ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
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【ダンジョン
ジュネーブ、国際公式ギルド本部。その地下深く、外界のあらゆる物理的・電子的干渉から隔絶された日米合同作戦司令部は、お通夜のように重い沈黙に支配されていた。
壁一面に設置された巨大なホログラムモニターには、数時間前の、あの悪夢のような戦闘の記録映像が、無音で、しかしどこまでも雄弁に、その絶望的な事実を映し出し続けていた。
完璧な布陣で突入する、日米の精鋭部隊。
その、あまりにも洗練された、そしてどこまでも力強い連携攻撃。
そして、その全てが、玉座に座るたった一体の獣人の、ただ戯れのような一瞥と、指先のわずかな動きだけで、まるで子供の玩具のように、いともたやすく無力化されていく光景。
司令室の空気は、鉛のように重かった。誰もが、言葉を失っていた。彼らが信じてきた、この1年間の全て…訓練、装備、戦術、そして何よりも、ダンジョン先進国としての絶対的な誇り。その全てが、今、目の前の圧倒的な「理不尽」によって、根底から否定されていたのだから。
「…解析、終了しました」
その重い沈黙を破ったのは、一人の若い女性アナリストの、震える声だった。
彼女の顔は蒼白で、その瞳には信じられないものを見たかのような、純粋な戦慄の色が浮かんでいた。
彼女が手元のパネルを操作すると、中央のホログラムモニターに、無数の数式と、複雑な魔力エネルギーの波形グラフが、洪水のように映し出された。
「結論から、申し上げます」
彼女は、ゴクリと喉を鳴らすと、その絶望的な事実を告げた。
「【
「これは、単なる力技ではありません。挑戦者の攻撃パターン、スキル構成、魔力エネルギーの種類、そして何よりも、その根底にある『戦術思想』そのものを、リアルタイムでスキャン、解析し、その完全なカウンターとなる物理法則を、限定された空間内に、瞬時に生成する…いわば、戦術的因果律操作能力とでも、言うべきものです」
その、あまりにもSF的で、そしてどこまでも悪夢のような解説。
それに、司令室にいた全ての軍人たちが、息を呑んだ。
ヘイワード長官が、その低い、しかしどこまでも鋭い声で尋ねる。
「…つまり、どういうことだね?」
「はい」
アナリストは、頷いた。
「簡単に、申し上げますと…」
彼女は、その場の全ての人間へと、そしてこの世界の全ての探索者へと、その無慈悲な宣告を叩きつけた。
「――我々が、『完璧な戦術』で挑めば挑むほど、彼は、より完璧なカウンターを返してくるということです」
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
そして、次の瞬間。
司令室は、爆発した。
「馬鹿な!」
「なんだ、そのチート能力は!」
「そんなものが、あってたまるか!」
将軍たちの、怒号と絶叫。
だが、その熱狂の中心で。
二人の男だけが、ただ静かに、そのモニターを見つめていた。
日本の、坂本純一郎。
そして、アメリカの、デヴィッド・ヘイワード。
彼らの瞳には、もはや驚愕の色はない。
ただ、自らが対峙しているものの、その本当の「格」を理解した、冷徹なギャンブラーの光だけが、宿っていた。
これは、ただのモンスターではない。
この世界の、「ルール」そのものだ。
そして、そのルールを、どうやって捻じ曲げるか。
二人の頭脳は、すでに次なる一手へと、移行していた。
その日の夜。
野戦病院の、簡素なベッドの上で。
鬼塚宗一と、ストライカー大佐は、その傷だらけの体で、再び対峙していた。
彼らの間には、もはや国籍も、階級もなかった。
ただ、同じ地獄を味わい、そして同じ絶望を共有した、一人の戦士としての絆だけがあった。
そして彼らは、このあまりにも理不尽なテーブルを、どうやってひっくり返すか。
その、唯一の「解」を求めて、静かな、しかしどこまでも熾烈な議論を、交わしていた。
重い沈黙を破ったのは、ストライカーだった。
彼は、その傷だらけの顔に、それでもなお、不屈の闘志を宿して言った。
その声は、アメリカという国家が信奉する、絶対的な「力」の哲学そのものだった。
「――ならば、答えは一つだ」
彼は、その巨大な拳を、強く握りしめた。
「奴の思考が、奴のAIが、追いつかないほどの、圧倒的な飽和火力で、力任せにねじ伏せる」
「奴が、我々の戦術を読み、カウンターを生成するのに、コンマ数秒のラグがあるはずだ。その、ほんのわずかな隙間。そこに、我々の持つ全ての火力を、一点に集中させる。B級魔石を弾頭にした、新型の誘導弾。それを、百発、同時に叩き込む。あるいは、衛星軌道上から、ギルドが極秘裏に開発を進めている、あの『神の杖』を、直接奴の頭上に落とす。…どんな神であろうと、物理的に蒸発させてしまえば、それまでだ」
その、あまりにも暴力的で、そしてどこまでも合理的な、アメリカの「回答」。
それに、鬼塚は、静かに首を横に振った。
「…いや、大佐。それでは、同じことの繰り返しだ」
彼の声は、静かだった。だが、その奥には、揺るぎない確信が宿っていた。
「我々が火力を上げれば、奴もまた、火力を上げる。我々が衛星兵器を使えば、奴は空間そのものを盾にするだろう。それは、ただの泥沼の消耗戦になるだけだ。そして、その消耗戦で、先に尽きるのは、我々の方だ」
「ならば、どうすると言うのだ、一尉!」
ストライカーの、その苛立ちの混じった声。
それに、鬼塚は、その黒い瞳で、真っ直ぐに、好敵手の瞳を見つめ返した。
そして彼は、その日本の武士道にも通じる、全く異なる哲学を告げた。
「我々がやるべきは、奴の予測を裏切る『混沌』を作り出し、そのAIの隙を突くことだ」
二人の議論は、もはやただの戦術論ではなかった。
日米という、二つの国家が、その歴史の中で培ってきた、根本的な軍事ドクトリンそのものの、対立へと発展していた。
効率と、圧倒的な物量で、敵を粉砕する、アメリカの「矛」。
知恵と、忍耐と、そして敵の力を利用して、その矛をいなす、日本の「盾」。
その二つの、決して交わることのないはずだった正義が、今、この極限の状況下で、激しく火花を散らしていた。
「混沌だと?」
ストライカーは、鼻で笑った。
「戦場で、最も忌むべきものが、それだろうが。統率を失った軍隊など、ただの烏合の衆だ。各個撃破されるのが、オチだ」
「ああ、その通りだ」
鬼塚は、静かに頷いた。
「だからこそ、だ」
「…なんだと?」
「奴が、最も予測できないもの。それは、我々自身が、予測できない動きだ。訓練を、捨てる。連携を、捨てる。そして、ただの、統率の取れていない『獣』として、戦う。それしか、ない」
その、あまりにも軍人らしからぬ、そしてどこまでも本能的な戦術。
それに、ストライカーは、言葉を失った。
だが、彼は知っていた。
目の前の、この静かな日本の男の瞳の奥に宿る光が、ただの狂気ではない。
極限の状況下で、ただ一つの勝ち筋を見つけ出した、天才の光であることを。
その、あまりにも危険な、しかしどこまでも甘美なギャンブルの匂い。
それに、彼の、アメリカ人としての魂が、震えた。
彼は、深く、そして重いため息をついた。
そして、その顔には、最高のテーブルを前にした、ギャンブラーの笑みが浮かんでいた。
「…面白い。面白いじゃねえか、サムライ」
だが、その二人の英雄の、その個人的な合意だけでは、この巨大な軍隊は動かない。
彼らの背後には、国家という、巨大な、そしてどこまでも官僚的なシステムが、存在していたのだから。
議論は、平行線をたどった。
ジュネーブの司令部では、日米の参謀たちが、それぞれの国の戦術の正当性を主張し、一歩も引かなかった。
時間は、刻一刻と過ぎていく。
その、あまりにも不毛な、そしてどこまでも人間的な対立。
その膠着した戦況を、動かしたのは、一本の、あまりにも静かな、しかしどこまでも重い、一本の通信だった。
霞が関の、対策本部。
その、巨大なホログラムモニターに、坂本純一郎の、その深い皺の刻まれた顔が映し出された。
彼は、その場の全ての空気を支配する、絶対的な王者の風格で、告げた。
「――聞こえるかね、諸君」
その声に、司令部の全ての人間が、息を呑んだ。
「議論は、尽くしたようだな。ならば、これ以上、時間を無駄にするのは、やめにしよう」
彼は、そこで一度言葉を切ると、その視線を、モニターの向こう側の、鬼塚宗一、ただ一人へと注いだ。
そして彼は、その全ての信頼と、この国の未来の全てを、その一言に乗せた。
「――鬼塚君。君に、全てを任せる」
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
ストライカーが、その信じられないという顔で、鬼塚を見つめている。
ヘイワード長官が、その冷徹なポーカーフェイスを、わずかに歪ませている。
その、あまりにも大胆不敵な、そしてどこまでも日本的な、決断。
それに、司令部の誰もが、言葉を失っていた。
だが、鬼塚は動じない。
彼は、ただ静かに、そのモニターの向こうの、自らが仕えるべき唯一の「王」へと、深々と、そして力強く、敬礼した。
「――御意」
その一言。
それが、この戦争の、本当の始まりだった。
鬼塚は、その傷だらけの仲間たちへと、向き直った。
そして彼は、そのあまりにも無謀で、そしてどこまでも狂気的な作戦を、その場の全ての人間へと、告げた。
その声には、揺るぎない確信が宿っていた。
「これより、第二次攻撃を開始する」
「だが、忘れてほしい。君たちが、これまで培ってきた、全ての訓練を。全ての、連携を。全ての、常識を」
彼は、そこで一度、大きく息を吸い込んだ。
そして彼は、その全ての魂を込めて、叫んだ。
「――今日、この瞬間から。我々は、軍隊ではない!ただの、烏合の衆だ!」
「予測不能な、獣の群れとして、あの神々のテーブルを、荒らし尽くしてやる!」
「そして!」と、彼の声が、さらに大きくなる。
「その混沌の、中心で。どちらか一方の部隊が、命を賭けた『囮』となる!王の、最大攻撃を、その身に引き受ける!そして、その隙に、もう一方の部隊が、全てを賭けた一撃を叩き込む!それしか、我々に残された道はない!」
その、あまりにも壮絶な、そしてどこまでも英雄的な、作戦。
それに、日米の兵士たちの、その疲れ切っていたはずの瞳に、再び、闘志の炎が宿った。
彼らは、もはや日本人でも、アメリカ人でもなかった。
ただ、同じ地獄を味わい、そして同じ勝利を渇望する、一つの「仲間」だった。
だが、その作戦には、一つの、あまりにも重い問いが、残されていた。
どちらが、「囮」となるのか。
その、あまりにも重い選択。
それは、部隊の半数以上の、死を意味するかもしれない。
その、息が詰まるような沈黙の中で。
鬼塚とストライカーは、顔を見合わせた。
そして彼らは、同時に、不敵に笑った。
彼らの答えは、同じだった。
彼らは、この、あまりにも人間的で、そしてどこまでも不毛な選択を、神々の気まぐれに、委ねることを決意したのだ。
「…面白い」
ストライカーが、言った。
「最高の、ロシアンルーレットじゃねえか」
「ああ」
鬼塚もまた、静かに頷いた。
「そして、その引き金を引くのは、俺たちだ」
鬼塚は、そのポケットから、一枚の、何の変哲もない日本の500円硬貨を取り出した。
彼は、その硬貨を、親指の爪の上に乗せる。
そして、彼はストライカーへと、その最後の問いを投げかけた。
「――表か、裏か」
「…ヘッドだ」
ストライカーが、即答した。
「アメリカの、幸運の女神に、賭けるとしよう」
「…分かった」
鬼塚は、頷いた。
彼は、そのコインを、高く、高く、天へと弾いた。
作戦司令部の、静寂の中。
銀色のコインが、ホログラムモニターの青白い光を反射しながら、きらきらと輝き、そしてゆっくりと、しかし確実に、その運命の軌道を描いていく。
表か、裏か。
生か、死か。
世界の運命が、その小さな金属片の裏表に託された、その瞬間だった。
コインが、その回転の頂点に達し、そして、重力に引かれて、落ちてくる。
その、あまりにもゆっくりとした、永遠のような時間。
彼の、本当の「ギャンブル」は、まだ始まってもいなかったのだ。