ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
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【ダンジョン
東京、霞が関。日本の政治と行政の中枢。その地下深く、外界のあらゆる物理的・電子的干渉から隔絶された内閣危機管理センターの極秘会議室は、一夜にして戦争司令部へとその姿を変貌させていた。
円卓を囲む日本のトップエリートたちの表情に、昨日までの楽観的な空気は微塵も残っていない。彼らの目の前の巨大なホログラムモニターには、ヨーロッパ各地からリアルタイムで送り続けられる地獄の光景が、無音で、しかしどこまでも雄弁に映し出されていた。
アルプスの麓、サン・マルタン村はすでに地図から消え去っていた。フランス軍の緊急展開部隊は壊滅。溢れ出したモンスターの軍勢は、今やその麓の町を蹂躙し、次の都市へとその牙を剥こうとしている。それは、もはやただの「事件」ではない。文明に対する、明確な「侵略」だった。
「…ひどいな」
誰かが、絞り出すように呟いた。
会議室の空気は、鉛のように重かった。誰もが、同じ恐怖を共有していた。もし、あの決壊が、封鎖されたヨーロッパのF級ダンジョンではなく、この東京の中心で起きていたら、と。
だが、その絶望的な空気の中で。
ただ一人、議長席に座る男だけが、その表情を変えなかった。
「超常領域対策本部」のトップ、坂本純一郎特命担当大臣。
彼の、その深い皺の刻まれた顔に浮かんでいたのは、恐怖ではない。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、自らが読み切った盤面で、相手が予想通りの、しかし愚かな一手を打ったことに対する、チェスプレイヤーのような、冷徹な「納得」の色だけだった。
彼の隣に座るギルド最高幹部会の一員、伊吹が、その静かな、しかしどこまでも重い声で報告を始めた。
「大臣。先ほど、北海道のギルド支部から、最終報告が入りました」
「うむ」
「【
その報告に、会議室がどよめいた。
だが、坂本は動じない。
彼は、その報告を、まるで天気予報でも聞くかのように、ただ静かに聞いていた。
そして彼は、ゆっくりと、その視線を円卓の片隅に置かれた、一つの黒い通信機へと向けた。
それは、この国の、そしてこの時代の、最も鋭利な「刃」へと繋がる、ただ一本のホットラインだった。
彼は、その通信機のスイッチを入れた。
そして、彼はその刃の主へ、ただ一言だけ、告げた。
その声は、静かだった。
だが、その奥には、この国の未来をその両肩に背負う王者の、絶対的な覚悟が宿っていた。
「――
第一章:鋼鉄の神々
北海道、石狩平野の外れ。
どこまでも続く広大な原生林と、雪をいただく大雪山系の山々。その、あまりにも雄大で、そしてどこまでも静寂な大自然の風景。
それを、切り裂くかのように。
空から、一つの黒い影が、凄まじい轟音と共に降下してきた。
それは、ヘリコプターではなかった。
航空自衛隊が極秘裏に開発を進めていた、次世代型の垂直離着陸輸送機。その漆黒の機体には、如何なる国の紋章も描かれていない。ただ一つ、剣と盾を組み合わせた、鋭利な部隊章だけが、鈍い輝きを放っていた。
陸上自衛隊、ダンジョン特殊戦略部隊…通称『D-SLAYERS』。
彼らの、本当の意味での初陣だった。
輸送機の後部ハッチが、プシューという音と共に開かれる。
中に満ちていた、与圧された無機質な空気が、北海道の冷たい、しかし澄み切った大気と混じり合った。
そして、その暗闇の中から、十数人の男たちが、音もなく、その姿を現した。
彼らの身を包んでいるのは、見慣れた迷彩服ではない。
特殊な合金で作られた、黒一色のプロテクターと、その下に覗く、魔力を帯びた鎖帷子。その頭には、通信機器が内蔵されたフルフェイスのヘルメット。その手には、C級ダンジョンでドロップした、最高品質のレア等級の剣と盾が握られている。
彼らの動きには、一切の無駄がない。
一切の、私語もない。
ただ、ヘルメットの奥で、青白い光を放つARレンズだけが、彼らがただの人間ではないことを、雄弁に物語っていた。
部隊の先頭に立つのは、隊長である鬼塚宗一、一尉だった。
彼は、その鋼鉄の仮面のようなヘルメットの奥で、その鋭い瞳を細めた。
彼の視線の先、数キロメートル先の原生林の一角が、不自然なまでに、乳白色の濃密な霧に包まれている。そして、その霧の中心から、おびただしい数の獣の咆哮と、木々がなぎ倒される破壊音が、地響きと共にここまで届いていた。
「…目標、確認」
鬼塚は、その低い声で、部隊の全てのメンバーへと、通信を入れた。
「これより、作戦を開始する。作戦目的は、ただ一つ。ゲートより溢れ出した、全ての敵性存在の、完全なる殲滅だ」
彼は、そこで一度言葉を切った。
そして、その声に、わずかな、しかし確かな「熱」を込めて、続けた。
その言葉こそが、この新たな時代の、新たな軍隊の、唯一の行動規範だった。
「――諸君。これは、戦争ではない。『掃除』だ。手早く、そして綺麗に、片付けるぞ」
「「「了解」」」
十数人の声が、一つの声となって、ヘッドセットに響き渡った。
彼らは、その場に散開すると、まるで森の影に溶け込むかのように、音もなく、その戦場へと、その歩みを進めていった。
彼らは、冒険者ではない。
兵士だ。
国家という巨大な意志のために、その人間性すらも捧げた、究極の「兵器」。
その、あまりにも静かで、そしてどこまでも壮絶な、狩りの始まりだった。
戦いは、あまりにも一方的だった。
原生林の、木々の間を縫うようにして進軍していたゴブリンとオークの軍勢。
彼らは、その原始的な感覚で、確かに何かの接近を察知していた。
だが、それが何であるかを、理解することはできなかった。
音もなく、気配もなく、まるで森の亡霊のように、それは現れたのだ。
「――アルファ分隊、前進。十字砲火で、敵前衛を制圧しろ」
鬼塚の、そのあまりにも冷静な、そしてどこまでも無機質な声が、部隊のヘッドセットに響き渡る。
その命令一下。
D-SLAYERSの兵士たちが、まるで一つの生き物のように、完璧に統率の取れた動きで、モンスターの軍勢へと、その牙を剥いた。
最初に、動いたのは、前衛の盾役二人だった。
彼らは、巨大な塔の盾を構えると、まるで城壁そのものが動いているかのように、モンスターの軍勢の正面へと、その身を躍らせた。
「グルアアアアアッ!」
先頭を走っていた、ひときわ体格の良いオークが、その巨大な戦斧を振りかぶり、その盾へと叩きつける。
ゴッッッッ!!!
凄まじい、衝撃。
だが、その盾は、びくともしない。
C級のレア等級の盾に、B級のルーンで耐性を強化した、その特注の城壁。
それは、ただのオークの一撃など、まるでそよ風のように、受け止めてみせた。
そして、その盾役が作り出した、わずか数秒の、しかし絶対的な「時間」。
それが、この戦いの全てを決定づけた。
「――撃て」
鬼塚の、その短い命令。
それに、彼の後ろに控えていたアタッカーたちが、応えた。
彼らが振るう、魔力を帯びた剣と斧が、閃光のように煌めく。
それは、もはやただの斬撃ではない。
自衛隊の特殊作戦群で、何万、何十万回と繰り返されてきた、対人戦闘術。
その、あまりにも洗練された殺人技術が、ダンジョン産の、理不尽なまでの破壊力と、完全に融合していた。
彼らの剣は、ゴブリンの、その硬い皮膚を、まるでバターのように切り裂き。
彼らの斧は、オークの、その分厚い筋肉を、骨ごと断ち切る。
悲鳴、怒号、そして断末魔。
数分前まで、あれほど圧倒的な物量で森を蹂躙していたはずのモンスターの軍勢が、その前衛を、あっけなく失った。
だが、本当の地獄は、ここからだった。
後方に控えていた、大型のトロールたち。
彼らは、その原始的な知能で、この新たな捕食者の、本当の恐ろしさを理解した。
そして彼らは、その巨大な棍棒を振り回しながら、後方へと逃げ出そうとした。
だが、その退路は、すでに断たれていた。
「――ブラボー分隊、包囲を完了しろ」
いつの間にか、モンスターの軍勢の、その背後と側面に回り込んでいた、もう一つの部隊。
彼らが、その退路を、完全に塞いでいたのだ。
完璧な、包囲殲滅陣。
それは、あまりにも美しく、そしてどこまでも残酷な、ただの「狩り」だった。
数十分後。
その森の一角を支配していたのは、絶対的な静寂だけだった。
後に残されたのは、おびただしい数のモンスターの残骸と、そしてその中心で、返り血一つ浴びずに佇む、D-SLAYERSの、ボロボロの、しかしどこまでも誇り高い姿だけだった。
彼らの鎧は、確かに傷つき、その息は荒い。
だが、その瞳には、一切の恐怖の色はない。
ただ、与えられた任務を、完璧に遂行したという、プロフェッショナルとしての、静かな満足感だけが宿っていた。
鬼塚は、部隊の損害状況を、冷静に確認する。
「…負傷者、3名。いずれも、軽傷。戦闘続行に、支障なし」
彼は、そう判断すると、ヘッドセットを通じて、霞が関の司令部へと、その淡々とした、しかしこの国の歴史を永遠に変えることになるであろう、報告を入れた。
「――こちら、ブラボー。目標エリアの『掃除』、完了。繰り返す。掃除、完了。これより、ゲート周辺の、安全確保へと移行する」
その報告が、霞が関の対策本部に届いたのは、作戦開始から、わずか48分後のことだった。
フランス軍が、なすすべもなく蹂躙され、その防衛線を突破されるまでに要した時間。
その、半分以下の時間で。
彼らは、その何倍もの規模の軍勢を、完全に、そして一方的に、殲滅してみせたのだ。
これこそが、日本の「回答」。
これこそが、新たな時代の、戦争の形だった。