ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
【
【ダンジョン
世界は、一夜にしてその色を失った。
テレビの画面越しに、あるいはスマートフォンの小さなディスプレイを通じて、人類は目の当たりにした。自らが築き上げてきた文明という名の、あまりにも脆く、そして美しい砂の城が、未知なる暴力の津波の前に、いともたやすく崩れ去っていく様を。
フランス、アルプス山脈の麓に広がる、絵葉書のように美しかった村、サン・マルタンは、もはや存在しなかった。後に残されたのは、黒く焼け焦げた建物の残骸と、最新鋭のアサルトライフルを握りしめたまま息絶えた兵士たちの、無残な亡骸だけ。その地獄絵図を、国際ニュースネットワークのドローンが無感情に、そしてどこまでも鮮明に映し出し、世界中のお茶の間へと届け続けていた。
ドイツ、シュヴァルツヴァルト。スペイン、ピレネー山脈。イタリア、アペニン山脈。
これまで、ただの「監視対象」として忘れ去られていたヨーロッパ中の無数のF級ダンジョンゲートが、まるで示し合わせたかのように同時に決壊し、同じ悲劇を、同じ絶望を、それぞれの土地で再現していた。
旧世界の「常識」は、死んだ。
訓練、装備、そして何よりも銃火器という絶対的な力の象徴。その全てが、ダンジョンという新たな理から生まれた、原始的で、そしてどこまでも純粋な暴力の前に、意味をなさなくなった。
パリ、ロンドン、ベルリン、ローマ。
かつて世界の歴史と文化を牽引してきた偉大な都市々は、今や恐怖に支配された巨大な檻と化していた。人々は、自らの家に駆け込み、その分厚い扉に鍵をかけ、息を殺して、この悪夢が過ぎ去るのをただ待つしかなかった。スーパーマーケットの棚からは食料が消え、街からは人々の笑い声が消えた。代わりに響き渡るのは、遠くから聞こえてくる断続的な銃声と、そして自らの心臓の、不安な鼓動だけ。
社会という、あまりにも脆い幻想が、音を立てて崩れ落ちていく。
その混沌の、まさにその中心で。
世界の全ての視線は、二つの国へと注がれていた。
日本と、アメリカ。
ダンジョンという、新たな理を、誰よりも早く受け入れ、そしてその力を自らのものとしてきた、二つの先進国。
彼らは、この世界規模の災害に対し、一体どう動くのか。
沈黙を続ける二つの超大国のその動向に、世界の未来の全てが、かかっていた。
東京、霞が関。日本の政治の中枢。
その地下深く、内閣危機管理センターの極秘会議室。その空気は、昨日までの楽観的なそれとは比較にならないほど、静かで、そしてどこまでも張り詰めていた。
円卓を囲む日本のトップエリートたちは、巨大なホログラムモニターに映し出された、ヨーロッパの惨状を、ただ無言で、その目に焼き付けていた。
フランス軍の、壊滅。
サン・マルタン村の、陥落。
その地獄絵図を前にして、誰もが言葉を失っていた。
「…ひどいな」
最初に、その沈黙を破ったのは、防衛大臣だった。その声は、震えていた。
「これが、我々が目を背けてきた、現実か」
彼のその、あまりにも人間的な、そしてどこまでも正直な一言。
それが、この部屋の空気を支配していた、絶対的な緊張を、わずかに和らげた。
議長席に座る男…「超常領域対策本部」のトップ、坂本純一郎特命担当大臣は、静かに頷いた。
彼の表情は、硬かった。だが、その瞳の奥には、パニックの色はない。
ただ、この国を背負うリーダーとしての、絶対的な覚悟の光だけが宿っていた。
「ああ。だが、我々は彼らとは違う」
彼は、その場にいる全ての人間へと、言い聞かせるように言った。
「我々には、準備がある。そして何よりも、この理不尽なテーブルで戦うための『切り札』がある」
彼のその言葉は、予言だった。
あるいは、すでに決定された未来を、ただ読み上げているだけの、歴史家のそれだったのかもしれない。
時を、同じくして。
アメリカ合衆国、ワシントンD.C.、ホワイトハウス。
その西棟の地下深く、シチュエーションルーム。
デヴィッド・ヘイワード長官と、バラク・オバマ大統領もまた、同じ映像を、その目に焼き付けていた。
オバマは、その冷静な、しかしどこまでも鋭い瞳で、その地獄絵図を分析していた。
彼は、その燃え盛る村の映像から、ふいと目を離すと、隣に立つヘイワードへと、静かに、しかし有無を言わさぬ力で、告げた。
「――時は、来たようだね」
「長官。例のプランを、実行に移したまえ」
「はい、大統領」
ヘイワードは、深く、そして静かに頷いた。
彼の、その冷徹なポーカーフェイスの下で、この世界のパワーバランスを、完全に塗り替えるための、壮大なギャンブルの歯車が、今、確かに回り始めていた。
二つの、ダンジョン先進国。
彼らは、この世界規模の災害に対し、全く違う、しかしどこまでも合理的な「回答」を、すでに用意していたのだ。
災害発生から、三日後。
ニューヨーク、国連本部。
その、あまりにも荘厳で、そしてどこまでも世界の理想を象徴するかのような、安全保障理事会の議場。
その空気は、これまでにないほど重く、そしてどこまでも屈辱的な色に染まっていた。
円卓を囲むのは、世界の運命をその両肩に背負う、15の理事国の代表たち。
だが、その日の主役は、彼らではなかった。
世界の全ての視線は、ただ三人の男たちへと、注がれていた。
フランス、ドイツ、そしてイギリス。
かつて、世界の歴史を、その圧倒的な力と、そして誇りで牽引してきた、旧世界の「王」たち。
彼らは、その顔に深い疲労と、そして隠しきれない絶望の色を浮かべながら、ただうなだれるように、その席に座っていた。
議長が、その重い口を開いた。
「――これより、緊急安全保障理事会を、開会する」
「議題は、ただ一つ。『ダンジョン・パレード』と呼称される、世界同時多発的なモンスター侵攻に対する、国際社会の対応についてである」
その、あまりにも形式的で、そしてどこまでも空虚な開会宣言。
それに、最初に反応したのは、フランスの代表だった。
彼は、その震える手でマイクのスイッチを入れると、その白髪の頭を、深く、深く、円卓へと垂れた。
それは、もはや外交ではない。
ただの、謝罪。
ただの、降伏宣言だった。
「…我が国は、敗北した」
彼の、そのか細い、しかしどこまでも重い声が、議場の静寂を切り裂いた。
「我々が、これまで築き上げてきた、全ての常識と、全ての誇りは、あの緑色の悪魔たちの前で、あまりにも無力だった。我々は、自らの過ちを、認めなければならない」
「我々は、ダンジョンを、そしてこの新しい時代の理を、あまりにも侮っていた。その傲慢さへの罰として、我々は多くの兵士の命と、そして国民からの信頼を、失った」
彼は、そこで一度言葉を切った。
そして、その涙に濡れた瞳で、円卓の、ある一点を、見つめた。
その視線の先には、二つの国の代表が、ただ静かに、そしてどこまでも冷静に、その光景を眺めていた。
日本と、アメリカ。
フランスの代表は、その二つの国へと、その魂の全てを込めて、懇願した。
その声は、もはや一国の代表のそれではない。
ただ、救いを求める、一人の敗者の、それだった。
「――どうか、我々に、その知識と技術を、教えてはいただけないだろうか」
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
そして、その沈監視を破るかのように。
ドイツ、そしてイギリスの代表もまた、そのフランスの老人に続くように、その誇り高き頭を、深く、深く、垂れた。
旧世界の、王たちの、完全なる、土下座。
その、あまりにも衝撃的で、そしてどこまでも歴史的な光景。
それを、世界の全ての人間が、テレビの画面越しに、固唾を飲んで見守っていた。
彼らは、理解した。
自分たちが、信じてきた世界の秩序が、今、この瞬間、完全に、そして未来永劫に、崩壊したのだと。
その、あまりにも重く、そしてどこまでも屈辱的な空気。
その中で、最初に口を開いたのは、日本の代表、坂本純一郎だった。
彼の声は、どこまでも穏やかだった。
だが、その穏やかさの中に、絶対的な王者の風格が、滲んでいた。
「…顔を、上げてください」
彼は、そう言った。
「我々は、友人だ。同盟国だ。友が、困っている時に、手を差し伸べるのは、当然のこと」
その、あまりにも温かい、そしてどこまでも慈悲深い言葉。
それに、三人の老人の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
だが、坂本は続けた。
その瞳には、もはや慈悲の色はない。
ただ、新たな時代のルールを告げる、絶対者の、冷徹な光だけが宿っていた。
「だが、これまでのようには、いかない」
「我々は、この悲劇を、二度と繰り返してはならない。そのためには、新たな『秩序』が必要だ」
彼は、そこで一度言葉を切ると、その究極の、そして拒否を許さない「提案」を、そのテーブルへと叩きつけた。
「――本日、この瞬間をもって。我々、日本とアメリカ合衆国が主導し、新たな国際機関を、設立することを、ここに宣言する」
「その名は、【国際公式探索者ギルド】」
「世界の、全てのダンジョンは、このギルドの管理下に置かれる。そして、その運営と意思決定は、我々日米が中心となって行う。異論は、認めない」
その、あまりにも一方的な、そしてどこまでも暴力的なまでの、宣言。
それに、議場の誰もが、言葉を失っていた。
だが、誰も、反論することはできなかった。
なぜなら、彼らにはもう、その資格がなかったからだ。
勝者と、敗者。
その、あまりにも残酷な現実だけが、そこにはあった。
その日を境に、世界は変わった。
これまでの、無秩序で、混沌とした黎明期の時代は、終わりを告げた。
ここから始まったのは、日米という二つの超大国と、そして彼らが作り上げた【国際公式探索者ギルド】という巨大な組織が支配する、新たな時代の物語だった。
数週間後。
フランス、アルプスの麓。
あの、地獄絵図と化したサン・マルタン村に、再び人の姿が戻ってきた。
だが、それはもはや村人たちの、それではない。
日本の、D-SLAYERS。
アメリカの、デザート・イーグル。
二つの国の、最強の「探索者兵」たちが、その地に降り立ったのだ。
彼らは、もはやそこに巣食っていたモンスターの残党を、ただの「害獣駆除」として、淡々と、そして効率的に処理していく。
そして、その圧倒的な力の差を、ヨーロッパの、そして世界の全ての人々へと、見せつけた。
これが、新しい時代の「正義」なのだと。
彼らは、ただの侵略者ではなかった。
彼らは、教官となった。
敗北に打ちひしがれていた、フランス軍の兵士たちに、彼らは自らが血と汗で培ってきた、ダンジョンでの戦い方を、その全てを、叩き込んでいった。
最初は、反発していたフランスの兵士たちも、そのあまりにも合理的で、そしてどこまでも実践的な彼らの「教え」の前に、やがてそのプライドを捨て、ただ貪欲に、その知識を吸収していった。
経済もまた、変わった。
日本の、そしてアメリカの巨大な企業たちが、復興支援という名目で、ヨーロッパの地へと、その資本を投下し始めた。
彼らは、ダンジョンから産出される、莫大な資源の採掘権と、その利権を、次々とその手に収めていく。
それは、かつてアメリカが第二次世界大戦後のヨーロッパに対して行った、「マーシャル・プラン」の、ダンジョン版だった。
世界は、緩やかに、しかし確実に、二つの超大国の経済圏へと、組み込まれていった。