ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
【日米合同冒険者高等学校 - 大講義室】
世界が、白に染まった。
巨大なモニターに映し出された、あまりにも壮絶な自爆の閃光。その光が収まった時、講義室を支配していたのは、絶対的な静寂だった。
数百人の若者たちが、息をすることも忘れ、ただその光景に、その魂を奪われていた。
画面の中では、禍々しい紫色の瘴気が晴れていく。そして、ボロボロになった英雄たちが、互いの体を支え合いながら、ゆっくりと帰還していく。
そのあまりにも荘厳で、そしてどこまでも人間的な光景。
やがて、映像が終わり、講義室の照明が、ゆっくりと元の明るさを取り戻した時。
教壇に立つ、歴史学者、石川講師の、その静かな声が、その沈黙を破った。
「――今、君たちが見た映像が、我が国の、いや、世界の歴史における、D-SLAYERSの、公式の初陣だ」
彼の声は、どこまでも穏やかだった。だが、その奥には、あの時代を生きた者だけが持つことのできる、確かな熱量と、そして深い敬意が宿っていた。
生徒たちは、まだその衝撃から覚めやらない。
桜潮静も、隣に座る神崎美咲も、ただ呆然と、その空っぽになったモニターを見つめていた。
「彼らは、当時の装備では無謀とも言える勝負を挑み、見事、勝利した」
石川は、続けた。
その言葉は、もはやただの歴史の解説ではない。一つの、神話を語り継ぐ、吟遊詩人のそれだった。
「君たちの中には、こう思った者もいるだろう。『C級ダンジョンごときで、なぜあれほどまでに苦戦したのか』と。だが、忘れてはならない。当時の彼らは、君たちが今、当たり前のように享受している、多くのものを、持っていなかったのだ」
「クラフトの理論は、まだ黎明期。強力な耐性を持つレア装備など、市場にはほとんど存在しなかった。パッシブツリーの研究も、まだ手探りの状態。そして何よりも、彼らの前には、B級の呪いという、絶対的な壁が立ちはだかっていた」
「そんな、あまりにも不利なテーブルで。彼らは、自らの命と、そして仲間との絆だけを武器に、あの神々の領域の怪物と、渡り合ったのだ」
その、あまりにも重い、歴史の真実。
それに、生徒たちの背筋が、自然と伸びる。
そして、石川は、その戦いの本当の「価値」について、語り始めた。
「そして、彼らがその命と引き換えに手に入れた、ドロップ品。それは、当時の常識を、完全に覆すものだった」
彼は、ARパネルを操作し、モニターに、あの日の戦利品のリストを映し出した。
まず、禍々しいオーラを放つ、【腐敗のオーブ】と【腐敗のフラグメント】。
「この二つのアイテムの発見が、世界の探索者たちに、ハイリスク・ハイリターンという、新たなギャンブルのテーブルを提示した。だが、本当の衝撃は、そこではない」
彼は、リストの、次の二つのアイテムを、ハイライトした。
その二つのユニーク装備を見た瞬間、教室のあちこちから、どよめきが上がった。
【
「…知っているかね?」
石川は、生徒たちへと問いかけた。
「今、この二つの装備は、公式オークションで、平均して3500万円程度で取引されている。A級のトップランカーたちが、自らのビルドの最終装備として、喉から手が出るほど欲しがる、究極の逸品だ」
その、あまりにも具体的な数字。
それに、生徒たちが息を呑む。
3500万。
雷帝ファンドから支給された100万円が、霞んで見えるほどの、天文学的な金額。
「だが」と、石川は続けた。
「当時、この二つの装備に、値段は付かなかった。いや、付けられなかったのだ。あまりにも、その価値が、巨大すぎたからな」
「当時のC級探索者にとって、耐性を確保することは、死活問題だった。そして、この二つの装備は、その問題を、たった二つのスロットで、完全に解決してしまう。まさに、オーパーツ。時代の理を、完全に無視した、未来からの贈り物だった」
「この中には、まだA級はいないだろうから、持っている者はいないと思うがね。いつか、君たちがその領域にたどり着いた時、この二つの装備が、どれほどの意味を持つのか。その本当の価値を、知ることになるだろう」
その言葉を聞きながら、美咲は、隣に座る静の顔を、そっと盗み見た。
そして、彼女は心の中で、小さな、しかし確かな誇りを感じていた。
(…お兄ちゃん)
そうだ。
私の、自慢の兄。
彼は、この歴史的な遺産の一つを、すでにその手にしているのだ。
その事実が、彼女の胸を、温かく、そしてどこまでも誇らしい気持ちで、満たしていた。
「この、オーパーツとも言えるユニーク装備を手に入れた日本政府ですが、その後の処遇を巡り、水面下で様々な駆け引きがありました。だが、その話は、また別の機会にしよう」
石川は、そう言って悪戯っぽく笑った。
「重要なのは、この日を境に、世界のルールが、再び変わったということだ」
「D-SLAYERSは、今でも、この国のどこかのダンジョンを周り、日夜訓練を続けている。彼らは、もはや表舞台には立つことのない、影の守護者だ。もし、君たちがダンジョンで、彼らに会うことがあったなら、敬意を払い、ちゃんと挨拶をするように。彼らこそが、君たちが今、こうして安心して学べるこの平和な日常を、その命を賭けて築き上げた、本物の英雄なのだからな」
その、あまりにも温かい、そしてどこまでも真摯な言葉。
それに、生徒たちは深く、そして静かに頷いた。
そして、石川は、その日の授業を締めくくった。
「さて、と」
彼の声のトーンが、再び厳しい教官のそれへと戻る。
「腐敗の領域は、リスクもあるが、リターンもある。今回のように、歴史を動かすほどの『当たり』が、眠っている可能性も、ゼロではない。だが、忘れるな。そのテーブルに着くためには、それ相応の覚悟と、そして万全の準備が必要だ。入る時は、絶対に、油断するな。いいな?」
「――では、授業はここまで」
講義の終了を告げるチャイムが鳴り響く。
生徒たちが、そのあまりにも濃密な歴史の奔流から、ようやく解放されたかのように、安堵のため息をつきながら、席を立ち始める。
その喧騒の中で。
静と美咲は、まだ、その場から動けずにいた。
彼女たちは、ただ黙って、モニターに映し出された、あの英雄たちの、最後の姿を、その目に焼き付けていた。
そして、彼女たちの心の中に、一つの、同じ、そしてどこまでも力強い決意が、灯されていた。
いつか、私達も。
彼らのように、誰かを守れる、本物の英雄に、なろうと。