を消去し、公安の闇に放り込む。所要時間推定72時間。痕跡は残さない。完璧なプランだ。

 

 彼女の手は無意識のうちに、スカートの下に隠し持ったセラミックナイフへと伸びていた。

 

 

(あ…)

 

 

 陽菜の顔から、太陽のような笑顔が消えた。彼女の瞳孔が開き、全身の筋肉が戦闘態勢に入る。野生の獣が縄張りを荒らされた時に見せる、本能的な怒り。

 

 

(隊長に馴れ馴れしく触った…? あの手…)

 

 

 彼女の視界が赤く染まる。許せない。隊長に触れていいのは、隊長に選ばれた私だけ。隊長の負担を減らすのも、私の役目。その役割を横から奪おうとする、泥棒猫ならぬ泥棒犬。

 

 駆除しなければ。物理的に。

 

 彼女の脳裏には、鮮明なビジョンが再生されていた。結城の腕を、肩甲骨ごと引きちぎる。その引きちぎった腕を棍棒代わりにして、彼の顔面を原型がなくなるまで殴打する。最後にぐちゃぐちゃになった彼を、ボールのように丸めて、ゴミ箱にダンクシュートする。「粗大ゴミは所定の場所へ!」というテロップ付きで。

 

 ゴキッと。彼女が握りしめたペンの軸が、不吉な音を立てて砕け散った。

 

 

(……許さない)

 

 

 雪乃の瞳からハイライトが消え、モニターの光を冷たく反射するだけの硝子玉に変わった。彼女にとって橘は神であり、その身体は神殿だ。異教徒が土足で神殿に踏み込むことなど、あってはならない。

 

 

(神への不敬。これはバグではない。明確な『攻撃』と判断。カウンタープログラム起動)

 

 

 彼女の指が見えないほどの速さで、キーボードの上を舞い始めた。打鍵音すら聞こえない。それは呪いの儀式だ。結城の全銀行口座の凍結手続き。全SNSアカウントの乗っ取りと、「私は変態です」「上司の靴の匂いを嗅ぐのが趣味です」という虚偽の告白投稿の予約。彼の自宅スマートホームの全権限を掌握し、室内温度を50度に設定するコマンド入力。そして彼のPC内の全データを暗号化し、解除キーと引き換えに身代金を要求するランサムウェアの起動準備。

 

 全てが完了した。エンターキーを押せば、彼に社会的な死が訪れる。雪乃の指が、エンターキーの上で静止した。

 

 三方向からの殺意が一点に集中し、司令室の空気は凍りついていた。結城の命運は風前の灯火だった。その時だった。橘が動いた。彼は結城の手をさりげなく、有無を言わさぬ力で振り払ったのだ。パシッという乾いた音。そして橘の、「すまない結城隊長。私はどうも、他人に身体を触られるのが苦手でね」という言葉。

 

 その瞬間、三人の殺意がピタリと止まった。

 

 

(…! さすがは我らが隊長…!)

 

 

 麗奈は感嘆した。

 

 

(我々の殺気を瞬時に察し自らの手で不敬者を退けた…! 「こいつは私の獲物ではない。手を汚す価値もない」そうおっしゃっているのですね!)

 

 

(隊長すごい!)

 

 

 陽菜は目を輝かせた。

 

 

(「俺に触っていいのはお前たちだけだ」っていう無言のメッセージ…! キャー! 隊長ったら大胆!)

 

 

(神の裁き…)

 

 

 雪乃は、エンターキーから指を離した。

 

 

(今は作戦に集中せよという啓示…! この男の処遇は戦いの後で良いと…! なんと深いお考えそして慈悲深い…!)

 

 

 三人は橘の必死の保身行動を、「自分たちの殺気を諌め今は事を荒立てるなという王の裁き」として完璧に誤解し、内心で深く頷き合った。彼女たちの瞳から殺気は消え、再び完璧な部下の仮面が被られる。

 

 それは許しではない。彼女たちの脳内データベースにおいて、結城誠という男のステータスは更新された。『不純物』から『排除対象』へ。そして『作戦終了後に速やかにかつ、丁寧に処理すべき害虫リスト』の最上位に赤字で登録された。彼への殺意は消えたのではなく、ただ「執行猶予」が付いただけに過ぎない。

 

 共同作戦という名の、地獄の釜の蓋が開く。何も知らないエリート隊長の背中を、三匹の怪物が舌なめずりをしながら見つめていた。




おせちが楽しみだァ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。