ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第396話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、奇妙な静けさと、水面下で沸騰するような熱気に包まれていた。

 JOKERが、ソロでA級上位ダンジョンを蹂躙し、世界のトップギルドたちが築き上げた記録を、まるで子供の玩具のように破壊してから数日。世界は、そのあまりにも巨大すぎる「理不尽」を、ようやく一つの「日常」として受け入れ始めていた。

 もはや、彼の配信はただのダンジョン攻略ではない。

 一つの、神話が紡がれる瞬間を、リアルタイムで目撃するための、世界でただ一つの特等席だった。

 

 そして、その日の午後。

 何の前触れもなく、彼の配信は始まった。

 

【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 1102】

 

 1: 名無しのJOKERウォッチャー

 おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 始まったぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 JOKERが、配信始めた!!!!!!!!!!!!!!!

 タイトルが、ヤバい!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 その、あまりにも切羽詰まった絶叫。

 それに、スレッドは一瞬にして、トップスピードへと加速した。

 

【配信タイトル:【報酬交換】1800ポイントの狐、飼います】

【配信者:JOKER】

【現在の視聴者数:7,892,154人】

 

『きたあああああああ!』

『狐!?まさか!』

九尾(きゅうび)(きつね)!ついに、交換するのか!』

『1800ポイント!?いつの間に、そんなに貯めたんだよ!』

 

 その熱狂をBGMに、配信画面に映し出されたのは、見慣れたダンジョンの入り口ではなかった。

 西新宿のタワーマンションの一室。その広大なリビングの中央に鎮座する漆黒のハイスペックPC、【静寂(せいじゃく)(おう)】のモニターに映し出された、JOKER自身のステータスウィンドウだった。

 そこには、彼のレベルが「55」に到達していること、そして、ネファレム・リフトのポイントが「2000」という、数字に達していることが、無機質に、しかし絶対的な事実として表示されていた。

 

「よう、お前ら。見ての通り、今日は報酬交換だ」

 JOKERの声は、どこまでも楽しそうだった。

「この数日間、裏でリフトを回し続けた。おかげで、ポイントも貯まった。だから、約束通り、こいつを飼うことにした」

 

 彼は、そう言うと、その場にポータルを開いた。

 行き先は、B級ダンジョン【古竜(こりゅう)寝床(ねどこ)】の入り口。

 彼が、その黒曜石でできたオベリスクの前に立つと、コメント欄は、期待と興奮で、爆発した。

 JOKERは、そのオベリスクに、静かに手を触れた。

 そして、彼は念じた。

 彼の目の前に、広大な、そしてどこまでも美しい、景品の交換ウィンドウが、ホログラムとして展開される。

 彼は、そのリストを迷いなくスクロールし、一つの項目を選択した。

 

【ペット:九尾(きゅうび)(きつね)

【必要ポイント:1800】

 

 彼は、躊躇なく、その交換ボタンを、タップした。

 彼の、1800ポイントが、光の粒子となって消えていく。

 そして、その光が、オベリスクの前の、何もない空間に、収束していく。

 光が、一つの確かな輪郭を、描き始める。

 最初に、現れたのは、白銀に輝く、流れるような美しい毛並み。

 次に、その毛並みの先で、まるで意思を持っているかのように、しなやかに揺らめく、九本の巨大な尾。

 そして、最後に。

 その、あまりにも気高く、そしてどこまでも賢そうな、黄金の瞳が、ゆっくりと開かれた。

 それは、もはやただのペットではなかった。

 一つの、神話そのものが、この世界に顕現したかのようだった。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』

『綺麗…』

『なんだ、これ…。美しすぎるだろ…』

 

 コメント欄が、そのあまりにも神々しい光景に、言葉を失う。

 九尾(きゅうび)(きつね)は、その黄金の瞳で、自らの新たな主であるJOKERの姿を、値踏みするかのように、じっと見つめた。

 そして、数秒後。

 その気高い獣は、まるで王に傅く騎士のように、ゆっくりと、その頭を垂れた。

 そして、その巨体を、ふわりと宙へと浮かせると、主の周りを、まるで戯れるかのように、優雅に舞い始めた。

 JOKERについてくる、霊体のペット。

 その、あまりにも幻想的な光景。

 それに、JOKERは、ふっと、その口元を緩ませた。

 

「…ほう。面白い」

 

 彼は、その宙を舞う狐へと、おそるおそる、その手を伸ばした。

 霊体のはずだ。

 触れることは、できないはず。

 だが。

 彼の指先が、その白銀の毛並みに触れた、その瞬間。

 彼の、その指先に、信じられないほどの、温かく、そしてどこまでも柔らかな感触が、伝わってきた。

 触れられて、モフモフしてる。

 

「…なんだ、これ…」

 彼の口から、素直な、そしてどこまでも驚きに満ちた声が漏れた。

「…あったけえ…」

 彼は、そのあまりにも心地よい感触に、我を忘れ、その白銀の毛並みを、何度も、何度も、撫で続けた。

 その、あまりにも意外な、そしてどこまでも人間的な、JOKERの姿。

 それに、コメント欄は、この日一番の、そしてどこまでも温かい、爆笑の渦に、完全に飲み込まれた。

 

『wwwwwwwwwwwwwwwww』

『JOKERさん、完全に骨抜きにされてて草』

『モフモフ、堪能してるwww』

『最高の、ショーだったぜ…』

 

 その、温かい声援をBGMに、JOKERは、その新たな相棒と共に、ポータルを開き、自室へと帰還した。

 彼の、ギャンブルの夜は、最高の形で、その幕を閉じた。

 そして、その先には、彼が本当に手に入れたかった、最高の「報酬」が、待っていた。

 

 ◇

 

 カチャリと。

 静かな電子音と共に、玄関のスマートロックが解除される音がした。

「――ただいま」

 その、いつもより少しだけ弾んだ声。

 それに、リビングのソファで本を読んでいた美咲が、ぱっと顔を上げた。

「おかえり、お兄ちゃん!」

 彼女が、そう言って玄関へと駆け寄った、その瞬間。

 彼女は、その動きを、ぴたりと止めた。

 彼女の、その大きな瞳が、これ以上ないほど、キラキラと輝きながら、兄の、その背後で、優雅に宙を舞う、一つの信じられないほどの光景を、捉えていた。

 

「…え…?」

 彼女の声が、震える。

「…うそ…。きゅ、九尾(きゅうび)(きつね)…?」

 その、あまりにも純粋な、そしてどこまでも憧れに満ちた、問いかけ。

 それに、JOKERは、最高の、そしてどこまでも誇らしげな笑みを浮かべて、答えた。

「ああ。今日から、うちの子だ」

 

「――わー!九尾(きゅうび)(きつね)だ!」

 

 美咲の、その歓喜の絶叫。

 それが、この家の、新たな日常の始まりを告げる、ファンファーレとなった。

 彼女は、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね、その白銀の神獣へと、駆け寄っていった。

 そして、その小さな両手で、そのあまりにも美しい毛並みを、そっと、そしてどこまでも優しく、撫でた。

 

「…あったかい…」

 彼女の口から、感嘆のため息が漏れる。

「すごい…。本当に、生きてるみたい…」

「だろ?」

 JOKERは、満足げに頷いた。

 九尾(きゅうび)(きつね)もまた、その小さな少女の、その優しい手つきが、気に入ったようだった。

 彼は、その黄金の瞳を気持ちよさそうに細め、そして美咲の頬に、その鼻先を、すり、とすり寄せた。

 その、あまりにも可愛らしい、そしてどこまでも尊い光景。

 それに、JOKERの心もまた、温かく満たされていくのを感じていた。

 

 そこから、始まったのは。

 一つの、あまりにも平和で、そしてどこまでも幸せな、兄妹と、一匹の神獣の、戯れの物語だった。

 リビングの、広々とした絨毯の上で。

 美咲は、その九本の、ふさふさとした尾に、その顔をうずめた。

「うわー!天国だー!」

 JOKERは、その光景を、ソファの上から、ただ静かに、そしてどこまでも優しい目で見守っていた。

 だが、その彼の、穏やかな時間を、美咲の、あまりにも無邪気な一言が、破った。

「ねえ、お兄ちゃんも!一緒に、モフモフしようよ!」

「…いや、俺はいい」

「えー、なんでー!?」

「いいから、来い!」

 彼は、その小さな、しかし有無を言わさぬ力で、兄の腕を引っ張った。

 そして、彼はその兄妹の、その間に、その白銀の巨体を、割り込ませるようにして、横たわった。

 三つの、温かい魂。

 それが、一つの、完璧な、そしてどこまでも幸せな塊となって、そのリビングの、その中心で、ただ静かに、その時間を、共有していた。

 

 その、あまりにも穏やかで、そしてどこまでも尊い、兄妹と、神獣の時間。

 それを、西新宿の、午後の柔らかな光だけが、静かに、そしてどこまでも優しく、照らし出していた。

 

 

 

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