ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、二日酔いのように、甘美で、しかしどこか現実感を失わせる熱狂の余韻に包まれていた。
全ての掲示板、全てのカテゴリーが、まだあの伝説の一夜の話題で、埋め尽くされている。
神崎隼人――“JOKER”。
彼が、たった一人で、2000万円という莫大なチップを積み上げ、そして純粋な「運」だけで、1250億円という、もはや国家予算ですらない天文学的な勝利を掴み取った、あの狂乱の夜。
その衝撃は、あまりにも大きかった。
【SeekerNet 掲示板 - 総合雑談スレ Part. 1621】
1: 名無しの眠れない冒険者
…だめだ。
まだ、心臓がバクバクしてる。
昨日のJOKERの配信、アーカイブでもう10回は見直しちまったよ。
あの、最後の5個の【神のオーブ】が出た瞬間。
マジで、鳥肌が立った。
2: 名無しのF級スライムハンター
1
分かる。めちゃくちゃ分かるぞ。
俺、あの瞬間、マジで叫んだもん。近所迷惑だったかもしれん。
でも、しょうがねえだろ!歴史が動いたんだから!
3: 名無しのC級戦士
2
だよな!
俺、あの後、いてもたってもいられなくなってさ。
雷帝ファンドの100万、全部【
10連ガチャだ!
4: 名無しのE級ヒーラー
3
おお!勇者よ!
で、どうだったんだ!?結果は!?
5: 名無しのC級戦士
4
[画像:インベントリ画面のスクリーンショット。大量の「ゴブリンの耳」と、数個の低級エッセンス、そして一枚の【
…聞くな。
聞かないでくれ。
俺の100万円は、ゴブリンの耳になった。
6: 名無しのゲーマー
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
知ってたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
7: 名無しの現実主義者
6
だから、言っただろうが。
あれは、JOKERだからできたことなんだよ。
俺たち凡人が真似しようとしたら、ただ破産するだけだ。
諦めろ。
スレッドには、そんなJOKERの奇跡に触発され、自らの運命を試そうとした者たちの、無数の「爆死報告」が溢れていた。
だが、その報告は決して悲壮感に満ちたものではなかった。
むしろ、同じ祭りに参加できたことへの、どこか清々しいまでの連帯感と、そしてあの伝説の男への、揺るぎない畏敬の念に満ちていた。
そんな中、一人のA級探索者が、そのプロフェッショナルとしての冷徹な視点から、一つの重い事実を投下した。
211: 名無しのA級タンク
まあ、お前らが浮かれるのも無理はねえ。
俺も、昨日の夜からずっと、あのログを見返してる。
だがな、俺は一つだけ、どうしても納得がいかねえことがある。
俺も、昨日のお祭りに乗せられてな。【
結果は、もちろん全滅だった。損失、2000万。
だが、問題はそこじゃねえ。
俺が言いたいのはな…。
彼はそこで一度言葉を切った。
スレッドの全ての住人が、固唾を飲んで彼の次の言葉を待っていた。
212: 名無しのA級タンク
JOKERは、運も
おかしいだろ、あれは。
スキル縛りだったんだぞ?
純粋な運だけで、あの確率を引けるわけがねえ。
何か、ある。
俺たちの知らない、何かが。
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも本質を突いた疑問。
それに、スレッドの空気が、わずかに変わった。
そうだ。
誰もが、心のどこかで感じていた、その違和感。
あまりにも、出来すぎていやしないか?
その、ざわめき。
その、混沌。
その、世界の理そのものへの、根源的な問いかけ。
その、全てのノイズの中心へと。
一つの、静かな、しかしどこまでも鋭利な、声が響き渡った。
325: 名無しのビルド考察家
――待て待て、お前ら。
重要な事実を、スルーしてるぞ。
その、あまりにも唐突な、そしてどこまでも意味深な一言。
投稿主は、このスレッドの誰もがその名を知る、伝説のビルド研究家だった。
彼の登場に、スレッドの空気が一瞬で引き締まる。
326: 名無しのゲーマー
325
えっ、何?
考察家ニキ!どういうことだ!?
327: 名無しのビルド考察家
326
落ち着け。
まず、事実を整理しろ。
JOKERが、最後に引き当てたもの。
あれは、何だった?
328: 名無しのC級戦士
327
【神のオーブ】だろ?5個の。
329: 名無しのビルド考察家
328
そうだ。
では、聞こう。
【
あれの報酬は、何だった?
330: 名無しのD級(学生)
329
えっと…。
【神のオーブ】、1個…?
331: 名無しのビルド考察家
330
――そうだ。
1個だ。
5個では、ない。
そして、【
『他の【宿星のカード】がもたらす報酬の中から、いずれか一つをランダムで入手できる』。
つまり、【
あくまで、既存のカードの報酬を「コピー」するだけのスキルだ。
…もう、分かるな?
お前らが、見落としていた、あまりにも巨大で、そしてどこまでも恐ろしい、この世界の真実が。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
スレッドの、全ての時間が止まったかのような錯覚。
誰もが、その言葉の意味を、必死に理解しようとしていた。
そして、その沈黙を破ったのは、一人の、あまりにも純粋な、魂の絶叫だった。
335: 名無しのF級スライムハンター
…え?
ちょ、待って…。
それって、つまり…。
神のオーブ×5が交換品の宿命のカードがあるって事だよ。
その、あまりにも衝撃的な、そしてどこまでも論理的な、結論。
それが、スレッドに投下された、その瞬間。
世界の、全ての歯車が、狂った。
『は!?』
『うそだろ!?』
『待て待て待て待て待て待て待て!頭が、追い付かねえ!』
『つまり、JOKERが引いたのは、【
『――別の、まだ誰も発見していない、神のオーブを5個も交換できる、未知の宿星のカードの「大当たり」を引いたってことか!!!!!!』
その、あまりにも狂気的な、そしてどこまでも美しい真実。
それに、スレッドは、本当の意味での「爆発」を起こした。
もはや、それは賞賛ではない。
一つの、世界の理そのものが、根底から覆された瞬間への、畏敬の念だった。
JOKERの、あの奇跡。
それは、ただの幸運などではなかった。
奇跡の、さらにその上に存在する、奇跡の中の奇跡。
神々のサイコロの、クリティカルヒット。
その、あまりにも天文学的な確率。
その、絶対的な事実を前にして。
スレッドの、有識者たちが、その戦慄に満ちた、次なる「予測」を、語り始めた。
815: 元ギルドマン@戦士一筋
…なるほどな。
そういうことか。
つまり、どこかのダンジョンから、それが出る!!!!
神のオーブを、5個もドロップする、未知のテーブルが、この世界のどこかに、存在する…。
821: ハクスラ廃人
ああ、間違いないな。
そして、もしかして、そのダンジョンを回せる者が、次の世界の覇権を握れるって事?
神のオーブ5個だぞ?
あれさえあれば、どんな装備だって、神話級に作り変えられる。
一つのギルドが、一夜にして神の軍勢になる。
とんでもねえ、アドバンテージだ…。
828: 名無しの情報屋A級
やばい。
やばいぞ、これ。
もう、始まってる。
水面下で、世界の全てのトップギルドが、動き出してる。
その、未知なる「黄金郷」を探すための、大探索時代が。
それがどこかにあるか分からないけど、どこかにある…。
その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも危険な、新たなゴールドラッシュの幕開け。
それに、スレッドは、もはや制御不能の熱狂の坩堝と化した。
誰もが、その未知なるダンジョンに、思いを馳せた。
それは、一体どこにあるのか。
A級か?
S級か?
あるいは、F級の、誰もが見向きもしないような、忘れ去られた場所に、眠っているのか。
その答えを、誰も知らない。
だが、その答えを、世界の全ての探索者が、今、この瞬間から、探し求めることになる。
その、あまりにも巨大な、世界のうねりの、その中心で。
全ての引き金を引いた張本人、神崎隼人は。
その頃、ようやく長い眠りから覚め、寝ぼけ眼で、自らのインベントリに静かに鎮座する、五つの黄金の太陽を、ただぼんやりと、眺めていた。
彼は、まだ気づいていない。
自らが、ただのギャンブラーから、この世界の運命そのものを動かす、本当の「JOKER」へと、その姿を変えてしまったという、その事実に。
彼の、本当の物語は、まだ始まってもいなかったのだ。