ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
【
【ダンジョン
世界の時間は、もはや秒単位で、その終わりを告げていた。
ニューヨークの摩天楼は、今やその巨大な影の中に、完全に飲み込まれようとしていた。世界の終わりまで、残り24時間。
その、あまりにも残酷で、そしてどこまでも確定された未来。
それを、世界の、全ての人間が、テレビの画面越しに、あるいはスマートフォンの小さなディスプレイを通じて、ただ呆然と、見つめていた。
SeekerNetの掲示板は、もはや情報交換の場ではなかった。
ただ、世界の終わりを待つ人々の、悲痛な叫びを書き連ねるためだけの、巨大な墓標だった。
【SeekerNet 掲示板 - SSS級ワールドボス総合スレ Part. 8】
511: 名無しの一般市民
もう終わりだ。
ニューヨークが、食われる。
そして、次は、俺たちの街だ。
神様、どうか、お救いください。
512: 名無しのF級探索者
511
祈ってる暇があったら、逃げろ。
少しでも、遠くへ。
でも、どこへ逃げればいいんだ…?世界が、終わるっていうのに。
513: 名無しのB級タンク
…ああ。
もう、終わりだ。
俺たちは、負けたんだ。
その、あまりにも重く、そしてどこまでも絶望的な、敗北宣言。
それが、この世界の、偽らざる、本当の声だった。
人類の、歴史が、終わる。
誰もが、そう確信した、その時だった。
世界の、全てのモニターが、一斉に、その映像を切り替えた。
そこに映し出されたのは、ニューヨークの摩天楼でも、大西洋の絶望の海でもない。
ローマ、ヴァチカン。
サン・ピエトロ大聖堂の、その荘厳なバルコニーに、静かに立つ、一人の老人の姿だった。
彼の、その穏やかな瞳だけが、この世界の、最後の希望を、宿していた。
◇
リヴァイアサンが、ニューヨークの沖合に到達。世界の終わりまで、残り24時間を切った、その時。これまで沈黙を保っていた、ローマ正教の法皇が、全世界に向けて緊急の声明を発表する。
その映像は、世界の、全ての放送局、全ての配信サイト、そして全ての個人のARコンタクトレンズに、強制的に割り込む形で、映し出された。
法皇ヨハネ・パウロ四世。
その、深い皺の刻まれた顔は、穏やかだった。だが、その瞳の奥には、これから自らが成し遂げようとする、あまりにも重い運命に対する、絶対的な覚悟の光が宿っていた。
彼の背後には、夕暮れのローマの美しい街並みが広がっている。その光景は、あまりにも平和で、そしてどこまでも、物悲しかった。
「――我が、愛する、全ての子らよ」
彼の、そのか細い、しかしどこまでもよく通る声が、世界の、隅々にまで響き渡った。
それは、何十億という、絶望の淵に沈む魂へと向けられた、最後の、そして最も温かい、呼びかけだった。
「顔を、上げなさい。涙を、拭いなさい。そして、聞きなさい。これから私が語るのは、絶望の物語ではありません。我々人類が、この試練を乗り越え、そして未来へと歩みを進めるための、最後の、そして最も輝かしい、希望の物語です」
その、あまりにも力強い、そしてどこまでも優しい言葉。
それに、世界の、全ての人間が、その動きを止めた。
暴動を起こしていた者も、逃げ惑っていた者も、そしてただ泣きじゃくっていた者も。
その全ての人間が、まるで最後の救いを求めるかのように、その老人の、その言葉に、耳を澄ませた。
法皇は、モニターの向こう側で絶望する全ての人々に対し、ヴァチカンに古くから伝わる「予言」の存在を明かす。『人の子が、大いなる意志の試練に挫けそうになった時、一人の羊飼いの犠牲が、神の軍勢を生み、世界を救うだろう』と。
「ヴァチカンの、禁書庫。その最も奥深くに、一つの古文書が眠っています。それは、ダンジョンが出現する、遥か数千年も前から、我々歴代の法皇だけに、密かに語り継がれてきた、一つの予言です」
「そこには、こう記されていました。『人の子が、大いなる意志の試練に挫けそうになった時、一人の羊飼いの犠牲が、神の軍勢を生み、世界を救うだろう』と」
「私は、この15ヶ月間、ずっと祈り続けてきました。この予言が、ただの古い言い伝えであり、決して現実のものとはならないことを。ですが、神は、我々に、その最後の選択を、お求めになられているようです」
そして彼は、その予言を成就させるための、最後の希望…神から授かったという神話級アーティファクトの存在を、初めて公にする。
彼は、その白い法衣の、その懐から、二つの、あまりにも神々しい輝きを放つ、神々の遺産を取り出した。
「神は、我々に、二つの道を示されました。一つは、裁きの道」
彼は、その右手に、一つの荘厳な指輪を掲げた。
効果テキスト:
この指輪の所有者は、一年に一度だけ、自らの血を一滴指輪に垂らすことで、特定の個人、組織、あるいは一体のモンスターを**「神の敵」**として宣告することができる。
宣告された対象は、世界の理そのものから「敵対者」としてマークされる。
以後24時間、その対象に対する全ての人間の攻撃は、防御力をある程度無視し、与えるダメージが100%増加する。
また、対象はあらゆる種類の回復効果を一切受け付けなくなる。
フレーバーテキスト:
神は、その代理人に一本の鍵を与えた。
天国の門を開くためではなく、地上の罪を裁くために。
その重さを知れ。
その一振りは、正義の鉄槌か、あるいはただの嫉妬の石つぶてか。
裁きを下す者こそ、誰よりも深く、神に試されているのだから。
「我は汝リヴァイアサンを人類の敵として認める。」
彼は、そう言うと、その指輪を、静かに祭壇へと置いた。
そして、彼はその左手に、もう一つの、どこまでも儚く、そしてどこまでも温かい光を放つ、首飾りを掲げた。
効果テキスト:
所有者が、自らの命を捧げる覚悟と共に、中央の宝石を砕いた時、その魂は至上の光となって天へと昇る。
その瞬間から24時間、全世界の全ての人間は、HPがゼロになっても死亡しない。代わりに、安全な場に瞬時にHPとMPが全回復し、全ての状態異常が解除される。この効果は、時間内であれば何度でも発動する。
24時間が経過した後、砕かれた宝石はただの石ころと化し、このアーティファクトは永遠にその力を失う。
所有者の魂が、再びこの世に輪廻することはない。
フレーバーテキスト:
最初の一滴が、大地を濡らした。
それは、弱さの証である血。
そして、何よりも強い、愛の証である血だった。
見よ。
たった一人の犠牲が、幾万の命を救う奇跡を。
真の信仰とは、神に救いを求めることではない。
自らが、誰かのための、最後の希望となることだ。
彼は、その効果と、自らの魂が永遠に失われるという代償を、静かに、そして毅然と世界に告げる。
「そして、もう一つの道。それが、この首飾りが示す、自己犠牲の道です。私が、この命を捧げることで、24時間だけ、神は、我々全てに、死を超越する力を与えてくださる。だが、その代償として、私の魂は、二度とこの世界に、還ることはありません」
その、あまりにも壮絶な、そしてどこまでも気高い、最後の選択。
それに、世界の、全ての人間が、息を呑んだ。
法皇は、そのバルコニーから、眼下に広がる、夕暮れのローマの街並みを、そしてその先に広がる、世界の全てを、その慈愛に満ちた瞳で、見渡した。
「私は、この世界を、愛しています」
彼の声が、震えていた。だが、それは恐怖からではない。
抑えきれない、愛おしさからだった。
「ダンジョンが出現し、世界は確かに変わってしまった。だが、その混沌の中から、我々は、新たな光を見つけ出したはずです。子どもたちの、屈託のない笑顔。ギルドの若者たちが、酒を酌み交わし、笑い合う、あの温かい夜。そして、名もなき探索者が、その人生を賭けて、神々の理不尽に挑む、その気高い魂の輝き」
「この素晴らしき未来を、もっと見たかった。」
「今生きている者達や、これから生まれる者達は、素晴らしい人類の物語を続ける必要があるのです。」
彼の瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。
だが、その顔には、最高の、そしてどこまでも穏やかな笑みが浮かんでいた。
「だから、前を向きなさい。人類は、歩みを止める事はない。」
彼は、そう言うと、その視線を、再びカメラの向こう側、世界の全ての子らへと向けた。
そして彼は、その最後の、そして最も温かい言葉を、紡ぎ出した。
「――神の愛は、平等です。信じる者も、そうでない者も、全ての我が子らを、等しく愛しておられる」
彼は、そう言うと、集まった枢機卿たちの静止を振り切り、その血のように赤い宝石を、自らの手で、強く、握り砕く。
パリンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
甲高い、しかしどこまでも美しい音が、世界中に響き渡った。
その瞬間、黄金の光がヴァチカンから放たれ、地球全体を包み込んでいく。玉座の間で、法皇は静かに息を引き取った。
彼の、その老いた体は、ゆっくりと、その玉座へと崩れ落ちる。
だが、その顔には、一切の苦痛の色はなかった。
ただ、自らの役目を終えた、羊飼いのような、安らかな、そしてどこまでも満足げな笑みだけが、そこにあった。
彼の、あまりにも気高く、そしてどこまでも孤独な、魂の旅路の終わり。
そして、人類の、新たな物語の、始まりだった。