ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第193話

 その日の神崎隼人――“JOKER”の配信は、いつものようにA級下位ダンジョン【星霜の書庫】での退屈な「金策作業」から始まった。彼の耳に装着されたワイヤレスイヤホンからは、最近彼が凝っているという難解な現代音楽が静かに流れている。彼は、その音楽の構造についてコメント欄の視聴者たちと、いつものように高尚な、しかしどこか楽しそうな雑談を交わしていた。

 全てが、いつも通りの日常。

 A級というテーブルもまた、彼にとってはぬるま湯と化してしまった。その事実に、彼はわずかな達成感と、それ以上に大きな「停滞感」を感じていた。

 

「…さてと。今日のノルマは、こんなもんか」

 

 彼は、最後の一体の【書庫の番人】をまるで埃を払うかのように斬り捨てると、インベントリにずっしりと溜まった魔石を確認し、満足げに頷いた。彼はその場にポータルを開き、自室へと帰還する。そして、その足で向かう先はただ一つ。

 もはや、彼の第二の我が家とも言えるあの場所。

 新宿のギルド本部ビル、その一階にある関東探索者統括ギルド公認、新宿第一換金所。

 

 ひんやりとした大理石の床を踏みしめ、彼は見慣れたカウンターへと向かう。彼の姿を認め、にこやかに微笑む受付嬢たち。その誰もが、今や彼の熱心なファンだった。彼は、その視線を軽く会釈で受け流しながら、一つのカウンターの前で足を止めた。

 そこに、彼女はいた。

 艶やかな栗色の髪をサイドテールにまとめた、知的な美貌の受付嬢。水瀬雫。

 彼女は、隼人の姿を見つけると、その大きな瞳をぱっと輝かせた。その表情には、いつものようなファンの喜びと、そしてギルドの一職員としての真剣な、しかしどこか誇らしげな色が浮かんでいた。

 

「JOKERさん!お待ちしておりました!」

 その声は、いつもよりも少しだけ弾んでいた。

「…ああ」

 隼人は、その微妙な空気の変化を感じ取りながらも、いつも通りインベントリから今日の稼ぎである大量の魔石を、カウンターのトレイの上に置いた。

 雫は、その魔石の量にプロの顔つきで頷くと、手慣れた様子でそれらを鑑定機へとかけていく。

 そして彼女は、意を決したように口を開いた。

 

「JOKERさん。実は今日、あなたにギルド最高幹部会から、極めて重要度の高い**『公式依頼』**が一件、届いております」

 

「…依頼?」

 隼人は、眉をひそめた。

「ダンジョン攻略か?それとも、またどこかの不人気ダンジョンの掃除か?」

 彼のその問いかけに、雫はゆっくりと首を横に振った。

 そして彼女は、カウンターの下から一枚の、ギルドの公式な紋章が刻印された重厚な封筒を取り出した。

 彼女は、その依頼書を隼人に差し出す。

 

「――ギルド公式チャンネルが制作する、特別番組への出演依頼です」

 

 そのあまりにも予想外の言葉。

 それに、隼人の思考が一瞬停止した。

 彼は、その依頼書をまるで汚物でも見るかのような目で一瞥すると、即座に、そして冷たく言い放った。

 

「…断る」

「面倒くさい。俺は、そういうのはやらない。柄じゃねえ」

 

 そのあまりにもJOKERらしい、取りつく島もない返答。

 それに雫は、やはりという顔で、しかし楽しそうに微笑んだ。

 

「ええ、そうおっしゃると思っていました」

 彼女は、全く動じていなかった。

「ですがJOKERさん、どうか最後までお話を聞いていただけませんか?これは、ただのテレビ出演ではありません。ギルドが、そしてこの国の全ての冒険者が、あなたに期待している極めて重要な『お仕事』なんです」

 彼女の声は、真摯だった。

「今、雷帝・神宮寺猛様が設立された基金によって、多くの若者が希望を持ってこの世界に足を踏み入れています。ですが、彼らが必要としているのはお金だけではありません。目標となる、『道標』です」

「絶対的な光の英雄である雷帝様。そして、常識外れのやり方で自らの力で運命を切り開いてきた、異端の英雄であるあなた。この、あまりにも対照的な二人の王者が、それぞれの哲学を語り合う。それこそが、これからの時代を担う若者たちへの、最高の道標となるはずです。ギルドは、そう考えています」

 

 そのあまりにも壮大で、そしてどこか青臭い理想論。

 それに隼人は、ふんと鼻を鳴らした。

「…知ったことか。俺は、俺のやりたいようにやるだけだ。誰かの手本になるつもりも、導くつもりもねえよ」

「ええ、存じております」

 雫は、深く頷いた。

「だからこそギルドは、あなたというギャンブラーが決して断ることのできない、最高の『アメ』を用意いたしました」

 

 彼女はそこで一度言葉を切ると、悪戯っぽく、そして絶対的な自信を持って告げた。

 その言葉は、隼人の心の最も渇望している部分を、的確に、そして容赦なく貫いた。

 

「この依頼をもしあなたが完遂された、その暁には。

 報酬として、パッシブスキルポイントオーブを二つ。無償で、あなたに支給することが約束されています」

 

「……!」

 

 彼のポーカーフェイスが、わずかに揺らいだ。

 パッシブポイント。

 レベルアップでしか、あるいはあの高額なギルドクエストをこなさなければ手に入れることのできない、究極の「成長資産」。

 それが、二つ。

 無償で。

 

 雫は、その彼の動揺を見逃さなかった。

 彼女は、とどめとばかりに続けた。

 その声は、もはや悪魔の囁きのようだった。

 

「あなたが北海道の浄化任務で手に入れた1ポイント目、2ポイント目。それに続く、3ポイント目と4ポイント目としてです」

「本来であれば、次のポイントを手に入れるためには300万円と400万円…合計700万円の資金と、そしてB級上位以上のダンジョンを攻略するという、多大なリスクと時間が必要になります」

「ですが、今回の依頼はたった数時間、スタジオでお話をしていただくだけ。それだけで、その全てが手に入る。…どうでしょう、JOKERさん。これ以上に割のいいギャンブルが、この世界に存在しますか?」

 

 そのあまりにも甘美で、そしてどこまでも合理的な悪魔の提案。

 隼人の脳内で、天秤がギシリと音を立てて大きく傾いた。

 数時間の、面倒な拘束。

 その対価として手に入るのは、700万円以上の価値と、そして何よりも彼のビルドの可能性を無限に広げる、二つの「力」。

 リスクとリターン。

 その計算は、一瞬で終わった。

 

「……………分かったよ」

 

 彼は、観念したように深く、そして重いため息をついた。

 その表情には、面倒くさいという色と、しかしそれ以上に最高の獲物を見つけた狩人の、獰猛な光が宿っていた。

 

「…チッ。そこまで言うなら、受けてやる。だが、一回だけだぞ。勘違いすんな」

 

 そのあまりにもJOKERらしい、ツンデレな承諾の言葉。

 それを聞いた瞬間、雫の顔に心の底からの安堵と、そして作戦が成功したことへの喜びの笑顔が咲いた。

「! はいっ!ありがとうございます、JOKERさん!必ずや、最高の番組にしてみせますので!」

 

 こうしてJOKERは、自らの意思とは少し違う形で、しかし自らの欲望にはどこまでも忠実に、世界の「表舞台」へとその一歩を踏み出すことになったのだ。

 彼の新たなショーの幕が、今、上がろうとしていた。

 

 

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