ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第234話

 

(…今日も平和だな)

 

 彼は、ふっと息を吐き出した。

 その息は、タバコの煙の代わりに、ただ穏やかな休日の匂いがした。

 だが、彼の心の中には、常に一つの、そして唯一の光が灯っていた。

 妹、神崎美咲。

 彼女が、あの白い無機質な病院のベッドから、本当の意味で解放されるその日。

 その日が、彼の本当の「勝利」の瞬間なのだと、彼は知っていた。

 

 彼は、スマートフォンを手に取った。

 そして、その画面に表示されたたった一つの、しかし彼にとっての世界の全てである大切な名前をタップする。

 

『神崎美咲』

 

 彼はそのトーク画面に、少しだけ照れくさいような、しかしどこまでも真っ直ぐな想いを込めて、メッセージを打ち込んだ。

 その指先は、A級のボスと対峙した時よりも、わずかに、しかし確かに震えていたかもしれない。

 

【LINE画面】

 

 JOKER:

「よう、美咲。起きてるか?」

 

 そのあまりにもシンプルな兄からのメッセージ。

 それに、数秒後。

 既読の表示がついた。

 そして、次の瞬間。

 彼のスマートフォンが、これまでにないほど激しく、そして嬉しそうに震えた。

 彼女からの返信は、喜びを全身で表現するかのような可愛らしいウサギが飛び跳ねるスタンプの嵐と、そして彼の心を温かくする元気な言葉だった。

 

 神崎美咲:

『お兄ちゃん!起きてるよ!どうしたの、こんな時間に?』

 

 そのあまりにも普通の日常の挨拶。

 それに、隼人の口元がわずかに緩む。

 彼は、意を決した。

 そして彼は、自らが掴み取った最大の「勝利」を、彼女に告げる。

 その言葉は、不器用で、しかしどこまでも力強かった。

 

 JOKER:

「この前のオークション、うまくいってな。142億5000万円入ったから」

「これを、お前の冒険者装備調達資金兼、治療費にしな」

 

 彼は、そのあまりにも天文学的な数字を、まるで近所のコンビニでジュースを買ってきたかのような、気軽な口調で告げた。

 そのメッセージに、美咲からの返信が数秒間途絶えた。

 彼女は、その数字の意味を必死に理解しようとしているのだろう。

 やがて画面に表示されたのは、目を丸くして驚いている猫のスタンプ、一つだけだった。

 そのあまりにも素直な反応。

 それに、隼人は思わず笑みを漏らした。

 そして彼は、本題を切り出した。

 それは、彼がこの数日間、ずっと考えていた最高の計画だった。

 

 JOKER:

「それで、相談なんだが」

「あと、退院してご飯でも外食してから、関東探索者統括管理センターで、お前のユニークスキル判定してもらいにいこうか」

 

 その兄からの、あまりにも魅力的で、そして待ち望んでいた提案。

 それに、美咲からの返信は一瞬だった。

 彼女の全ての喜びと興奮が、その短い文章に凝縮されていた。

 

 神崎美咲:

「わかったー!」

冒険者(ぼうけんしゃ)学校(がっこう)への申請(しんせい)(とお)ったから、あとはユニークスキル判定(はんてい)だけだったんだ!」

(はや)判定(はんてい)してもらいたいなー!」

魔術師(まじゅつし)への有利(ゆうり)補正(ほせい)()いた(やつ)がいい!」

 

 そのあまりにも無邪気で、そしてどこまでも前向きな返事。

 そのテキストから、彼女が自らの未来にどれほどの希望を抱いているのかが、痛いほどに伝わってくる。

 隼人は、その画面をただ黙って見つめていた。

 そして、彼の心の中に、温かい、しかしどこか兄としての心配の念が芽生えていた。

 

 JOKER:

「…おい。その前に、運動とかちゃんとしてるか?」

「いきなりダンジョンとか、無理すんなよ」

 

 そのあまりにも過保護な兄の言葉。

 それに美咲は、元気いっぱいの力こぶのスタンプと共に答えた。

 

 神崎美咲:

「うん!ここ数週間は、病院のリハビリステーションで筋トレしてるー!」

「理学療法士の先生も、びっくりしてたよ!『美咲ちゃんの回復力は奇跡だ』って!」

 

 そのあまりにも頼もしい返事。

 それに、隼人は安堵の息を吐き出す。

 だが、同時に、新たな心配事が彼の頭をよぎった。

 

 JOKER:

「…そうか。それは良かった」

「だが、お前、元気すぎて周りに迷惑掛けてないか?」

「病院は、静かにするところだぞ」

 

 その、まるで父親のような小言。

 それに美咲は、頬を膨らませた怒った猫のスタമ്പ്と共に反論してきた。

 そのあまりにも子供っぽい、そしてどこまでも愛らしい反論。

 

 神崎美咲:

「かけてないよーだ!」

「私、リハビリ室のおじいちゃんやおばあちゃんから、人気者なんだからね!」

「『美咲ちゃんがいると、こっちまで元気になる』って、いつも言われてるんだから!」

 

 この、他愛もないやり取り。

 それが、隼人にとって何よりも愛おしい時間だった。

 彼は、その画面を、ただ静かに、そしてどこまでも優しい目で見つめていた。

 そうだ。

 この日常。

 この温かい光。

 これこそが、俺が全てを賭けてでも守りたかったものなのだと。

 

 彼は、ふっと息を吐き出すと、最後に一言だけメッセージを送った。

 その言葉には、兄としての全ての愛情が込められていた。

 

 JOKER:

「…そうか。なら、いい」

「じゃあ、明日の朝迎えに行く。準備しとけよ」

 

 神崎美咲:

『うん!待ってる!』

(ウサギが満面の笑みで手を振っているスタンプ)

 

 彼の孤独だった戦いは、終わりを告げた。

 ここから始まるのは、愛する妹と共に歩む、新たな物語。

 そのあまりにも尊く、そして輝かしい物語の幕開けだった。

 

 

 

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