ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
彼の脳裏には、昨夜雫が語ってくれた、三つのスキルコンセプトが焼き付いていた。
無限に撃てる通常技。
戦況を支配する必殺技。
そして、防御を回復と反撃に転化させるサポート技。
その設計図は、すでに完成している。
だが、彼はまだ満足していなかった。
もっと効率よく、もっと圧倒的に、敵を殲滅する手段はないのか。
彼のゲーマーとしての探求心が、彼を新たな知識の扉へと導いていく。
彼は、ビルドのさらなる可能性を模索する中で、**『呪い(カース)』**というカテゴリーに、改めて注目した。
SeekerNetのデータベースには、おびただしい数の呪いスキルが登録されていた。
敵の元素耐性を下げるもの。
敵の動きを遅くするもの。
敵が受けるクリティカルの確率を上げるもの。
その効果は、多岐にわたる。
そして隼人の目が、一つのスキルジェムの説明文に釘付けになった。
【脆弱の呪い(Curse of Vulnerability)】
効果: 対象が受ける、物理ダメージを増加させる。
これだ、と彼は思った。
彼の攻撃手段は、その全てが物理ダメージだ。
この呪いを使うことができれば、彼の火力はさらに一段上のステージへと跳ね上がる。
【無限斬撃】は、より少ない手数で雑雑を処理できるようになり、【衝撃波の一撃】は、ボスモンスターの分厚い装甲すらも、紙のように引き裂くだろう。
だが彼は同時に、大きなジレンマに直面していた。
(…だが、俺は戦士だ)
彼は、思う。
(目まぐるしい戦闘の中で、いちいち敵に呪いをかける、そんな器用な真似ができるのか…?)
彼は、あのバジリスクとの死闘を思い返す。
回避、パリィ、フラスコの使用、そして攻撃。
そのコンマ数秒の判断が生死を分ける、極限の状況下で。
「呪いをかける」という、一つの余分な動作を挟み込む余裕があるだろうか。
いや、ない。
それは、あまりにも大きなリスクだ。
呪文の詠唱中、あるいは呪いをかける、その一瞬の硬直。
それこそが、命取りの隙となる。
(…やはりこれは、後方から戦況を見渡せる、魔法使いの得意分野のはずだ)
彼は一度は、そう結論付けた。
強力なカード。だが、自分のデッキには入らない、死に札。
そう諦めかけた、その時だった。
彼のギャンブラーとしての思考が、囁きかける。
本当に、そうか?
本当に、戦士が呪いを使う道はないのか?
この世界の全てのプレイヤーが、その同じ結論に達していると思うのか?
いや、そんなはずはない。
必ずどこかに、「抜け道」が、あるはずだ。
セオリーの裏をかく、異端の戦術が。
彼は再び、検索窓に新たなキーワードを打ち込んだ。
『戦士 呪い 使い方』
そして彼は、その答えを見つけ出した。
【承】「自動呪言」という名の解法
検索結果の上位に表示されたのは、一つの古びた、しかし今もなお多くの戦士たちから参照され続けている、ガイドスレッドだった。
そのタイトルは、力強く、そしてどこか挑発的だった。
『【脱・脳筋】全ての戦士が知るべき「第四のスキル」【自動呪言】の手引き』
隼人は、そのスレッドをクリックした。
そして、そこに記されていたのは、彼の全てのジレンマを一瞬で解決する、あまりにもクレバーで、そして美しい「解法」だった。
1 脳筋を卒業した先輩より
「ようこそ、新人戦士。お前がこのスレを見ているということは、『呪い強そうだけど、使う暇ねえよな…』と悩んでいることだろう。
安心しろ。その悩みは、全ての戦士が一度は通る壁だ。そして、その壁を破壊するための最高のハンマーが、この世界には存在する。
お前は、まだ知らないだけなのだ。戦士には、剣、斧、そして雄叫びの他に、**『第四のスキル』**があることを」
「そのスキルの名は、【自動呪言(オートキャスト・ヘクス)】。
これは、特殊なサポートスキルジェムだ。
効果は、至ってシンプル。お前が使いたい、ただ一つの呪いスキルジェム…例えば、【脆弱の呪い】と、この【自動呪言】をリンクさせる。
そして、そのスキルをオーラのように発動する。
いいか、よく聞け。お前は、もう何もする必要はない。
お前が敵対した全ての敵に、その呪いが、自動的に付与されるのだ」
なんだと…?
隼人の思考が、止まった。
自動で、呪いが付与される?
そんな、あまりにも都合の良すぎるスキルが、存在するするというのか。
1 脳筋を卒業した先輩より
「もちろん、代償はある。
この【自動呪言】のオーラは、一つの呪いにつき、お前の最大MPの10%を常に予約する。
レベルが低く、MPがカツカツの新人にとっては、少し重いコストに感じるかもしれない。
だが、よく考えてみろ」
「例えば、レベル1の【脆弱の呪い】。あれは、敵が受ける物理ダメージを15%増加させる。
お前は、たった10%のMPを支払うだけで、全ての敵に対して、常に15%のダメージボーナスを得ることができるんだ。
お前たちが何時間もダンジョンに潜り、なけなしの金で手に入れる剣の攻撃力上昇は、せいぜい10%程度だろう?
それと比べて、どうだ?」
「もう、分かるな。
はっきり言おう。
今の環境において、自動呪言で呪いを使わないのは、単純に損だ。
それは、ビルドの重要なスロットを一つ、空っぽのまま放置しているのと、同じことだ。
お前がE級、D級と上のステージを目指すなら、このスキルはもはや、必須科目だと言える」
その、あまりにも合理的で、そして力強い解説。
隼人の脳内に、衝撃が走った。
これだ。
これこそが、俺が求めていた最後のピースだ。
彼は、自らのMPバーを確認する。
最大MPは、60。その10%なら、わずか6。
たった6のMPを予約するだけで、常時15%のダメージアップ。
リスクとリターンが、全く釣り合っていない。
圧倒的な、ローリスク・ハイリターン。
こんな美味しいカードを、見逃すギャンブラーがいるだろうか。
彼は興奮に打ち震えながら、スレッドをさらに読み進めていく。
そしてそこには、彼がまだ知らなかった世界の、さらなる深淵が記されていた。
物語は、主人公が自らのビルドを完成させるための、最後の、そして最も重要なピースを見つけ出した、その歓喜の瞬間を描き出す。
神崎隼人の脳内に、電流が走った。
【自動呪言(オートキャスト・ヘクス)】。
MPをわずか10%予約するだけで、常に敵に呪いをかけ続けることができる、究極のサポートスキル。
戦士であるという彼の最大のジレンマを、あまりにも鮮やかに解決してくれる、完璧な「回答」。
彼のゲーマーとしての魂が、歓喜に打ち震えていた。
これだ。これさえあれば、俺のビルドは完成する。
そう確信した彼の思考は、しかし、すぐにより深い情報の海へと引きずり込まれていく。
彼が読み進めていたSeekerNetのガイドスレッド…『【脱・脳筋】全ての戦士が知るべき「第四のスキル」』には、まだ続きがあったのだ。
それは、これまでソロプレイしかしてこなかった彼が、全く意識してこなかった未知の領域。
そして、この世界の厳しさと奥深さを、改めて彼に叩きつける重要な「ルール」だった。
1 脳筋を卒業した先輩より
「さて、お前は今、『自動呪言、最高じゃねえか!早速、脆弱の呪いとリンクさせて、ダンジョンに突っ込んでやるぜ!』と息巻いていることだろう。
だが、待て、早まるな、新人。
お前がもし、これからも孤独な一匹狼として生きていくというのなら、それでもいい。
だが、お前がいつか仲間と共に高難易度ダンジョンへと挑む、その可能性が1%でもあるのなら、これだけは頭に叩き込んでおけ」
「――**パーティプレイにおける、『呪いの作法』**をな」
「思い出せ。この世界の、絶対的なルールだ。敵一体にかけられる呪いは、原則としてただ一つ。
後からかけられた呪いは、先にかかっていた呪いを、無慈悲に**『上書き』**する。
このルールが、パーティプレイにおいてどれほど恐ろしい結果を招くか、教えてやろう」
「ここに、一つのパーティがあるとする。
メインのダメージディーラーは、炎の魔法に全てを賭けたエリート魔術師だ。彼のビルドは、【可燃性の呪い】…つまり、敵の火耐性を大幅に下げる呪いを敵にかけることを、前提に組まれている。その呪いがあるかないかで、彼の火力は天と地ほど変わる」
「そしてそこに、お前のような何も知らない脳筋戦士が入ってきたとする。お前は、良かれと思って自慢の【自動呪言】で、【脆弱の呪い】を敵にばら撒きながら、突撃していく」
「さあ、どうなる?」
「答えは、簡単だ。お前は、パーティの大エースである魔術師の火力を、**半減、いや、それ以下に叩き落とす最悪の『妨害行為(グリーフィング)』**をしていることになる。
魔術師は、必死に【可燃性の呪い】をかけ直す。だが、お前が敵に近づいた瞬間、その呪いは、お前の【脆弱の呪い】に自動で上書きされる。
結果、ダンジョンの攻略速度は著しく低下し、パーティは崩壊の危機に瀕するだろう。
そしてお前は、戦犯としてパーティから追放され、ギルドのブラックリストにその名を刻むことになる」
その、あまりにも具体的で、生々しい失敗談。
隼人の背筋に、冷たい汗が流れた。
そうだ、俺は全く考えてもいなかった。
ソロプレイという閉じた世界の中では、自分の利益だけを考えていればよかった。
だが、パーティとは違う。
そこには仲間がいて、役割分担があり、そして守るべき「作法」がある。
1 脳筋を卒業した先輩より
「だから、覚えておけ。パーティにおいて優先するべき呪いは何か。常に仲間と対話し、その役割を尊重しあう。それこそが、高難易度ダンジョンを攻略するための、最低限のマナーだ。それができない奴は、一生ソロでやってろ」
そしてガイドは、さらにこの世界の深淵を、隼人に見せつけた。
1 脳筋を卒業した先輩より
「最後に、上級者向けの情報を一つ授けておこう。
この世界にはな、ごく稀に、**『特定の呪いがかかっている敵に対してのみ、効果を発揮する』**という、特殊なスキルやユニーク装備が存在する」
「例えば、『【時間鎖】の呪いがかかっている敵に対して、クリティカル率が100%になるダガー』。あるいは、『【暗殺者の印】**の呪いがかかっている敵を倒した時、その魂を吸収し、10秒間、自らの力を倍加させる鎧』といった具合にな」
「そういった特殊なコンボビルドの邪魔をしないこと。仲間の力を最大限に引き出す手助けをすること。それもまた、一流の探索者の嗜みと言えるだろう」
隼人は、そのあまりにも奥深い戦術の世界に、ただ圧倒されていた。
呪い。
それは、ただ敵を弱体化させるだけの、単純なスキルではない。
仲間との連携、ビルドのシナジー、そして戦況そのものを支配する、極めて高度なパズル。
彼は、このゲームの本当の面白さに、再び心を奪われていた。
【結】最後のピースと、新たな目標
全ての情報を理解した、隼人。
パーティプレイの作法は、今のソロの彼には、直接関係ないかもしれない。
だが、その知識は、いつか彼がさらなる高みへと至るその道程で、必ず役に立つだろう。
そして何よりも、彼の心は完全に決まっていた。
(…決めた)
彼の脳内ではすでに、最後のピースが完璧に、そのあるべき場所へとはまっていた。
(俺の今のビルドの、最後のピースはこれだ)
彼は、呟く。
彼の次なる目標が、完全に定まった。
新たな買い物リスト:
**【自動呪言(オートキャスト・ヘクス)】**のサポートスキルジェムを手に入れること。
そして、自らの物理攻撃の威力を最大化する、**【脆弱の呪い(Curse of Vulnerability)】**のスキルジェムを手に入れること。
これさえあれば。
彼のビルドは、一つの完成形を迎える。
鉄壁の防御。
無限の継戦能力。
そして、常に敵を弱体化させながら放たれる、必殺の一撃。
もはや、E級ダンジョンに敵はいないだろう。
彼は早速、SeekerNetのマーケットで、その二つのジェムの価格を調べ始めた。
まず、【脆弱の呪い】。これは、比較的ポピュラーな呪いスキルであり、市場にもそれなりに数が出回っている。中古のクオリティ0%のレベル1ジェムであれば、2万円も出せば手に入るだろう。
問題は、もう一つの方だった。
【自動呪言(オートキャスト・ヘクス)】。
これは、サポートスキルジェムの中でも、極めて需要の高い人気アイテムだ。
近接職であれば、誰もが欲しがる。その汎用性の高さ故に、その価格は常に高騰していた。
彼が調べた時点での最安値は、8万円。
二つ合わせれば、ちょうど10万円。
彼が今持っている軍資金の、ほとんど全てを吐き出すことになる。
だが、彼は躊躇しなかった。
これは、必要経費だ。
いや、未来への「投資」だ。
最高のリターンを得るためには、最高のリスクを取る。
それこそが、ギャンブラー。
彼の瞳に、再び獰猛な狩人の光が宿った。
彼の次なる戦場は、決まった。
それは、ダンジョンではない。
あらゆる欲望と駆け引きが渦巻く、巨大な「市場」。
物語は、自らのビルドの最後のピースを見つけた主人公が、それを手に入れるための新たな金策と市場での駆け引きへと、その舞台を移していく、その最高の期待感をはらんで幕を閉じた。