俺以外の奴が死ぬのはどうでもいいが、俺が死ぬのは絶対に嫌だ   作:最高司祭アドミニストレータ

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お寿司が美味い!


逆鱗に触れた代償 - (麗奈・陽菜・雪乃 視点)

 地下深くに広がる、敵のアジト。無機質なコンクリートで固められたその長い廊下を、三つの影が疾走していた。

 

 それは、人間が出せる速度の限界を超えていた。風を切り裂く音すら置き去りにするほどの、猛スピード。立ち塞がる敵兵たちは銃を構える暇もなく、あるいは悲鳴を上げる間もなく、次々と肉塊へと変わり壁に叩きつけられていく。彼女たちの進撃を止められるものは、物理的にも精神的にもこの世には存在しなかった。

 

 彼女たちの脳裏を支配しているのは、怒りではない。ましてや焦りでもない。もっと重く粘り着くような、ドス黒い感情。それは自責だった。なぜ絶対的な王である橘圭一が連れ去られるという、最悪の事態が起きたのか。その理由は彼女たちにとって、あまりにも明白でありそして屈辱的だった。

 

 敵の分断工作。確かにそれはあった。三箇所に戦力を分散させ、手薄になった本陣を叩く。古来よりある定石だ。光学迷彩の使用。それもあった。雪乃の高性能センサーすら欺く、最新鋭のステルス技術。敵ながら、天晴れと言えるかもしれない。

 

 だが、それらは全て些細な要因に過ぎない。真の理由。橘圭一を危険に晒した、最大の戦犯。それは、他ならぬ自分たち自身だ。

 

 私たちが。私たちが隊長への愛に溺れ、手柄を立てることに夢中になりすぎたから。彼の評価を欲しがるあまり、御身のお傍を離れてしまったから。最強の盾であるべき私たちが、自らの承認欲求のために剣となって、飛び出してしまったから。

 

 

 その慢心が。

 その油断が。

 

 

 隊長を薄汚い悪党どもの手に委ねるという、万死に値する失態を招いたのだ。許せない。敵も許せないが、何より自分自身が許せない。その行き場のない激しい自己嫌悪は今、目の前にいる敵に対する底なしの殺意へと変換され、爆発的に放出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【白石雪乃 視点】

 

 

 

 白石雪乃は走っていた。彼女の足音は幽霊のように静かだが、その速度は風のように速い。彼女の目は、現実の廊下を見ていない。装着したARグラスの向こう側に広がる、電子の迷宮を見据えていた。彼女の両手は虚空を叩き続けている。不可視のキーボードを操作し、施設内のシステムを次々と掌握していく。

 

 

(私のミスです)

 

 

 雪乃は唇を噛み締めた。鉄の味が口の中に広がる。

 

 

(私が0.1秒早く、熱源反応の歪みに気づいていれば)

 

 

 あの時。爆弾の解体に没頭していたあの一瞬。モニターの端にノイズが走った、あの瞬間に気づいていれば。私の神を、あんな汚い手で触れさせることはなかった。

 

 麻酔針が突き刺さる痛み。意識が奪われる恐怖。ゴミのように、ポッドに詰め込まれる屈辱。その全てを隊長に味わわせてしまったのは、私の無能さ故だ。

 

 

(許されない。償わなければ)

 

 

 雪乃の指先が加速する。前方にある、防爆扉の電子ロックを強制解除する。同時に通路の監視カメラをジャックし、敵の位置情報を特定する。そのデータは即座に並走する、麗奈と陽菜の網膜ディスプレイへと転送される。

 

 が、それだけでは足りない。彼女の怒りは、もっと直接的な報復を求めていた。

 

 

(窒息なさい)

 

 

 雪乃は通過した区画の自動ドアをロックし、空調システムを停止させた。さらに、酸素濃度を下げるコマンドを入力する。背後から追いかけてこようとする敵兵たちは、今頃見えない壁に阻まれ、静かに呼吸を奪われのたうち回っていることだろう。慈悲はない。隊長の呼吸を乱した報いだ。

 

 雪乃の視界の隅には、常に一つのウィンドウが表示されている。橘圭一のバイタルサイン。心拍数が上がっている。体温が僅かに上昇している。それは彼が今、まさに恐怖と戦っている証拠だ。

 

 

(怖いのですね隊長。今すぐ、今すぐ私が参ります)

 

 

 その波形を見ているだけで、雪乃の胸は張り裂けそうになる。早く会いたい。早く触れたい。切断された回線を繋ぎ直したい。もう二度と離さない。今度こそ私の視界から一ミリも逃がさない。トイレの中だろうが風呂場だろうが二度とオフラインにはさせない。

 

 その狂気的な決意と共に、雪乃はさらに加速した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【赤城陽菜 視点】

 

 

 赤城陽菜は先頭を走っていた。彼女は避けない。曲がらない。止まらない。目の前に閉ざされた防爆扉があれば体当たりで粉砕し、バリケードがあれば蹴散らし、立ち塞がる敵がいれば轢き殺す。彼女自身が巨大な砲弾となって、最短距離を突き進んでいた。

 

 

(隊長を袋に詰めて連れて行くなんて!)

 

 

 陽菜の怒りは、単純にして純粋だった。彼女が最も許せなかったのは、隊長が「物」として扱われたことだ。隊長はモノじゃない。私たちの大事なご主人様だ。世界で一番尊い生き物だ。それをあろうことか、黒いゴミ袋のようなポッドに詰め込んで運搬するなど、言語道断だ。

 

 優しくお姫様抱っこをするならまだしも、(それも許さないが)荷物扱いは絶対に許せない。

 

 

(私たちが強すぎて近づけないから、コソコソ隠れて隊長を攫ったのね…)

 

 

 陽菜は瓦礫を吹き飛ばしながら、確信していた。卑怯だ。弱い者いじめだ。正面から戦えば、一瞬でミンチにされると分かっているから、隊長という唯一の弱点を狙ったのだ。その性根が腐っている。教育が必要だ。痛みという言語での徹底的な教育が。

 

 

 ドガァッ! 

 

 

 陽菜の拳が、敵兵の顔面にめり込む。手加減はない。彼らは隊長を攫った共犯者だ。同情の余地などない。陽菜が通った後の廊下には、壁にめり込んだ敵兵や天井に、頭から突き刺さった人間オブジェが量産されていく。それは、彼女なりの怒りのアートだった。

 

 

(待っててね隊長! すぐに助けてぎゅーってして高い高いしてあげる!)

 

 

 怒りと同時に、陽菜の胸を満たすのは再会への期待だ。助け出したら一番に抱きしめよう。怖かったねと、頭を撫でてあげよう。私の筋肉の鎧で包み込んで、二度と外敵が近づけないようにしてあげよう。

 

 あと少し。あと壁2枚。陽菜は障害物を紙細工のように引き裂きながら愛する人の元へと爆走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【黒澤麗奈 視点】

 

 

 黒澤麗奈は、二人の後方支援を務めていた。彼女の足取りは、舞踏会に向かう貴婦人のように優雅だが、そのヒールが踏みしめる音は死刑執行の足音のように冷徹に響いていた。彼女の手には、二丁の拳銃。陽菜が打ち漏らした敵や物陰から奇襲しようとする敵に対し、彼女は視線すら向けずに引き金を引く。

 

 パンパンパンという乾いた音が、リズムよく響くたびに敵が崩れ落ちる。

 

 

(私の王が…薄汚い犯罪者風情と同じ空気を吸わされている…)

 

 

 麗奈はギリリと奥歯を噛み締めた。それだけで、万死に値する冒涜だ。あのような下賤な輩の視界に、隊長の高貴な姿が入ることすら許しがたい。

 

 ましてや拘束し、自由を奪うなど。彼らは自分たちが何に触れたのか、理解していない。それは禁断の果実であり、神聖なる聖櫃だ。触れた者は焼かれなければならない。

 

 麗奈の弾丸は、敵の急所を狙っていなかった。

 

 

 肘。

 膝。

 肩。

 

 

 神経の集まる場所。即死はさせない。これから始まる、本当の地獄を味わうために生かしておく。永遠に消えない激痛と共に、隊長に手を出した愚かさを後悔させる。それが黒澤流の『躾』だ。

 

 

(隊長に恐怖を与えていいのは、私だけ。隊長を独り占めしていいのも私だけ)

 

 

 麗奈の独占欲が、黒い炎となって燃え上がる。他の誰にも、隊長の感情を動かさせはしない。恐怖も喜びも絶望も全て、私が管理する。隊長の世界には私(とその他二名の付属品)以外、必要ないのだ。

 

 

(ああ…もうすぐ会えますわ…圭一様…)

 

 

 麗奈は想像した。マルコたちに囲まれ恐怖に歪む、隊長の美しい顔を。その震える肩を。助けを求める潤んだ瞳を。ゾクリと背筋が震える。今すぐそこへ行き、その震える体を抱きしめたい。私の体温で上書きしたい。恐怖の記憶を、私の愛で塗り潰したい。

 

「貴方を助けられるのは私だけです」と耳元で囁き、依存させたい。その倒錯した欲望が、彼女の足をさらに速める。邪魔する者は全て排除する。死体のレッドカーペットを敷き詰めてでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【三人娘 集結視点】

 

 

 そして三人は、同時に到達した。アジトの最深部。一際分厚く堅牢な鉄の扉の前。この向こうに彼がいる。世界の中心がいる。

 

 三人は顔を見合わせた。言葉はいらない。互いの瞳の中に、同じ色の炎が燃えているのを確認するだけで十分だった。限界を超えた殺意と限界を超えた愛欲。それらが混ざり合い、臨界点に達している。

 

 

「…中におられます。生体反応確認」

 

 

 雪乃が冷たく告げた。その声は震えていた。歓喜で。

 

 

「…ねえ壊していい? 完膚なきまでに?」

 

 

 陽菜が首を傾げた。その笑顔は無邪気だが、目は笑っていない。

 

 

「…ええ。構いませんわ。ただし、中の害虫は『原型』を留めておくように。私が直々、にたっぷりと後悔させて差し上げますから」

 

 

 麗奈が愛銃のマガジンを交換しながら答えた。その所作は、優雅で残酷だった。三人の意識が一つになる。思考が溶け合い、唯一つの願望へと収束していく。

 

 

「「「会いたい」」」

 

 

 その想いは、物理的な力となって解き放たれた。

 

 

 陽菜の拳が。

 麗奈の弾丸が。

 雪乃のハッキングによるロック解除が。

 

 

 同時に扉を襲った。轟音と共に、分厚い鉄扉が飴細工のように内側へと弾け飛ぶ。煙が舞う。警報が鳴り響く。しかし、そんなものは関係ない。彼女たちは踏み込んだ。愛する人が待つ地獄の底へ。

 

 救済者という名の破壊神たちが、今まさに降臨した。




ご愛読ありがとうございます。作者の精神不安定で打ち切り感ある中、果たして当作は完結なるか…「完結させてみせます」と公言した以上、有言実行してみせますが…ジカイモオタノシミニ。
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