俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ 作:最高司祭アドミニストレータ
想いは一つ、戦場は三つ - (麗奈・陽菜・雪乃 視点)
東京都庁の広大な敷地内、およびその地下深くに広がる共同溝。そこに張り巡らされた緊迫した空気は、今まさに臨界点を超えようとしていた。橘圭一による号令(という名の丸投げ)を受け、特四の美しき三人の修羅たちは、それぞれの持ち場へと移動を完了している。
ルートA上層階担当黒澤麗奈。
ルートB低層および外周担当赤城陽菜。
ルートC地下爆弾制御担当白石雪乃。
物理的な距離は離れている。互いの姿を見ることはできない。だが、彼女たちの胸の内で燃え盛る炎は、驚くほど同質であり、完全に同期していた。それは対抗心と忠誠心、そして歪んだ愛欲が入り混じった、ドス黒くも美しい情熱の炎だ。
「隊長が私を信じて任せてくれた」
「私が隊長の期待に一番応えてみせる」
その共通した想いが、それぞれの戦場で爆発的に燃え上がろうとしていた。
【黒澤麗奈 視点】
都庁舎の向かいに聳え立つ、高層ビルの屋上。吹き荒れる強風が、黒澤麗奈の長い黒髪を激しく揺らしている。彼女が構える愛銃PSG-1の銃口は、ピクリとも動かない。彼女の体幹は、大地に根を張った大樹のように揺るぎなく、呼吸は深海魚のように静かだ。
スコープの中には、都庁上層階の一室がクリアに映し出されている。第一の電源室。そこには、マルコの手下とおぼしき武装集団が多数待ち構え、机やロッカーを積み上げてバリケードを築いているのが見えた。
彼らは、緊張した面持ちで廊下側を警戒している。まさか数百メートル離れたビルの屋上から、死神に見つめられているとは夢にも思わずに。
(あんな危険な地下に留まるなんて…)
麗奈はスコープから一瞬だけ目を離し、足元のコンクリートを見つめた。はるか地下深くにいる、愛する人のことを想う。普通なら指揮官は、安全な後方から指示を出すものだ。しかし、橘圭一は違う。彼は最も危険な爆弾の目の前に陣取り、最も脆弱な雪乃を守る盾となることを選んだのだ。
(隊長はご自身の命を囮にしてまで、私たちに手柄を譲ってくださったのですね。なんて慈悲深い御方…♡)
麗奈の頬が紅潮する。彼の行動は、「お前たちを信じているからこそ、背中を預ける」という無言のメッセージだ。その信頼に応えなくては、女が廃る。何より、黒澤家の誇りが許さない。
彼女は再びスコープを覗き込んだ。その瞳から熱っぽい愛の色が消え、絶対零度の殺意へと切り替わる。視界に入る敵兵たち。彼らはもはや人間ではない。隊長の計画を阻む不純物であり、美しい絵画に付着した泥汚れであり、掃除すべきゴミでしかない。
(風速良好。湿度問題なし。コリオリ力補正済み)
彼女の脳内で、複雑な弾道計算が瞬時に完了する。トリガーにかけた指が優しく力を込める。それは愛撫のように繊細で、処刑のように冷酷な動作だった。
(私の弾丸は隊長へのラブレター。一通たりとも、宛先を間違えたりはしませんわ。不純物共の眉間というポストに、確実にお届けいたします)
麗奈の唇が美しい弧を描く。それは獲物を前にした捕食者の笑みであり、同時に愛する人のために舞う、踊り子の恍惚の表情でもあった。
(さあ始めましょうか。天空からの愛のメッセージを)
【赤城陽菜 視点】
都庁の外周広場。第二の電源室へと続く正門前には、物々しいバリケードが築かれていた。コンクリートブロックと鉄柵で固められた防壁。その向こうには、重機関銃を構えた傭兵たちが殺気立って待ち構えている。普通の人間なら、足がすくむような威圧的な光景だ。
その正面に仁王立ちする赤城陽菜にとって、それは単なるアスレチックの障害物に過ぎなかった。
(隊長が『行け』って言ってくれた!)
陽菜はウキウキと屈伸運動をしていた。その表情は、遠足に来た小学生のように明るい。彼女の脳内変換機能は橘の悲痛な「行け(あっち行け)」という言葉を、「全力を解き放て(全部壊していいよ)」というGOサインとして処理していた。
(それはつまり『手加減無用』ってことですよね! わーい! 大好きな隊長のために、思いっきり暴れていいんだ! 器物損壊とか過剰防衛とか、気にしなくていいんだ!)
彼女の体内でアドレナリンが沸騰する。筋肉が喜びの声を上げて、収縮と弛緩を繰り返す。目の前の敵。重武装した屈強な男たち。陽菜の目には、彼らが「ボーリングのピン」にしか見えていなかった。そして、あの堅牢なバリケードは「発泡スチロールの工作」だ。触れば壊れる。殴れば飛ぶ。単純明快な物理法則が、そこにあるだけだ。
陽菜は首をコキリと鳴らした。準備運動は完了だ。彼女は正門を見据えた。敵兵たちが銃口をこちらに向けて叫んでいるのが見える。何を言っているのか、よく聞こえない。まあどうせ、「遊んでください」と言っているのだろう。
(面倒なルート検索とか、いりませんよね。正門から入って廊下を曲がって階段を登って…なんてまどろっこしい!)
陽菜の視線が正門から少し横にずれる。そこには、電源室がある建物の外壁があった。分厚い鉄筋コンクリートの壁。普通の人間なら迂回するべき障害物。しかし、陽菜にとっては、そこが「入口」だった。
(最短距離こそが正義! 壁があったら、ドアを作ればいいんです!)
陽菜は深く腰を落とし大地を踏みしめた。アスファルトがミシミシと悲鳴を上げて、ひび割れる。彼女にとって、戦闘とは殺し合いではない。無邪気な奉仕活動であり、隊長への愛を物理エネルギーに変換して放出するものなのだ。
さあ行こう。愛のタックルで全てを粉砕しに。
【白石雪乃 視点】
地下共同溝。爆弾『レクイエム』の鎮座する暗闇の中で、白石雪乃は石像のように静止していた。彼女の首筋からは、太いケーブルが伸び爆弾の筐体へと繋がっている。彼女の肉体はここにあるが、その意識は遥か彼方電子の海を漂っていた。
彼女の役割は、麗奈と陽菜が物理的に電源を破壊するのと同時に、システムの防衛プログラムを無力化し、爆弾の自爆を防ぐこと。二人が暴れるための舞台を整え、その尻拭いを完璧に行うことだ。
雪乃は孤独ではない。背中に感じる温かい気配。橘圭一の体温。彼がすぐ後ろで自分を見守ってくれているという事実が、雪乃の精神を電子の嵐の中で繋ぎ止めるアンカーとなっていた。
(この距離感こそが私だけの特権。麗奈さんにも陽菜さんにも譲らない)
雪乃は電子の海の中で微笑んだ。二人は派手に暴れればいい。その間に、隊長との精神的な繋がりを深める。この静寂な時間を独占する。物理的な破壊力では、二人に劣るかもしれないが、戦場全体を支配しているのは自分だ。
彼女の脳内には、都庁全体の3D図面が展開されていた。敵兵の生体反応監視カメラの、映像電源の稼働状況。そして麗奈と陽菜の位置情報。全てがリアルタイムで更新され、彼女の思考回路を流れていく。
(お二人が暴れやすいように電子ロックを解除し、照明を落とし、敵の通信を撹乱する…)
雪乃の意識が都庁の制御システムへと侵入する。ファイアウォールなど、薄紙のようなものだ。彼女はシステムの中枢に居座り、指揮棒を振るう指揮者のように振る舞った。
(私は影。私は脳。全ては隊長のために)
上層階のエレベーターを急降下させ、敵兵のバランスを崩す。中層階のスプリンクラーを作動させ、視界を奪う。館内放送をジャックし、不気味なノイズを流して敵の精神を削る。戦場は既に、彼女の掌の上にあった。
(さあ、舞台は整いましたよ)
雪乃はインカムの回線を開いた。彼女の声は電子信号となって、地上と上空にいる二人の仲間へと届く。それは攻撃開始の合図であり、破壊のシンフォニーの開幕を告げるベルだった。
【結び:シンクロする破壊の合図】
『準備完了。いつでもどうぞ』
雪乃の無機質な声が、麗奈と陽菜の耳元で囁く。
三人の意識が一瞬だけ交錯した。言葉はいらない。彼女たちは知っている。今この瞬間。他の二人も同じように牙を剥き、爪を研ぎ、愛する人のために全てを懸けていることを。ライバルでありながら、誰よりも信頼できる戦友。同じ想いを共有する共犯者たち。三人の唇が、同時に動いた。
天空の麗奈が優雅に。
「ごきげんよう」
地上の陽菜が元気に。
「いっくよー!」
深淵の雪乃が静かに。
「…堕ちて」
三つの音が重なり合う。それは世界を壊すための和音。彼女たちは同時に、それぞれの「愛の形(暴力)」を解放した。天空では乾いた銃声が響き、敵の眉間が弾け飛ぶ。地上では轟音が鳴り響き、コンクリートの壁が粉砕される。地下では電子的な悲鳴と共に、セキュリティシステムが崩壊する。
三つのルートで、同時に爆音と悲鳴が上がった。それは橘圭一のための橘圭一による(と思っている)、橘圭一のための破壊劇の幕開けだった。
誰も止めることはできない。愛という名の怪物が、三匹同時に解き放たれたのだ。都庁という巨大な迷宮が、彼女たちの愛によって蹂躙されようとしていた。
地下で膝を抱えて震える一人の男の胃痛をよそに、物語はクライマックスへと加速していく。
ご愛読ありがとうございます。作者の精神不安定で打ち切り感ある中、果たして当作は完結なるか…「完結させてみせます」と公言した以上、有言実行してみせますが…ジカイモオタノシミニ。