ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第335話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、奇妙な静けさと、水面下で沸騰するような熱気に包まれていた。

【フラクチャーオーブの欠片】。

 その、あまりにも唐突に世界に出現した、神々の気まぐれなパズル。

 JOKERがその存在を世界に示してからというもの、B級以上のダンジョンは、新たなゴールドラッシュの現場と化していた。探索者たちは、日々の稼ぎよりも、あの青い「来訪者」との千載一遇の遭遇を夢見て、危険な狩場へとその身を投じ続けていた。

 だが、現実は非情だった。

 来訪者の出現率は、絶望的に低い。

 そして、たとえ遭遇できたとしても、そのドロップのほとんどは、ありふれたオーブの欠片。あの、謎に満ちた【フラクチャーオーブの欠片】を、その手にできる者は、世界でもまだ数えるほどしかいなかった。

 世界の空気は、新たな謎への期待と、そのあまりの困難さへの諦観が混じり合った、奇妙な停滞期にあった。

 

 その、膠着した空気を、再び破壊したのは、やはり現場からの、一つの小さな、しかし確かな「変化」の報告だった。

 

【SeekerNet 掲示板 - 【新現象】謎の青い幽霊「来訪者」目撃報告スレ Part. 3】

 

 811: 名無しのB級タンク

 スレ立て乙。

 はぁ…。今日も一日、【古竜(こりゅう)寝床(ねどこ)】で来訪者待ちだったぜ。

 結局、一度も会えなかった。マジで、確率どうなってんだよ…。

 

 812: 名無しのA級魔術師

 

 811

 分かる。

 俺もだ。こっちは【天測(てんそく)神域(しんいき)】を3周したが、影も形も見えなかった。

 もう、フラクチャーオーブの欠片集めは、諦めた方が賢いかもしれんな。

 

 813: 名無しのB級盗賊

 

 812

 いや、待て。

 俺、さっき遭遇したぞ。B級中位の【機械仕掛けの心臓】で。

 それで、ドロップ品なんだが…。

 

[画像:インベントリ画面のスクリーンショット。【混沌(こんとん)のオーブの欠片(かけら)】x2、【高貴(こうき)のオーブの欠片(かけら)】x1、そして、これまで誰も見たことのない、黒ずんだ銀色の、禍々しい紋様が刻まれた【消去のオーブの欠片】x4が並んでいる]

 

 なんか、新しい欠片、出たんだが。

 

 その、あまりにも唐突な、そしてどこまでも不穏な報告。

 それに、スレッドの空気が、一瞬で変わった。

 

『は!?』

『なんだ、それ!?消去!?』

『新しい、オーブの欠片か!?』

 

 その混乱の渦の中で、最初にその価値を嗅ぎつけたのは、やはりあの男たちだった。

 

 825: ハクスラ廃人

 おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 これ、マジかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「消去」だと!?

 まさかとは思うが…。

 

 828: 名無しのクラフトマニア

 

 825

 ああ、間違いない。

 俺も、今、海外のフォーラムを漁ってきた。

 アメリカでも、ヨーロッパでも、ほぼ同時に、同じ欠片のドロップ報告が上がり始めてる。

 そして、その効果は…。

 

 彼は、そこで一度言葉を切った。

 スレッドの全ての住人が、固唾を飲んで彼の次の言葉を待っていた。

 そして彼は、その世界の理を再定義する、神の啓示を投下した。

 

 831: 名無しのクラフトマニア

 ――ランダムに、MODを一つ、消し去る。

 

 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 そして、次の瞬間。

 スレッドは、爆発した。

 

『は!?』

『MODを、消す!?』

『嘘だろ!?そんなの、ありかよ!』

 

 その熱狂の、まさにその中心で。

 一つの、新たなレースが、始まった。

 誰が、最初に20個の欠片を集め、その禁断のオーブを、その手にするのか。

 来訪者のドロップは、一度に大体4個ほど。つまり、最低でも5回は、あの悪魔と遭遇し、そして勝利しなければならない。

 その、あまりにも過酷な、しかしどこまでも甘美な競争。

 そして、その勝負に、最初に王手をかけたのは、一人の、名もなきクラフターだった。

 

 数日後。

 クラフト総合スレに、一つの新たなスレッドが立った。

 そのタイトルは、シンプルだった。

 だが、その奥には、世界の常識を覆すほどの、絶対的な自信が滲み出ていた。

 

【スレッドタイトル:【世界初】消去のオーブ、完成。そして、使ってみる】

 

 投稿主は、匿名のB級クラフター。

 彼は、この数日間、SeekerNetのマーケットを駆け回り、自らの全財産をはたいて、世界中から【消去のオーブの欠片】を買い占めたのだ。

 そして今、彼のインベントリには、確かに20個の欠片が、禍々しい光を放っていた。

 スレッドは、お祭り騒ぎとなった。

 誰もが、その歴史的瞬間の目撃者になろうと、その書き込みを、固唾を飲んで見守っていた。

 

 1: 名無しのB級クラフター

 …よし。

 約束通り、やるぞ。

 見ててくれ、お前ら。

 

[画像:クラフトウィンドウに、20個の【消去のオーブの欠片】がセットされているスクリーンショット]

 

 これを、合成する。

 

 その書き込みから、数分後。

 彼は、再び現れた。

 その手には、一つの、完成されたオーブが握られていた。

 

[画像:手のひらに乗せられた、一つの、全ての光を吸い込むかのような、マットブラックの球体。その表面には、何も描かれていない。ただ、絶対的な「無」だけが、そこにあった]

 

『うおおおおお!できた!』

『これが…消去のオーブ…!』

 

 そして彼は、そのショーの、本当のメインイベントを、始めた。

 彼は、インベントリから、一つの、いかにも「惜しい」レア等級の指輪を取り出した。

 

[画像:レア等級の指輪の詳細な情報。【最大HP+95(Tier1)】【火耐性+45%(Tier1)】【雷耐性+42%(Tier2)】、そして【(てき)()とすアイテムのレアリティ()が2%増加(ぞうか)する】という、明らかにハズレのMODが一つだけ付いている]

 

 15: 名無しのB級クラフター

 これだ。

 昨日、B級ダンジョンで拾った、俺の最高傑作であり、そして最大の失望だ。

 この、最後のクソMODさえなければ、数千万は下らなかったはずの、神の指輪。

 こいつに、使う。

 狙うは、もちろん、あのゴミMODの消去だ。

 確率は、4分の1。

 外れれば、この指輪は、ただのガラクタになる。

 …いくぞ。

 

 その、あまりにも潔い、そしてどこまでもギャンブル狂らしい宣言。

 それに、スレッドは、熱狂した。

 彼が、その黒いオーブを、指輪へと使用した、その瞬間。

 彼のインベントリが、一瞬だけ、暗転した。

 そして、再び光を取り戻した時。

 そこに表示されていたのは、信じられないほどの、奇跡だった。

 

[画像:先ほどの指輪の詳細な情報。だが、【(てき)()とすアイテムのレアリティ()が2%増加(ぞうか)する】のMODだけが、綺麗に消え去り、代わりにそのスロットは、空欄になっている]

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』

 もはや、言葉はなかった。

 ただ、魂の絶叫だけが、スレッドを埋め尽くしていく。

 彼は、成功したのだ。

 ゴミを、宝へと変える、錬金術に。

 

 その、あまりにも劇的な成功。

 そして、その直後だった。

 いくつかのギルドの公式アカウントから、そのB級クラフターの元へ、ダイレクトメッセージが殺到した。

『その指輪、5000万円で買わせていただけないだろうか?』

『いや、うちは6000万出す!』

 そして、時を同じくして、マーケットでは、完成品の【消去のオーブ】の、最初の取引が成立していた。

 市場価格は、初動で1個1000万円。

 その、あまりにも暴力的な数字。

 

 その、全ての狂騒。

 それを、高みの見物を決め込んでいた、有識者たちが、その最後の、そして最も重要な「結論」を、導き出した。

 

 815: 元ギルドマン@戦士一筋

 …落ち着け、お前ら。

 だが、これは、革命だ。

 ランダムとはいえ、MODを消去できるのは、強い。

 そして、このオーブの出現が、この世界の経済の、一つの常識を、完全に破壊することになる。

 

 821: ハクスラ廃人

 

 815

 ああ、間違いないな。

 お前ら、気づいたか?

 これ、いらないMODが付いてる準神レアの価値が、上がるんじゃね?

 これまで、T1のMODが三つ付いてても、残り一つがゴミだっただけで、あの「惜しい」アイテムたち。

 あいつらが、今、一夜にして、億単位の価値を持つ「原石」へと、姿を変えたんだぞ。

 

 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも本質を突いた指摘。

 それが、最後の引き金となった。

 スレッドの、全ての住人が、一斉に、行動を開始した。

 彼らが向かう先は、ただ一つ。

 公式の、マーケットプレイス。

 そして、彼らは見た。

 その、あまりにも滑稽で、そしてどこまでも人間的な、世界の縮図を。

 同時に、市場から、いらないMODが一つ付いてる準神レアが、消え始めていた。

 誰もが、同じことを考えていたのだ。

 安いうちに、未来の「宝」を、買い占めておこうと。

 

 その、あまりにも静かで、そしてどこまでも熾烈な、新たな戦争の幕開け。

 それを、SeekerNetの片隅で、誰かが、ポツリと呟いた。

 その言葉こそが、この新しい時代の、全てを物語っていた。

 

『――ゴミ拾いの、始まりだ』

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