ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第394話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、奇妙な静けさと、水面下で沸騰するような熱気に包まれていた。

 JOKERがスマイト徒手空拳ビルドで世界のレベリングの常識を破壊してから数週間。世界は、あまりにも巨大すぎる「理不尽」を前にして、一種の燃え尽き症候群のような状態にあった。誰もが、次に何が起こるのかを、固唾を飲んで見守っていた。この混沌としたテーブルに、次なるカードが配られるのを。

 

 事件は、いつも通り、最もありふれた、そして最も見過ごされがちな場所で、その産声を上げた。

 

【SeekerNet 掲示板 - 最新ガジェット&テクノロジー スレ Part. 82】

 

 1: 名無しの技術屋

 スレ立て乙。

 まあ、誰も興味ないだろうが、一応貼っとく。

 

[リンク:株式会社『Image Labo』プレスリリース - 次世代型仮想人格投影(ペルソナ・ダイブ)システム、本日より受注開始]

 

 2: 名無しの週末冒険者

 

 1

 乙。

 ペルソナ・ダイブ?なんだそりゃ。

 また、意識高い系の連中が、変な名前付けただけだろ。

 

 3: 名無しの技術屋

 

 2

 まあ、そう言うなよ。技術的には、結構面白いぞ。

 特殊なダンジョン用のマーカー服を着ることで、AR型コンタ-クトレンズ越しやカメラ越しには、あらかじめ設定した高精度の3Dモデルで表示されるらしい。

 つまり、自分の姿を、完全に別人に変えられるってわけだ。

 

 4: 名無しのC級盗賊

 

 3

 は?それ、何に使うんだよ。

 ダンジョンで、コスプレでもしろってのか?

 意味分かんねえ。

 

 5: 名無しのゲーマー

 

 4

 いや、待て。

 これ、ワンチャンあるんじゃね?

 例えば、身バレしたくない裏社会の人間とかが、これ使ってダンジョン配信したりとか…。

 

 6: 名無しの現実主義者

 

 5

 馬鹿言え。

 そんなニッチな需要のために、誰が何百万もするシステム買うんだよ。

 一発屋のガジェットで終わる。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。

 

 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも冷徹な分析。

 スレッドは、「まあ、そうだよな」という諦観の空気に包まれた。

 誰もが、この小さな技術が、数週間後、世界のエンターテイメントの歴史を、完全に塗り替えることになるなど、知る由もなかった。

 

 そのプレスリリースから、数週間後。

 世界は、震撼した。

 日本の、エンターテイメント業界を支配する、二つの巨大な帝国。

 既存のVチューバー界隈で絶大な人気を誇る、巨大事務所**『ナロウライブ』と『カクヨムライブ』**。

 どっちも日本の企業であるこの二社が、ほぼ同時に、あの『ペルソナ・ダイブ』システムを開発した株式会社『Image Labo』と、独占的ではないが、いの一番に大規模なパートナーシップ契約を結んだことを、発表したのだ。

 Vチューバー界隈の大手が、ダンジョンへと参入する。

 そのニュースは、SeekerNetを、これまでにないほどの、異質な熱狂の渦へと叩き込んだ。

 

 ◇

 

【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 1031】

 

 1: 名無しのJOKERウォッチャー

 おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 お前ら、見たか!?

 ナロウライブとカクヨムライブの、共同記者会見!

 マジで、ダンジョンに参入する気だぞ、あいつら!

 

 2: 名無しのゲーマー

 

 1

 見た!見たぞ!

『ダンジョンという、新たなエンターテイメントのフロンティアを、我々の持つ最高のタレントと共に開拓していく』だとよ。

 胡散臭えこと、この上ねえなwww

 

 3: 名無しのビルド考察家

 

 2

 だが、金は本物だ。

 両社は、所属するトップVチューバー数名に「探索者ライセンス」を取得させ、初期投資として一人あたり数億円規模の予算を投下し、彼らのダンジョン活動を全面的にバックアップすると発表した。

 これは、ただの道楽ではない。本気の、ビジネスだ。

 

 4: ハクスラ廃人

 

 3

 はっ、笑わせる。

 金の匂いを嗅ぎつけた、ハイエナどもが。

 神聖な俺たちの狩場を、アイドルのままごと遊びの舞台にする気かよ。

 反吐が出るぜ。

 

 5: 元ギルドマン@戦士一筋

 

 4

 まあ、落ち着け、ハクスラ廃人。

 気持ちは分かるがな。

 だが、これも時代の流れだ。

 ダンジョンが、もはやただの狩場ではない。一つの巨大な「市場」へと変貌した以上、こういう連中が現れるのは、必然だった。

 問題は、その「アイドル」とやらが、この世界の本当の厳しさに、どこまで耐えられるかだ。

 せいぜい、高みの見物をさせてもらおうじゃねえか。

 

 その、あまりにもベテランらしい、そしてどこまでも冷徹な反応。

 スレッドは、既存の探索者たちによる、新たな参入者への期待と、それ以上に大きな侮蔑と懐疑の念で、溢れかえいていた。

 誰もが、思っていた。

 しょせんは、企業の金儲け。

 しょせんは、アイドルの遊び。

 本物の、血と硝煙の匂いがするこの世界で、通用するはずがない、と。

 

 その、あまりにも傲慢な予測。

 それが、完全に、そして木っ端みじんに打ち砕かれることになるのは、それからわずか一週間後のことだった。

 

 ◇

 

 その日、SeekerNetは、二人の、あまりにも異質な新星の誕生に、震撼した。

 

【配信タイトル:【初配信】魔法少女ゆめみ、ダンジョンにキラキラをお届けします! 】

【配信者:夢見るな@ナロウライブ】

【現在の視聴者数:1,874,221人】

 

 画面に映し出されていたのは、一つの、あまりにも完成された「世界観」だった。

 配信画面は、お菓子の家のようなファンシーなデザインで統一され、画面の隅にはマスコットキャラクターの妖精が飛び回っている。流れるBGMは、アイドルソングのような軽快なポップミュージック。そして、その中央に、一人の少女が立っていた。

 ピンク色のツインテールに、星の飾りがついた魔法のステッキ。フリルとリボンで飾られた、純白の魔法少女のドレス。その大きな瞳は、好奇心に満ち溢れ、キラキラと輝いている。

 彼女こそが、ナロウライブのトップアイドルにして、チャンネル登録者数500万人を誇る、夢見るなだった。

 

「るなーん!みんな、こんにちはー!魔法少女るな、ダンジョンに降臨だよっ!」

 

 その、あまりにもプロフェッショナルな、そしてどこまでも愛らしい第一声。

 それに、チャット欄が、瞬く間に、熱狂的なコメントで埋め尽くされた。

 彼女が挑戦するのは、全ての初心者が最初に通る道、F級ダンジョン【ゴブリンの洞窟】。

 だが、その配信は、JOKERや他の探索者たちのそれとは、全く違っていた。

 

「わわっ!ゴブリンさんです!皆さん、見てください!つぶらな瞳が、とってもキュートですね!るな、ゴブリンさんにお友達になってもらえるか、聞いてみます!」

 彼女は、ゴブリンを前にしても、一切の恐怖を見せない。

 ただ、その生態を、まるで珍しい動物でも観察するかのように、楽しそうに実況していく。

 そして、ゴブリンが棍棒を振りかぶった、その瞬間。

「あっ!危ないですよ、ゴブリンさん!そんなことしたら、めっ!ですよ!」

 彼女は、その手に持った魔法のステッキを、くるりと一回転させた。

 スキル、【聖別(せいべつ)小道(こみち)】。

 彼女の足元から、黄金の光の道が一直線に伸び、ゴブリンの足元で炸裂する。聖なる炎が、ゴブリンの体を優しく、しかし確実に焼き尽くしていった。

「あーん、お友達にはなれませんでした…。残念です…」

 彼女は、そう言って悲しそうに眉をひそめたが、その口元はどこか楽しそうに笑っていた。

 

 その、あまりにも独特な、そしてどこまでもエンターテイメントに満ちた戦闘スタイル。

 それに、チャット欄は熱狂した。

『可愛い!』『新しい!』『これは、推せる!』

 彼女は、ただのアイドルではなかった。ダンジョン出現以前から、熱心なゲーマーとしても知られていた彼女は、この日のために、自らの莫大な資産と時間を投じ、完璧なビルドを練り上げてきたのだ。

 その日の夜、彼女のチャンネル登録者数は、さらに100万人を上乗せした。

 

 そして、その数時間後。

 もう一つの、伝説が産声を上げた。

 

【配信タイトル:――深淵より、汝らに観測を許可する】

【配信者:ノクターン@カクヨムライブ】

【現在の視聴者数:2,109,472人】

 

 カクヨムライブが送り出した刺客は、るなとは、あまりにも対照的だった。

 配信画面は、漆黒。

 何の飾りも、BGMもない。

 ただ、その中央に、一人の少女が、無言で佇んでいるだけ。

 月光をそのまま編み込んだかのような、美しい銀色の長髪。その身を包んでいるのは、夜空の星々をそのまま閉じ込めたかのような、黒と紫の、禍々しくも美しい魔女のローブ。その顔は、レースのヴェールに覆われて、見えない。ただ、そのヴェールの奥で、二つの紫色の瞳だけが、冷たく、そしてどこまでも無機質に輝いていた。

 彼女こそが、その圧倒的な歌唱力と、ミステリアスな世界観で、熱狂的な信者を持つカクヨムライブの歌姫、ノクターンだった。

 彼女は、何も語らない。

 ただ、その華奢な、しかし美しい指先を、前方に向けた。

 そして彼女は、るなとは違う、もう一つのF級ダンジョン【亡霊(ぼうれい)地下墓地(ちかぼち)】の、その最深部…ボスの間へと、その歩みを進めていった。

 

 一体の【墓守(はかもり)亡霊(ぼうれい)】が、その半透明の巨体を揺らし、威嚇の咆哮を上げる。

 だが、ノクターンと名乗るその少女は、動じない。

 彼女は、ただ、その指先を、ボスが召喚した一体の、最も手前にいた脆弱な骸骨兵へと向けた。

 そして、彼女は詠唱した。

 その声は、囁くようだった。

 だが、その一言が、この世界の理を、完全に汚染した。

 

「――伝染(コンテイジョン)

 

 禍々しい緑色の呪いが、一体の骸骨兵を包み込む。

 そして、彼女は続けた。

「――魂喰(ソウルレンド)

 彼女の指先から放たれたのは、緑色の、魂を喰らう奔流。

 それが、呪いにかかった骸骨兵を捉えた、その瞬間。

 地獄の連鎖が、始まった。

 呪われた骸骨兵が、緑色の光と共に爆ぜる。そして、その呪いが、まるで疫病のように、隣の骸骨兵へ、そしてまたその隣へと、凄まじい速度で伝染していく。

 それは、もはや戦闘ではなかった。

 ただ、完璧に計算され尽くした、死の連鎖反応だった。

 墓守(はかもり)亡霊(ぼうれい)は、その圧倒的な伝染病の前に、一歩も動くことができず、その巨体を、為すすべもなく緑色の呪いに蝕まれ、そして光の粒子となって消滅していった。

 瞬殺。

 そして、その少女は、ドロップした魔石を一瞥すると、それに何の興味も示すことなく、踵を返し、ダンジョンの入り口へと、無言で歩き去っていった。

 配信は、そこで終わった。

 わずか、2分。

 その、あまりにも圧倒的な、そしてどこまでもミステリアスな、デビュー戦。

 それに、チャット欄は、畏敬と、そして純粋な恐怖に、支配された。

 

『…なんだ、今の…』

『強すぎる…』

『こいつ、本当に新人か…?』

 

 その日を境に、世界の探索者配信の、常識は完全に変わった。

 これまでは、JOKERのような、個人のカリスマと実力だけが支配する、混沌としたフロンティアだった。

 だが、そこに、企業の、巨大な資本と、緻密な戦略が、持ち込まれたのだ。

 個性豊かな、魅力的なアバター。

 計算され尽くした、エンターテイメントとしての配信構成。

 そして、その裏側で、自らの才能と資産を注ぎ込み、完璧にビルドを練り上げた、本物の「実力」。

 その、あまりにも完成された「商品」。

 それに、世界の若者たちは、熱狂した。

 冒険者学校の生徒たちの間でも、るなとノクターンの話題で、持ちきりだった。

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