ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第430話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、もはや日常の全てを放棄していた。

 仕事も、学業も、そして睡眠すらも。世界の、数百万、いや、数千万に及ぶ探索者たちの視線は、ただ一つの配信画面に、その一点だけに注がれていた。

 神崎隼人――“JOKER”。

 彼が、たった一人で、神々の領域の番人「アルトリウス」へと挑み続ける、そのあまりにも壮絶で、そしてどこまでも孤独な死闘。

 その光景は、もはやただのエンターテイメントではなかった。

 一つの、神話が生まれる瞬間を、リアルタイムで目撃するための、全人類的な儀式だった。

 

【配信タイトル:騎士アルトリウス打倒】

【配信者:JOKER】

【現在の視聴者数:9,874,211人】

 

 配信開始から、すでに8時間が経過していた。

 コメント欄の、あの熱狂的な勢いは、すでにない。

 後に残されたのは、祈るような、あるいは、自らが戦っているかのような、極限の緊張感を孕んだ、静かな、静かな言葉の連なりだけだった。

 

『…もう、100回は超えたか…』

『彼の集中力は、どうなってるんだ…』

『見てみろ…。もう、被弾すらしていない…』

 

 その言葉通り。

 画面の中のJOKERは、もはや人間ではなかった。

 彼は、一つの、完璧な機械と化していた。

 アルトリウスの、その神速の剣技。

 その、全ての軌道、全てのタイミング、全ての派生パターン。

 その全てを、彼はその魂に、完全に刻み込んでいた。

 

 ◇

 

 

 

 数百回に及ぶ挑戦の果てに、JOKERの動きは、もはや人間のそれを超えていた。彼は、アルトリウスの次の動きを、予備動作ではなく、「呼吸」で読み切る領域にまで到達していた。

 アルトリウスが、その大剣を振りかぶる、そのコンマ数秒前。

 JOKERの体は、すでにその攻撃の、最も安全な死角へと、滑り込むように移動している。

 アルトリウスが、その深淵の魔力を、その折れた左腕に集束させ始める、その魔力の揺らぎの、その初動。

 それを、JOKERは「見て」から避けるのではない。

「感じて」、避けていた。

 彼の回避は舞踏となり、その反撃は、まるで相手の動きの一部であったかのように、自然に、そして的確に叩き込まれる。

 それは、もはや戦闘ではなかった。

 ただ、二つの、絶対的な理が、互いの存在を賭けて繰り広げる、一つの美しい、そしてどこまでも残酷な、チェスゲームだった。

 

 ハクスラ廃人:

 …なんだ、あれは。

 もはや、攻略ではないな。

 対話だ。彼は、あの深淵の騎士と、剣の音を通じて、対話している。

 そして、その対話の中で、彼は今、この瞬間も、進化し続けている。

 

 元ギルドマン@戦士一筋:

 うむ。

 後の先(ごのせん)。

 相手の全ての動きを読み切り、その動きの、まさにその終着点に、自らの一撃を置く。

 武の、極致の一つだ。

 我々は、とんでもないものを、見ているのかもしれん。

 

 その、賢者たちの、戦慄に満ちた分析。

 それが、この歴史的な一夜の、本当の価値を、物語っていた。

 そして、その神々の領域のチェスゲームが、ついにその最終盤へと、差し掛かった。

 

 ◇

 

 

 

 配信開始から、10時間が経過。

 JOKERは、その日、287回目の挑戦で、ついにその場所へと、たどり着いた。

 ついに完璧な立ち回りで、アルトリウスのHPを残り1割にまで追い詰める。

 彼の、その黄金の拳が、アルトリウスの、その禍々しい鎧の、最後の亀裂を、確かに捉えた。

 ボスのHPバーが、赤い、最後の輝きを放つ。

 だが、その瞬間。

 アルトリウスが、咆哮を上げた。

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 ここからアルトリウスは、最後の狂乱モードへと突入する。

 彼の、その空虚だったはずの眼窩が、これまでにないほどの、憎悪の赤い光を放った。

 そして、その巨体から、おびただしい量の黒い深淵のオーラが、噴き出し始める。

 彼の動きが、完全に変わった。

 これまで、彼が学習してきた、全てのパターン。

 その全てが、崩壊した。

 ただ、純粋な、そしてどこまでも予測不能な、暴力の嵐。

 大剣が、これまでとは比較にならない速度と手数で、JOKERへと襲いかかる。

 そして、その折れていたはずの左腕から、深淵の闇そのものが、黒い触手となって、彼を拘束せんと迫り来る。

 

『うわああああああ!なんだ、これ!』

『パターンが変わった!』

『まずい!避けきれない!』

 

 コメント欄が、絶叫で埋め尽くされる。

 だが、その絶望の、まさにその中心で。

 JOKERは、笑っていた。

 その顔には、最高の、そしてどこまでも楽しそうな、ギャンブル狂の笑みが浮かんでいた。

(…面白い。面白いじゃねえか)

(最後の最後に、最高のカードを、切りやがった)

 彼は、その死の嵐の中を、再び舞い踊り始めた。

 もはや、そこに計算はない。

 ただ、自らの魂が、その瞬間に導き出す、最高の「解」だけを、信じて。

 JOKERはそれにすら完璧に対応し、最後の一撃を叩き込む。

 彼は、その嵐の、ほんの一瞬の隙間。

 その、天啓のような、コンマ数秒の好機を、見逃さなかった。

 彼は、その全ての魂を、その右の拳に、込めた。

 そして彼は、その最後の言葉を、叫んだ。

 

「――終わりだああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 黄金の、雷霆。

 それが、深淵の騎士の、その絶望に満ちた、心臓を、確かに、そして完全に、貫いた。

 

 ◇

 

 

 

 ズッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 これまでとは、比較にならない凄まじい破壊音。

 アルトリウスの、その鋼鉄の肉体を形成していた魔力の奔流が、制御を失い、内側から暴走を始める。

 彼の、その禍々しい鎧が、内側からの光によって、ひび割れていく。

 そして、その亀裂の隙間から、漏れ出したのは、深淵の闇ではなかった。

 一つの、どこまでも穏やかで、そしてどこまでも気高い、聖騎士の魂の光だった。

 彼は、その最後の瞬間に、その呪いから、解放されたのかもしれない。

 彼の、その巨大な体は、ゆっくりとその場に崩れ落ち、そして満足げな光の粒子となって、消滅していった。

 

 静寂。

 後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で、おびただしい数のドロップ品の光に照らされながら、その場に座り込む、一人の男の姿だけだった。

 JOKERは、疲労困憊のまま、その場に座り込む。

 彼の、その荒い息遣いだけが、マイクを通じて、世界の、数百万人の視聴者の元へと、届けられていた。

 そして、その静寂を破ったのは、賞賛と祝福の嵐だった。

 コメント欄は、もはや言葉にならない、ただの、魂の絶叫の、洪水となっていた。

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』

『勝った!勝ったんだ!』

『歴史が、動いた…!』

『英雄だ!彼こそが、この国の、いや、世界の、本物の英雄だ!』

 

 彼は、その声援に、ただ静かに頷くと、ボスがドロップした報酬の中から、一つの、ひときわ強い輝きを放つ、一組の手袋を、拾い上げる。

 彼のARコンタクトレンズが、その神々の遺産の、その全てを、彼の視界へと映し出した。

 

 (たましい)昇天(しょうてん)

 カーナルミット

 回避力: 252

 エナジーシールド: 52

 要求レベル: 50, 俊敏 39, 知性 39

 

 性能:

 

 回避力とエナジーシールドが150%増加する

 

 カオス耐性 +29%

 

 敵にヒットした時、ソウルを1つ喰らう(0.5秒ごとに1回まで)

 

 喰らったソウルの最大数 +10

 

(ソウルイーター効果を得る)

 

 ※ソウルイーター効果:

 喰らったソウル1つにつき、攻撃速度と詠唱速度が5%増加する。

 最近ソウルを喰らっていない場合、0.5秒ごとにソウルを1つ失う。

 喰らうソウルの最大数は、通常45だが、この手袋の効果で55になる。

 

 フレーバーテキスト:

 

 我が名は、忘れた。

 我が主君も、我が使命も、とうの昔に深淵の闇に溶けた。

 だが、この両の手だけが、覚えている。

 

 敵の魂を喰らい、その断末魔を力に変える、ただ一つの衝動を。

 

(…ほう。ソウルイーターか。面白い)

 JOKERは、そのあまりにも強力で、そしてどこまでも攻撃的な性能に、満足げに頷いた。

 そして彼は、その日の、あまりにも長く、そしてどこまでも濃密だった、戦いの終わりを告げる、その最後の言葉を、呟いた。

「…ああ。最高の、『死にゲー』だったぜ」

 

 その日、世界の探索者たちは、本当の「最強」の意味を、その目に焼き付けることになった。

 それは、レベルでも、装備でも、そしてユニークスキルでもない。

 ただ、諦めない心。

 それこそが、神々の理不尽すらも、乗り越える、唯一の力なのだと。

 

 

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