ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

449 / 490
第433話

物語(ものがたり)は10(ねん)(まえ)、ダンジョンが(あらわ)れる当日(とうじつ)(もど)る】

【ダンジョン出現(しゅつげん)()、15ヶ(げつ)経過後】

 

 世界の時間は、もはや秒単位で、その終わりを告げていた。

 原初の災厄(げんしょのさいやく)、リヴァイアサン。その、あまりにも巨大で、そしてどこまでも静かなる黙示録は、人類の、その矮小な抵抗を、まるで存在しないかのように無視し、その歩みを、一瞬たりとも止めることはなかった。

 ニューヨークの摩天楼は、今やその巨大な影の中に、完全に飲み込まれようとしていた。世界の終わりまで、残り24時間。

 その、あまりにも残酷で、そしてどこまでも確定された未来。

 それを、世界の、全ての人間が、テレビの画面越しに、あるいはスマートフォンの小さなディスプレイを通じて、ただ呆然と、見つめていた。

 SeekerNetの掲示板は、もはや情報交換の場ではなかった。

 ただ、世界の終わりを待つ人々の、悲痛な叫びを書き連ねるためだけの、巨大な墓標だった。

 

【SeekerNet 掲示板 - SSS級ワールドボス総合スレ Part. 8】

 

 511: 名無しの一般市民

 もう終わりだ。

 ニューヨークが、食われる。

 そして、次は、俺たちの街だ。

 神様、どうか、お救いください。

 

 512: 名無しのF級探索者

 

 511

 祈ってる暇があったら、逃げろ。

 少しでも、遠くへ。

 でも、どこへ逃げればいいんだ…?世界が、終わるっていうのに。

 

 513: 名無しのB級タンク

 …ああ。

 もう、終わりだ。

 俺たちは、負けたんだ。

 

 その、あまりにも重く、そしてどこまでも絶望的な、敗北宣言。

 それが、この世界の、偽らざる、本当の声だった。

 人類の、歴史が、終わる。

 誰もが、そう確信した、その時だった。

 世界の、全てのモニターが、一斉に、その映像を切り替えた。

 そこに映し出されたのは、ニューヨークの摩天楼でも、大西洋の絶望の海でもない。

 ローマ、ヴァチカン。

 サン・ピエトロ大聖堂の、その荘厳なバルコニーに、静かに立つ、一人の老人の姿だった。

 彼の、その穏やかな瞳だけが、この世界の、最後の希望を、宿していた。

 

 ◇

 

 リヴァイアサンが、ニューヨークの沖合に到達。世界の終わりまで、残り24時間を切った、その時。これまで沈黙を保っていた、ローマ正教の法皇が、全世界に向けて緊急の声明を発表する。

 その映像は、世界の、全ての放送局、全ての配信サイト、そして全ての個人のARコンタクトレンズに、強制的に割り込む形で、映し出された。

 法皇ヨハネ・パウロ四世。

 その、深い皺の刻まれた顔は、穏やかだった。だが、その瞳の奥には、これから自らが成し遂げようとする、あまりにも重い運命に対する、絶対的な覚悟の光が宿っていた。

 彼の背後には、夕暮れのローマの美しい街並みが広がっている。その光景は、あまりにも平和で、そしてどこまでも、物悲しかった。

 

「――我が、愛する、全ての子らよ」

 

 彼の、そのか細い、しかしどこまでもよく通る声が、世界の、隅々にまで響き渡った。

 それは、何十億という、絶望の淵に沈む魂へと向けられた、最後の、そして最も温かい、呼びかけだった。

 

「顔を、上げなさい。涙を、拭いなさい。そして、聞きなさい。これから私が語るのは、絶望の物語ではありません。我々人類が、この試練を乗り越え、そして未来へと歩みを進めるための、最後の、そして最も輝かしい、希望の物語です」

 

 その、あまりにも力強い、そしてどこまでも優しい言葉。

 それに、世界の、全ての人間が、その動きを止めた。

 暴動を起こしていた者も、逃げ惑っていた者も、そしてただ泣きじゃくっていた者も。

 その全ての人間が、まるで最後の救いを求めるかのように、その老人の、その言葉に、耳を澄ませた。

 

 法皇は、モニターの向こう側で絶望する全ての人々に対し、ヴァチカンに古くから伝わる「予言」の存在を明かす。『人の子が、大いなる意志の試練に挫けそうになった時、一人の羊飼いの犠牲が、神の軍勢を生み、世界を救うだろう』と。

「ヴァチカンの、禁書庫。その最も奥深くに、一つの古文書が眠っています。それは、ダンジョンが出現する、遥か数千年も前から、我々歴代の法皇だけに、密かに語り継がれてきた、一つの予言です」

「そこには、こう記されていました。『人の子が、大いなる意志の試練に挫けそうになった時、一人の羊飼いの犠牲が、神の軍勢を生み、世界を救うだろう』と」

「私は、この15ヶ月間、ずっと祈り続けてきました。この予言が、ただの古い言い伝えであり、決して現実のものとはならないことを。ですが、神は、我々に、その最後の選択を、お求めになられているようです」

 

 そして彼は、その予言を成就させるための、最後の希望…神から授かったという神話級アーティファクトの存在を、初めて公にする。

 彼は、その白い法衣の、その懐から、二つの、あまりにも神々しい輝きを放つ、神々の遺産を取り出した。

 

「神は、我々に、二つの道を示されました。一つは、裁きの道」

 彼は、その右手に、一つの荘厳な指輪を掲げた。

 

 教皇(きょうこう)権威(けんい)指輪(ゆびわ)

 効果テキスト:

 この指輪の所有者は、一年に一度だけ、自らの血を一滴指輪に垂らすことで、特定の個人、組織、あるいは一体のモンスターを**「神の敵」**として宣告することができる。

 宣告された対象は、世界の理そのものから「敵対者」としてマークされる。

 以後24時間、その対象に対する全ての人間の攻撃は、防御力をある程度無視し、与えるダメージが100%増加する。

 また、対象はあらゆる種類の回復効果を一切受け付けなくなる。

 フレーバーテキスト:

 神は、その代理人に一本の鍵を与えた。

 天国の門を開くためではなく、地上の罪を裁くために。

 その重さを知れ。

 その一振りは、正義の鉄槌か、あるいはただの嫉妬の石つぶてか。

 裁きを下す者こそ、誰よりも深く、神に試されているのだから。

 

「我は汝リヴァイアサンを人類の敵として認める。」

 彼は、そう言うと、その指輪を、静かに祭壇へと置いた。

 そして、彼はその左手に、もう一つの、どこまでも儚く、そしてどこまでも温かい光を放つ、首飾りを掲げた。

 

 最初(さいしょ)殉教者(じゅんきょうしゃ)首飾(くびかざ)

 効果テキスト:

 所有者が、自らの命を捧げる覚悟と共に、中央の宝石を砕いた時、その魂は至上の光となって天へと昇る。

 その瞬間から24時間、全世界の全ての人間は、HPがゼロになっても死亡しない。代わりに、安全な場に瞬時にHPとMPが全回復し、全ての状態異常が解除される。この効果は、時間内であれば何度でも発動する。

 24時間が経過した後、砕かれた宝石はただの石ころと化し、このアーティファクトは永遠にその力を失う。

 所有者の魂が、再びこの世に輪廻することはない。

 フレーバーテキスト:

 最初の一滴が、大地を濡らした。

 それは、弱さの証である血。

 そして、何よりも強い、愛の証である血だった。

 見よ。

 たった一人の犠牲が、幾万の命を救う奇跡を。

 真の信仰とは、神に救いを求めることではない。

 自らが、誰かのための、最後の希望となることだ。

 

 彼は、その効果と、自らの魂が永遠に失われるという代償を、静かに、そして毅然と世界に告げる。

「そして、もう一つの道。それが、この首飾りが示す、自己犠牲の道です。私が、この命を捧げることで、24時間だけ、神は、我々全てに、死を超越する力を与えてくださる。だが、その代償として、私の魂は、二度とこの世界に、還ることはありません」

 

 その、あまりにも壮絶な、そしてどこまでも気高い、最後の選択。

 それに、世界の、全ての人間が、息を呑んだ。

 法皇は、そのバルコニーから、眼下に広がる、夕暮れのローマの街並みを、そしてその先に広がる、世界の全てを、その慈愛に満ちた瞳で、見渡した。

 

「私は、この世界を、愛しています」

 彼の声が、震えていた。だが、それは恐怖からではない。

 抑えきれない、愛おしさからだった。

「ダンジョンが出現し、世界は確かに変わってしまった。だが、その混沌の中から、我々は、新たな光を見つけ出したはずです。子どもたちの、屈託のない笑顔。ギルドの若者たちが、酒を酌み交わし、笑い合う、あの温かい夜。そして、名もなき探索者が、その人生を賭けて、神々の理不尽に挑む、その気高い魂の輝き」

「この素晴らしき未来を、もっと見たかった。」

「今生きている者達や、これから生まれる者達は、素晴らしい人類の物語を続ける必要があるのです。」

 彼の瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。

 だが、その顔には、最高の、そしてどこまでも穏やかな笑みが浮かんでいた。

「だから、前を向きなさい。人類は、歩みを止める事はない。」

 

 彼は、そう言うと、その視線を、再びカメラの向こう側、世界の全ての子らへと向けた。

 そして彼は、その最後の、そして最も温かい言葉を、紡ぎ出した。

「――神の愛は、平等です。信じる者も、そうでない者も、全ての我が子らを、等しく愛しておられる」

 

 彼は、そう言うと、集まった枢機卿たちの静止を振り切り、その血のように赤い宝石を、自らの手で、強く、握り砕く。

 パリンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 甲高い、しかしどこまでも美しい音が、世界中に響き渡った。

 その瞬間、黄金の光がヴァチカンから放たれ、地球全体を包み込んでいく。玉座の間で、法皇は静かに息を引き取った。

 彼の、その老いた体は、ゆっくりと、その玉座へと崩れ落ちる。

 だが、その顔には、一切の苦痛の色はなかった。

 ただ、自らの役目を終えた、羊飼いのような、安らかな、そしてどこまでも満足げな笑みだけが、そこにあった。

 彼の、あまりにも気高く、そしてどこまでも孤独な、魂の旅路の終わり。

 そして、人類の、新たな物語の、始まりだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。