ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第362話

物語(ものがたり)は10(ねん)(まえ)、ダンジョンが(あらわ)れる当日(とうじつ)(もど)る】

【ダンジョン出現(しゅつげん)()、14ヶ(げつ)経過後】

 

 

 ジュネーブ、国際公式ギルド本部。その地下深く、外界のあらゆる物理的・電子的干渉から隔絶された日米合同作戦司令部は、お通夜のように重い沈黙に支配されていた。

 壁一面に設置された巨大なホログラムモニターには、数時間前の、あの悪夢のような戦闘の記録映像が、無音で、しかしどこまでも雄弁に、その絶望的な事実を映し出し続けていた。

 完璧な布陣で突入する、日米の精鋭部隊。

 その、あまりにも洗練された、そしてどこまでも力強い連携攻撃。

 そして、その全てが、玉座に座るたった一体の獣人の、ただ戯れのような一瞥と、指先のわずかな動きだけで、まるで子供の玩具のように、いともたやすく無力化されていく光景。

 司令室の空気は、鉛のように重かった。誰もが、言葉を失っていた。彼らが信じてきた、この1年間の全て…訓練、装備、戦術、そして何よりも、ダンジョン先進国としての絶対的な誇り。その全てが、今、目の前の圧倒的な「理不尽」によって、根底から否定されていたのだから。

 

「…解析、終了しました」

 

 その重い沈黙を破ったのは、一人の若い女性アナリストの、震える声だった。

 彼女の顔は蒼白で、その瞳には信じられないものを見たかのような、純粋な戦慄の色が浮かんでいた。

 彼女が手元のパネルを操作すると、中央のホログラムモニターに、無数の数式と、複雑な魔力エネルギーの波形グラフが、洪水のように映し出された。

 

「結論から、申し上げます」

 彼女は、ゴクリと喉を鳴らすと、その絶望的な事実を告げた。

「【始原(しげん)(おう)、レグルス】。彼のユニーク能力…【王の勅命(ちょくめい)】は、我々がこれまで観測してきた、いかなるスキルとも、その概念を異にします」

「これは、単なる力技ではありません。挑戦者の攻撃パターン、スキル構成、魔力エネルギーの種類、そして何よりも、その根底にある『戦術思想』そのものを、リアルタイムでスキャン、解析し、その完全なカウンターとなる物理法則を、限定された空間内に、瞬時に生成する…いわば、戦術的因果律操作能力とでも、言うべきものです」

 

 その、あまりにもSF的で、そしてどこまでも悪夢のような解説。

 それに、司令室にいた全ての軍人たちが、息を呑んだ。

 ヘイワード長官が、その低い、しかしどこまでも鋭い声で尋ねる。

「…つまり、どういうことだね?」

「はい」

 アナリストは、頷いた。

「簡単に、申し上げますと…」

 彼女は、その場の全ての人間へと、そしてこの世界の全ての探索者へと、その無慈悲な宣告を叩きつけた。

 

「――我々が、『完璧な戦術』で挑めば挑むほど、彼は、より完璧なカウンターを返してくるということです」

 

 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 そして、次の瞬間。

 司令室は、爆発した。

 

「馬鹿な!」

「なんだ、そのチート能力は!」

「そんなものが、あってたまるか!」

 

 将軍たちの、怒号と絶叫。

 だが、その熱狂の中心で。

 二人の男だけが、ただ静かに、そのモニターを見つめていた。

 日本の、坂本純一郎。

 そして、アメリカの、デヴィッド・ヘイワード。

 彼らの瞳には、もはや驚愕の色はない。

 ただ、自らが対峙しているものの、その本当の「格」を理解した、冷徹なギャンブラーの光だけが、宿っていた。

 これは、ただのモンスターではない。

 この世界の、「ルール」そのものだ。

 そして、そのルールを、どうやって捻じ曲げるか。

 二人の頭脳は、すでに次なる一手へと、移行していた。

 

 

 その日の夜。

 野戦病院の、簡素なベッドの上で。

 鬼塚宗一と、ストライカー大佐は、その傷だらけの体で、再び対峙していた。

 彼らの間には、もはや国籍も、階級もなかった。

 ただ、同じ地獄を味わい、そして同じ絶望を共有した、一人の戦士としての絆だけがあった。

 そして彼らは、このあまりにも理不尽なテーブルを、どうやってひっくり返すか。

 その、唯一の「解」を求めて、静かな、しかしどこまでも熾烈な議論を、交わしていた。

 

 重い沈黙を破ったのは、ストライカーだった。

 彼は、その傷だらけの顔に、それでもなお、不屈の闘志を宿して言った。

 その声は、アメリカという国家が信奉する、絶対的な「力」の哲学そのものだった。

 

「――ならば、答えは一つだ」

 彼は、その巨大な拳を、強く握りしめた。

「奴の思考が、奴のAIが、追いつかないほどの、圧倒的な飽和火力で、力任せにねじ伏せる」

「奴が、我々の戦術を読み、カウンターを生成するのに、コンマ数秒のラグがあるはずだ。その、ほんのわずかな隙間。そこに、我々の持つ全ての火力を、一点に集中させる。B級魔石を弾頭にした、新型の誘導弾。それを、百発、同時に叩き込む。あるいは、衛星軌道上から、ギルドが極秘裏に開発を進めている、あの『神の杖』を、直接奴の頭上に落とす。…どんな神であろうと、物理的に蒸発させてしまえば、それまでだ」

 

 その、あまりにも暴力的で、そしてどこまでも合理的な、アメリカの「回答」。

 それに、鬼塚は、静かに首を横に振った。

 

「…いや、大佐。それでは、同じことの繰り返しだ」

 彼の声は、静かだった。だが、その奥には、揺るぎない確信が宿っていた。

「我々が火力を上げれば、奴もまた、火力を上げる。我々が衛星兵器を使えば、奴は空間そのものを盾にするだろう。それは、ただの泥沼の消耗戦になるだけだ。そして、その消耗戦で、先に尽きるのは、我々の方だ」

「ならば、どうすると言うのだ、一尉!」

 ストライカーの、その苛立ちの混じった声。

 それに、鬼塚は、その黒い瞳で、真っ直ぐに、好敵手の瞳を見つめ返した。

 そして彼は、その日本の武士道にも通じる、全く異なる哲学を告げた。

「我々がやるべきは、奴の予測を裏切る『混沌』を作り出し、そのAIの隙を突くことだ」

 

 二人の議論は、もはやただの戦術論ではなかった。

 日米という、二つの国家が、その歴史の中で培ってきた、根本的な軍事ドクトリンそのものの、対立へと発展していた。

 効率と、圧倒的な物量で、敵を粉砕する、アメリカの「矛」。

 知恵と、忍耐と、そして敵の力を利用して、その矛をいなす、日本の「盾」。

 その二つの、決して交わることのないはずだった正義が、今、この極限の状況下で、激しく火花を散らしていた。

 

「混沌だと?」

 ストライカーは、鼻で笑った。

「戦場で、最も忌むべきものが、それだろうが。統率を失った軍隊など、ただの烏合の衆だ。各個撃破されるのが、オチだ」

「ああ、その通りだ」

 鬼塚は、静かに頷いた。

「だからこそ、だ」

「…なんだと?」

「奴が、最も予測できないもの。それは、我々自身が、予測できない動きだ。訓練を、捨てる。連携を、捨てる。そして、ただの、統率の取れていない『獣』として、戦う。それしか、ない」

 

 その、あまりにも軍人らしからぬ、そしてどこまでも本能的な戦術。

 それに、ストライカーは、言葉を失った。

 だが、彼は知っていた。

 目の前の、この静かな日本の男の瞳の奥に宿る光が、ただの狂気ではない。

 極限の状況下で、ただ一つの勝ち筋を見つけ出した、天才の光であることを。

 その、あまりにも危険な、しかしどこまでも甘美なギャンブルの匂い。

 それに、彼の、アメリカ人としての魂が、震えた。

 彼は、深く、そして重いため息をついた。

 そして、その顔には、最高のテーブルを前にした、ギャンブラーの笑みが浮かんでいた。

「…面白い。面白いじゃねえか、サムライ」

 

 だが、その二人の英雄の、その個人的な合意だけでは、この巨大な軍隊は動かない。

 彼らの背後には、国家という、巨大な、そしてどこまでも官僚的なシステムが、存在していたのだから。

 

 

 議論は、平行線をたどった。

 ジュネーブの司令部では、日米の参謀たちが、それぞれの国の戦術の正当性を主張し、一歩も引かなかった。

 時間は、刻一刻と過ぎていく。

 その、あまりにも不毛な、そしてどこまでも人間的な対立。

 その膠着した戦況を、動かしたのは、一本の、あまりにも静かな、しかしどこまでも重い、一本の通信だった。

 

 霞が関の、対策本部。

 その、巨大なホログラムモニターに、坂本純一郎の、その深い皺の刻まれた顔が映し出された。

 彼は、その場の全ての空気を支配する、絶対的な王者の風格で、告げた。

 

「――聞こえるかね、諸君」

 その声に、司令部の全ての人間が、息を呑んだ。

「議論は、尽くしたようだな。ならば、これ以上、時間を無駄にするのは、やめにしよう」

 彼は、そこで一度言葉を切ると、その視線を、モニターの向こう側の、鬼塚宗一、ただ一人へと注いだ。

 そして彼は、その全ての信頼と、この国の未来の全てを、その一言に乗せた。

「――鬼塚君。君に、全てを任せる」

 

 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 ストライカーが、その信じられないという顔で、鬼塚を見つめている。

 ヘイワード長官が、その冷徹なポーカーフェイスを、わずかに歪ませている。

 その、あまりにも大胆不敵な、そしてどこまでも日本的な、決断。

 それに、司令部の誰もが、言葉を失っていた。

 だが、鬼塚は動じない。

 彼は、ただ静かに、そのモニターの向こうの、自らが仕えるべき唯一の「王」へと、深々と、そして力強く、敬礼した。

 

「――御意」

 

 その一言。

 それが、この戦争の、本当の始まりだった。

 鬼塚は、その傷だらけの仲間たちへと、向き直った。

 そして彼は、そのあまりにも無謀で、そしてどこまでも狂気的な作戦を、その場の全ての人間へと、告げた。

 その声には、揺るぎない確信が宿っていた。

「これより、第二次攻撃を開始する」

「だが、忘れてほしい。君たちが、これまで培ってきた、全ての訓練を。全ての、連携を。全ての、常識を」

 彼は、そこで一度、大きく息を吸い込んだ。

 そして彼は、その全ての魂を込めて、叫んだ。

「――今日、この瞬間から。我々は、軍隊ではない!ただの、烏合の衆だ!」

「予測不能な、獣の群れとして、あの神々のテーブルを、荒らし尽くしてやる!」

「そして!」と、彼の声が、さらに大きくなる。

「その混沌の、中心で。どちらか一方の部隊が、命を賭けた『囮』となる!王の、最大攻撃を、その身に引き受ける!そして、その隙に、もう一方の部隊が、全てを賭けた一撃を叩き込む!それしか、我々に残された道はない!」

 

 その、あまりにも壮絶な、そしてどこまでも英雄的な、作戦。

 それに、日米の兵士たちの、その疲れ切っていたはずの瞳に、再び、闘志の炎が宿った。

 彼らは、もはや日本人でも、アメリカ人でもなかった。

 ただ、同じ地獄を味わい、そして同じ勝利を渇望する、一つの「仲間」だった。

 

 

 だが、その作戦には、一つの、あまりにも重い問いが、残されていた。

 どちらが、「囮」となるのか。

 その、あまりにも重い選択。

 それは、部隊の半数以上の、死を意味するかもしれない。

 その、息が詰まるような沈黙の中で。

 鬼塚とストライカーは、顔を見合わせた。

 そして彼らは、同時に、不敵に笑った。

 彼らの答えは、同じだった。

 彼らは、この、あまりにも人間的で、そしてどこまでも不毛な選択を、神々の気まぐれに、委ねることを決意したのだ。

 

「…面白い」

 ストライカーが、言った。

「最高の、ロシアンルーレットじゃねえか」

「ああ」

 鬼塚もまた、静かに頷いた。

「そして、その引き金を引くのは、俺たちだ」

 

 鬼塚は、そのポケットから、一枚の、何の変哲もない日本の500円硬貨を取り出した。

 彼は、その硬貨を、親指の爪の上に乗せる。

 そして、彼はストライカーへと、その最後の問いを投げかけた。

「――表か、裏か」

「…ヘッドだ」

 ストライカーが、即答した。

「アメリカの、幸運の女神に、賭けるとしよう」

「…分かった」

 鬼塚は、頷いた。

 

 彼は、そのコインを、高く、高く、天へと弾いた。

 作戦司令部の、静寂の中。

 銀色のコインが、ホログラムモニターの青白い光を反射しながら、きらきらと輝き、そしてゆっくりと、しかし確実に、その運命の軌道を描いていく。

 表か、裏か。

 生か、死か。

 世界の運命が、その小さな金属片の裏表に託された、その瞬間だった。

 コインが、その回転の頂点に達し、そして、重力に引かれて、落ちてくる。

 その、あまりにもゆっくりとした、永遠のような時間。

 彼の、本当の「ギャンブル」は、まだ始まってもいなかったのだ。

 

 

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