ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第324話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、二日酔いのように、甘美で、しかしどこか現実感を失わせる熱狂の余韻に包まれていた。

 全ての掲示板、全てのカテゴリーが、まだあの伝説の一夜の話題で、埋め尽くされている。

 神崎隼人――“JOKER”。

 彼が、たった一人で、2000万円という莫大なチップを積み上げ、そして純粋な「運」だけで、1250億円という、もはや国家予算ですらない天文学的な勝利を掴み取った、あの狂乱の夜。

 その衝撃は、あまりにも大きかった。

 

【SeekerNet 掲示板 - 総合雑談スレ Part. 1621】

 

 1: 名無しの眠れない冒険者

 …だめだ。

 まだ、心臓がバクバクしてる。

 昨日のJOKERの配信、アーカイブでもう10回は見直しちまったよ。

 あの、最後の5個の【神のオーブ】が出た瞬間。

 マジで、鳥肌が立った。

 

 2: 名無しのF級スライムハンター

 

 1

 分かる。めちゃくちゃ分かるぞ。

 俺、あの瞬間、マジで叫んだもん。近所迷惑だったかもしれん。

 でも、しょうがねえだろ!歴史が動いたんだから!

 

 3: 名無しのC級戦士

 

 2

 だよな!

 俺、あの後、いてもたってもいられなくなってさ。

 雷帝ファンドの100万、全部【虚空(こくう)】のカードにつぎ込んじまったよ!

 10連ガチャだ!

 

 4: 名無しのE級ヒーラー

 

 3

 おお!勇者よ!

 で、どうだったんだ!?結果は!?

 

 5: 名無しのC級戦士

 

 4

[画像:インベントリ画面のスクリーンショット。大量の「ゴブリンの耳」と、数個の低級エッセンス、そして一枚の【ゴブリン()親族(しんぞく)】カードだけが、虚しく並んでいる]

 

 …聞くな。

 聞かないでくれ。

 俺の100万円は、ゴブリンの耳になった。

 

 6: 名無しのゲーマー

 wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 知ってたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 7: 名無しの現実主義者

 

 6

 だから、言っただろうが。

 あれは、JOKERだからできたことなんだよ。

 俺たち凡人が真似しようとしたら、ただ破産するだけだ。

 諦めろ。

 

 スレッドには、そんなJOKERの奇跡に触発され、自らの運命を試そうとした者たちの、無数の「爆死報告」が溢れていた。

 だが、その報告は決して悲壮感に満ちたものではなかった。

 むしろ、同じ祭りに参加できたことへの、どこか清々しいまでの連帯感と、そしてあの伝説の男への、揺るぎない畏敬の念に満ちていた。

 そんな中、一人のA級探索者が、そのプロフェッショナルとしての冷徹な視点から、一つの重い事実を投下した。

 

 211: 名無しのA級タンク

 まあ、お前らが浮かれるのも無理はねえ。

 俺も、昨日の夜からずっと、あのログを見返してる。

 だがな、俺は一つだけ、どうしても納得がいかねえことがある。

 俺も、昨日のお祭りに乗せられてな。【虚空(こくう)】200連してみたんだよ。

 結果は、もちろん全滅だった。損失、2000万。

 だが、問題はそこじゃねえ。

 俺が言いたいのはな…。

 

 彼はそこで一度言葉を切った。

 スレッドの全ての住人が、固唾を飲んで彼の次の言葉を待っていた。

 

 212: 名無しのA級タンク

 JOKERは、運も天蓋(てんがい)突破(とっぱ)してるやん。

 おかしいだろ、あれは。

 スキル縛りだったんだぞ?

 純粋な運だけで、あの確率を引けるわけがねえ。

 何か、ある。

 俺たちの知らない、何かが。

 

 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも本質を突いた疑問。

 それに、スレッドの空気が、わずかに変わった。

 そうだ。

 誰もが、心のどこかで感じていた、その違和感。

 あまりにも、出来すぎていやしないか?

 その、ざわめき。

 その、混沌。

 その、世界の理そのものへの、根源的な問いかけ。

 その、全てのノイズの中心へと。

 一つの、静かな、しかしどこまでも鋭利な、声が響き渡った。

 

 325: 名無しのビルド考察家

 ――待て待て、お前ら。

 重要な事実を、スルーしてるぞ。

 

 その、あまりにも唐突な、そしてどこまでも意味深な一言。

 投稿主は、このスレッドの誰もがその名を知る、伝説のビルド研究家だった。

 彼の登場に、スレッドの空気が一瞬で引き締まる。

 

 326: 名無しのゲーマー

 

 325

 えっ、何?

 考察家ニキ!どういうことだ!?

 

 327: 名無しのビルド考察家

 

 326

 落ち着け。

 まず、事実を整理しろ。

 JOKERが、最後に引き当てたもの。

 あれは、何だった?

 

 328: 名無しのC級戦士

 

 327

【神のオーブ】だろ?5個の。

 

 329: 名無しのビルド考察家

 

 328

 そうだ。

 では、聞こう。

(かみ)への挑戦権(ちょうせんけん)】のカード。

 あれの報酬は、何だった?

 

 330: 名無しのD級(学生)

 

 329

 えっと…。

【神のオーブ】、1個…?

 

 331: 名無しのビルド考察家

 

 330

 ――そうだ。

 1個だ。

 5個では、ない。

 そして、【虚空(こくう)】のカードの効果テキストを、もう一度よく読んでみろ。

『他の【宿星のカード】がもたらす報酬の中から、いずれか一つをランダムで入手できる』。

 つまり、【虚空(こくう)】は、新たな報酬を生み出すスキルではない。

 あくまで、既存のカードの報酬を「コピー」するだけのスキルだ。

 …もう、分かるな?

 お前らが、見落としていた、あまりにも巨大で、そしてどこまでも恐ろしい、この世界の真実が。

 

 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 スレッドの、全ての時間が止まったかのような錯覚。

 誰もが、その言葉の意味を、必死に理解しようとしていた。

 そして、その沈黙を破ったのは、一人の、あまりにも純粋な、魂の絶叫だった。

 

 335: 名無しのF級スライムハンター

 …え?

 ちょ、待って…。

 それって、つまり…。

 神のオーブ×5が交換品の宿命のカードがあるって事だよ。

 

 その、あまりにも衝撃的な、そしてどこまでも論理的な、結論。

 それが、スレッドに投下された、その瞬間。

 世界の、全ての歯車が、狂った。

 

『は!?』

『うそだろ!?』

『待て待て待て待て待て待て待て!頭が、追い付かねえ!』

『つまり、JOKERが引いたのは、【(かみ)への挑戦権(ちょうせんけん)】の当たりじゃなくて…』

『――別の、まだ誰も発見していない、神のオーブを5個も交換できる、未知の宿星のカードの「大当たり」を引いたってことか!!!!!!』

 

 その、あまりにも狂気的な、そしてどこまでも美しい真実。

 それに、スレッドは、本当の意味での「爆発」を起こした。

 もはや、それは賞賛ではない。

 一つの、世界の理そのものが、根底から覆された瞬間への、畏敬の念だった。

 JOKERの、あの奇跡。

 それは、ただの幸運などではなかった。

 奇跡の、さらにその上に存在する、奇跡の中の奇跡。

 神々のサイコロの、クリティカルヒット。

 その、あまりにも天文学的な確率。

 

 その、絶対的な事実を前にして。

 スレッドの、有識者たちが、その戦慄に満ちた、次なる「予測」を、語り始めた。

 

 815: 元ギルドマン@戦士一筋

 …なるほどな。

 そういうことか。

 つまり、どこかのダンジョンから、それが出る!!!!

 神のオーブを、5個もドロップする、未知のテーブルが、この世界のどこかに、存在する…。

 

 821: ハクスラ廃人

 ああ、間違いないな。

 そして、もしかして、そのダンジョンを回せる者が、次の世界の覇権を握れるって事?

 神のオーブ5個だぞ?

 あれさえあれば、どんな装備だって、神話級に作り変えられる。

 一つのギルドが、一夜にして神の軍勢になる。

 とんでもねえ、アドバンテージだ…。

 

 828: 名無しの情報屋A級

 やばい。

 やばいぞ、これ。

 もう、始まってる。

 水面下で、世界の全てのトップギルドが、動き出してる。

 その、未知なる「黄金郷」を探すための、大探索時代が。

 それがどこかにあるか分からないけど、どこかにある…。

 

 その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも危険な、新たなゴールドラッシュの幕開け。

 それに、スレッドは、もはや制御不能の熱狂の坩堝と化した。

 誰もが、その未知なるダンジョンに、思いを馳せた。

 それは、一体どこにあるのか。

 A級か?

 S級か?

 あるいは、F級の、誰もが見向きもしないような、忘れ去られた場所に、眠っているのか。

 その答えを、誰も知らない。

 だが、その答えを、世界の全ての探索者が、今、この瞬間から、探し求めることになる。

 

 その、あまりにも巨大な、世界のうねりの、その中心で。

 全ての引き金を引いた張本人、神崎隼人は。

 その頃、ようやく長い眠りから覚め、寝ぼけ眼で、自らのインベントリに静かに鎮座する、五つの黄金の太陽を、ただぼんやりと、眺めていた。

 彼は、まだ気づいていない。

 自らが、ただのギャンブラーから、この世界の運命そのものを動かす、本当の「JOKER」へと、その姿を変えてしまったという、その事実に。

 彼の、本当の物語は、まだ始まってもいなかったのだ。

 

 

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