ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第364話

 世界から、音が消えた。

 鬼塚宗一が、そして彼が率いるD-SLAYERSの生き残った兵士たちが、その魂の全てを込めて放った最後の一撃。それが、神の心臓を貫いた瞬間。玉座の間を、そしてこの戦いを見守っていた世界の全てを、絶対的な純白の光が満たした。

 光が収まった時、そこに広がっていたのは、絶対的な静寂だった。

 あれほど、この空間を支配していた【始原(しげん)(おう)、レグルス】の圧倒的なプレッシャーは、嘘のように消え去っていた。後に残されたのは、おびただしい数のA級魔石が放つ優しい光と、その中心で、満身創痍のまま立ち尽くす、英雄たちの姿だけだった。

 

「…はぁ…はぁ…」

 

 鬼塚は、その場に膝をつき、荒い息を繰り返していた。

 彼の、C級レア等級のプレートアーマーは無残に砕け散り、その下の鎖帷子も所々が引き裂かれ、生々しい傷口が赤い血を滲ませている。全身の骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げていた。

 だが、彼の心は、これ以上ないほどの達成感と、そして静かな高揚感に満たされていた。

 勝ったのだ。

 この、あまりにも理不尽なテーブルで。

 神々の戯れのような、この狂ったゲームで、俺たちは勝ったのだ。

 

 彼の隣で、アメリカ軍の指揮官、ストライカー大佐が、部下の肩を借りながら、ゆっくりとその巨体を起こした。彼の右腕は、ありえない方向に折れ曲がり、その顔は血と汗で泥のように汚れていた。だが、その口元には、獰猛な、そしてどこまでも誇り高い笑みが浮かんでいた。

「…はっ。やったな、サムライ」

 彼の、そのかすれた声。

 それに、鬼塚は、ただ静かに頷き返した。

 言葉は、いらなかった。

 国籍も、言語も、そして信じる正義も違う。だが、その瞬間、彼らは確かに、同じ地獄を味わい、そして同じ勝利を分かち合った、唯一無二の「戦友」だった。

 

 その、あまりにも壮絶で、そしてどこまでも人間的な勝利の光景。

 それを、ジュネーブの司令部で、そして世界中で、何億という人々が、ただ息を呑んで見守っていた。

 歓声が、上がる。

 拍手が、鳴り響く。

 だが、その熱狂の、まさにその中心で。

 玉座の間に、一つの、あまりにも静かな、しかしどこまでも荘厳な「奇跡」が、起ころうとしていた。

 

 

 王が消滅したはずの、あの黒曜石の玉座。

 その上空に、ふわりと、黄金の光の粒子が集まり始めた。

 そして、その光は、ゆっくりと、しかし確かな輪郭を持って、一つの人型の影を、再び形成していく。

 それは、レグルスだった。

 だが、その姿はもはや、先ほどまでの圧倒的な実体を持つものではない。

 半透明の、まるで陽炎のように揺らめく、霊体(エコー)。

 彼は、その黄金の瞳に、もはや憎悪の色を浮かべてはいなかった。

 ただ、目の前の小さな、しかし確かに自らを打ち破った「幼児」たちを、どこか感心したような、そしてどこか楽しむような目で、見つめていた。

 

「ほう…?」

 

 その声は、もはや絶対的な王者の威圧感ではなく、好敵手を認めた武人のような、静かな響きを持っていた。

 

「所詮A級の写し身であるが、我を倒すとはな」

 

 その、あまりにも衝撃的な一言。

 それに、鬼塚とストライカーの顔から、血の気が引いた。

 写し身?

 A級の?

 では、今、自分たちが命を賭してようやく倒したこの怪物は、一体何だったというのだ。

 

「見事だ、人の子らよ。その無謀なまでの勇気と、混沌の中から勝ち筋を見つけ出すその知恵。確かに、お前たちはこの揺り籠から巣立つ資格を得たらしい」

 

 彼の、その霊体の体は、足元からゆっくりと、黄金の光の粒子となって崩壊を始めていた。

 

「本来の我と戦いたいなら、SSS級まで必要だ。それほどの力を蓄え、その魂を磨き上げ、再び我の前に立つがいい。いつか、本当の玉座で会える事を祈るぞ、英雄達よ」

 

 その言葉は、呪いか、あるいは祝福か。

 鬼塚とストライカーは、ただ息を呑んでその言葉を聞くことしかできなかった。

 そして、レグルスはその崩れゆく体の中から、一つの、あまりにも場違いなほど美しい光を取り出した。それは、彼の心臓だったのかもしれない。

 

「だが、ただ待つだけでは退屈だ。褒美をやろう。お前たちの、その見事な戦いぶりに免じてな」

 彼は、その光を無作法に、鬼塚たちの足元へと放り投げた。

 光が収まった時、そこには一つの、巨大な脈打つ水晶が静かに横たわっていた。

 

「さて、報酬は、情報もくれてやろう」

 王の、その最後の言葉。

 それに、隊員たちが、はっとしたように顔を上げる。

 王は、その黄金の瞳に、最高の、そしてどこまでも意地悪な笑みを浮かべて言った。

 その声は、新たな、そしてより遥かなるテーブルへの、悪魔の招待状だった。

 

「――S級ダンジョンには、あらゆる神話級のアーティファクトがあるぞ?若返りの薬、あらゆる病魔や怪我を治す霊薬…。果たしてお前達が、それを手にする時がくるのか。楽しみだ」

 

 その言葉を最後に、王の巨体は完全に光の粒子となって霧散し、玉座の間には絶対的な静寂だけが残された。

 

 

 後に残されたのは、おびただしい数のA級の魔石と、そしてその中心で、神々しいまでのオーラを放つ、一つの巨大な水晶だった。

 直径は、3メートルはあろうか。

 その半透明の水晶の内部では、銀河のように無数の光の粒子が渦巻き、そしてその中心で、一つの小さな太陽のように、黄金の核が、ドクン、ドクンと、力強く脈打っていた。

 そして、その水晶の表面からは、ポタリ、ポタリと、純粋な魔力が凝縮した、液状の雫が滴り落ちている。

 その雫が、床に落ちた瞬間。

 それは、まばゆい光と共に、一つの完璧な、そしてどこまでも高純度な「A級魔石」へと、その姿を変えた。

 一日、100個。

 それが、この【創生(そうせい)心核(しんかく)】が生み出す、無限の富だった。

 

「…これが、王の褒美か」

 鬼塚は、そのあまりにも壮大な光景に、ただ呆然と呟いた。

 だが、その隣で、かろうじて一命を取り留めたストライカー大佐が、その傷だらけの顔に、獰猛な笑みを浮かべて言った。

 その声は、もはやただの軍人ではない。

 世界の覇権を、その手中に収めんとする、帝国の将軍のそれだった。

 

「――褒美?違うな、キャプテン・オニヅカ」

「これは、次の戦争の、火種だ」

 

 その言葉通り。

 この【創生(そうせい)心核(しんかく)】の発見と、そして王が残した「S級ダンジョンの秘密」という情報は、世界のパワーバランスを、再び、そして今度こそ決定的に、塗り替えることになる。

 そのあまりにも巨大な「富」を前に、日米両政府、そしてホスト国であるスイス、世界の秩序を司る国際公式探索者ギルドによる、熾烈な外交戦争が、その静かな、しかしどこまでも熾烈な火蓋を、切って落としたのだ。

 

 

 ジュネーブ、国際公式ギルド本部の、最高意思決定会議室。

 その空気は、B級レイドを前にした、あの作戦司令部よりも、遥かに冷たく、そしてどこまでも張り詰めていた。

 円卓を囲むのは、四つの勢力の、代表者たち。

 彼らの、そのポーカーフェイスの下で、国家の、そして組織の、全ての欲望とプライドが、激しく火花を散らしていた。

 

「――この【創生(そうせい)心核(しんかく)】は、我が国の領土内に出現した。したがって、その所有権は、国際法に則り、我が国スイスに帰属する!」

 スイスの代表である、初老の大統領が、その顔を真っ赤にしながら、声を張り上げた。

「馬鹿を言え!」

 それに、噛みついたのは、アメリカのヘイワード長官だった。

「その『泉』を、危険な怪物から解放したのは、誰だ?我々、アメリカと日本の兵士たちが流した、血と汗だ。その対価を、支払ってもらおうか。所有権の8割は、我々がいただく。それが、この世界の、新しい『常識』だ」

「待て、長官」

 その、あまりにも傲慢な要求を、日本の坂本大臣が、静かに制した。

「これは、共同作戦だったはずだ。ならば、その果実もまた、等しく分かち合うべきだろう。日米で、50%ずつ。それが、最も公平な落とし所だと、私は思うがね」

「皆さん、どうか落ち着いてください!」

 ギルドの事務総長が、その混乱を収めようとする。

「このアーティファクトは、一つの国家が独占すべきではない。全人類の、共有財産として、我々ギルドが管理し、その恩恵を世界に…」

「黙れ」

 その、ギルドの理想論を、ヘイワードが、氷のように冷たい一言で、断ち切った。

「これは、ビジネスだ。そして、ビジネスのテーブルに、慈善事業の入り込む隙は、ない」

 

 三つ巴の、睨み合い。

 そして、その三者の背後では。

 これまで、沈黙を保っていた、中国、ロシア、そしてヨーロッパの列強国たちが、虎視眈々と、その漁夫の利を狙っていた。

 会議は、紛糾した。

 何日も、何日も、終わりの見えない議論が、続いた。

 世界は、新たな戦争の、その一歩手前まで、確かに近づいていた。

 

 その、あまりにも危険なチキンレース。

 それに、終止符を打ったのは、オバマ大統領と、日本の首相による、一本の極秘のホットラインだった。

 彼らは、理解していた。

 ここで、日米の同盟関係に亀裂が入ることこそが、他の国々が、最も望んでいるシナリオなのだと。

 そして彼らは、一つの、あまりにもクレバーな、そしてどこまでも未来を見据えた「落とし所」を、共に作り上げた。

 

 数日後。

 再び招集された、国連の緊急会議。

 その場で、坂本大臣と、アメリカの国務長官は、その歴史的な共同声明を、発表した。

 それは、この世界の、新たな「法」の、誕生だった。

【ダンジョン内における、特殊資源の所有権に関する、日米共同条約】

 通称、『ジュネーブ協定』。

 

 その内容は、シンプルだった。

 一、ダンジョンが、その国の戦力では攻略不可能な場合、国際公式ギルドに救援を要請することができる。

 二、その救援作戦によって得られた、全ての資源の所有権は、作戦に参加した国と、ダンジョンが出現したホスト国、そして国際公式ギルドによって、分割されるものとする。

 三、その分配比率は、作戦への貢献度に応じて、ギルドが公平に裁定する。

 

 その、あまりにも合理的で、そしてどこまでも力に満ちた、新たなルール。

 それに、世界の誰もが、反論することはできなかった。

 なぜなら、その「貢献度」を、そして「裁定」を下すのは、常に、この二つの超大国なのだから。

 今回の【創生(そうせい)心核(しんかく)】は、その最初の判例として、こう裁定された。

 決死の戦いを演じた、アメリカと日本が、それぞれ4割。

 ダンジョンの出現地である、ホスト国スイスが、1割。

 そして、今後の世界の安定のために、ギルドが、1割を管理する。

 

 この「ジュネーブ協定」と呼ばれる歴史的な合意により、世界のパワーバランスは、完全に日米二大巨頭体制へと移行した。

 

 

 

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