ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、奇妙な静けさと、水面下で沸騰するような熱気に包まれていた。
【フラクチャーオーブの欠片】。
その、あまりにも唐突に世界に出現した、神々の気まぐれなパズル。
JOKERがその存在を世界に示してからというもの、B級以上のダンジョンは、新たなゴールドラッシュの現場と化していた。探索者たちは、日々の稼ぎよりも、あの青い「来訪者」との千載一遇の遭遇を夢見て、危険な狩場へとその身を投じ続けていた。
だが、現実は非情だった。
来訪者の出現率は、絶望的に低い。
そして、たとえ遭遇できたとしても、そのドロップのほとんどは、ありふれたオーブの欠片。あの、謎に満ちた【フラクチャーオーブの欠片】を、その手にできる者は、世界でもまだ数えるほどしかいなかった。
世界の空気は、新たな謎への期待と、そのあまりの困難さへの諦観が混じり合った、奇妙な停滞期にあった。
その、膠着した空気を、再び破壊したのは、やはり現場からの、一つの小さな、しかし確かな「変化」の報告だった。
【SeekerNet 掲示板 - 【新現象】謎の青い幽霊「来訪者」目撃報告スレ Part. 3】
811: 名無しのB級タンク
スレ立て乙。
はぁ…。今日も一日、【
結局、一度も会えなかった。マジで、確率どうなってんだよ…。
812: 名無しのA級魔術師
811
分かる。
俺もだ。こっちは【
もう、フラクチャーオーブの欠片集めは、諦めた方が賢いかもしれんな。
813: 名無しのB級盗賊
812
いや、待て。
俺、さっき遭遇したぞ。B級中位の【機械仕掛けの心臓】で。
それで、ドロップ品なんだが…。
[画像:インベントリ画面のスクリーンショット。【
なんか、新しい欠片、出たんだが。
その、あまりにも唐突な、そしてどこまでも不穏な報告。
それに、スレッドの空気が、一瞬で変わった。
『は!?』
『なんだ、それ!?消去!?』
『新しい、オーブの欠片か!?』
その混乱の渦の中で、最初にその価値を嗅ぎつけたのは、やはりあの男たちだった。
825: ハクスラ廃人
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これ、マジかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「消去」だと!?
まさかとは思うが…。
828: 名無しのクラフトマニア
825
ああ、間違いない。
俺も、今、海外のフォーラムを漁ってきた。
アメリカでも、ヨーロッパでも、ほぼ同時に、同じ欠片のドロップ報告が上がり始めてる。
そして、その効果は…。
彼は、そこで一度言葉を切った。
スレッドの全ての住人が、固唾を飲んで彼の次の言葉を待っていた。
そして彼は、その世界の理を再定義する、神の啓示を投下した。
831: 名無しのクラフトマニア
――ランダムに、MODを一つ、消し去る。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
そして、次の瞬間。
スレッドは、爆発した。
『は!?』
『MODを、消す!?』
『嘘だろ!?そんなの、ありかよ!』
その熱狂の、まさにその中心で。
一つの、新たなレースが、始まった。
誰が、最初に20個の欠片を集め、その禁断のオーブを、その手にするのか。
来訪者のドロップは、一度に大体4個ほど。つまり、最低でも5回は、あの悪魔と遭遇し、そして勝利しなければならない。
その、あまりにも過酷な、しかしどこまでも甘美な競争。
そして、その勝負に、最初に王手をかけたのは、一人の、名もなきクラフターだった。
数日後。
クラフト総合スレに、一つの新たなスレッドが立った。
そのタイトルは、シンプルだった。
だが、その奥には、世界の常識を覆すほどの、絶対的な自信が滲み出ていた。
【スレッドタイトル:【世界初】消去のオーブ、完成。そして、使ってみる】
投稿主は、匿名のB級クラフター。
彼は、この数日間、SeekerNetのマーケットを駆け回り、自らの全財産をはたいて、世界中から【消去のオーブの欠片】を買い占めたのだ。
そして今、彼のインベントリには、確かに20個の欠片が、禍々しい光を放っていた。
スレッドは、お祭り騒ぎとなった。
誰もが、その歴史的瞬間の目撃者になろうと、その書き込みを、固唾を飲んで見守っていた。
1: 名無しのB級クラフター
…よし。
約束通り、やるぞ。
見ててくれ、お前ら。
[画像:クラフトウィンドウに、20個の【消去のオーブの欠片】がセットされているスクリーンショット]
これを、合成する。
その書き込みから、数分後。
彼は、再び現れた。
その手には、一つの、完成されたオーブが握られていた。
[画像:手のひらに乗せられた、一つの、全ての光を吸い込むかのような、マットブラックの球体。その表面には、何も描かれていない。ただ、絶対的な「無」だけが、そこにあった]
『うおおおおお!できた!』
『これが…消去のオーブ…!』
そして彼は、そのショーの、本当のメインイベントを、始めた。
彼は、インベントリから、一つの、いかにも「惜しい」レア等級の指輪を取り出した。
[画像:レア等級の指輪の詳細な情報。【最大HP+95(Tier1)】【火耐性+45%(Tier1)】【雷耐性+42%(Tier2)】、そして【
15: 名無しのB級クラフター
これだ。
昨日、B級ダンジョンで拾った、俺の最高傑作であり、そして最大の失望だ。
この、最後のクソMODさえなければ、数千万は下らなかったはずの、神の指輪。
こいつに、使う。
狙うは、もちろん、あのゴミMODの消去だ。
確率は、4分の1。
外れれば、この指輪は、ただのガラクタになる。
…いくぞ。
その、あまりにも潔い、そしてどこまでもギャンブル狂らしい宣言。
それに、スレッドは、熱狂した。
彼が、その黒いオーブを、指輪へと使用した、その瞬間。
彼のインベントリが、一瞬だけ、暗転した。
そして、再び光を取り戻した時。
そこに表示されていたのは、信じられないほどの、奇跡だった。
[画像:先ほどの指輪の詳細な情報。だが、【
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』
もはや、言葉はなかった。
ただ、魂の絶叫だけが、スレッドを埋め尽くしていく。
彼は、成功したのだ。
ゴミを、宝へと変える、錬金術に。
その、あまりにも劇的な成功。
そして、その直後だった。
いくつかのギルドの公式アカウントから、そのB級クラフターの元へ、ダイレクトメッセージが殺到した。
『その指輪、5000万円で買わせていただけないだろうか?』
『いや、うちは6000万出す!』
そして、時を同じくして、マーケットでは、完成品の【消去のオーブ】の、最初の取引が成立していた。
市場価格は、初動で1個1000万円。
その、あまりにも暴力的な数字。
その、全ての狂騒。
それを、高みの見物を決め込んでいた、有識者たちが、その最後の、そして最も重要な「結論」を、導き出した。
815: 元ギルドマン@戦士一筋
…落ち着け、お前ら。
だが、これは、革命だ。
ランダムとはいえ、MODを消去できるのは、強い。
そして、このオーブの出現が、この世界の経済の、一つの常識を、完全に破壊することになる。
821: ハクスラ廃人
815
ああ、間違いないな。
お前ら、気づいたか?
これ、いらないMODが付いてる準神レアの価値が、上がるんじゃね?
これまで、T1のMODが三つ付いてても、残り一つがゴミだっただけで、あの「惜しい」アイテムたち。
あいつらが、今、一夜にして、億単位の価値を持つ「原石」へと、姿を変えたんだぞ。
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも本質を突いた指摘。
それが、最後の引き金となった。
スレッドの、全ての住人が、一斉に、行動を開始した。
彼らが向かう先は、ただ一つ。
公式の、マーケットプレイス。
そして、彼らは見た。
その、あまりにも滑稽で、そしてどこまでも人間的な、世界の縮図を。
同時に、市場から、いらないMODが一つ付いてる準神レアが、消え始めていた。
誰もが、同じことを考えていたのだ。
安いうちに、未来の「宝」を、買い占めておこうと。
その、あまりにも静かで、そしてどこまでも熾烈な、新たな戦争の幕開け。
それを、SeekerNetの片隅で、誰かが、ポツリと呟いた。
その言葉こそが、この新しい時代の、全てを物語っていた。
『――ゴミ拾いの、始まりだ』