ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
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【ダンジョン
その日の新宿は、血の匂いがした。
黒崎龍臣が、ダンジョンという新たな「シマ」を手に入れ、裏社会の勢力図を一夜にして塗り替えてから、数週間。歌舞伎町の空気は、これまでにないほどの緊張感と、そして新たな時代の幕開けを予感させる熱気に満ちていた。
旧世代のヤクザたちは、沈黙した。
彼らは、自らが信奉してきた「暴力」の価値観が、ダンジョンから現れた新たな力の前に、あまりにも無力であることを思い知らされたからだ。HPという概念、レベルアップによる身体能力の飛躍的な向上。その理不尽なまでの力の差は、拳銃やドスといった旧時代の凶器を、ただの鉄クズへと変えた。
だが、全ての者がその新たな秩序を受け入れたわけではなかった。
新宿の片隅、忘れ去られたような古い雑居ビル。そこに拠点を構える、関西から流れてきた武闘派組織【鬼瓦組】。彼らは、古い任侠の世界の最後の残滓であり、そして最も危険な狂犬だった。
彼らは、黒崎の台頭を、ただの若造の幸運だと断じ、その全てを奪い取ることを決意した。
彼らが頼ったのは、ヤクザの仁義でも、日本の裏社会の掟でもない。
金で雇われた、プロの「戦争屋」。
中東の紛争地帯を渡り歩いてきたという、国籍不明の外国人傭兵部隊だった。
その日の深夜。
黒崎がアジトとして使う、新宿の外れの倉庫街。
その静寂を切り裂くかのように、数台の黒塗りのバンが、音もなくその姿を現した。
中から降り立ったのは、最新鋭の暗視ゴーグルと、防弾ベストに身を包んだ十数人の男たち。その手には、まるで映画の中から抜け出してきたかのような、殺意に満ちた黒光りするアサルトライフルやサブマシンガンが握られていた。
彼らは、プロだった。
一切の無駄口を叩くことなく、完璧なフォーメーションで倉庫を包囲していく。
その様子を、倉庫の屋上から、黒崎はただ静かに見下ろしていた。
彼の隣には、S級探索者としての才能を開花させつつある若き日の健太が、ゴクリと喉を鳴らしながら立っている。
「…アニキ。ありゃ、本物の軍隊ですぜ。俺たちだけで、やれますかね…?」
その、あまりにも当然な不安。
それに、黒崎はふっと息を吐き出した。
そして彼は、その口元に獰猛な、そしてどこまでも楽しそうな笑みを浮かべた。
「…面白いじゃねえか」
彼の声は、静かだった。
だが、その奥には、絶対的な自信が宿っていた。
「旧時代の暴力と、新しい時代の暴力。どっちが強いか、ここでハッキリさせようぜ」
「健太。下の連中に伝えろ」
彼は、その忠実な相棒に、絶対的な命令を下した。
「――
その一言を合図に、戦いの火蓋は切って落とされた。
倉庫のシャッターが、けたたましい音を立てて開かれる。
そして、その奥から、黒崎が率いる十数人の「戦士」たちが、雄叫びと共に飛び出してきた。
彼らの身を包むのは、D級ダンジョンで手に入れた、硬質なプレートアーマー。
その手に握られているのは、魔力を帯び、青白い光を放つ長剣や戦斧。
その光景は、もはやヤクザの抗争ではない。
ファンタジーの世界から、現実世界へと溢れ出した、異次元の戦争だった。
傭兵たちが、一斉に火を噴いた。
ダダダダダダダッ!
凄まじい銃声が、夜の新宿に響き渡る。
だが、その銃弾の嵐は、黒崎の部下たちの鋼鉄の鎧に、まるでBB弾のように、カン、カンと虚しい音を立てて弾かれていく。
「なっ!?」
「効かねえ!?」
傭兵たちが、その信じられない光景に呆然とした、その一瞬の隙。
黒崎の部下たちの、無慈悲なカウンターが炸裂した。
彼らが振るう、魔力を帯びた剣と斧は、傭兵たちの最新鋭の防弾ベストを、まるで紙切れのように切り裂き、そして叩き潰していく。
悲鳴、怒号、そして断末魔。
数分後。
そこには、おびただしい数の屍と、そしてその中心で返り血一つ浴びずに佇む、黒崎とその部下たちの姿だけがあった。
その、あまりにも一方的な蹂躙劇。
その全てを、少し離れたビルの屋上から、一人の男が、その鋭い瞳で見つめていた。
警視庁組織犯罪対策部、通称「マル暴」のベテラン刑事、工藤。
彼は、長年黒崎を追い続けてきた、宿敵とも言える存在だった。
彼は、その手にした高性能の暗視スコープを、震える手で下ろした。
そして、彼は呟いた。
その声は、自らが信じてきた「正義」が、根底から覆されたことへの、絶対的な戦慄に満ちていた。
「…なんだ、あれは…。もはや、我々の手に負える相手ではない…」
「これは、もはやただの暴力団ではない。一つの、『軍隊』だ」
彼は、その場で本部に緊急の報告を入れた。
その報告書こそが、この国の、そして世界の運命を、大きく、そして確かな音を立てて回し始める、最初の歯車となることを。
彼は、まだ知らなかった。