ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、奇妙な静けさと、水面下で沸騰するような熱気に包まれていた。
JOKERが、ソロでA級上位ダンジョンを蹂躙し、世界のトップギルドたちが築き上げた記録を、まるで子供の玩具のように破壊してから数日。世界は、そのあまりにも巨大すぎる「理不尽」を、ようやく一つの「日常」として受け入れ始めていた。
もはや、彼の配信はただのダンジョン攻略ではない。
一つの、神話が紡がれる瞬間を、リアルタイムで目撃するための、世界でただ一つの特等席だった。
そして、その日の午後。
何の前触れもなく、彼の配信は始まった。
【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 1102】
1: 名無しのJOKERウォッチャー
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
始まったぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
JOKERが、配信始めた!!!!!!!!!!!!!!!
タイトルが、ヤバい!!!!!!!!!!!!!!!!
その、あまりにも切羽詰まった絶叫。
それに、スレッドは一瞬にして、トップスピードへと加速した。
【配信タイトル:【報酬交換】1800ポイントの狐、飼います】
【配信者:JOKER】
【現在の視聴者数:7,892,154人】
『きたあああああああ!』
『狐!?まさか!』
『
『1800ポイント!?いつの間に、そんなに貯めたんだよ!』
その熱狂をBGMに、配信画面に映し出されたのは、見慣れたダンジョンの入り口ではなかった。
西新宿のタワーマンションの一室。その広大なリビングの中央に鎮座する漆黒のハイスペックPC、【
そこには、彼のレベルが「55」に到達していること、そして、ネファレム・リフトのポイントが「2000」という、数字に達していることが、無機質に、しかし絶対的な事実として表示されていた。
「よう、お前ら。見ての通り、今日は報酬交換だ」
JOKERの声は、どこまでも楽しそうだった。
「この数日間、裏でリフトを回し続けた。おかげで、ポイントも貯まった。だから、約束通り、こいつを飼うことにした」
彼は、そう言うと、その場にポータルを開いた。
行き先は、B級ダンジョン【
彼が、その黒曜石でできたオベリスクの前に立つと、コメント欄は、期待と興奮で、爆発した。
JOKERは、そのオベリスクに、静かに手を触れた。
そして、彼は念じた。
彼の目の前に、広大な、そしてどこまでも美しい、景品の交換ウィンドウが、ホログラムとして展開される。
彼は、そのリストを迷いなくスクロールし、一つの項目を選択した。
【ペット:
【必要ポイント:1800】
彼は、躊躇なく、その交換ボタンを、タップした。
彼の、1800ポイントが、光の粒子となって消えていく。
そして、その光が、オベリスクの前の、何もない空間に、収束していく。
光が、一つの確かな輪郭を、描き始める。
最初に、現れたのは、白銀に輝く、流れるような美しい毛並み。
次に、その毛並みの先で、まるで意思を持っているかのように、しなやかに揺らめく、九本の巨大な尾。
そして、最後に。
その、あまりにも気高く、そしてどこまでも賢そうな、黄金の瞳が、ゆっくりと開かれた。
それは、もはやただのペットではなかった。
一つの、神話そのものが、この世界に顕現したかのようだった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』
『綺麗…』
『なんだ、これ…。美しすぎるだろ…』
コメント欄が、そのあまりにも神々しい光景に、言葉を失う。
そして、数秒後。
その気高い獣は、まるで王に傅く騎士のように、ゆっくりと、その頭を垂れた。
そして、その巨体を、ふわりと宙へと浮かせると、主の周りを、まるで戯れるかのように、優雅に舞い始めた。
JOKERについてくる、霊体のペット。
その、あまりにも幻想的な光景。
それに、JOKERは、ふっと、その口元を緩ませた。
「…ほう。面白い」
彼は、その宙を舞う狐へと、おそるおそる、その手を伸ばした。
霊体のはずだ。
触れることは、できないはず。
だが。
彼の指先が、その白銀の毛並みに触れた、その瞬間。
彼の、その指先に、信じられないほどの、温かく、そしてどこまでも柔らかな感触が、伝わってきた。
触れられて、モフモフしてる。
「…なんだ、これ…」
彼の口から、素直な、そしてどこまでも驚きに満ちた声が漏れた。
「…あったけえ…」
彼は、そのあまりにも心地よい感触に、我を忘れ、その白銀の毛並みを、何度も、何度も、撫で続けた。
その、あまりにも意外な、そしてどこまでも人間的な、JOKERの姿。
それに、コメント欄は、この日一番の、そしてどこまでも温かい、爆笑の渦に、完全に飲み込まれた。
『wwwwwwwwwwwwwwwww』
『JOKERさん、完全に骨抜きにされてて草』
『モフモフ、堪能してるwww』
『最高の、ショーだったぜ…』
その、温かい声援をBGMに、JOKERは、その新たな相棒と共に、ポータルを開き、自室へと帰還した。
彼の、ギャンブルの夜は、最高の形で、その幕を閉じた。
そして、その先には、彼が本当に手に入れたかった、最高の「報酬」が、待っていた。
◇
カチャリと。
静かな電子音と共に、玄関のスマートロックが解除される音がした。
「――ただいま」
その、いつもより少しだけ弾んだ声。
それに、リビングのソファで本を読んでいた美咲が、ぱっと顔を上げた。
「おかえり、お兄ちゃん!」
彼女が、そう言って玄関へと駆け寄った、その瞬間。
彼女は、その動きを、ぴたりと止めた。
彼女の、その大きな瞳が、これ以上ないほど、キラキラと輝きながら、兄の、その背後で、優雅に宙を舞う、一つの信じられないほどの光景を、捉えていた。
「…え…?」
彼女の声が、震える。
「…うそ…。きゅ、
その、あまりにも純粋な、そしてどこまでも憧れに満ちた、問いかけ。
それに、JOKERは、最高の、そしてどこまでも誇らしげな笑みを浮かべて、答えた。
「ああ。今日から、うちの子だ」
「――わー!
美咲の、その歓喜の絶叫。
それが、この家の、新たな日常の始まりを告げる、ファンファーレとなった。
彼女は、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね、その白銀の神獣へと、駆け寄っていった。
そして、その小さな両手で、そのあまりにも美しい毛並みを、そっと、そしてどこまでも優しく、撫でた。
「…あったかい…」
彼女の口から、感嘆のため息が漏れる。
「すごい…。本当に、生きてるみたい…」
「だろ?」
JOKERは、満足げに頷いた。
彼は、その黄金の瞳を気持ちよさそうに細め、そして美咲の頬に、その鼻先を、すり、とすり寄せた。
その、あまりにも可愛らしい、そしてどこまでも尊い光景。
それに、JOKERの心もまた、温かく満たされていくのを感じていた。
そこから、始まったのは。
一つの、あまりにも平和で、そしてどこまでも幸せな、兄妹と、一匹の神獣の、戯れの物語だった。
リビングの、広々とした絨毯の上で。
美咲は、その九本の、ふさふさとした尾に、その顔をうずめた。
「うわー!天国だー!」
JOKERは、その光景を、ソファの上から、ただ静かに、そしてどこまでも優しい目で見守っていた。
だが、その彼の、穏やかな時間を、美咲の、あまりにも無邪気な一言が、破った。
「ねえ、お兄ちゃんも!一緒に、モフモフしようよ!」
「…いや、俺はいい」
「えー、なんでー!?」
「いいから、来い!」
彼は、その小さな、しかし有無を言わさぬ力で、兄の腕を引っ張った。
そして、彼はその兄妹の、その間に、その白銀の巨体を、割り込ませるようにして、横たわった。
三つの、温かい魂。
それが、一つの、完璧な、そしてどこまでも幸せな塊となって、そのリビングの、その中心で、ただ静かに、その時間を、共有していた。
その、あまりにも穏やかで、そしてどこまでも尊い、兄妹と、神獣の時間。
それを、西新宿の、午後の柔らかな光だけが、静かに、そしてどこまでも優しく、照らし出していた。