ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
【独占深層レポート】ダンジョン出現から10年、我々は見られているのか?専門家が語る「大いなる意志」の二つの仮説
20XX年X月XX日
文:国際探索ジャーナリスト、サミュエル・J・ミラー
我々の世界が一変した、あの日から10年以上が経過した。
「ダンジョン」という、かつては空想の産物でしかなかったものが、我々の日常に、そして世界の理そのものに組み込まれて久しい。東京の摩天楼は、夜になれば
国際公式ギルドが設立され、世界の秩序は危ういながらも保たれている。VTuberたちはダンジョンを新たなエンターテイメントの舞台へと変え、人々は「ペット」という名の霊体と共に、ささやかな安らぎを見出した。
我々は、適応したのだ。あまりにも早く、そしてあまりにも巧みに。
だが、そのあまりにも「当たり前」になってしまった日常の、その根底には、未だ解き明かされない、一つの巨大な問いが、静かに、そしてどこまでも深く横たわっている。
――ダンジョンは、一体何のために存在するのか?
その創造主は、世界の神話や宗教で囁かれるどの神とも違う、より高次の存在…「大いなる意志」あるいは「The One Above All(全てを凌ぐ者)」と呼ばれる何かであるというのが、現在の世界の知識層における、ほぼ唯一の共通見解だ。
では、その「大いなる意志」の目的とは、一体何なのか。
今回、我々『World Seeker's Journal』は、この人類最大の謎に迫るべく、世界の第一線で活躍する二人の専門家に、独占インタビューを行った。彼らが語る二つの仮説は、あまりにも対照的であり、そしてどちらもが、我々の世界の真実の一端を、鋭くえぐり出していた。
仮説1:人類救済説(あるいは育成説) - 神が与えたもうた、最後の機会
「これを、脅威と呼ぶのは、あまりにも一面的ですわ」
柔らかな日差しが差し込む、ジュネーブの大学の研究室。その窓の外に広がるレマン湖の穏やかな水面を背景に、マリア・アンダーソン教授は、その慈愛に満ちた瞳で、静かに語り始めた。彼女は、ダンジョン出現後の社会の変容を研究する「ポスト・ダンジョン社会学」の世界的権威である。
「考えてもみてください。10年前、我々の世界が、どのような状況にあったかを。化石燃料は枯渇し始め、地球環境は悲鳴を上げ、国家間の対立は、いつ核戦争の引き金を引いてもおかしくない、一触即発の状態でした。人類は、自らが作り出した問題によって、緩やかな、しかし確実な滅びの道を歩んでいたのです」
彼女の言葉は、我々が忘れかけていた、あの灰色の時代の記憶を、鮮明に蘇らせる。
「その、絶望的な状況に、突如として与えられたのが『ダンジョン』というシステムでした。確かに、それは多くの犠牲を伴う、過酷なものでした。ですが、その結果として、我々が何を得たのかを、見てください」
彼女は、手元のAR端末を操作し、いくつかのデータを、我々の前に提示した。
「第一に、
「第二に、そのシステムの、あまりにも親切な設計です。レベルアップすれば、どんな人間でも超人になれる。どれだけ傷ついても、フラスコを飲めば瞬時に回復する。どんなに深くまで潜っても、ポータルスクロール一枚で、安全な我が家へと帰還できる。システムの随所に、『死なせない』ためのセーフティネットが、これでもかというほど張り巡らされている。これは、人類を滅ぼすためのものではなく、あくまで過酷な環境で生き抜く術を学ばせるための、壮大な『育成プログラム』であると、私は考えています」
「そして最後に、希望の象徴の存在です。先日、ナロウライブのVTuber、癒月アリアさんが、ファンからの寄付によって手に入れたという、伝説の宝石【
アンダーソン教授の説は、確かに魅力的だった。それは、我々が生きるこの理不尽な世界に、一つの温かい、そして希望に満ちた意味を与えてくれる。
彼女によれば、一般市民や、多くの宗教団体、そして癒月アリアのような博愛主義的な思想を持つ探索者たちが、この説の主な支持層だという。彼らは、この世界を、神が与えたもうた、最後の機会なのだと信じているのだ。
「ええ」と、教授は最後に、その優しい笑みを、さらに深くした。
「もちろん、これは一つの仮説に過ぎません。ですが、私は信じたいのです。この世界は、ただの混沌ではない。その奥には、我々を、より良い未来へと導こうとする、一つの巨大な、そして温かい意志が存在するのだと」
仮説2:試練説(あるいは選別説) - 強者を求める、冷徹な天啓
「…綺麗事だな」
アンダーソン教授の、その希望に満ちた言葉を、彼は一刀両断にした。
国際公式ギルド、極東支部の、最高顧問室。そこに座る男…元ギルド幹部にして、ダンジョン経済評論家の第一人者、田中健介氏は、その鋭い視線で、我々を射抜くかのように、言った。
「救済?育成?結構なことだ。だが、現場を知る者なら、誰もそんな甘い夢は見ない。あれは、ただの『選別』だ。それも、極めて冷徹で、そして効率的な、な」
彼の言葉は、アンダーソン教授のそれとは、あまりにも対照的だった。そこには、一切の感傷も、希望もない。ただ、この世界の、血と鉄の匂いがする現実を、その目で見てきた者だけが持つことのできる、絶対的なリアリズムだけがあった。
「私が、何を根拠にそう断言するのか。君たちも、知りたいだろう?」
彼は、そう言うと、自らのARコンタクトレンズの視界を、我々のモニターへと共有した。そこに映し出されたのは、おびただしい数の、生々しい戦闘データと、そして無慈悲なまでの、世界の法則だった。
「第一に、世界の呪いだ。B級、A級ダンジョンに足を踏み入れた者に、永続的に課せられる、あの理不尽なデバフ。あれを、どう説明する?あれは、安易な成長を許さず、知恵と工夫、そして何よりも圧倒的な実力で、その理不尽を乗り越えることのできる、真の強者だけを選び出すための、残酷な『ふるい』だ。救済を目的とする神が、これほどまでに無慈悲な試練を、与えると思うかね?」
「第二に、皇帝の迷宮(ラビリ-ンス)の存在だ。あの、悪意の塊のような場所を、君たちはどう思う?あれは、ただのダンジョンではない。人間の、精神そのものを試すための、究極の試験場だ。あの、理不尽なトラップの数々。あれは、単純な戦闘能力ではなく、その悪意を受け入れ、乗り越えるだけの、不屈の精神力を持つ者だけを選び出すために、設計されている。JOKERが、あれを『クソゲー』と断じたが、その評価は正しい。あれは、楽しませるためのものではない。ただ、試すためだけの、装置なのだよ」
田中氏の言葉は、澱みなかった。それは、長年この世界の裏側で、その残酷な真実と向き合い続けてきた男の、一つの確信だった。
「大いなる意志は、何かを探している。それは、間違いない。だが、それは救うべき弱者ではない。自らの『目的』のために使える、最強の『駒』だ。それが、より高次元の存在との戦争のための兵士なのか、あるいは自らの後継者候補なのか。それは、分からん。だが、この世界が、壮大なリクルート試験の会場であることだけは、確かだ」
彼の説は、確かに、アンダーソン教授のそれよりも、遥かに多くの事象を、合理的に説明しているように思えた。
彼によれば、オーディンや青龍といったトップギルド、D-SLAYERSのような国家所属の探索者、そして何よりも、JOKERのように、この世界の理を「攻略すべき対象」として捉える者たちが、この説の主な支持層だという。
「彼らは、知っているのさ。この世界で、祈りや、希望だけでは、何も手に入らないということをな」
田中氏は、最後にそう言って、深く、そして重いため息をついた。
「結局のところ、この世界で信じられるのは、自らの力だけだ。それ以外は、全て幻想だよ」
結論:我々は、どこへ向かうのか
救済か、試練か。
二つの仮説は、あまりにも対照的であり、そしてどちらもが、この世界の真実の一端を、捉えているように思える。
あるいは、真実は、その二つの間に、あるいは全く別の場所に、存在するのかもしれない。
例えば、一部のA級探索者たちが密かに囁く、第三の説。「娯楽説」。我々人類は、ただ高次の存在の退屈しのぎのために、この壮大なゲームをプレイさせられているだけだ、という、あまりにも冒涜的な仮説も。
だが、確かなことは、一つだけだ。
我々は、見られている。
そして、試されている。
その視線の主が、慈悲深い神であろうと、冷徹な審判者であろうと、あるいはただの退屈した観客であろうと。
我々にできることは、ただ一つ。
昨日よりも、今日。
今日よりも、明日。
一歩でも、前に進むことだけだ。
その道の先に、一体何が待っているのか。
その答えを、我々はまだ、知らない。
我々の、本当の「試練」は、まだ始まったばかりなのかもしれない。