俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ   作:最高司祭アドミニストレータ

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精神関係でモチベ下がってて辛い。昨日投稿するはずだったのに、それが出来なかったことにも心に来る。今回も駄文かも…。


#21 絶望のカウントダウン
専門家たちの敗北 - (爆弾処理班 視点)


 東京都庁の地下深く。一般人が立ち入ることのない、巨大な共同溝。そこは都市の血管とも呼ぶべきインフラが集中する、闇の回廊だった。

 

 太い配管が幾重にも走り、無機質なコンクリートの壁が無限に続いている。湿った空気とカビの臭い。そして、重苦しい静寂が空間を支配していた。その闇の中を、数条のフラッシュライトの光が切り裂いていく。

 

 警視庁•爆発物処理班。選りすぐりの精鋭たちだ。彼らは全身を覆う防爆スーツに身を包み、重厚なブーツの音を響かせながら慎重に前進していた。

 

 班長の佐藤は、ヘルメットのバイザー越しに前方を睨み据えていた。彼の呼吸は整っている。心拍数も平常通りだ。彼にとって、爆弾処理は日常の一部に過ぎない。これまで数々の現場をくぐり抜け、死と隣り合わせの解体作業を成功させてきた。その経験と実績が、彼に揺るぎない自信を与えていた。

 

 今回も同じだ。犯行声明が出され、爆弾の場所も特定されている。あとは我々が構造を解析し、適切な手順で無力化するだけだ。どんなに精巧な爆弾であれ、人間が作ったものには必ず構造がある。構造がある以上は解体できる。それがこの世界の理だ。

 

 

(焦る必要はない。我々はプロだ。いつものように、冷静に処理すればいい)

 

 

 佐藤は心の中でそう呟き、自分自身と部下たちに言い聞かせた。部下たちもまた、佐藤の背中を見て落ち着きを保っている。彼らは佐藤の指先一つで生死が決まる現場を、何度も共有してきた戦友だ。恐怖はない。あるのは、任務遂行への冷徹な意志だけだ。彼らの装備は最新鋭だ。

 

 

 X線スキャナー。

 化学物質検知器。

 電子回路解析用の特殊端末。

 

 

 あらゆる爆発物に対応できる準備は整っている。どんな悪意が仕掛けられていようとも、我々の技術が及ばないはずがない。

 

 トンネルの奥。本来は何もないはずの空間。そこに、異質な存在が鎮座していた。佐藤は足を止めた。部下たちもまた息を呑み、立ち止まる。フラッシュライトの光がその物体を照らし出した。

 

 それは爆弾という言葉から連想される形状を、遥かに逸脱していた。赤い線や青い線などない。デジタル時計のカウントダウンもない。そこに在ったのは、複数のサーバーラックほどもある巨大な黒い直方体だった。表面には継ぎ目がなく、艶消しの黒い金属が光を吸い込んでいる。まるで宇宙から飛来したモノリスのように、不気味で圧倒的な存在感を放っていた。

 

 だが、それは単なる静物ではない。内部から重低音が響いている。ヴゥゥゥゥンという地響きのような音が、鼓膜を直接揺さぶる。そして、黒い筐体の表面を血管のように脈打つ光のラインが走っていた。赤く明滅するその光は、まるで呼吸をしているかのように見えた。

 

 

(なんだあれは…?)

 

 

 佐藤の眉間に、深い皺が刻まれる。彼の長年の経験データバンクに該当する、爆発物は存在しない。これは、手製の時限爆弾などではない。もっと高度で洗練された何かだ。その異様な姿に、ベテランである佐藤の本能が警鐘を鳴らした。

 

 近づくな。あれに触れてはならない。だが、引くわけにはいかない。ここが爆心だ。これを止めなければ、東京が終わる。

 

 

「解析を開始する。慎重にやれ。振動を与えるな」

 

 

 佐藤の声は冷静だった。しかし、その声にはわずかな緊張が混じっていた。部下たちが無言で頷き、展開を開始する。防爆スーツの重さを感じさせない機敏な動きで、機材をセットしていく。X線スキャナーのアームが、黒い筐体へと伸ばされる。センサー類が周囲に配置され、ありとあらゆるデータを収集し始める。

 

 佐藤は解析用モニターを覗き込んだ。内部構造さえ分かれば、攻略の糸口は見つかるはずだ。

 

 

 起爆装置の位置。

 信管の種類。

 電源の場所。

 

 

 それらを特定し、一つずつ遮断していけばいい。しかし、モニターに映し出された映像を見た瞬間、佐藤の思考は凍りついた。

 

 

「な…」

 

 

 解析担当の隊員が、青ざめた顔で声を震わせた。

 

 

「は…班長! 内部構造が…めちゃくちゃです!」

 

 

 めちゃくちゃ。プロにあるまじき言葉だが、それ以外に表現しようがなかった。モニターに映っているのは、整然とした回路ではない。まるで生物の神経網のように、複雑怪奇に絡み合った配線の森だった。しかも、その配線は固定されていない。液体金属のような流動体で構成されており、常にその形状を変え続けている。回路が生き物のようにうごめき、結合と分離を繰り返しているのだ。

 

 

「回路が…常に組み変わっています! ダミー配線どころか、起爆システム自体が流動的です! これでは…どこを切ればいいのか特定できません!」

 

 

 隊員の悲鳴に近い報告。佐藤は歯噛みした。こんな構造は見たことがない。電気工学の常識を、根底から覆す代物だ。固定された回路がないということは、物理的な切断が無意味であることを示している。ここを切れば止まるという正解が、存在しないのだ。今正解だった場所が、次の瞬間には起爆トリガーに変わっている可能性がある。

 

 

「他のセンサー反応はどうだ」

 

 

 佐藤は、必死に冷静さを保ちながら尋ねた。物理的接触が無理なら、他のアプローチがあるかもしれない。だが返ってきた答えは、さらなる絶望だった。

 

 

「だめです! 反応多数! 筐体に触れる振動。温度変化。電磁波。すべてに反応しています!」

 

 

 別の隊員がモニターを指差して叫ぶ。画面は、真っ赤な警告色で埋め尽くされていた。数百ものセンサーが、針鼠のように張り巡らされている。この爆弾は、外部からの干渉を徹底的に拒絶している。いや拒絶ではない。待ち構えているのだ。解体しようとする意思を持つ者が近づくのを。

 

 

「音にも反応しています! 我々の話し声や足音すら、トリガーになりかねません!」

 

 

 その報告を聞いた瞬間、現場に死のような静寂が落ちた。隊員たちは、呼吸すら止めた。心臓の鼓動音すら、感知されるのではないかという恐怖。この黒い塊はただの機械ではない。悪意の塊だ。解体者を嘲笑い、絶望させるために作られた処刑器具だ。

 

 佐藤は、呆然と黒い巨体を見上げた。マニュアルはおろか、過去のどの事例にも当てはまらない。これは、解体を前提とした構造ではない。そもそも、解除コードを入力するキーパッドすらない。外部接続端子も見当たらない。完全なるブラックボックス。切るべきコードがない。ネジ一本外した瞬間に、ここら一帯が消し飛ぶ。

 

 これは我々の手に負える代物じゃない。佐藤は認めざるを得なかった。技術や経験が通用する相手ではないと。これは土俵が違う。次元が違う。

 

 その時だった。黒い筐体の表面に変化が起きた。脈打っていた光のラインが一点に収束し、空中にホログラムを投影したのだ。鮮血のように赤い数字が暗闇に浮かび上がる。

 

 

【01:00:00】

 

 

 残酷なカウントダウンが静かに始まった。一時間。それが東京に残された命の時間だ。数字は無情に減っていく。秒針の音が聞こえない分、その視覚的なカウントダウンは、より強烈に神経を削った。

 

 

「班長! どうしますか!?」

 

 

 若い隊員がパニックを起こしかけていた。

 

 

「液体窒素で凍結させますか!? 回路の流動を止めれば、あるいは…!」

「それともレーザーで外殻を焼き切って、強制的に電源を…!」

 

 

 部下たちが口々に提案する。だが、その声には自信など欠片もなかった。ただ何もしないことへの恐怖から、言葉を発しているだけだ。佐藤は静かに首を横に振った。彼の手が震える部下の肩を強く掴む。厚い手袋越しの感触が、部下に正気を取り戻させる。

 

 

「無駄だ」

 

 

 佐藤は低く告げた。

 

 

「凍結させれば、その温度変化を感知して起爆する。レーザーを当てれば、その熱と光で即座にドカンだ。この爆弾は、あらゆる干渉を攻撃とみなすように設計されている」

 

 

 佐藤の声には、悔しさが滲んでいた。プロとしての敗北宣言。何もできないという無力感。しかし、リーダーとして嘘をつくわけにはいかない。ここで無謀な賭けに出れば部下たちの命だけでなく、都庁周辺の市民全員を道連れにすることになる。

 

 

「我々に出来ることは…もうない」

 

 

 その言葉は、地下空間に重く沈殿した。精鋭と呼ばれた彼らが手も足も出ずに、撤退を余儀なくされる。プライドが粉々に砕け散る音が聞こえるようだった。けれど、佐藤は決断しなければならない。無駄死にはさせられない。

 

 佐藤は無線機を手に取った。指が震えるのを意志の力で抑え込む。地上で待つ指揮本部への連絡。それは自身の無能をさらけ出す行為に等しい。しかし、伝えなければならない。この爆弾の正体を。

 

 

「こちら爆発物処理班、佐藤。本部、聞こえるか」

『本部だ。状況はどうだ。解析は進んでいるか』

 

 

 無線から聞こえる上層部の声には、期待と焦燥が入り混じっていた。彼らは待っているのだ。「処理可能です」「あと数十分で解除できます」という報告を。佐藤が口にしたのは、彼らが最も聞きたくない言葉だった。

 

 

「…処理不能です」

『…なんだと?』

「繰り返す。処理不能。この爆弾は、我々の技術レベルを遥かに超えている。構造解析不可。センサー解除不可。手を出せば、即座に起爆します」

 

 

 無線向こうで息を呑む気配がした。その後、怒号のような声が返ってくる。

 

 

『処理不能とはどういうことだ! 諦めるな! 君たちは精鋭だろう! 何か手があるはずだ!』

『ここで引けばどうなるか分かっているのか! 都庁が吹き飛ぶんだぞ!』

 

 

 上層部の狼狽。現場を知らない者たちの無責任な叱咤。いつもなら腹立たしく思うそれらの言葉も、今はただ虚しく響くだけだった。彼らは理解していない。目の前にあるものが、爆弾などという生易しいものではないことを。

 

 

「無理です!」

 

 

 佐藤は叫んだ。声を荒げることなど滅多にない彼が、感情を爆発させた。

 

 

「これは兵器です! 一個の独立した殺戮システムです! 警察官が触っていいものじゃありません! 配線一本切ることすら許されない! 人間が作ったものとは思えない、悪意の塊なんです!」

 

 

 無線の向こうが静まり返った。佐藤の悲痛な叫びが、事態の深刻さを伝えたのだ。佐藤は深呼吸をし、努めて冷静な声で続けた。

 

 

「本部。退避を進言します。半径数キロ圏内の即時退避を。我々がここに留まっても、死体が増えるだけです」

 

 

『しかし、それでは…』

「これは人間には解除できません」

 

 

 佐藤は断言した。自分の三十年のキャリアを賭けて断言した。人間の手では無理だ。人間の思考速度では、この流動する回路に追いつけない。人間の指先では、この精緻なセンサーを欺けない。

 

 

「あるいは…」

 

 

 佐藤は、ふと独り言のように呟いた。絶望的な状況の中で、ふと脳裏をよぎるものがあった。人知を超えた怪物に対抗できるのは、同じく人知を超えた存在だけではないか。

 

 

「悪魔か神の如き計算能力を持つ、『化け物』でも連れてこない限り…東京は終わりです」

 

 

 佐藤の言葉は、予言のように響いた。常識の範疇で生きる自分たちには、これ以上どうすることもできない。非常識な悪意には、非常識な力で対抗するしかないのだ。そんな存在が警察組織の中にいるのかどうか、佐藤には分からなかった。しかし、そうでもなければ、この結末は覆らない。

 

 

『…分かった。一旦退避せよ。上の判断を仰ぐ』

 

 

 苦渋に満ちた本部の応答。許可が下りると、佐藤は無線機を下ろした。全身から力が抜けていく。

 

 

「総員撤退する。機材はそのままでいい。身一つで脱出するぞ」

 

 

 佐藤の命令に部下たちは無言で従った。彼らの目からは悔し涙が流れているのが、バイザー越しにも分かった。逃げる。爆弾を目の前にして、何もできずに背を向ける。爆発物処理班として、これ以上の屈辱はない。しかし、生きなければならない。生きて、この恐怖を伝えなければならない。

 

 佐藤は最後に、もう一度だけ黒い筐体を振り返った。赤いカウントダウンは、無慈悲に時を刻み続けている。ヴゥゥゥゥンという重低音が、まるで彼らを嘲笑っているかのように響いていた。

 

 佐藤は拳を握りしめ、歯を食いしばった。すまない。俺たちの力不足だ。彼は心の中で詫びた。誰に対してかも分からない謝罪。東京という街に対してか。それとも、この後に来るかもしれない誰かに対してか。

 

 爆発物処理班は、静かにその場を後にした。重い足取りで、暗いトンネルを引き返していく。背後には絶望的な破壊の予感が、黒い影となって大きく広がっていた。彼らが去った後の闇の中で、新型爆弾『レクイエム』は独り静かに、その時を待ち続けていた。

 

 真の『化け物』が訪れる、その瞬間を。




ご愛読ありがとうございます。作者の精神不安定で打ち切り感ある中、果たして当作は完結なるか…「完結させてみせます」と公言した以上、有言実行してみせますが…ジカイモオタノシミニ。
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