ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第323話

 その日の深夜、日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、一つの異様な、しかしどこまでもJOKERらしい熱気に包まれていた。

 全ての探索者の視線は、もはや一つの配信チャンネルに、その一点だけに注されていたと言っても過言ではなかった。

 

【配信タイトル:【2000万JPY】虚空200連。神を引くまで、終われない【スキル縛り】】

【配信者:JOKER】

【現在の視聴者数:215,829人】

 

 画面に映し出されているのは、ダンジョンの殺伐とした風景ではない。

 西新宿のタワーマンションの一室。その広大なリビングの中央に鎮座する漆黒のハイスペックPC、【静寂(せいじゃく)(おう)】のモニターに映し出された、JOKER自身のインベントリ画面だった。

 そして、そのインベントリの大部分を埋め尽くす、おびただしい数の漆黒のカード。

虚空(こくう)】。

 

 名前:

 虚空(こくう)

(こくう)

(The Void)

 

 種別:

 宿星のカード (Star-Fated Card)

 

 効果:

 この虚空(こくう)のカードを5枚集め、「交換!」と宣言することで、虚空は応える。

 他の【宿星のカード】がもたらす報酬の中から、いずれか一つをランダムで入手できる。

 

 フレーバーテキスト:

 虚空。

 

 そのスタック数は、『1000』。

 彼は、これからこの「虚空ガチャ」を、200回連続で回すというのだ。

 賭け金は、一枚2万円。200連で、2000万円。

 A級探索者である彼の、数週間分の稼ぎに匹敵する、あまりにも莫大な金額。

 常人にとっては、家が一軒買えてしまうほどの、狂気の沙汰。

 

「よう、お前ら。見ての通り、今日はギャンブル配信だ」

 JOKERは、ARカメラの向こうの熱狂する観客たちに、不敵な笑みを向けた。

「エッセンス掘りなんざ、退屈でやってられねえ。俺は、俺のやり方で、このテーブルの『当たり』を引かせてもらう」

 彼はそこで一度言葉を切ると、その瞳に、これまで見せたことのないほどの、純粋なギャンブル狂の光を宿した。

「そして、今日の縛りは一つ。スキルは、使わない。【運命(うんめい)天秤(てんびん)】は、使わない。小細工なしの、ガチンコ勝負だ。この俺が、ただの運だけで、神に勝てるかどうか。お前ら、その目で確かめやがれ」

 

 そのあまりにも不遜で、そしてどこまでもストイックな宣言。

 それに、コメント欄が爆発した。

 

『きたあああああああ!スキル縛り!』

『マジかよ!あのチートスキルなしでやるのか!』

『2000万円を、純粋な運だけで溶かす配信!最高に、イカれてるぜ!』

『神を引くまで終われないって、タイトル煽りすぎだろwww』

 

 その熱狂をBGMに、彼は最初の5枚の【虚空(こくう)】のカードを、インベントリから取り出した。

 そして彼は、天に向かって、その交換の儀式を執り行うかのように、静かに、しかしどこまでも力強く、宣言した。

 

「――交換!」

 

 漆黒のカードが、まばゆい光と共に消滅する。

 そして、彼のインベントリに、一つのアイテムが、その姿を現した。

 画面に、ズームアップで表示される、その結果。

 それに、コメント欄が、この日最初の、そしてどこまでも温かい笑いに包まれた。

 

[アイテム画像:一個の、泥に汚れたゴブリンの耳]

 

『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

『出た!ゴブリンの耳!www』

『幸先の良いスタートだな、JOKERさん!www』

 

「…チッ。まあ、最初はこんなもんだろ」

 JOKERは、そう言って舌打ちした。

 だが、その表情は、どこか楽しそうだった。

 彼は、休むことなく、次の5枚を交換していく。

 二回目、三回目、四回目…。

 その結果は、あまりにも、無慈悲だった。

 

『スライムの核 x 3』

悲嘆(ひたん)のエッセンス(恐怖)Tier1 x 1』

『ノーマル等級の、革のベルト x 1』

 

 クソドロップ品の、オンパレード。

 100万円が、わずか数分で、数千円の価値しかないガラクタへと変わっていく。

 その、あまりにも壮絶な爆死劇。

 それに、コメント欄はもはや、同情と、そしてそれ以上に大きな爆笑の渦に、完全に飲み込まれていた。

 

『JOKERさん、完全に沼ってるwww』

『スキル使わないと、こんなもんなのかよwww』

『メシが、うめええええええええええ!』

 

「…うるせえよ」

 JOKERは、その声援(?)に、悪態をついた。

 だが、彼の瞳は、まだ死んでいなかった。

 彼は、その狂乱のギャンブルを、ただ黙々と、そして淡々と、続けていく。

 10連、20連、50連…。

 彼の2000万円は、面白いように、そしてどこまでも無慈悲に、電子の海の藻屑と消えていった。

 

 100連を終えた時点で、彼のインベントリに残されていたのは、おびただしい数のモンスターの素材と、数個の低級エッセンス。そして、換金してもせいぜい数十万円にしかならない、ガラクタ同然のレア装備だけだった。

 損失、約950万円。

 その、あまりにも絶望的な数字。

 それに、コメント欄の空気も、さすがに変わり始めていた。

 笑いは、消えた。

 後に残されたのは、ただ、この男がこれから引き起こすであろう「何か」に対する、純粋な畏怖と、そして熱狂だけだった。

 

 そこから先は、もはやただの配信ではなかった。

 一つの、伝説の目撃記録だった。

 101回目から、199回目まで。

 JOKERは、ただ黙々と、カードを交換し続けた。

 その表情は、変わらない。

 ポーカーフェイス。

 だが、その額に浮かぶ汗と、時折、強く握りしめられる拳だけが、彼の内なる焦燥を、物語っていた。

 2000万円という、巨大な投資額を回収するには、あまりにも、あまりにも足りない。

 彼の、神がかったはずの幸運は、完全に沈黙していた。

 コメント欄もまた、そのあまりにも壮絶な爆死劇に、もはや言葉を失っていた。

 ただ、固唾を飲んで、その結末を見守るだけだった。

 

 そして、ついにその時は来た。

 最後の一回。

 200連目。

 彼のインベントリに残された、最後の5枚の【虚空(こくう)】。

 彼は、そのカードを、静かに、そしてどこまでも優しく、その手に取った。

 そして彼は、ARカメラの向こうの、数十万人の観客たちに、そしてこの世界の全ての神々に、語りかけるように言った。

 その声は、震えていた。

 だが、それは絶望からではない。

 抑えきれない、武者震いからだった。

 

「…面白い」

「面白いじゃねえか」

「これだよ。これこそが、俺が求めていた、最高のテーブルだ」

「――199回の、絶望」

「その全ては、この最後の一回の、輝きのための、前戯(ぜんぎ)に過ぎねえんだよ」

 

 彼は、その最後の5枚のカードを、天へと掲げた。

 そして彼は、叫んだ。

 その声は、このショーの、そして彼の人生の、最高のクライマックスを告げる、ファンファーレだった。

 彼は、スキルは使わないと宣言していた。

 だが、彼の魂そのものが、ギャンブルの神に、祈りを捧げていた。

 

「――来いッ!」

 

 彼が、「交換!」と叫んだ、その瞬間。

 ありえない奇跡が、起こった。

 

 5枚の漆黒のカードが、これまでのような、ただの光になって消えるのではない。

 それらは、一つの巨大な、そしてどこまでも美しい、黄金の太陽へと、その姿を変えたのだ。

 その光は、彼の部屋を、そして彼の配信を見ている全ての者の、その魂の奥底までを、温かく、そして力強く、照らし出した。

 そして、その光が収まった時。

 彼のインベントリに、それは、静かに、しかし絶対的な存在感を放って、鎮座していた。

 一つではない。

 五つの、神々の心臓。

 

[アイテム画像:内部に、まるで銀河のように無数の光の粒子が渦巻く、五つの禍々しくも神々しい、黄金のオーブ]

 

【神のオーブ】 x 5

 

 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 そして、その静寂を破ったのは、JOKER自身の、小さな、しかしどこまでも深い、安堵のため息だった。

 彼は、その場で椅子に深く、深くもたれかかった。

 そして、その手で顔を覆った。

 その肩は、小さく震えていた。

 泣いているのか。

 あるいは、笑っているのか。

 それは、誰にも分からなかった。

 

 その、あまりにも劇的な結末。

 それに、コメント欄が、これまでのどの熱狂とも比較にならない、本当の「爆発」を起こした。

 もはや、それは言葉にならない、ただの、魂の絶叫の、洪水だった。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』

『やった…やったんだ…!』

『神!神!神!神!神!』

『最後の最後で、5個も!?嘘だろ!?』

『2000万が、1250億になった瞬間だ…!』

『ありがとうJOKER!最高のショーだった!』

 

 その、興奮の渦の中で。

 誰かが、呟いた。

 その言葉こそが、この長い、長い夜の、全てを物語っていた。

 

『――スキル縛りだったんだよな、今日…』

『ああ…』

『つまり、これ、マジの、純粋な「運」だけで、引き当てたってことか…』

『なんだよ、この男…。運命に、愛されすぎだろ…!』

『いや、違う』

『――この男自身が、運命そのものなんだ』

 

 彼の、新たな伝説が、また一つ、この世界の歴史に、確かに刻み込まれた、その瞬間だった。

 

 

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