ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
A級中位ダンジョン【機械仕掛けの心臓】。
その、どこまでも続く真鍮の回廊と、絶え間なく時を刻む巨大な歯車の駆動音。神崎隼人――“JOKER”の二つ目の人生…ネクロマンサーとしての物語は、今やこの無機質な迷宮を、自らの「作業場」へと変えていた。
彼の配信チャンネルには、今日もまた数十万という彼の信奉者たちが集い、そのあまりにも安定しきった、しかしどこまでも美しい蹂躙劇を、固唾を飲んで見守っている。
配信タイトルは、『【ネクロマンサーLv.32】B級中位で雑談レベリング』。
「…だから、マイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』は、全てのジャズの入り口であり、同時に出口でもあるんだよ。あのアルバム一枚の中に、ジャズの歴史の全てが詰まってる。モード奏法がどうとか、そういう小難しい話じゃねえ。ただ、あのクールで、どこまでも美しい響きに、魂を委ねればいい。…まあ、お前らにはただの眠くなるBGMかもしれんがな」
彼のそのあまりにも高尚で、そしてどこまでも難解な音楽談義に、コメント欄がいつものように和やかなツッコミと笑いに包まれる。
『出たwwwww JOKERさんのジャズ講座wwwww』
『もう何言ってるか全然分かんねえけど、とりあえずJOKERさんが退屈してるのだけは伝わってくる』
『この無敵の王者が、退屈そうに高尚な雑談しながら敵を蹂躙していくスタイル、最高にクールで好きだわ』
彼がそう語りながら、ひょいと巨大な蒸気パイプの下をくぐり抜けた、その瞬間。
彼の目の前に、カシャカシャカシャッという鋭い駆動音と共に、十数体の機械人形が現れた。
美しい陶磁器(ポーセリン)の顔に、ガラスの瞳。そして、その両腕には鋭利な刃を持つ高速で回転する円形の剣。
だが、隼人はその雑談を止めることはない。
彼の右手は、もはや彼の意識とは別の生き物のように滑らかに動き、その腰に差された古びた骨のワンドを、軽く振るうだけ。
「――蹂躙しろ」
その短い、しかし絶対的な意志の力。
それに、彼の神の軍勢が呼応した。
アニメイトガーディアン、二体のスペクター、そして七体のゾンビ。
その十体の僕たちが、主を守るためだけの完璧な「肉の壁」を形成し、そしてその壁の内側から、尽きることのない死の奔流を解き放つ。
スプラッシュダメージと毒の連鎖によって、完璧だったはずの機械人形たちの陣形は、わずか数十秒で完全に崩壊し、光の粒子となって消滅していく。
あまりにも、一方的な蹂λή。
彼は、ドロップした魔石を手早く回収すると、また次の獲物を求めて歩き出した。
その、あまりにも平和で、退屈な、しかし確実な「作業」の時間。
その退屈さを紛らわすかのように、一人の視聴者が、最近の世界の最大の関心事について、問いかけた。
『なあ、JOKERさん。エッセンス掘りには、行かないの?』
その、あまりにも素朴な疑問。
それに、他の視聴者たちも次々と便乗し始める。
『確かに!今、F級ダンジョンとか、エッセンスバブルでめちゃくちゃ美味いらしいじゃん!』
『JOKERさんの【
その、あまりにも純粋な期待の声。
それに、隼人はふっと息を吐き出した。
そして彼は、ARカメラの向こうの観客たちに、その揺るぎないギャンブラーとしての哲学を語り始めた。
「…お前ら、分かってねえな」
彼の声は、どこまでも冷静だった。
「なんで俺が、わざわざレートの低いテーブルに降りなきゃならねえんだよ」
「確かに、エッセンスは美味い。金になる。だがな、F級ダンジョンじゃ、俺の経験値は1ミリも動かねえ。つまり、俺の『時間』を、ドブに捨てるようなもんだ。分かるか?レベルが上がらなくなるから、行かないんだよ」
「それに、正直言うと、エッセンスはかなり魅力的だけど、最悪買えばいいしな。俺が今やるべきことは、目先の小銭を拾うことじゃねえ。もっと、先の未来への投資だ。このビルドを、A級、S級のテーブルで戦えるレベルまで引き上げること。それ以外に、興味はねえよ」
その、あまりにも的確で、そしてどこまでも本質を突いた回答。
それに、コメント欄の有識者たちが、待っていましたとばかりに、その豊富な知識を披露し始める。
元ギルドマン@戦士一筋:
うむ。JOKERの言う通りだ。
エッセンスはかなり強いが、あくまで低級の稼ぎが大幅に増えた程度だからな。A級やB級の探索者が、今更慌ててF級に降りてまで掘るのは、正直言ってオススメしないな。
時間対効果が悪すぎる。
ハクスラ廃人:
ああ。極論、A級やB級の稼ぎで、下の連中から買い叩いた方が、よっぽど効率が良い。
それが、この世界の経済の仕組みだ。
あるいは、俺たちみてえにA級やB級を周回し続けて、天文学的な確率でドロップするであろう、Tier7のエッセンスを待つかだな。
まあ、どっちにしろ、F級に用はねえよ。
その、あまりにもリアルで、そしてどこまでも説得力のあるプロフェッショナルたちの議論。
それに、スレッドは納得の空気に包まれた。
そして、その議論の、まさにその結論を証明するかのように。
彼が、この日の最後の獲物となる一体の巨大な機械ゴーレムを、その神の軍勢で蹂躙し尽くした、その瞬間だった。
彼の全身を、黄金の光が包み込んだ。
【LEVEL UP!】
【LEVEL UP!】
祝福のウィンドウが、彼の視界に立て続けに二度ポップアップする。
彼のレベルは、32から34へと、一気に二つ上昇した。
『うおおおおお!レベルアップ!』
『ナイス!これで、また強くなるのか!』
『レベル34!おめでとう、JOKERさん!』
コメント欄が、祝福の言葉で埋め尽くされる。
隼人は、その声援に軽く手を振りながら、自らの確かな成長を噛みしめていた。
そして、その祝福ムードの、まさにその中心へと。
一つの、ひときわ気品のある、しかしどこか見下したようなコメントが、投下された。
投稿主は、このビルドの、もう一人の「創造主」。
S級ネクロマンサー、『
骸の女王:
…ふふっ。レベル34、おめでとう、私の可愛い指揮官見習い。
これで、あなたにもようやく、本当の「力」への扉を開く、資格が与えられたわね。
その、あまりにも思わせぶりな、女王からの言葉。
それに、コメント欄が、そして何よりも隼人自身が、ざわめいた。
JOKER:
「…どういう意味だ?」
骸の女王:
言葉の通りよ。
レベル34。それは、我々ネクロマンサーにとって、一つの大きな節目。
これで、新しいミニオン…ゴーレム召喚が、解禁されるわ。
その、あまりにも衝撃的な、そしてどこまでも甘美な宣告。
それに、隼人の思考が、一瞬停止した。
そして、彼は心の底からの、純粋な驚愕の声を上げた。
「――おいおい、まだミニオン追加できるのかよ!」
その、あまりにも素直な反応。
それに、女王は、心の底から楽しそうに、くすくすと笑った。
骸の女王:
ええ、そうよ。
でも、これが最後。安心して。
ゴーレムとは、ただの戦闘員ではないわ。
味方全体に、強力なバフを与え、戦場そのものを支配する、生ける「旗」よ。
ただし、その力はあまりにも強大で、そしてその存在はあまりにも脆い。
ミニオンノードを振っていない、半端なビルドの者が使えば、A級の雑魚の一撃で、ただの石ころへと還るでしょうね。
だから、ネクロマンサーや、ゴーレム使いぐらいしか、まともに運用できないのよ。稀に、バフ目的で連れているパーティもいるけれど。
そして、今のあなたに、私が授けるべきゴーレムは、ただ一体。
彼女は、そう言うと、一つのスキルジェムの詳細な情報を、スレッドへと貼り付けた。
そのテキストが表示された、その瞬間。
世界の全てのネクロマンサーが、息を呑んだ。
キャリオンゴーレム召喚
非ゴーレムミニオンごとに追加物理ダメージを召喚者に付与するキャリオンゴーレムを召喚する。キャリオンゴーレムは速度とダメージが増加していく連続斬りつけ攻撃とボーンスパイクカスケードによる攻撃を行う。また周囲の非ゴーレムミニオンの数に応じて与えるダメージが上昇する。
ゴーレム最大召喚数 1
ゴーレムの近くのゴーレム以外のミニオン1体ごとにゴーレムの与えるダメージが5%、最大で50%まで上昇する
ゴーレムはゴーレム以外のミニオンに対して7から11の追加物理ダメージを付与する
骸の女王:
――これよ。
あなたの、その数の暴力に特化した軍団と、最高のシナジーを生み出す、唯一無二の相棒。
こいつを、使いなさい。
その、あまりにも完璧で、そしてどこまでも女王様な命令。
それに、隼人はもはや、笑うしかなかった。
彼の脳内では、すでにこの新たな駒を加えた、次なる戦場のシミュレーションが、始まっていた。
彼の、退屈な日常は、終わりを告げた。
新たな、そして最強の「相棒」と共に歩む、本当の「蹂躙」が、今、始まろうとしていた。