ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第352話

物語(ものがたり)は10(ねん)(まえ)、ダンジョンが(あらわ)れる当日(とうじつ)(もど)る】

【ダンジョン出現(しゅつげん)()、12ヶ(げつ)経過後】

 

 世界は、一夜にしてその色を失った。

 テレビの画面越しに、あるいはスマートフォンの小さなディスプレイを通じて、人類は目の当たりにした。自らが築き上げてきた文明という名の、あまりにも脆く、そして美しい砂の城が、未知なる暴力の津波の前に、いともたやすく崩れ去っていく様を。

 

 フランス、アルプス山脈の麓に広がる、絵葉書のように美しかった村、サン・マルタンは、もはや存在しなかった。後に残されたのは、黒く焼け焦げた建物の残骸と、最新鋭のアサルトライフルを握りしめたまま息絶えた兵士たちの、無残な亡骸だけ。その地獄絵図を、国際ニュースネットワークのドローンが無感情に、そしてどこまでも鮮明に映し出し、世界中のお茶の間へと届け続けていた。

 ドイツ、シュヴァルツヴァルト。スペイン、ピレネー山脈。イタリア、アペニン山脈。

 これまで、ただの「監視対象」として忘れ去られていたヨーロッパ中の無数のF級ダンジョンゲートが、まるで示し合わせたかのように同時に決壊し、同じ悲劇を、同じ絶望を、それぞれの土地で再現していた。

 

 旧世界の「常識」は、死んだ。

 訓練、装備、そして何よりも銃火器という絶対的な力の象徴。その全てが、ダンジョンという新たな理から生まれた、原始的で、そしてどこまでも純粋な暴力の前に、意味をなさなくなった。

 パリ、ロンドン、ベルリン、ローマ。

 かつて世界の歴史と文化を牽引してきた偉大な都市々は、今や恐怖に支配された巨大な檻と化していた。人々は、自らの家に駆け込み、その分厚い扉に鍵をかけ、息を殺して、この悪夢が過ぎ去るのをただ待つしかなかった。スーパーマーケットの棚からは食料が消え、街からは人々の笑い声が消えた。代わりに響き渡るのは、遠くから聞こえてくる断続的な銃声と、そして自らの心臓の、不安な鼓動だけ。

 

 社会という、あまりにも脆い幻想が、音を立てて崩れ落ちていく。

 その混沌の、まさにその中心で。

 世界の全ての視線は、二つの国へと注がれていた。

 日本と、アメリカ。

 ダンジョンという、新たな理を、誰よりも早く受け入れ、そしてその力を自らのものとしてきた、二つの先進国。

 彼らは、この世界規模の災害に対し、一体どう動くのか。

 沈黙を続ける二つの超大国のその動向に、世界の未来の全てが、かかっていた。

 

 

 東京、霞が関。日本の政治の中枢。

 その地下深く、内閣危機管理センターの極秘会議室。その空気は、昨日までの楽観的なそれとは比較にならないほど、静かで、そしてどこまでも張り詰めていた。

 円卓を囲む日本のトップエリートたちは、巨大なホログラムモニターに映し出された、ヨーロッパの惨状を、ただ無言で、その目に焼き付けていた。

 フランス軍の、壊滅。

 サン・マルタン村の、陥落。

 その地獄絵図を前にして、誰もが言葉を失っていた。

 

「…ひどいな」

 最初に、その沈黙を破ったのは、防衛大臣だった。その声は、震えていた。

「これが、我々が目を背けてきた、現実か」

 彼のその、あまりにも人間的な、そしてどこまでも正直な一言。

 それが、この部屋の空気を支配していた、絶対的な緊張を、わずかに和らげた。

 議長席に座る男…「超常領域対策本部」のトップ、坂本純一郎特命担当大臣は、静かに頷いた。

 彼の表情は、硬かった。だが、その瞳の奥には、パニックの色はない。

 ただ、この国を背負うリーダーとしての、絶対的な覚悟の光だけが宿っていた。

 

「ああ。だが、我々は彼らとは違う」

 彼は、その場にいる全ての人間へと、言い聞かせるように言った。

「我々には、準備がある。そして何よりも、この理不尽なテーブルで戦うための『切り札』がある」

 彼のその言葉は、予言だった。

 あるいは、すでに決定された未来を、ただ読み上げているだけの、歴史家のそれだったのかもしれない。

 

 時を、同じくして。

 アメリカ合衆国、ワシントンD.C.、ホワイトハウス。

 その西棟の地下深く、シチュエーションルーム。

 デヴィッド・ヘイワード長官と、バラク・オバマ大統領もまた、同じ映像を、その目に焼き付けていた。

 オバマは、その冷静な、しかしどこまでも鋭い瞳で、その地獄絵図を分析していた。

 彼は、その燃え盛る村の映像から、ふいと目を離すと、隣に立つヘイワードへと、静かに、しかし有無を言わさぬ力で、告げた。

 

「――時は、来たようだね」

「長官。例のプランを、実行に移したまえ」

「はい、大統領」

 ヘイワードは、深く、そして静かに頷いた。

 彼の、その冷徹なポーカーフェイスの下で、この世界のパワーバランスを、完全に塗り替えるための、壮大なギャンブルの歯車が、今、確かに回り始めていた。

 二つの、ダンジョン先進国。

 彼らは、この世界規模の災害に対し、全く違う、しかしどこまでも合理的な「回答」を、すでに用意していたのだ。

 

 

 災害発生から、三日後。

 ニューヨーク、国連本部。

 その、あまりにも荘厳で、そしてどこまでも世界の理想を象徴するかのような、安全保障理事会の議場。

 その空気は、これまでにないほど重く、そしてどこまでも屈辱的な色に染まっていた。

 円卓を囲むのは、世界の運命をその両肩に背負う、15の理事国の代表たち。

 だが、その日の主役は、彼らではなかった。

 世界の全ての視線は、ただ三人の男たちへと、注がれていた。

 フランス、ドイツ、そしてイギリス。

 かつて、世界の歴史を、その圧倒的な力と、そして誇りで牽引してきた、旧世界の「王」たち。

 彼らは、その顔に深い疲労と、そして隠しきれない絶望の色を浮かべながら、ただうなだれるように、その席に座っていた。

 

 議長が、その重い口を開いた。

「――これより、緊急安全保障理事会を、開会する」

「議題は、ただ一つ。『ダンジョン・パレード』と呼称される、世界同時多発的なモンスター侵攻に対する、国際社会の対応についてである」

 

 その、あまりにも形式的で、そしてどこまでも空虚な開会宣言。

 それに、最初に反応したのは、フランスの代表だった。

 彼は、その震える手でマイクのスイッチを入れると、その白髪の頭を、深く、深く、円卓へと垂れた。

 それは、もはや外交ではない。

 ただの、謝罪。

 ただの、降伏宣言だった。

 

「…我が国は、敗北した」

 

 彼の、そのか細い、しかしどこまでも重い声が、議場の静寂を切り裂いた。

「我々が、これまで築き上げてきた、全ての常識と、全ての誇りは、あの緑色の悪魔たちの前で、あまりにも無力だった。我々は、自らの過ちを、認めなければならない」

「我々は、ダンジョンを、そしてこの新しい時代の理を、あまりにも侮っていた。その傲慢さへの罰として、我々は多くの兵士の命と、そして国民からの信頼を、失った」

 彼は、そこで一度言葉を切った。

 そして、その涙に濡れた瞳で、円卓の、ある一点を、見つめた。

 その視線の先には、二つの国の代表が、ただ静かに、そしてどこまでも冷静に、その光景を眺めていた。

 日本と、アメリカ。

 

 フランスの代表は、その二つの国へと、その魂の全てを込めて、懇願した。

 その声は、もはや一国の代表のそれではない。

 ただ、救いを求める、一人の敗者の、それだった。

 

「――どうか、我々に、その知識と技術を、教えてはいただけないだろうか」

 

 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 そして、その沈監視を破るかのように。

 ドイツ、そしてイギリスの代表もまた、そのフランスの老人に続くように、その誇り高き頭を、深く、深く、垂れた。

 旧世界の、王たちの、完全なる、土下座。

 その、あまりにも衝撃的で、そしてどこまでも歴史的な光景。

 それを、世界の全ての人間が、テレビの画面越しに、固唾を飲んで見守っていた。

 彼らは、理解した。

 自分たちが、信じてきた世界の秩序が、今、この瞬間、完全に、そして未来永劫に、崩壊したのだと。

 

 その、あまりにも重く、そしてどこまでも屈辱的な空気。

 その中で、最初に口を開いたのは、日本の代表、坂本純一郎だった。

 彼の声は、どこまでも穏やかだった。

 だが、その穏やかさの中に、絶対的な王者の風格が、滲んでいた。

 

「…顔を、上げてください」

 彼は、そう言った。

「我々は、友人だ。同盟国だ。友が、困っている時に、手を差し伸べるのは、当然のこと」

 その、あまりにも温かい、そしてどこまでも慈悲深い言葉。

 それに、三人の老人の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 だが、坂本は続けた。

 その瞳には、もはや慈悲の色はない。

 ただ、新たな時代のルールを告げる、絶対者の、冷徹な光だけが宿っていた。

 

「だが、これまでのようには、いかない」

「我々は、この悲劇を、二度と繰り返してはならない。そのためには、新たな『秩序』が必要だ」

 彼は、そこで一度言葉を切ると、その究極の、そして拒否を許さない「提案」を、そのテーブルへと叩きつけた。

「――本日、この瞬間をもって。我々、日本とアメリカ合衆国が主導し、新たな国際機関を、設立することを、ここに宣言する」

「その名は、【国際公式探索者ギルド】」

「世界の、全てのダンジョンは、このギルドの管理下に置かれる。そして、その運営と意思決定は、我々日米が中心となって行う。異論は、認めない」

 

 その、あまりにも一方的な、そしてどこまでも暴力的なまでの、宣言。

 それに、議場の誰もが、言葉を失っていた。

 だが、誰も、反論することはできなかった。

 なぜなら、彼らにはもう、その資格がなかったからだ。

 勝者と、敗者。

 その、あまりにも残酷な現実だけが、そこにはあった。

 

 

 その日を境に、世界は変わった。

 これまでの、無秩序で、混沌とした黎明期の時代は、終わりを告げた。

 ここから始まったのは、日米という二つの超大国と、そして彼らが作り上げた【国際公式探索者ギルド】という巨大な組織が支配する、新たな時代の物語だった。

 

 数週間後。

 フランス、アルプスの麓。

 あの、地獄絵図と化したサン・マルタン村に、再び人の姿が戻ってきた。

 だが、それはもはや村人たちの、それではない。

 日本の、D-SLAYERS。

 アメリカの、デザート・イーグル。

 二つの国の、最強の「探索者兵」たちが、その地に降り立ったのだ。

 彼らは、もはやそこに巣食っていたモンスターの残党を、ただの「害獣駆除」として、淡々と、そして効率的に処理していく。

 そして、その圧倒的な力の差を、ヨーロッパの、そして世界の全ての人々へと、見せつけた。

 これが、新しい時代の「正義」なのだと。

 

 彼らは、ただの侵略者ではなかった。

 彼らは、教官となった。

 敗北に打ちひしがれていた、フランス軍の兵士たちに、彼らは自らが血と汗で培ってきた、ダンジョンでの戦い方を、その全てを、叩き込んでいった。

 最初は、反発していたフランスの兵士たちも、そのあまりにも合理的で、そしてどこまでも実践的な彼らの「教え」の前に、やがてそのプライドを捨て、ただ貪欲に、その知識を吸収していった。

 

 経済もまた、変わった。

 日本の、そしてアメリカの巨大な企業たちが、復興支援という名目で、ヨーロッパの地へと、その資本を投下し始めた。

 彼らは、ダンジョンから産出される、莫大な資源の採掘権と、その利権を、次々とその手に収めていく。

 それは、かつてアメリカが第二次世界大戦後のヨーロッパに対して行った、「マーシャル・プラン」の、ダンジョン版だった。

 世界は、緩やかに、しかし確実に、二つの超大国の経済圏へと、組み込まれていった。

 

 

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