ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第428話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、深い、深い絶望の海に沈んでいた。

 ギルド【月詠】が、その絆の力の全てを賭けて挑み、そして砕け散った「4割の壁」。そのあまりにも残酷な現実は、世界のトップランカーたちの心を、完全に折っていた。

 もはや、アルトリウスの攻略スレッドに、新たな戦術を議論する熱気はない。ただ、敗北の記録映像を繰り返し再生し、その一挙手一投足を分析する、学者たちの集会所のような、静かで、そしてどこか諦観に満ちた空気が支配していた。

 誰もが、理解してしまったのだ。

 あれは、人類が、今の段階で踏み入るべき領域ではなかったのだと。

 世界の挑戦は、止まった。

 その、あまりにも重く、そしてどこまでも静かな沈黙。

 それを、嘲笑うかのように。

 一人の男が、その舞台へと、ゆっくりと、そしてどこまでも傲慢に、その姿を現した。

 

 ◇

 

 その日の午後。

 何の前触れもなく、彼の配信は始まった。

 そのタイトルは、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも、この世界の全てを挑発していた。

 

【配信タイトル:騎士アルトリウス打倒】

【配信者:JOKER】

【現在の視聴者数:8,541,293人】

 

 画面に映し出されたのは、西新宿のタワーマンションの一室。その漆黒のハイスペックPC、【静寂(せいじゃく)(おう)】の前に座る、神崎隼人――“JOKER”の姿だった。

 彼のモニターには、SeekerNetのアルトリウス攻略スレッドが、大写しにされていた。

 

「よう、お前ら。見ての通り、今日は散歩だ」

 JOKERの声は、どこまでも楽しそうだった。

「この数日間、お前らが寄ってたかって、あの騎士サマにボコボコにされてる祭り、高みの見物をさせてもらったぜ。なかなか、良いショーだった。特に、月詠の連中。あの土壇場でのチームワークは、まあ、褒めてやってもいい」

 彼は、そこで一度言葉を切ると、その口元に、全てを見透かしたかのような、獰猛な笑みを浮かべた。

「だがな、お前ら、根本的に、何もかもが間違ってる」

 

 その、あまりにも不遜な一言。

 それに、コメント欄が、爆発した。

 

『きたあああああああ!』

『JOKER様のお説教タイム!』

『待ってました!』

 

「分析?連携?戦術?くだらねえ。そんなもんはな、格上が、格下を、効率的に蹂躙するための道具だ。お前らが今、挑んでるのは、そういうテーブルじゃねえ。ただの、理不尽な暴力の塊だ。そういう相手に必要なのは、一つしかねえ」

 彼は、そう言うと、自らの、何も装備していない拳を、カメラの前に、突き出した。

「――それ以上の、暴力だよ」

 

 その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでもJOKERらしい、結論。

 それに、コメント欄が、熱狂した。

「というわけで」

 彼は、その配信画面を、公式マーケットのページへと切り替えた。

 そして、彼は検索窓に、一つの単語を打ち込んだ。

(かみ)()石板(せきばん)

 彼は、そのリストの一番上にあった、10万という、彼にとっては端金にも等しい価格で出品されていた石板を、何の躊躇もなく、即決で購入した。

「面白そうなクソゲーが始まったじゃねえか。俺も、少しだけ、遊んでやろうじゃねえか」

 彼は、その手に入れた「チケット」をインベントリにしまい込むと、その魂を、切り替えた。

 戦士でも、ネクロマンサーでもない。

 あの、世界の理を破壊した、究極の「矛」。

 スマイト徒手空拳ビルドへと。

 

 ◇

 

 

 彼が、そのB級ダンジョンのオベリスクの前に降り立った時。

 世界の、全ての時間が、止まったかのような錯覚。

 800万を超える視聴者が、固唾を飲んで、その一挙手一投足を見守っていた。

 彼は、その視線を、楽しむように感じながら、石板を、オベリスクへと捧げた。

 漆黒のポータルが、その口を開ける。

 彼は、その闇の中へと、**事前の分析を一切行わず、ただ一人で、**その身を投じた。

 

 神々の坩堝。

 その、荒涼とした、しかしどこか神聖な闘技場の中央で。

 彼は、ついにその宿敵と、対峙した。

 深淵(しんえん)騎士(きし)、アルトリウス。

「…ほう。良い面構えじゃねえか」

 JOKERは、その圧倒的なプレッシャーを前にして、しかし不敵に笑った。

 そして、彼はその神々の領域で、その悪魔のビルドの、本当の力を、世界へと見せつけようとした。

 JOKERは、これまでのボス戦と同じように、その圧倒的な火力を持つスマイト徒手空拳ビルドで、正面から蹂躙しようと試みる。

 彼は、その空っぽの、しかし神の力を宿した両の拳を、構えた。

 そして、彼は叫んだ。

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」

 

 黄金の雷霆が、嵐のように、吹き荒れる。

 スマイトのラッシュ。

 その、あまりにも暴力的なまでの、先制攻撃。

 だが。

 アルトリウスは、その嵐の、その中心で。

 ただ、静かに、その大剣を、構えていただけだった。

 JOKERの、その神速の拳が、その鎧を捉える、その寸前。

 アルトリウスの姿が、掻き消えるように、消えた。

「なっ!?」

 JOKERの、その驚愕の声。

 それと、彼の背後に、一つの巨大な影が落ちるのは、ほぼ同時だった。

 しかし、彼がスマイトを放とうとした、その硬直の隙を、アルトリウスは見逃さない。

 JOKERが、その気配に気づき、振り返ろうとした、その時には。

 もう、全てが、終わっていた。

 **超高速の剣技がJOKERの体に叩き込まれ、**彼の視界の隅、HPバーが、赤い閃光と共に、一瞬で蒸発した。

 HPバーが一瞬で消し飛ぶ。

 彼の、その鋼鉄のようだったはずの体が、まるで紙切れのように、宙を舞った。

 そして、その意識が、完全に白に染まる、その直前。

 彼の耳に、聞こえたのは。

 アルトリウスの、その空虚な兜の奥から響く、まるで嘲笑うかのような、乾いた風の音だけだった。

 

 彼は、何が起きたか理解できないまま、闘技場の入り口へと強制送還される。

 

 ◇

 

『嘘だろ…』

『今、何が起きた…?』

『一撃…?いや、見えなかった…!』

『JOKERが瞬殺された…』

 

 その、絶望と興奮で爆発するコメント欄。

 それを、JOKERは、ただ無言で、見つめていた。

 彼は、数秒間、その場から動けなかった。

 ただ、自らの、その空っぽになったHPバーと、そしてまだ痺れの残る、その拳を、交互に見つめているだけ。

 世界の、800万人の観客が、息を殺して、彼の、次の一言を待っていた。

 怒りか。

 絶望か。

 あるいは、沈黙か。

 だが、彼が、その唇から紡ぎ出したのは、そのどれでもなかった。

 

 彼の、そのフードの影に隠れた口元が、ゆっくりと、三日月のように吊り上がっていく。

 そして、その喉の奥から、くつくつと、抑えきれない笑い声が、漏れ始めた。

 それは、やがて、一つの巨大な、そしてどこまでも楽しそうな、哄笑へと変わった。

 

「――はっ。ははっ。はは」

 

 その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも楽しそうな、入り口に戻されたJOKERの表情は、怒りでも絶望でもなかった。彼は、心の底から楽しそうに、獰猛に笑っていた。

 

「――はっ。面白い」

 

 その、あまりにも静かな、しかしどこまでも重い一言。

 それが、この地獄の、本当の始まりを告げる、ファンファーレとなった。

 

 

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