ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第332話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。

【フラクチャーオーブ】。

 いまだ誰も完成させたことのない、未知の神話級クラフトアイテム。それは、世界の全てのトップランカーと、好事家たちの知的好奇心を刺激し続けていた。

 B級以上のダンジョンでは、「来訪者」を狩り、その欠片を集めることが新たなブームとなっていた。だが、そのドロップ率は絶望的に低く、20個というあまりにも遠いゴールを前に、多くの者が諦めかけていた。

 世界の空気は、新たな謎への期待と、そのあまりの困難さへの諦観が混じり合った、奇妙な停滞期にあった。

 

 その、あまりにも穏やかで、そしてどこまでも退屈な均衡。

 それを、破壊したのは、やはりあの男だった。

 その日の午後。

 何の前触れもなく、彼の配信は始まった。

 

【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 951】

 

 1: 名無しのJOKERウォッチャー

 おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 始まったぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 JOKERが、配信始めた!!!!!!!!!!!!!!!

 タイトルが、ヤバい!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 その、あまりにも切羽詰まった絶叫。

 それに、スレッドは一瞬にして、トップスピードへと加速した。

 

【配信タイトル:【世界初】フラクチャーオーブ、お前らと創る【全財産ベット】】

【配信者:JOKER】

【現在の視聴者数:312,895人】

 

『は!?』

『マジかよ!』

『フラクチャーオーブ!?ついに、やるのか!?』

『20個、集まったのかよ!?』

 

 その熱狂をBGMに、配信画面にJOKERの姿が映し出された。

 彼は、西新宿のタワーマンションの一室。その漆黒のハイスペックPC、【静寂(せいじゃく)(おう)】の前に座り、ARカメラの向こうの興奮する観客たちに、不敵な笑みを向けた。

 

「よう、お前ら。見ての通り、今日は落札配信だ」

 彼の声は、どこまでも楽しそうだった。

「この世界の、誰も見たことのない景色を、お前らに見せてやる。そのための、チケットは、もう揃えた」

 彼は、そう言うと、自らのインベントリを開いた。

 そこに表示されていたのは、二つの、まるで砕け散った鏡の破片のように、無数の亀裂が走る、禍々しいアイテムのスタックだった。

【フラクチャーオーブの欠片】。

 そのスタック数は、『2』。

 彼が、あの「来訪者」から手に入れた、世界で最初の二つの欠片。

 

「だがな、お前ら。これだけじゃ、足りねえ。あと、18個だ」

 彼は、そう言うと、もう一つのウィンドウを開いた。

 それは、世界の全ての富と欲望が渦巻く、神々のテーブル。

 国際公式ギルドが運営する、世界共通のマーケットだった。

「だから、今から、この世界のマーケットに存在する、全ての欠片を、俺が買い占める」

 

 その、あまりにも傲慢な、そしてどこまでも力強い宣言。

 それに、コメント欄が、爆発した。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』

『買い占める!?正気か、JOKER!』

『今、欠片一個、最低でも10億はするんだぞ!?』

 

 その、心配と、そしてそれ以上に大きな期待に満ちた声援。

 それに、JOKERは、ただ静かに、そして獰猛に、笑った。

「――ショーの始まりだぜ」

 

 そこから始まったのは、もはやただの買い物ではなかった。

 一つの、伝説の目撃記録だった。

 JOKERは、その指先で、世界のマーケットを、蹂躙し始めた。

 彼の配信を見守る数十万の観客たちは、その狂乱の、リアルタイム実況者となった。

 

『うおおお!ロンドン市場に出てるやつ、**1個買えた!**10億2000万で、即決!』

『ニューヨークのやつも、入札合戦になってるぞ!相手は、オーディンだ!』

『JOKER、11億入札!通った!2個買えた!』

『やべえ!金の使い方が、尋常じゃねえ!』

 

 彼のカーソルが動くたびに、億単位の金が、まるで紙屑のように消えていく。

 その、あまりにも非現実的な光景。

 世界の、トップギルドたちが、そのあまりにも唐突な「嵐」の襲来に、気づいた。

 だが、もう遅い。

 JOKERの、その圧倒的な資金力と、そして何よりも、その迷いのない決断の速さ。

 それに、誰も追いつくことはできなかった。

 

 30分後。

 世界のマーケットから、【フラクチャーオーブの欠片】という商品が、完全に消え去っていた。

 JOKERは、200億を、たった30分で溶かし、そしてその全てを、18個の、小さな光の欠片へと変えていたのだ。

 彼のインベントリに、転送されてくる、18個の欠片。

 その光景を、コメント欄は、もはや言葉を失い、ただ呆然と見つめることしかできなかった。

 

「…ふぅ」

 JOKERは、深く、そして満足げに、息を吐いた。

「これで、役者は揃ったな」

 彼のインベントリには、今、確かに、20個の【フラクチャーオーブの欠片】が、静かな、しかしどこまでも禍々しい輝きを放っていた。

 彼は、その20個の欠片を、インベントリから取り出し、クラフトウィンドウの、その中央へと、一つ、また一つと、並べていく。

 その、あまりにも神聖な、儀式。

 それに、彼の配信の視聴者数は、世界の歴史上、誰も観測したことのない領域へと、突入しようとしていた。

 500万、800万、900万…。

 そして、ついに。

 同時視聴者数は、1000万人を超えていた。

 

「――よし、お前ら」

 JOKERの声が、その熱狂の中心で、静かに、しかしどこまでも力強く、響き渡った。

「――伝説を、作るぞ」

「世界で初めて、フラクチャーオーブが出来るぞ?」

 

 彼が、その20個の欠片を、一つのスタックへと合わせようとする、その瞬間。

 ありえない奇跡が、起こった。

 

 20個の欠片が、それぞれが持つ、無数の亀裂を、互いに求め、そして引き寄せ合うかのように、一つの球体へと、収束していく。

 そして、その中心で、これまで誰も見たことのない、純粋な、そして絶対的な「破壊」と「創造」の光が、生まれた。

 光り輝き、その光は、彼の部屋を、そして彼の配信を見ている1000万人の、その魂の奥底までを、白く、そしてどこまでも白く、染め上げた。

 そして、その光が収まった時。

 彼のクラフトウィンドウに、それは、静かに、しかし絶対的な存在感を放って、鎮座していた。

 一つの、神々の遺産。

 フラクチャーオーブ1個が、出来る。

 

 名前:

 フラクチャーオーブ

(ふらくちゃーおーぶ)

(Fractured Orb)

 

 レアリティ:

 神話級 (Mythic-tier)

 

 種別:

 カレンシーアイテム / クラフトアイテム (Currency Item / Crafting Item)

 

 効果:

 4つ以上のMODを持つレアアイテムに使用できる。

 使用すると、そのアイテムに付与されているMODの中から一つをランダムに選び、「破壊的(はかいてき)固定(こてい)(Fracture)」する。

 

 破壊的固定されたMODは、アイテムに金色の亀裂のような特別なエフェクトで表示され、以後、混沌のオーブや高貴のオーブなど、いかなる方法をもってしても、決して変更、あるいは消滅することはなくなる。

 

 フレーバーテキスト:

 

 九十九の完璧なMODを並べても、

 たった一つの不純物が、神の領域への道を阻む。

 

 ならば、砕け。

 その不確定な運命を。

 そして、拾い上げろ。

 瓦礫の中にただ一つだけ輝く、揺るぎない永遠の真実を。

 

 これこそが、完璧を超えて、さらなる完璧を求める、

 愚かで、そして最も気高い魂だけが使うことを許された、

 最後の槌。

 

 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 配信画面のコメント欄の動きが、完全に止まった。

 1000万人の視聴者たちが、一斉に、その呼吸を忘れていた。

 そして、その沈黙を破ったのは、JOKER自身の、小さな、しかしどこまでも深い、感嘆の声だった。

 

「――ついに出来た。…破壊的固定、と来たか」

 

 彼の、その一言。

 それが、引き金となった。

 コメント欄が、これまでのどの熱狂とも比較にならない、本当の「爆発」を起こした。

 もはや、それは言葉にならない、ただの、魂の絶叫の、洪水だった。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』

『やった…!やったんだ…!』

『歴史が、動いた…!』

『MOD固定!?嘘だろ!?そんなの、ありかよ!』

『クラフトの、神が生まれた瞬間だ…!』

 

 その、興奮の渦の中で。

 JOKERは、その神々の遺産を、静かに、そしてどこまでも優しく、そのインベントリへと仕舞った。

 そして彼は、ARカメラの向こうの、言葉を失った1000万人の観客たちに、最高の、そして最も獰猛な、ギャンブラーの笑みを向けた。

 その瞳には、次なる、そしてより大きな、ショーへの期待が、燃え盛っていた。

 

「――さて、と」

 彼の声が、その熱狂を、支配する。

 

「オークションの開始だぜ?」

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