ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

375 / 490
第361話

物語(ものがたり)は10(ねん)(まえ)、ダンジョンが(あらわ)れる当日(とうじつ)(もど)る】

【ダンジョン出現(しゅつげん)()、14ヶ(げつ)経過後】

 

 

 スイス、ジュネーブ。

 アルプスの山々に抱かれ、清らかなレマン湖を望む、世界の平和と中立の象徴。その湖畔に、ガラスと鋼鉄でできた近代的なビルが、静かに、そして荘厳にそびえ立っていた。

【国際公式探索者ギルド】本部。

 あの日米が主導して設立された、この世界の新たな「秩序」を司る心臓部。その内部は、常に世界中から集められた膨大な情報が飛び交い、百戦錬磨のアナリストたちが、24時間体制でその動向を監視していた。

 その日もまた、彼らの日常は、いつも通り始まるはずだった。

 

「――午前9時15分。北米、異常なし。ヨーロッパ、異常なし。アジア…こちらも、安定しています」

 

 モニタリング・センターの広大なオペレーションルーム。壁一面に設置された巨大なホログラムの世界地図を前に、一人の若い女性アナリストが、その落ち着いた声で定時報告を行っていた。

 だが、彼女がその報告を終えようとした、まさにその瞬間だった。

 ピコン、という、これまで誰も聞いたことのない、甲高い、そしてどこか神聖な響きを持つアラート音が、静まり返ったセンターの空気を切り裂いたのだ。

 

「…なんだ?」

 フロアの責任者であるクロードが、その鋭い視線を世界地図へと向けた。

 地図の上、ヨーロッパ大陸の中心。

 スイス、ジュネーブ。まさに、彼らが今いるこの場所を示す光点が、これまでにないほどの、まばゆい黄金色の輝きを放ちながら、激しく点滅を始めていた。

 

「ゲート出現!?馬鹿な!このジュネーブは、世界で唯一、ダンジョンゲートが確認されていない『聖域』のはずだ!」

 クロードの絶叫。

 だが、その彼の常識を嘲笑うかのように、モニターに無慈悲なテキストが表示された。

 

『警告:未確認の高密度ゲート、ジュネーブ市街レマン湖畔に出現。ランク…B級。ただし、魔素の放出パターン、及び空間の歪曲率、これまでのB級ゲートのデータと、98.7%の不一致。脅威レベル…測定不能』

 

 その、あまりにも異常なデータ。

 それに、センターの全ての人間が息を呑んだ。

 そして、その絶望的な報告は、まだ終わりではなかった。

 窓の外。

 それまで、穏やかな湖面をきらめかせていたレマン湖の、そのほとり。

 国連欧州本部の目の前の、美しい公園の、その中心の空間が、ぐにゃりと歪み始めた。

 それは、これまで世界が観測してきたどのゲートとも、違っていた。

 F級の、小さな黒い染みではない。

 B級の、禍々しいオーラを放つ亀裂でもない。

 空間そのものが、まるで巨大な万華鏡のように砕け散り、その破片が黄金の光を放ちながら、一つの巨大な、そしてどこまでも美しい円形の門を形成していく。

 その門の表面には、古代の、しかし決して風化することのない神聖な紋様が、まるで生き物のように、ゆっくりと脈打っていた。

 

 B級ダンジョンゲート:【揺り籠】

 

 その、あまりにも場違いで、そしてどこか挑戦的な名前。

 ギルドのアナリストチームが、そのゲートから放出される特殊な魔素波の解析に成功し、その「効果テキスト」と「フレーバーテキスト」をモニターに表示させた時。

 その場にいた全ての人間が、本当の意味での「絶望」と、そして神々の悪意を、その肌で感じ取ることになる。

 

 効果テキスト:

 このゲートを通過した全ての探索者は、その魂の未熟さを試される。内部の脅威度はB級に固定されるが、最深部で待ち受ける存在は、A級に匹敵する「格」を持つ。

 踏破せし者には、その器に相応しい、世界の理を揺るがすほどの報酬が与えられるだろう。だが、敗れし者の魂は、この揺り籠の中で永遠に成長を止めることになる。

 

 フレーバーテキスト:

 高い報酬を得るためには、危険な敵に挑むのが世の常だ。

 さあ、幼い幼い弱々しい未熟児達よ。

 この門を通るか?

 

 お前たちの積み上げてきた経験と装備は、ここで何の意味もなさない。

 お前たちのちっぽけなプライドは、ここで粉々に砕け散るだろう。

 ここは、強者だけが生き残る場所ではない。

 自らがまだ「弱い」と知る者だけが、その先の光を見る資格を得る、最初の試練。

 

 まだ、ママのお腹の中にいたかったか?

 ならば帰れ。

 この先は、生まれる覚悟を決めた者だけが進むことを許される、地獄の一丁目だ。

 

 その、あまりにも傲慢な、そしてどこまでも挑戦的な、神からのメッセージ。

 それに、クロードはただ、その場で崩れ落ちるように、椅子に深く身を沈めることしかできなかった。

 ギルドとスイス政府では、対処不能。

 それは、誰の目にも明らかだった。

 残された選択肢は、一つだけ。

 彼は、震える手で、二つの超大国へと繋がる、極秘のホットラインのスイッチを入れた。

 それは、世界の秩序を守るための最後の砦であり、そして同時に、自らの無力さを認める、屈辱の降伏宣言でもあった。

 

 

 その報は、瞬く間に東京とワシントンD.C.へと届けられた。

 霞が関、内閣危機管理センター。

 坂本純一郎特命担当大臣は、モニターに映し出されたジュネーブの黄金のゲートと、その挑発的なテキストを、その鋭い瞳で静かに見つめていた。

 彼の周りでは、閣僚たちが喧々囂々の議論を繰り広げている。

「罠だ!これは、我々を誘き出すための、罠に違いない!」

「だが、無視はできん!もし、このゲートが決壊すれば、ヨーロッパは再びあの悪夢に…!」

 その混沌の中心で、坂本はただ一人、冷静だった。

 彼の脳内では、すでにいくつものシミュレーションが、常識を超えた速度で繰り返されていた。

 リスクと、リターン。

 そして、この盤面における、最善の一手。

 やがて彼は、その深い皺の刻まれた顔に、獰猛な、しかしどこまでも楽しそうな笑みを浮かべた。

「…面白い。面白いじゃないか。神々が、我々に新たな『ゲーム』を提案してきた、というわけか」

 彼は、その場にいる全ての人間へと、告げた。

 その声には、揺るぎない確信が宿っていた。

「――この招待状、受けて立とうじゃないか」

 

 時を、同じくして。

 アメリカ合衆国、ワシントンD.C.、国防総省(ペンタゴン)。

 その、星型の巨大な建物の、地下最も深く。

 デヴィッド・ヘイワード長官もまた、同じ光景を、その冷徹なポーカーフェイスで見つめていた。

 彼の周りでは、歴戦の将軍たちが、好戦的な意見を口にしている。

「絶好の機会です、長官!我が国の『デザート・イーグル』を単独で派遣し、この手柄を独占するべきです!」

「そうだ!日本の介入を待つ必要はない!我々の力だけで、十分だ!」

 だが、ヘイワードはその意見を、静かに、しかし有無を言わさぬ力で、制した。

「…甘いな、諸君」

 彼の、その氷のように冷たい一言。

 それに、将軍たちが息を呑む。

「君たちは、まだこのゲームの、本当のルールを理解していないらしい。これは、ただのダンジョン攻略ではない。世界の、全てが見ている『ショー』だ。そして、ショーには、最高の役者が必要だ」

 彼は、そこで一度言葉を切ると、その口元に、最高のショーマンの笑みを浮かべた。

「――日本の、あの無骨なサムライたち。彼らもまた、この舞台に上げる。その方が、よっぽど面白くなるだろう?」

 

 かくして、世界の運命は、二人の、あまりにも対照的で、そしてどこまでも規格外な指導者たちの、その掌の上で踊らされることになった。

 史上初となる、国際合同レイド部隊、『タスクフォース・キメラ』の結成。

 その報は、世界中の探索者たちを、熱狂の渦へと叩き込んだ。

 鬼塚宗一率いる、日本の『D-SLAYERS』。

 ストライカー大佐率いる、米国の『デザート・イーグル』。

 二つの国の、最強の刃が、今、ジュネーブの地で、初めてその切っ先を交えようとしていた。

 

 彼らが、ジュネーブの臨時作戦司令部で初めて顔を合わせた時。

 その空気は、静かな、しかし熾烈な火花に満ちていた。

 鬼塚は、その鋼鉄の仮面のようなヘルメットの奥で、目の前の、あまりにもアメリカ的な男を、冷静に観察していた。

 ストライカー大佐。

 その、日に焼けた肌。自信に満ち溢れた、不遜な笑み。そして、その口に咥えられた、安物の葉巻。

 その全てが、鬼塚の、規律と秩序を重んじる精神とは、相容れないもののように思えた。

 対するストライカーもまた、そのサングラスの奥で、目の前の、あまりにも静かで、そしてどこまでも底の知れない、日本のサムライを値踏みしていた。

 二人は、無言で、しかし力強く、握手を交わした。

 その、固く握られた手の、その奥で。

 彼らは、互いの魂の奥底に宿る、同じ「光」を、確かに感じ取っていた。

 最高の、そして最も信頼できる「好敵手」の光。

 

「…面白い」

 二人の唇から、全く同じ言葉が、同時に漏れた。

 そして彼らは、顔を見合わせ、初めて、不敵に笑った。

 彼らの、奇妙な、しかしどこまでも力強い友情の、始まりだった。

 

 

 彼らが、その黄金のゲートをくぐった先。

 そこに広がっていたのは、洞窟でも、遺跡でもなかった。

 一つの、巨大な「玉座の間」。

 床も、壁も、天井も、全てが寸分の狂いもなく磨き上げられた、純白の大理見でできていた。空間には、一切の装飾がなく、ただ、どこまでも続く静寂だけが、その場所を支配していた。

 その、あまりにも異様で、そしてどこまでも神聖な光景。

 それに、歴戦の兵士たちですら、息を呑んだ。

 

「…なんだ、ここは…」

「まるで、神殿だな…」

 

 隊員たちが、そのささやきを交わす、その間にも。

 鬼塚とストライカーの目は、ただ一点だけを、見据えていた。

 広間の、最奥。

 幾段もの階段の、その最上段に鎮座する、巨大な黒曜石の玉座。

 そして、その玉座に深く腰掛ける、一つの、あまりにも圧倒的な、存在。

 獅子の顔を持つ、人型の獣人。

始原(しげん)(おう)、レグルス】。

 彼は、その黄金の瞳を閉じたまま、まるでこの世界の全ての音を、その魂で聞いているかのように、静かに、ただ静かに、そこにいた。

 

 だが、彼らがその玉座の間へと、その最初の一歩を踏み出した、その瞬間だった。

 王が、ゆっくりとその重い瞼を持ち上げた。

 現れたのは、溶けた黄金のように輝く、しかしどこまでも冷徹な瞳。

 その瞳は、侵入者である彼らを一瞥すると、まるで取るに足らない虫けらを見るかのように、気だるそうに細められた。

 そして、その巨大な顎がゆっくりと開かれる。

 彼の声は、地響きではなかった。

 ただ、静かに、しかしその場にいる全ての者の魂の奥底までを、直接震わせるかのような、絶対的な王者の声だった。

 

「――強者(きょうしゃ)しか(いど)むなよ」

 

 その、たった一言。

 それが、この神々のテーブルにおける、唯一のルールだった。

 

「お前たちのような幼児(ようじ)を相手するほど、(ひま)じゃないんでな」

 

 その、あまりにも傲慢な、そしてどこまでも絶対的な宣告。

 それに、日米の精鋭たちの顔から、血の気が引いた。

 だが、それ以上に。

 彼らの魂に、屈辱という名の炎が、燃え上がった。

 彼らは、この世界の最強の兵士。

 その誇りを、こんな、ただの獣人に、踏みにじられてたまるものか。

 鬼塚とストライカーが、同時に叫んだ。

 

「――総員、戦闘開始ッ!」

 

 その号令を、合図にしたかのように。

 日米の、最強の軍隊が、その牙を剥いた。

 ストライカー率いるデザート・イーグルが、その上空から、雨のような魔石誘導弾を叩き込む。

 その弾幕を、盾とするように。

 鬼塚率いるD-SLAYERSが、完璧な包囲殲滅陣を敷き、その神速の剣で、王の、その懐へと切り込んでいく。

 二つの国の、最強の戦術。その完璧なハーモニー。

 それは、B級の、どのボスであろうと、一瞬で塵芥へと変えるほどの、圧倒的な破壊の奔流だった。

 だが。

 

 その全てが、王の前では、子供の遊びに過ぎなかった。

 レグルスは、玉座から立ち上がることすらしなかった。

 彼は、ただ、その黄金の瞳を、わずかに細めただけ。

 その瞬間、彼の周囲の空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 

【王の勅命(ちょくめい)重力(じゅうりょく)牢獄(ろうごく)】。

 

 上空から降り注いでいたはずの魔石誘導弾が、その速度を失い、まるで雨粒のように、ぽつり、ぽつりと力なく地面へと落下していく。

 その、あまりにも理不尽な光景。

 それに、ストライカーが、その信じられないという顔で、絶叫した。

「なっ!?」

 そして、その王の嘲笑うかのような視線が、今度は地上部隊へと向けられる。

 鬼塚たちの体が、鉛のように重くなった。

 一歩、足を踏み出すだけで、全身の骨が軋むほどの、圧倒的な重圧。

 彼らの、神速だったはずの動きが、まるで泥の中を這うかのように、鈍重なものへと変わっていく。

 それだけではなかった。

 彼らが振るう、その渾身の剣戟。

 それが、王の、その玉座に届く、その寸前で。

 目に見えない、しかし絶対的な障壁に阻まれ、カン、カンと虚しい音を立てて、弾かれていく。

 

「――これが、王の力か…!」

 鬼塚が、その唇を噛み締めた。

 そして、王の、その戯れのような、しかしどこまでも無慈悲な、カウンターが、始まった。

 彼は、その玉座に座ったまま、ただ、その指を一本、軽く振るっただけ。

 だが、その瞬間。

 空間そのものが、悲鳴を上げた。

 目に見えない、しかし絶対的な質量の奔流が、D-SLAYERSの、その完璧だったはずの前衛を、完全に飲み込んだ。

 兵士たちの、C級レア等級のプレートアーマーが、まるでガラス細工のように、粉々に砕け散る。

 彼らの体は、まるで紙切れのように、後方へと吹き飛ばされた。

 HPバーが、一瞬でゼロになる。

 フラスコシステムが、かろうじてその命を繋ぎ止める。

 だが、戦線は、完全に崩壊した。

 

「――退避!退避だ!一旦、立て直す!」

 

 鬼塚の、その悲痛な絶叫。

 それが、この歴史的なレイドの、最初の、そしてあまりにも屈辱的な結末だった。

 彼らは、命からがら、その玉座の間から撤退した。

 後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で、再びその玉座へと戻り、まるで最初から何もなかったかのように、再びその黄金の瞳を閉じる、一人の王の姿だけだった。

 彼は、ただ退屈そうに、欠伸を一つした。

 その、あまりにも圧倒的な、そしてどこまでも残酷な「格」の違い。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。