ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
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黒崎龍臣の、あまりにも急激な台頭。
その噂は、もはや新宿の裏社会において、無視できない巨大な嵐となっていた。ダンジョンという未知のシマから、規格外の富を生み出す若き龍。その存在は、古い掟と利権に凝り固まった者たちにとって、自らの縄張りを脅かす、許されざる侵略者でしかなかった。
その日、新宿の夜の帳が下りる頃。
歌舞伎町の奥深く、古びた料亭の一室。そこに、新宿を支配する全てのヤクザ組織の長たちが、集結していた。
部屋の空気は、重かった。
高価な線香の香りと、男たちの放つ荒々しいオーラ、そして互いへの不信感が、鉛のようにその場に澱んでいる。
「…いつまで、あの若造をのさばらせておくつもりだ」
重い沈黙を破ったのは、この新宿で最も古い歴史を持つ武田組の組長だった。その顔には深い皺が刻まれ、その瞳には、自らの権威が揺らいでいることへの、隠しきれない焦りの色が浮かんでいた。
「渋沢組の、黒崎龍臣。奴は、もはやただのチンピラではない。我々のシマを、根こそぎ食い荒らす、巨大な害獣だ」
「奴が独占している魔石の闇ルート。あれを我々が手に入れれば、どれほどの富が生まれるか。もはや、計算もできん」
「奴を潰す。そして、その全てを我々で山分けする。異論のある者は、おるまいな?」
そのあまりにも直接的で、そしてどこまでも暴力的な提案。
それに、その場にいた全ての男たちが、獰猛な笑みを浮かべて頷いた。
彼らは、時代が変わってしまったことを、まだ理解していなかった。
彼らが信じるのは、ただ一つ。
数と、暴力。
それこそが、この世界を支配する、唯一の真理だと。
◇
その数日後。
黒崎がアジトとして使う、新宿の外れの倉庫。
そのシャッターの前に、おびただしい数の黒塗りの高級車が、その威圧的な姿を現した。
中から現れたのは、ドスや日本刀、そして中には拳銃までをもその手に握りしめた、総勢百名を超えるヤクザたちだった。
新宿中の、全ての組織が手を組んだ、連合軍。
彼らの目的は、ただ一つ。
黒崎龍臣という、若き龍の首を狩ること。
「――出てこい、黒崎ィ!」
連合軍のリーダー格の男が、拡声器で叫ぶ。
「てめえの、その甘い夢も、今日で終わりだ!」
その、あまりにも時代がかった宣戦布告。
それに、倉庫のシャッターが、ギギギ…という重い音を立てて、ゆっくりと上がっていった。
そして、その奥から現れたのは、黒崎ただ一人。
彼は、その手に何も持っていなかった。
ただ、その口元に、全てを嘲笑うかのような、不敵な笑みを浮かべて。
「…よう。随分と、派手なお出ましか」
彼のその、あまりにも落ち着き払った態度。
それに、連合軍の男たちが、苛立ちを募らせる。
「ほざけ、若造が!今日、ここがお前の墓場だ!」
「――やれ!」
その号令と共に。
百を超える暴力の奔流が、黒崎ただ一人へと、殺到した。
だが、その瞬間。
黒崎の後ろの暗闇から、十数人の影が、音もなくその姿を現した。
黒崎の子飼いの、精鋭たち。
ダンジョンという地獄で、血と硝煙の匂いをその身に纏った、本物の「戦士」たちだった。
彼らは、その手にゴブリンソードやオークアックスといった、この世界の常識を超えた「凶器」を握りしめていた。
そして、その肉体は、レベルアップによって、常人とは比較にならないほどの頑強さを誇っていた。
「…馬鹿が」
黒崎は、吐き捨てるように言った。
「お前らは、まだ気づいていねえのか。俺たちが、もうお前らとは違う世界の住人だってことをな」
戦いの火蓋は、切って落とされた。
いや、それはもはや戦争ですらなかった。
ただの、一方的な蹂躙だった。
旧世代のヤクザたちが放つ、拳銃の弾丸。
それは、黒崎の部下たちの、ダンジョン装備で固められた肉体に、まるでBB弾のように、カン、カンと虚しい音を立てて弾かれていく。
物理攻撃はHPがある冒険者には通じない。この時点では一般的ではなかったので、喧嘩を売るヤクザ達はそれをわかっていなかったのだ。
「なっ!?」
「効かねえ!?」
彼らが、その信じられない光景に呆然とした、その一瞬の隙。
黒崎の部下たちの、無慈悲なカウンターが炸裂した。
彼らが振るう、魔力を帯びた剣と斧は、ヤクザたちの体を、まるで紙切れのように切り裂き、そして叩き潰していく。
悲鳴、怒号、そして断末魔。
数分後。
そこには、おびただしい数の屍と、そしてその中心で返り血一つ浴びずに佇む、黒崎とその部下たちの姿だけがあった。
数週間後には、新宿の裏社会に、彼に逆らう者は、一人もいなくなっていた。
◇
そして、その日。
彼は、新宿に新たに建てられた超高層ビルの最上階。その、広すぎるオフィスで、一人、夜景を見下ろしていた。
眼下に広がるのは、宝石箱のような光の海。
その全てが、今や自分のものだ。
彼は、その絶対的な権力の頂点で、しかし不思議なほどの虚しさを感じていた。
勝った。
だが、その勝利の後に、何が残った?
この、広すぎるだけの、冷たい静寂だけだ。
その時だった。
オフィスの重厚な扉が、静かに開かれた。
そこに立っていたのは、高校の制服に身を包んだ、光だった。
彼女の手には、小さな、しかし心のこもったラッピングが施されたプレゼントが握られている。
「兄さん、学校卒業したよ」
彼女は、そう言ってはにかんだ。
今日は、彼女の高校の卒業式だったのだ。
「…ああ」
黒崎は、その声に振り返る。
「これ、プレゼント。今まで、ありがとう」
光が差し出したのは、一つの高級な万年筆だった。
「兄さん、最近難しい書類ばっかり見てるから。これなら、仕事も少しは楽しくなるかなって」
その、あまりにも健気で、そしてどこまでも優しい贈り物。
それに、黒崎の心の最後の氷が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
そうだ。
俺が本当に欲しかったのは、この街の支配権なんかじゃない。
ただ、この温もりだけだったんだ。
彼は、その万年筆を受け取ると、光の小さな頭を、不器用な手つきで、しかしどこまでも優しく撫でた。
「…馬鹿野郎。礼を言うのは、こっちの方だ」
彼は、そう言って、窓の外の夜景を指し示した。
「見てみろよ、光。この街は、今日から、俺たちのものだ」
「お前が、望むなら、なんだって手に入る。大学に行きたいか?海外に、留学したいか?あるいは、ただ、このまま、二人で静かに暮らすか。お前が、選べばいい」
その、兄からの、最高の贈り物。
それに、光の瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。
だが、それはもう悲しみの涙ではなかった。
彼女は、最高の笑顔で、兄の胸に飛び込んだ。
「――うん!」
「私、兄さんがいてくれるなら、それでいい!」
「私、本当に、本当に、幸せだよ!」
その、あまりにも温かい感触。
その、あまりにも尊い言葉。
黒崎は、その小さな体を強く抱きしめながら、静かに、そして力強く誓った。
この、幸せを。
この、光を。
俺が、絶対に、守り抜いてみせると。
彼の、裏社会の覇王としての物語は、最高の形で、その戴冠式を終えた。