俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ   作:最高司祭アドミニストレータ

54 / 72
カクヨム投稿開始!


#18 噛み合わない共同戦線
地獄のカルテット - (橘圭一 視点)


 ニーズヘッグ武器密輸倉庫への、強襲作戦当日。現場から数キロ離れた位置に設営された前線指揮本部の空気は、異様な緊張感に包まれていた。

 

 緊張感という言葉では生温い。そこにあるのは…断絶だ。決して交わることのない二つの世界が、無理やり一つの部屋に押し込められたような強烈な違和感が、空間を支配していた。

 

 部屋の右側には、純白の防刃ベストに身を包んだ集団が整列している。第一公安機動捜査隊、通称『一公』。彼らは微動だにせず、指揮官である結城誠の言葉に一斉に頷き、規律正しい軍隊のようなオーラを放っていた。その瞳には正義への燃えるような情熱と、任務遂行への真摯な意志が宿っている。まさに警察組織の鏡であり、教科書通りのエリート集団だ。

 

 対して、部屋の左側。そこには漆黒や極彩色の戦闘服に身を包んだ、三人の女たちが控えていた。警視庁特殊凶悪犯対策課•第四係、通称『特四』。彼女たちは、作戦地図など見ていない。彼女たちの視線の先にあるのは、ただ一点。指揮官席に座る、橘圭一の背中だけだ。

 

 黒澤麗奈は愛銃を愛おしそうに撫でながら熱っぽい視線を送り、赤城陽菜は今にも飛び出しそうな姿勢で全身の筋肉を躍動させ、白石雪乃は虚空を見つめながらブツブツと呪詛のようなコマンドを詠唱している。そこにあるのは規律ではない。混沌と狂気、そして歪んだ愛だけだ。

 

 橘圭一はその絶望的なまでの温度差に、強烈な目眩と吐き気を覚えていた。手が震える。

 

 

(ダメだ。混ざり合う気が、微塵も感じられない…! これは、共同作戦などという生易しいものではない。水と油を無理やり同じ鍋に入れて、強火にかけているようなものだ! 大爆発は必至! 俺の胃袋も必至!)

 

 

 橘は心の中で絶叫した。だが、表面上は、冷静沈着な指揮官の顔を崩さない。それが彼の、唯一の生存戦略だからだ。

 

 結城が爽やかな足取りで、橘の元へ歩み寄ってきた。彼は、キラキラした瞳で敬礼する。

 

 

「橘隊長。最終確認をお願いします。突入はセオリー通りアルファチームである我々一公が、正面から陽動と制圧を行います。その隙にブラボーチームである特四の皆さんが、側面からバックアップをお願いします。よろしいですね?」

 

 

 教科書通りの完璧な作戦案だ。常識的な部隊であれば、何の問題もない。だが悲しいことに、ここにいるのは、常識が通用しない怪物たちだ。橘は引きつりそうになる頬の筋肉を必死に制御し、聖人のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 

 

「完璧だ。全て君に任せるよ、結城隊長。君たちの勇気ある行動に、期待している」

 

 

 口ではそう言いながら、橘の内心は嵐のように荒れ狂っていた。

 

 

(『バックアップ』…だと? あいつらが、そんな器用な真似できるわけねえだろ! あいつらの辞書に、『支援』とか『援護』なんて言葉は載ってねえんだよ! あるのは、『蹂躙』『破壊』『抹殺』『隊長LOVE』だけだ! お前らの陽動なんて無視して、勝手に暴れ回る未来しか見えねえ!)

 

 

 しかし、今更そんなことを言えるはずもない。橘はただ、祈ることしかできなかった。どうかこのエリートたちがトラウマを負うことなく、無事に帰ってこられますようにと。

 

 

「作戦開始!」

 

 

 結城の凛とした号令と共に、一公の隊員たちが静かに動き出した。音もなく迅速に倉庫へと接近していく。その動きは洗練されており、無駄がない。日頃の厳しい訓練の成果が見て取れる。

 

 橘は、指揮車の中で並べられたモニターを監視していた。複数のカメラアングルが、一公の完璧な侵入経路を映し出している。

 

 

(流石はエリート部隊…! 動きに隙がない。このまま何事もなく制圧してくれれば、俺の出番はない。頼むぞ結城。俺を楽にしてくれ…!)

 

 

 淡い期待。しかしその期待は、次の瞬間に木っ端微塵に粉砕された。モニターの隅にノイズが走ったかと思うと、信じられない光景が映し出されたからだ。

 

 まず異常が起きたのは、倉庫の屋根だ。一公がまだ目標地点にも到達していないというのに、見張り台にいた敵のスナイパーたちが次々と崩れ落ちていく。

 

 銃声はしない。マズルフラッシュも見えない。ただ死神に見入られたかのように、敵が沈黙していく。そして、モニターの端に黒い影が揺らめいた。黒澤麗奈だ。彼女は重力など存在しないかのように、給水塔の上に立ち、微笑んでいた。その手には、愛銃『黒薔薇』が握られている。

 

 

(おい! まだ突入開始前だぞ!? フライングだろ! なんでお前が先陣切ってんだよ!)

 

 

 橘が内心でツッコミを入れた、その時だった。更に大きな異常事態が発生した。正面ゲート前で、一公の電子ロック解除班が作業をしているその真横。分厚いコンクリートの壁が、突如として内側から弾け飛んだのだ。

 

 

 ドォォォォン!!

 

 

 爆発音ではない。純粋な衝撃音だ。瓦礫と土煙が舞い上がる中から、一人の女性が飛び出してくる。赤城陽菜だ。彼女は瓦礫まみれになりながらも、満面の笑みで叫んだ。

 

 

『お先に失礼しまーす! 壁があったのでドアを作っておきました!』

 

 

 マイクを通して指揮車内に響き渡る、その明るすぎる声。一公の隊員たちが呆然と立ち尽くしているのが、モニター越しでも分かった。彼らは一生懸命、ロックを解除しようとしていたのだ。それを隣で壁ごと粉砕されては、立つ瀬がない。

 

 

(陽菜ァァァ!! お前はいつもそうだ! ドアを使え! 人類が発明したドアという文明の利器を使え!! なんで壁をぶち抜くんだよ!?)

 

 

 追い討ちをかけるように、モニター上の敵影が次々と消滅していく。倉庫内に設置されていた敵の自動防衛タレットが、一斉に誤作動を起こしたのだ。いや、誤作動ではない。明らかに意思を持って、マフィアたちを攻撃している。

 

 

『隊長♡ 敵の防衛システムが面白そうだったので、少し遊んでみました。ついでに敵の通信網も掌握しましたので、彼らの悲鳴をBGMとして流しましょうか?』

 

 

 雪乃の甘い囁きがインカムから聞こえてくる。彼女は後方支援という名目で指揮車には乗らず、離れた場所からハッキングを行っているはずだ。だが、その影響力は現場にいる誰よりも強大で凶悪だった。

 

 橘は頭を抱えて呻いた。モニターに映るのは、地獄絵図だ。一公の隊員たちが成す術もなく立ち尽くす中、特四の三人が好き勝手に暴れ回っている。連携など、どこにもない。

 

 あるのは、一方的な蹂躙劇だ。

 

 

(連携…とは…?)

(俺の指示…とは…?)

(もうやだこの部隊…! 帰りたい…! おうちに帰りたい…!)

 

 

 その時だった。指揮車の通信回線に結城からの、緊急連絡が入った。その声は先ほどの冷静さを完全に失い、パニックに陥っていた。

 

 

『た…隊長! 橘隊長! 状況が理解できません! 敵が…敵が勝手に自滅していきます! 壁が突然爆発しました! 屋根の上から、見えない何かに狙撃されています! 一体何が起きているんですか!? これは敵の罠ですか!?』

 

 

 結城の悲痛な叫び。彼は優秀だ。だからこそ、目の前で起きている非論理的な現象を理解できず、混乱しているのだ。教科書には、「味方が壁を素手で破壊して突入する」などとは書いていないだろう。書いてあってたまるか。

 

 橘は深呼吸をした。ここで動揺を見せては、いけない。全ての責任を押し付けられるわけには、いかない。彼は震える手でマイクを握りしめ、完璧なポーカーフェイスを作り上げた。あたかも自分が全てを操っているかのような、威厳に満ちた声で告げた。

 

 

「落ち着け、結城隊長。慌てることはない」

 

 

 その声は、低くよく響いた。

 

 

「全て私の計算通りだ。君たちは、ただ前進すればいい」

 

 

 嘘だ。大嘘だ。計算などしていない。1ミリも計算していない。自分はただモニターを見て、絶望しているだけのお飾りだ。しかし、この嘘をつき通すしかない。

 

 

『け、計算通り…!? このカオスが…全て橘隊長の手のひらの上だと言うのですか…!?』

 

 

 結城の声に、畏怖の色が混じる。純粋すぎる彼は、橘のハッタリを真に受けてしまったようだ。

 

 

(計算通りなわけねえだろ!? 前進しろって言われても、お前らの進む先はもう陽菜が更地にしてるんだよ! 瓦礫しかねえよ!)

 

 

 橘は、内心で血の涙を流しながら叫んだ。胃が痛い。キリキリと締め上げられるような痛みが、限界を超えている。が、ここで倒れるわけにはいかない。

「伝説の指揮官」という虚像を守り抜くためだけに、彼は必死で虚勢を張り続けた。

 

 そして。突入開始から、わずか15分。作戦は、唐突に終了した。

 

 

『隊長。生存している敵性対象の無力化、完了しました。制圧完了です』

 

 

 雪乃からの、あっさりとした報告。一公が倉庫の半分も進んでいない段階での、あまりにも早すぎる決着だった。モニターには、信じられない光景が映し出されている。壊滅した倉庫の中心。そこには気絶し泡を吹いたマフィアたちが、折り重なるように転がっていた。壁には人型の穴が空き、床はめくれ上がり、配電盤からは火花が散っている。嵐が過ぎ去った後のような惨状だ。

 

 その中心に、結城と一公の隊員たちが呆然と立ち尽くしていた。彼らの手には、まだ一度も発砲されていない銃が握られている。彼らは何もしていない。ただ特四という、台風の後ろをついて歩いただけだ。まるで悪夢でも見ているかのような表情で、結城がゆっくりと天を仰いだ。

 

 

『…橘…隊長…』

 

 

 通信機から聞こえる声は震えていた。

 

 

『これが…これが特四の…あなたの戦い方なのですか…?』

 

 

 その問いかけには、非難の色はなかった。あるのは常識を遥かに超えた力に対する、純粋な驚愕と畏怖。そして、理解不能な存在への敗北感だった。

 

 橘は引きつる口元を、必死で抑え込んだ。ここで「違うんだ」と言えば、全てが崩壊する。彼は最後の力を振り絞り、完璧な聖人スマイルを浮かべたまま答えた。

 

 

「ああ、私の薫陶の賜物だよ」

 

 

 言った瞬間、橘は自己嫌悪で死にそうになった。薫陶などしていない。教えたのは、「俺を守れ」ということだけだ。結果的にそれが、過剰な殺意と破壊力に変換されただけ。

 

 

(俺が一番聞きてえよ! その答えをなァァァァッ!!!!)

 

 

 橘の魂の絶叫は、誰にも届かない。指揮車の中モニターに映る結城の尊敬に満ちた眼差しと、瓦礫の山に立つ三人娘の誇らしげな笑顔を見ながら、橘圭一は静かに胃薬の瓶を開けた。

 

 共同作戦は大成功だ。書類上は。だが橘の心に残ったのは、より深まった部下への恐怖と、増え続ける伝説への重圧だけだった。噛み合わない共同戦線は、一方的な蹂躙劇として幕を閉じた。そして、橘の胃痛の歴史にまた新たな1ページが刻まれたのだった。




さぁて、次回もサービスサービスゥ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。