ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第368話

 その日のアメリカ合衆国は、眠らなかった。

 東海岸の摩天楼が朝の光に染まる頃、西海岸のサーバーファームはまだ深夜の闇に包まれている。だが、その広大な大陸の、あらゆる場所で。RVの薄暗いモニターの前で、あるいはギルドハウスの豪華なラウンジで、あるいは大学寮の散らかった机の上で。この国の、全ての探索者たちが、一つの、あまりにも異質な映像に、その魂を奪われていた。

 日本から発信された、一つの伝説。

 神崎隼人――“JOKER”。

 彼が、たった一人で、この世界のレベリングという概念そのものを、一夜にして過去の遺物へと変えてしまった、あの狂乱の記録。

 その衝撃は、時差を超えて、この自由の国を、完全な熱狂の渦へと叩き込んでいた。

 

【SeekerNet - North America Server】

 スレッドタイトル: [HOLY S**T] JOKER just broke the entire concept of leveling. Again. (Delve Lv.1 Exploit)

 

 1: 名無しのSlayer

 …誰か、俺を殴ってくれ。

 俺はまだ夢を見てるのか?

 日本のフレンドから、「歴史が変わったぞ」って一言だけ添えられたURLが送られてきて、軽い気持ちで開いたんだ。

 それが、間違いだった。

 俺は、見てはいけないものを、見てしまった。

 あの男が、また世界の理を、楽しそうに、そして木っ端みじんに破壊する瞬間を。

 

 2: 名無しのGladiator

 

 1

 スレ立て乙。

 ああ、俺もだ。

 昨日の夜から、ほとんど一睡もしてない。

 あの、レベルアップの光が、滝のように、いや、ナイアガラのように流れ続ける光景。

 夢にまで出てきた。あれは、もはや麻薬だ。

 

 3: 名無しのPathfinder (理論家)

 

 2

 麻薬というよりは、むしろ啓示だな。

 新時代の英雄JOKERのビルド、強すぎる。 そして何よりも、鉱山の裏技が凄すぎる。

「レベル1でデルヴに入る」。なぜ、誰もこの発想に至らなかったんだ?我々は、あまりにも常識に囚われすぎていた。

 

 4: 名無しのJuggernaut

 

 3

 ああ、全くだ。

 俺たちの誰もが「デルヴは高レベルコンテンツだ」と思い込んでいた。その前提を、あの男は笑い飛ばしたんだ。

 レベル18まで2日だぜ? ありえない。ひたすら凄い、凄いとしか言えん。

 

 5: 名無しのWitch

 

 4

 ねえ、みんな。ちょっと落ち着いて。

 もちろん、私も興奮してるわ。でも、一番重要なことを見落としてない?

 そう、あのレベリングは確かに革命的。でも、それを可能にしたのは、彼の「発想」だけじゃない。

 あの、狂った初期火力よ。

 レベル1が、どうやってF級相当のモンスターを一撃で粉砕できるっていうの?

 

 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも本質的な問いかけ。

 それに、それまでただ熱狂していたスレッドの空気が、わずかに変わった。そうだ。誰もが、そのあまりにも巨大な謎の前で、思考を停止していた。

 そして、その答えを、誰もが知っているはずだった。

 

 211: 名無しのTrickster (戦略家)

 …決まってるだろう。

 あの、ユニーク・スモールクラスタージュエルだ。

【持たざる者】。

 器用さ(DEX)を、そのままフラットな物理ダメージに変換する、あの悪魔のジュエル。あれこそが、このビルドの心臓部だ。

 

 212: 名無しのSlayer

 

 211

 ああ、分かってるさ。

 だが、問題はそこからだ。

 あのジュエル、一体どこで手に入るんだ?世界中のマーケットを漁っても、一つも出品されてないぞ。

 

 213: 名無しの情報分析官

 

 212

 当然だ。

 ギルドの最高機密データベースにアクセスしたが、あのジュエルのドロップ報告は、デリリウムのボスから手に入れた、あの数件だけだ

 つまり、現存するのは、彼が持つ、あの一つ

 214: 名無しのJuggernaut

 

 213

 …待て。

 待て待て待て待て待て。

 俺は、馬鹿だから、難しいことは分からん。

 だが、お前らが言ってることを、整理させてくれ。

 つまり、JOKERのレベリング方法は、

 1.【(たましい)水晶(すいしょう)】で、レベル1になる。

 2.デルヴ鉱山に、レベル1で入る。

 3.【持たざる者】の力で、レベル1の敵を、ワンパンで蹂躙する。

 この三つの要素で、成り立ってるってことか?

 

 215: 名無しのPathfinder (理論家)

 

 214

 その通りだ、Juggernaut。

 君にしては、驚くほど的確な要約だ。

 

 216: 名無しのJuggernaut

 

 215

 うるせえ。

 で、だ。

 そのうち、【(たましい)水晶(すいしょう)】は、JOKERのユニークスキルがなければ意味をなさない、ただの石ころだ。

 そして、【持たざる者】は、世界に一つしか、あるいは数個しか存在しない、幻のアーティファクトだ。

 …つまり、なんだ?

 この、革命的なレベリング方法は…。

 

 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 スレッドの、全ての時間が止まったかのような錯覚。

 そして、その沈黙を破ったのは、一人の、あまりにも純粋な、そしてどこまでも絶望的な、魂の叫びだった。

 

『――誰も、真似できねえじゃねえか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 その、あまりにも残酷な、そしてどこまでも正しい結論。

 それが、スレッドに投下された、その瞬間。

 世界の、全ての探索者の熱狂は、水を打ったように静まり返り、そして、一つの絶対的な「諦観」へと、その姿を変えた。

 そうだ。

 彼らは、気づいてしまった。

 自分たちが見ていたのは、新たな時代の幕開けを告げる、希望の光などではなかった。

 ただ、自分たちと、あの男との間に横たわる、決して越えることのできない、絶対的な壁の、その高さを、改めて見せつけられていただけなのだと。

 

『…マジかよ』

『つまり、このビルドは、JOKER専用ってことか…』

『俺たちには、夢を見ることすら、許されないのかよ…』

 

 その、あまりにも重く、そしてどこまでも絶望的な空気。

 それを、破ったのは、一人の、あまりにも場違いな、そしてどこまでも純粋な、賞賛の声だった。

 

 355: 名無しのHolley's Angels

 …でもさ。

 でも、私、それでも感動したんだけど。

 JOKERが、あの命中率マスタリーを取った、あの瞬間。

 彼が、言ったじゃない。

「これは、ホリー・ミラーのビルドのコピーだな。有用だから、真似させてもらうぜ」って。

 

 その、一言。

 それが、この絶望の海に投じられた、たった一つの、しかしどこまでも力強い、救いの光だった。

 スレッドの空気が、一変した。

 そうだ。

 俺たちは、忘れていた。

 この、あまりにも人間的な、そしてどこまでも美しい、奇跡の瞬間を。

 

『ああ、あれはマジで震えた』

『だよな!俺たちのホリーの才能を、あのJOKERが、世界の数百万人が見守る中で、認めたってことだろ!』

『国籍とか、ランクとか、そんなの関係ねえ。良いものは、良い。その、当たり前の、しかし誰もが忘れかけていたことを、あの男は、俺たちに思い出させてくれたんだ』

『**ホリー・ミラーへのリスペクトに、感動してる。**あれこそが、本物の強者の、余裕ってやつだ』

『天才は、天才を知る。最高の、瞬間だったぜ…!』

 

 絶望は、一瞬で、誇りへと変わった。

 彼らは、確かに、JOKERと同じテーブルに着くことはできないかもしれない。

 だが、彼らの仲間が、彼らの国の、名もなき少女が生み出した一つの「答え」が、あの神々の領域にまで届き、そしてその一部となった。

 その事実が、彼らの心を、これ以上ないほどの、温かい、そして力強い連帯感で、満たしていた。

 そして、その温かい感動の、そのさらに奥深くで。

 スレッドの住人たちは、もう一つの、そしてより根源的な「熱狂」に、その身を焦がしていた。

 それは、羨望だった。

 100億円という、天文学的な金額。

 それさえあれば、自分もまた、あの神々の領域へと、その手を伸ばすことができる。

 その、あまりにも甘美な、そしてどこまでも残酷な、可能性。

 

『はぁ…。100億か…。逆立ちしたって、用意できねえな…』

『だよな。**持たざる者の値段的に、簡単に真似出来ないけど、**俺たちには、縁のない話さ』

『でもよ、真似できる奴は、強いビルド出来て、羨ましいよな…。JOKERだけが、その資格を持ってるってのが、また腹立たしいけど、最高にクールだぜ』

『**レベル18まで2日だぜ?**やっぱ、ひたすら凄い、凄いとしか言えねえわ…』

『ああ、クソッ!考えれば考えるほど、腹が立ってくる!でも、最高にクールだ!』

 

 その、あまりにも正直な、そしてどこまでも人間的な、欲望と、賞賛と、そして嫉妬が入り混じった、複雑な感情の爆発。

 それが、この新しい時代の、本当の始まりを告げる、ファンファーレだった。

 全世界が、JOKERの次の配信を、待ち望む状態だ。

 彼は、次に、何を壊し、そして何を創るのか。

 その、あまりにも予測不能な、そしてどこまでも魅力的な、道化師の次の手のひらの上で。

 世界の、全ての人間が、ただ踊らされることを、心から望んでいた。

 彼の、本当の「ショー」は、まだ始まってもいなかったのだ。

 その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも狂った、神々への挑戦。

 その幕開けを、世界の全てが、ただ固唾を飲んで、見守っていた。

 

 

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