ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第363話

物語(ものがたり)は10(ねん)(まえ)、ダンジョンが(あらわ)れる当日(とうじつ)(もど)る】

【ダンジョン出現(しゅつげん)()、14ヶ(げつ)経過後】

 

 

 

 ジュネーブ、日米合同作戦司令部。

 その空気は、一本の指が弾いた、たった一枚の硬貨によって、完全に支配されていた。

 円卓を囲む、日米のトップエリートたち。モニターの向こう側で見守る、霞が関とホワイトハウスの指導者たち。そして、何よりも、この無謀な作戦の当事者である、鬼塚宗一とストライカー大佐。その全ての視線が、司令部の無機質な床の上で、運命の回転を続ける小さな金属片へと注がれていた。

 500円硬貨。

 桐の花が描かれた、日本のありふれた貨幣。

 だが、今この瞬間、その小さな円盤の上には、二つの国の、そして二つの精鋭部隊の、数十人の兵士たちの命運が、確かに乗せられていた。

 

 カラン、コロン……チリン。

 

 甲高い、しかしどこまでも重い音が、静寂を切り裂いた。

 コインは、その最後の回転を終え、絶対的な事実として、その片面を天井の照明へと晒した。

 そこに描かれていたのは、桐の花。

「表」。

 ストライカーが、賭けた目だった。

 

「…………」

 

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 それを破ったのは、ストライカー自身の、乾いた笑い声だった。

「…はっ。どうやら、幸運の女神は、俺の側に微笑んだらしいな」

 彼は、そう言って不敵に笑った。その顔には、死地へと赴く男の悲壮感など、微塵もなかった。ただ、最高のテーブルで、最高のカードを配られたギャンブラーの、純粋な歓喜だけが宿っていた。

「――囮役は、我々『デザート・イーグル』が引き受けよう」

 その、あまりにもあっさりとした、しかしどこまでも力強い宣言。

 それに、鬼塚はただ黙って、その傷だらけの顔を歪ませた。

 彼の、その鋼鉄の仮面のような表情の奥で、どれほどの葛藤と、そして仲間を死地へと送ることへの無念が渦巻いていたのか。それを、知る者は誰もいなかった。

 

「…大佐」

 鬼塚が、ようやく絞り出した声は、しゃがれていた。

「…死ぬなよ」

「当たり前だ、一尉」

 ストライカーは、ニッと白い歯を見せて笑った。

「英雄は、物語の最後には、必ず生きて帰るものだと決まっている。ハリウッド映画の、お約束だろう?」

 その、あまりにもアメリカ的な、そしてどこまでも無責任なジョーク。

 それに、鬼塚の口元が、わずかに緩んだ。

 

「――では、行こうか」

 ストライカーが、立ち上がった。

「我々の、本当の『仕事』の時間だ」

 彼の、その言葉を合図にしたかのように。

 司令室にいた、全てのデザート・イーグルの隊員たちが、一斉に立ち上がった。

 彼らの顔に、恐怖の色はなかった。

 ただ、自らが信じる指揮官と、そして自らが信じる国家の誇りのために、その命を捧げるという、絶対的な覚悟の光だけが宿っていた。

 彼らは、無言のまま、鬼塚たちD-SLAYERSの隊員一人一人と、その拳を、固く突き合わせた。

 国籍も、言語も、そして肌の色も違う。

 だが、その瞬間、彼らは確かに、一つの「仲間」だった。

 その、あまりにも静かで、そしてどこまでも壮絶な、出陣の儀式を。

 坂本も、ヘイワードも、そして世界の全てが、ただ固唾を飲んで、見守っていた。

 

 第一章:混沌のプレリュード

 B級ダンジョンゲート【揺り籠】。

 その黄金に輝く門が、再び彼らの前に、その口を開けた。

 だが、その門をくぐる兵士たちの姿は、第一次攻撃の時とは、何もかもが違っていた。

 完璧だったはずのフォーメーションはない。

 無線を通じて交わされる、緻密な戦術確認もない。

 ただ、それぞれが、思い思いのタイミングで、まるで無秩序な暴徒のように、その純白の玉座の間へと、なだれ込んでいく。

 その、あまりにも素人じみた光景。

 それを、玉座に座る【始原(しげん)(おう)、レグルス】は、その黄金の瞳をわずかに細め、どこか訝しげに、しかし依然として、退屈そうに眺めていた。

 

「――始めろッ!」

 

 ストライカーの、その絶叫。

 それが、この狂乱の円舞曲の、始まりの合図だった。

 第二次攻撃が、始まった。

 だが、それはもはや、戦いではなかった。

 ただの、混沌の渦だった。

 鬼塚が、叫ぶ。

「――忘れるな!訓練は、忘れろ!ただ、目の前の敵を、殺せ!」

 その号令を、合図にしたかのように。

 日米の兵士たちは、これまで培ってきた全ての戦術を、その脳内から消去した。

 彼らは、ただの獣となった。

 

 アメリカの兵士たちが、その手に持つ最新鋭の魔石ライフルを、後先のことを考えずに、乱射する。

 その弾丸は、王の体を捉えることはない。

 ただ、天井の水晶を撃ち砕き、キラキラとした光の破片を、雨のように降らせるだけ。

 その、あまりにも無駄な、しかしどこまでも美しい光景。

 日本の兵士たちが、その洗練された剣技を捨て、ただ泥臭く、地面を転がり、そして王の、その玉座の足に、まるで獣のように食らいつく。

 その、あまりにも無様で、しかしどこまでも必死な、生存への渇望。

 その、あまりにも予測不能で、そしてどこまでも非合理的な「混沌」。

 それに、王の、その完璧だったはずのAIが、初めて明確な「混乱」を見せた。

 

「…ほう?」

 レグルスの、その黄金の瞳が、初めて見開かれた。

 彼の、その神の如き演算能力が、目の前で繰り広げられる、このあまりにも非効率的な人間の行動を、理解できずにいた。

 模倣が、追いつかない。

 敵の動きが、読めない。

 その、AIの思考に生まれた、コンマ数秒のラグ。

 それこそが、人類が、この神々のチェス盤で、初めて掴み取った、唯一の「隙」だった。

 王は、初めてその玉座から、その重い腰を上げた。

 そして、その顔には、これまで浮かべていた退屈の色ではない。

 純粋な、「苛立ち」の色が浮かんでいた。

 

 

「――小賢(こざか)しい…」

 

 レグルスの、その地を這うような低い声が、玉座の間に響き渡った。

 彼の、その黄金の瞳が、憎悪の炎を燃え上がらせる。

 彼は、もはやこの小さな虫けらたちの、その戯れに付き合うことに、飽きていた。

 彼は、この不愉快なゲームを、終わらせることを決意した。

 王が、その巨大なグレートソードを、天へと掲げる。

 そして、その切っ先が、天を突いた瞬間。

 彼の、その獅子のような顔を持つ巨体全体が、これまでにないほどの、まばゆい光を放ち始めた。

 その中心に、一つの、小さな、しかし全てを無に帰すほどの、破壊のエネルギーが収束していく。

 超広範囲の、即死級の、エリア攻撃。

 王の、本当の【勅命(ちょくめい)】。

 

「――まずい!」

 鬼塚が、叫んだ。

「全員、退避しろ!」

 だが、もう遅い。

 その攻撃から、逃れる術はなかった。

 部屋の、全ての出口は、見えない力の壁によって、すでに封鎖されている。

 誰もが、全滅という、最悪の結末を覚悟した。

 だが、その絶望の、まさにその中心で。

 一つの、巨大な影が、動いた。

 アメリカ軍の指揮官、ストライカー大佐だった。

 彼は、その傷だらけの体で、笑っていた。

 その顔には、最高の、そしてどこまでも不敵な笑みが浮かんでいた。

 彼は、そのヘッドセットを通じて、鬼塚ただ一人へと、その最後の言葉を送った。

 

『――聞こえるか、サムライ』

 その声は、どこまでも穏やかだった。

『どうやら、俺の出番らしい。最高の見せ場を、ありがとうよ』

「…ストライカー!馬鹿野郎!やめろ!」

 鬼塚の、その悲痛な叫び。

 だが、ストライカーは、その声に答えることはなかった。

 彼は、ただ、その絶望的な光の中心へと、その身を投じるための、最後の号令を、自らの部下たちへと、下した。

 その声は、もはやただの指揮官ではない。

 自らの命を、そして仲間たちの命を、未来へと繋ぐための、英雄の、それだった。

 

「――今だッ!!!!!」

 

 彼が、そう叫んだ、その瞬間。

 彼が率いる、デザート・イーグルの、生き残った全ての兵士たち。

 彼らは、退却することなく、むしろその死の光の中心へと、その身を投じていった。

 彼らは、雄叫びを上げた。

 その声は、もはや恐怖に震えてはいなかった。

 ただ、自らが信じる指揮官と、そして自らが信じる国家の誇りのために、その命を捧げるという、絶対的な覚悟の光だけが宿っていた。

 彼らは、自らの体を、最後の「盾」とした。

 その、あまりにも英雄的な、そしてどこまでも無謀な、自己犠牲。

 彼らの、その十数人の命の輝きが、一つの巨大な光の奔流となって、王の、その絶対的な破壊の奔流と、正面から激突した。

 そして、その光と光がぶつかり合った、その中心で。

 世界から、音が消えた。

 

 

「――ストライカーッ!!!!!」

 

 鬼塚の、その悲痛な絶叫が、無音の世界に響き渡った。

 彼の目の前で、友が、そしてその勇敢な部下たちが、まばゆい光の中に、その姿を消していく。

 その、あまりにも残酷で、そしてどこまでも美しい光景。

 彼の、その鋼鉄の仮面のような表情が、初めて、人間的な苦痛に歪んだ。

 涙が、溢れそうになる。

 だが、彼は決して、その涙を流しはしなかった。

 なぜなら、彼の瞳には、もはや悲しみの色はない。

 ただ、友がその命を賭して作り出してくれた、この唯一の好機を、決して無駄にはしないという、鋼鉄の意志だけが宿っていたからだ。

 

 王の、その絶対的な攻撃は、確かに放たれた。

 だが、デザート・イーグルの、その命を賭した突撃によって、そのエネルギーは、わずかに、しかし確実に、その軌道を逸らされていた。

 そして、その大技を放った後の、王の、その無防備な体。

 その胸の中心、魔力が渦巻くその核(コア)が、ほんの数秒間だけ、完全に剥き出しになっていた。

 それこそが、彼らが、その全ての命を賭けて作り出した、唯一の「勝ち筋」。

 

「――行くぞ」

 

 鬼塚の、その静かな声。

 それに、彼の後ろに控えていたD-SLAYERSの、生き残った全ての兵士たちが、応えた。

 彼らは、もはや日本人でも、アメリカ人でもなかった。

 ただ、同じ地獄を味わい、そして同じ勝利を渇望する、一つの「仲間」だった。

 彼らは、雄叫びを上げた。

 その声は、もはや恐怖に震えてはいなかった。

 ただ、失われた友への、そして仲間への、最高の弔いとして、この戦いに勝利するという、絶対的な覚悟の光だけが宿っていた。

 彼らは、その無防備になった王の、その剥き出しになった魔力の核(コア)へと、その身に宿る全ての魂を込めて、その最後の一撃を、叩き込んだ。

 

「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 その、英雄たちの、魂の咆哮。

 それが、神の心臓を、確かに、そして完全に、貫いた。

 

 ズッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 これまでとは、比較にならない凄まじい破壊音。

 王の、その鋼鉄の肉体を形成していた魔力の奔流が、制御を失い、内側から暴走を始める。

 その黄金の瞳に、初めて純粋な「驚愕」の色が浮かんだ。

 そして、その巨体は、ゆっくりとその場に崩れ落ち、そして満足げな光の粒子となって、消滅していった。

 その、あまりにも劇的な、そしてどこまでも壮絶な、勝利。

 その、全てが終わった時。

 玉座の間を、一つの、あまりにも巨大な、そしてどこまでも温かい、純白の光が、満たした。

 それは、勝利のファンファーレであり、そして同時に、失われた英雄たちへの、鎮魂歌でもあった。

 彼らの、本当の「伝説」が、今、始まった。

 その、あまりにも静かで、そしてどこまでも壮絶な、幕開けだった。

 

 

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