ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。
【フラクチャーオーブ】。
いまだ誰も完成させたことのない、未知の神話級クラフトアイテム。それは、世界の全てのトップランカーと、好事家たちの知的好奇心を刺激し続けていた。
B級以上のダンジョンでは、「来訪者」を狩り、その欠片を集めることが新たなブームとなっていた。だが、そのドロップ率は絶望的に低く、20個というあまりにも遠いゴールを前に、多くの者が諦めかけていた。
世界の空気は、新たな謎への期待と、そのあまりの困難さへの諦観が混じり合った、奇妙な停滞期にあった。
その、あまりにも穏やかで、そしてどこまでも退屈な均衡。
それを、破壊したのは、やはりあの男だった。
その日の午後。
何の前触れもなく、彼の配信は始まった。
【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 951】
1: 名無しのJOKERウォッチャー
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
始まったぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
JOKERが、配信始めた!!!!!!!!!!!!!!!
タイトルが、ヤバい!!!!!!!!!!!!!!!!
その、あまりにも切羽詰まった絶叫。
それに、スレッドは一瞬にして、トップスピードへと加速した。
【配信タイトル:【世界初】フラクチャーオーブ、お前らと創る【全財産ベット】】
【配信者:JOKER】
【現在の視聴者数:312,895人】
『は!?』
『マジかよ!』
『フラクチャーオーブ!?ついに、やるのか!?』
『20個、集まったのかよ!?』
その熱狂をBGMに、配信画面にJOKERの姿が映し出された。
彼は、西新宿のタワーマンションの一室。その漆黒のハイスペックPC、【
「よう、お前ら。見ての通り、今日は落札配信だ」
彼の声は、どこまでも楽しそうだった。
「この世界の、誰も見たことのない景色を、お前らに見せてやる。そのための、チケットは、もう揃えた」
彼は、そう言うと、自らのインベントリを開いた。
そこに表示されていたのは、二つの、まるで砕け散った鏡の破片のように、無数の亀裂が走る、禍々しいアイテムのスタックだった。
【フラクチャーオーブの欠片】。
そのスタック数は、『2』。
彼が、あの「来訪者」から手に入れた、世界で最初の二つの欠片。
「だがな、お前ら。これだけじゃ、足りねえ。あと、18個だ」
彼は、そう言うと、もう一つのウィンドウを開いた。
それは、世界の全ての富と欲望が渦巻く、神々のテーブル。
国際公式ギルドが運営する、世界共通のマーケットだった。
「だから、今から、この世界のマーケットに存在する、全ての欠片を、俺が買い占める」
その、あまりにも傲慢な、そしてどこまでも力強い宣言。
それに、コメント欄が、爆発した。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
『買い占める!?正気か、JOKER!』
『今、欠片一個、最低でも10億はするんだぞ!?』
その、心配と、そしてそれ以上に大きな期待に満ちた声援。
それに、JOKERは、ただ静かに、そして獰猛に、笑った。
「――ショーの始まりだぜ」
そこから始まったのは、もはやただの買い物ではなかった。
一つの、伝説の目撃記録だった。
JOKERは、その指先で、世界のマーケットを、蹂躙し始めた。
彼の配信を見守る数十万の観客たちは、その狂乱の、リアルタイム実況者となった。
『うおおお!ロンドン市場に出てるやつ、**1個買えた!**10億2000万で、即決!』
『ニューヨークのやつも、入札合戦になってるぞ!相手は、オーディンだ!』
『JOKER、11億入札!通った!2個買えた!』
『やべえ!金の使い方が、尋常じゃねえ!』
彼のカーソルが動くたびに、億単位の金が、まるで紙屑のように消えていく。
その、あまりにも非現実的な光景。
世界の、トップギルドたちが、そのあまりにも唐突な「嵐」の襲来に、気づいた。
だが、もう遅い。
JOKERの、その圧倒的な資金力と、そして何よりも、その迷いのない決断の速さ。
それに、誰も追いつくことはできなかった。
30分後。
世界のマーケットから、【フラクチャーオーブの欠片】という商品が、完全に消え去っていた。
JOKERは、200億を、たった30分で溶かし、そしてその全てを、18個の、小さな光の欠片へと変えていたのだ。
彼のインベントリに、転送されてくる、18個の欠片。
その光景を、コメント欄は、もはや言葉を失い、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
「…ふぅ」
JOKERは、深く、そして満足げに、息を吐いた。
「これで、役者は揃ったな」
彼のインベントリには、今、確かに、20個の【フラクチャーオーブの欠片】が、静かな、しかしどこまでも禍々しい輝きを放っていた。
彼は、その20個の欠片を、インベントリから取り出し、クラフトウィンドウの、その中央へと、一つ、また一つと、並べていく。
その、あまりにも神聖な、儀式。
それに、彼の配信の視聴者数は、世界の歴史上、誰も観測したことのない領域へと、突入しようとしていた。
500万、800万、900万…。
そして、ついに。
同時視聴者数は、1000万人を超えていた。
「――よし、お前ら」
JOKERの声が、その熱狂の中心で、静かに、しかしどこまでも力強く、響き渡った。
「――伝説を、作るぞ」
「世界で初めて、フラクチャーオーブが出来るぞ?」
彼が、その20個の欠片を、一つのスタックへと合わせようとする、その瞬間。
ありえない奇跡が、起こった。
20個の欠片が、それぞれが持つ、無数の亀裂を、互いに求め、そして引き寄せ合うかのように、一つの球体へと、収束していく。
そして、その中心で、これまで誰も見たことのない、純粋な、そして絶対的な「破壊」と「創造」の光が、生まれた。
光り輝き、その光は、彼の部屋を、そして彼の配信を見ている1000万人の、その魂の奥底までを、白く、そしてどこまでも白く、染め上げた。
そして、その光が収まった時。
彼のクラフトウィンドウに、それは、静かに、しかし絶対的な存在感を放って、鎮座していた。
一つの、神々の遺産。
フラクチャーオーブ1個が、出来る。
名前:
フラクチャーオーブ
(ふらくちゃーおーぶ)
(Fractured Orb)
レアリティ:
神話級 (Mythic-tier)
種別:
カレンシーアイテム / クラフトアイテム (Currency Item / Crafting Item)
効果:
4つ以上のMODを持つレアアイテムに使用できる。
使用すると、そのアイテムに付与されているMODの中から一つをランダムに選び、「
破壊的固定されたMODは、アイテムに金色の亀裂のような特別なエフェクトで表示され、以後、混沌のオーブや高貴のオーブなど、いかなる方法をもってしても、決して変更、あるいは消滅することはなくなる。
フレーバーテキスト:
九十九の完璧なMODを並べても、
たった一つの不純物が、神の領域への道を阻む。
ならば、砕け。
その不確定な運命を。
そして、拾い上げろ。
瓦礫の中にただ一つだけ輝く、揺るぎない永遠の真実を。
これこそが、完璧を超えて、さらなる完璧を求める、
愚かで、そして最も気高い魂だけが使うことを許された、
最後の槌。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
配信画面のコメント欄の動きが、完全に止まった。
1000万人の視聴者たちが、一斉に、その呼吸を忘れていた。
そして、その沈黙を破ったのは、JOKER自身の、小さな、しかしどこまでも深い、感嘆の声だった。
「――ついに出来た。…破壊的固定、と来たか」
彼の、その一言。
それが、引き金となった。
コメント欄が、これまでのどの熱狂とも比較にならない、本当の「爆発」を起こした。
もはや、それは言葉にならない、ただの、魂の絶叫の、洪水だった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』
『やった…!やったんだ…!』
『歴史が、動いた…!』
『MOD固定!?嘘だろ!?そんなの、ありかよ!』
『クラフトの、神が生まれた瞬間だ…!』
その、興奮の渦の中で。
JOKERは、その神々の遺産を、静かに、そしてどこまでも優しく、そのインベントリへと仕舞った。
そして彼は、ARカメラの向こうの、言葉を失った1000万人の観客たちに、最高の、そして最も獰猛な、ギャンブラーの笑みを向けた。
その瞳には、次なる、そしてより大きな、ショーへの期待が、燃え盛っていた。
「――さて、と」
彼の声が、その熱狂を、支配する。
「オークションの開始だぜ?」