ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
世界から、音が消えた。
鬼塚宗一が、そして彼が率いるD-SLAYERSの生き残った兵士たちが、その魂の全てを込めて放った最後の一撃。それが、神の心臓を貫いた瞬間。玉座の間を、そしてこの戦いを見守っていた世界の全てを、絶対的な純白の光が満たした。
光が収まった時、そこに広がっていたのは、絶対的な静寂だった。
あれほど、この空間を支配していた【
「…はぁ…はぁ…」
鬼塚は、その場に膝をつき、荒い息を繰り返していた。
彼の、C級レア等級のプレートアーマーは無残に砕け散り、その下の鎖帷子も所々が引き裂かれ、生々しい傷口が赤い血を滲ませている。全身の骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げていた。
だが、彼の心は、これ以上ないほどの達成感と、そして静かな高揚感に満たされていた。
勝ったのだ。
この、あまりにも理不尽なテーブルで。
神々の戯れのような、この狂ったゲームで、俺たちは勝ったのだ。
彼の隣で、アメリカ軍の指揮官、ストライカー大佐が、部下の肩を借りながら、ゆっくりとその巨体を起こした。彼の右腕は、ありえない方向に折れ曲がり、その顔は血と汗で泥のように汚れていた。だが、その口元には、獰猛な、そしてどこまでも誇り高い笑みが浮かんでいた。
「…はっ。やったな、サムライ」
彼の、そのかすれた声。
それに、鬼塚は、ただ静かに頷き返した。
言葉は、いらなかった。
国籍も、言語も、そして信じる正義も違う。だが、その瞬間、彼らは確かに、同じ地獄を味わい、そして同じ勝利を分かち合った、唯一無二の「戦友」だった。
その、あまりにも壮絶で、そしてどこまでも人間的な勝利の光景。
それを、ジュネーブの司令部で、そして世界中で、何億という人々が、ただ息を呑んで見守っていた。
歓声が、上がる。
拍手が、鳴り響く。
だが、その熱狂の、まさにその中心で。
玉座の間に、一つの、あまりにも静かな、しかしどこまでも荘厳な「奇跡」が、起ころうとしていた。
王が消滅したはずの、あの黒曜石の玉座。
その上空に、ふわりと、黄金の光の粒子が集まり始めた。
そして、その光は、ゆっくりと、しかし確かな輪郭を持って、一つの人型の影を、再び形成していく。
それは、レグルスだった。
だが、その姿はもはや、先ほどまでの圧倒的な実体を持つものではない。
半透明の、まるで陽炎のように揺らめく、霊体(エコー)。
彼は、その黄金の瞳に、もはや憎悪の色を浮かべてはいなかった。
ただ、目の前の小さな、しかし確かに自らを打ち破った「幼児」たちを、どこか感心したような、そしてどこか楽しむような目で、見つめていた。
「ほう…?」
その声は、もはや絶対的な王者の威圧感ではなく、好敵手を認めた武人のような、静かな響きを持っていた。
「所詮A級の写し身であるが、我を倒すとはな」
その、あまりにも衝撃的な一言。
それに、鬼塚とストライカーの顔から、血の気が引いた。
写し身?
A級の?
では、今、自分たちが命を賭してようやく倒したこの怪物は、一体何だったというのだ。
「見事だ、人の子らよ。その無謀なまでの勇気と、混沌の中から勝ち筋を見つけ出すその知恵。確かに、お前たちはこの揺り籠から巣立つ資格を得たらしい」
彼の、その霊体の体は、足元からゆっくりと、黄金の光の粒子となって崩壊を始めていた。
「本来の我と戦いたいなら、SSS級まで必要だ。それほどの力を蓄え、その魂を磨き上げ、再び我の前に立つがいい。いつか、本当の玉座で会える事を祈るぞ、英雄達よ」
その言葉は、呪いか、あるいは祝福か。
鬼塚とストライカーは、ただ息を呑んでその言葉を聞くことしかできなかった。
そして、レグルスはその崩れゆく体の中から、一つの、あまりにも場違いなほど美しい光を取り出した。それは、彼の心臓だったのかもしれない。
「だが、ただ待つだけでは退屈だ。褒美をやろう。お前たちの、その見事な戦いぶりに免じてな」
彼は、その光を無作法に、鬼塚たちの足元へと放り投げた。
光が収まった時、そこには一つの、巨大な脈打つ水晶が静かに横たわっていた。
「さて、報酬は、情報もくれてやろう」
王の、その最後の言葉。
それに、隊員たちが、はっとしたように顔を上げる。
王は、その黄金の瞳に、最高の、そしてどこまでも意地悪な笑みを浮かべて言った。
その声は、新たな、そしてより遥かなるテーブルへの、悪魔の招待状だった。
「――S級ダンジョンには、あらゆる神話級のアーティファクトがあるぞ?若返りの薬、あらゆる病魔や怪我を治す霊薬…。果たしてお前達が、それを手にする時がくるのか。楽しみだ」
その言葉を最後に、王の巨体は完全に光の粒子となって霧散し、玉座の間には絶対的な静寂だけが残された。
後に残されたのは、おびただしい数のA級の魔石と、そしてその中心で、神々しいまでのオーラを放つ、一つの巨大な水晶だった。
直径は、3メートルはあろうか。
その半透明の水晶の内部では、銀河のように無数の光の粒子が渦巻き、そしてその中心で、一つの小さな太陽のように、黄金の核が、ドクン、ドクンと、力強く脈打っていた。
そして、その水晶の表面からは、ポタリ、ポタリと、純粋な魔力が凝縮した、液状の雫が滴り落ちている。
その雫が、床に落ちた瞬間。
それは、まばゆい光と共に、一つの完璧な、そしてどこまでも高純度な「A級魔石」へと、その姿を変えた。
一日、100個。
それが、この【
「…これが、王の褒美か」
鬼塚は、そのあまりにも壮大な光景に、ただ呆然と呟いた。
だが、その隣で、かろうじて一命を取り留めたストライカー大佐が、その傷だらけの顔に、獰猛な笑みを浮かべて言った。
その声は、もはやただの軍人ではない。
世界の覇権を、その手中に収めんとする、帝国の将軍のそれだった。
「――褒美?違うな、キャプテン・オニヅカ」
「これは、次の戦争の、火種だ」
その言葉通り。
この【
そのあまりにも巨大な「富」を前に、日米両政府、そしてホスト国であるスイス、世界の秩序を司る国際公式探索者ギルドによる、熾烈な外交戦争が、その静かな、しかしどこまでも熾烈な火蓋を、切って落としたのだ。
ジュネーブ、国際公式ギルド本部の、最高意思決定会議室。
その空気は、B級レイドを前にした、あの作戦司令部よりも、遥かに冷たく、そしてどこまでも張り詰めていた。
円卓を囲むのは、四つの勢力の、代表者たち。
彼らの、そのポーカーフェイスの下で、国家の、そして組織の、全ての欲望とプライドが、激しく火花を散らしていた。
「――この【
スイスの代表である、初老の大統領が、その顔を真っ赤にしながら、声を張り上げた。
「馬鹿を言え!」
それに、噛みついたのは、アメリカのヘイワード長官だった。
「その『泉』を、危険な怪物から解放したのは、誰だ?我々、アメリカと日本の兵士たちが流した、血と汗だ。その対価を、支払ってもらおうか。所有権の8割は、我々がいただく。それが、この世界の、新しい『常識』だ」
「待て、長官」
その、あまりにも傲慢な要求を、日本の坂本大臣が、静かに制した。
「これは、共同作戦だったはずだ。ならば、その果実もまた、等しく分かち合うべきだろう。日米で、50%ずつ。それが、最も公平な落とし所だと、私は思うがね」
「皆さん、どうか落ち着いてください!」
ギルドの事務総長が、その混乱を収めようとする。
「このアーティファクトは、一つの国家が独占すべきではない。全人類の、共有財産として、我々ギルドが管理し、その恩恵を世界に…」
「黙れ」
その、ギルドの理想論を、ヘイワードが、氷のように冷たい一言で、断ち切った。
「これは、ビジネスだ。そして、ビジネスのテーブルに、慈善事業の入り込む隙は、ない」
三つ巴の、睨み合い。
そして、その三者の背後では。
これまで、沈黙を保っていた、中国、ロシア、そしてヨーロッパの列強国たちが、虎視眈々と、その漁夫の利を狙っていた。
会議は、紛糾した。
何日も、何日も、終わりの見えない議論が、続いた。
世界は、新たな戦争の、その一歩手前まで、確かに近づいていた。
その、あまりにも危険なチキンレース。
それに、終止符を打ったのは、オバマ大統領と、日本の首相による、一本の極秘のホットラインだった。
彼らは、理解していた。
ここで、日米の同盟関係に亀裂が入ることこそが、他の国々が、最も望んでいるシナリオなのだと。
そして彼らは、一つの、あまりにもクレバーな、そしてどこまでも未来を見据えた「落とし所」を、共に作り上げた。
数日後。
再び招集された、国連の緊急会議。
その場で、坂本大臣と、アメリカの国務長官は、その歴史的な共同声明を、発表した。
それは、この世界の、新たな「法」の、誕生だった。
【ダンジョン内における、特殊資源の所有権に関する、日米共同条約】
通称、『ジュネーブ協定』。
その内容は、シンプルだった。
一、ダンジョンが、その国の戦力では攻略不可能な場合、国際公式ギルドに救援を要請することができる。
二、その救援作戦によって得られた、全ての資源の所有権は、作戦に参加した国と、ダンジョンが出現したホスト国、そして国際公式ギルドによって、分割されるものとする。
三、その分配比率は、作戦への貢献度に応じて、ギルドが公平に裁定する。
その、あまりにも合理的で、そしてどこまでも力に満ちた、新たなルール。
それに、世界の誰もが、反論することはできなかった。
なぜなら、その「貢献度」を、そして「裁定」を下すのは、常に、この二つの超大国なのだから。
今回の【
決死の戦いを演じた、アメリカと日本が、それぞれ4割。
ダンジョンの出現地である、ホスト国スイスが、1割。
そして、今後の世界の安定のために、ギルドが、1割を管理する。
この「ジュネーブ協定」と呼ばれる歴史的な合意により、世界のパワーバランスは、完全に日米二大巨頭体制へと移行した。