ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
その日の世界の空気は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。
ネファレム・リフト、伝説の宝石、そしてJOKERという規格外の存在。世界の探索者たちが、日進月歩で変化し続けるダンジョンの理に一喜一憂していた、まさにその裏側で。水面下では、国家という最も巨大なプレイヤーが、世界の常識そのものを根底から覆す一枚の切り札を、静かに、そして虎視眈々と準備していたことを、まだ誰も知らなかった。
その歴史の転換点は、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.から発信された。
ホワイトハウス、イーストルーム。金色のカーテンとジョージ・ワシントンの肖像画に見守られた、その世界で最も権威のある部屋は、これまでにないほどの異様な緊張感と、そして世界中から集まった報道陣の熱気で満ち満ちていた。
事前の通達は、あまりにもシンプルだった。「日米両首脳によるダンジョン資源の平和利用に関する共同記者会見」。だが、その場に集まったジャーナリストたちは、その肌で感じ取っていた。これは、ただの定例会見ではない。世界の歴史が動く、その瞬間なのだと。
壇上には、二人の男が並んで立っていた。
アメリカ合衆国大統領、ジョー・バイデン。その老いた、しかし鋭い瞳には、世界のリーダーとしての揺るぎない自信が宿っている。
そして、日本の内閣総理大臣、岸田文雄。その穏やかな表情の下には、この歴史的な発表の当事者としての深い覚悟と、そしてわずかな興奮の色が滲んでいた。
二人の背後には、星条旗と日章旗が、厳かに、そして誇らしげに並んでいる。
「――我が親愛なる国民の皆さん。そして、世界の友人たちよ」
バイデン大統領の、その静かな、しかしどこまでもよく通る声が、会見場の空気を震わせた。
「今日この日、アメリカ合衆国と、我々の最も信頼する同盟国である日本は、人類の歴史における新たな一歩を、ここに記すことになります」
彼はそこで一度言葉を切ると、隣に立つ岸田首相と固い握手を交わした。
そして彼は、その驚愕の、そしてどこまでも希望に満ちた「真実」を、世界へと告げた。
「我々日米両政府は、この10年間、極秘裏に進めてきた共同研究の末、ついに、
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
会見場にいた百戦錬磨の記者たちですら、その言葉の意味を、一瞬、理解することができなかった。
空間拡張?
そのあまりにもSF的な、そしてどこまでも現実離れした響き。
その混乱を、肯定するかのように。
岸田首相が、その穏やかな、しかし確信に満ちた声で続けた。
「はい。皆様、今、耳を疑われたかもしれません。ですが、これは紛れもない事実です。我々は、ダンジョンから産出される
その一言が、引き金となった。
会見場は、爆発した。
シャッター音が、嵐のように鳴り響く。記者たちの興奮した声が、怒号のように飛び交う。
「10倍!?どういうことだ!?」
「原理は!?」
「軍事転用は可能なのか!?」
その混沌の中心で、バイデン大統領は、その手を静かに上げることで、その熱狂を制した。
「もちろん、その驚きはもっともです。我々自身、この技術がもたらす可能性の、そのあまりの巨大さに、今もなお身震いしているのですから」
「ですが、百聞は一見に如かずでしょう。我々が、この数年間で到達したその奇跡の光景を、まずはご覧いただきたい」
彼の言葉を合図に、二人の首脳の背後に設置された巨大なモニターに、一つのVTRが映し出された。
またVTRで、小さなテントの内部空間を拡張して、広い一軒家ぐらいの空間を確保する、夢のような映像が流される。
映像は、どこにでもあるありふれたキャンプ場の風景から始まった。緑豊かな芝生の上で、一人の研究員が、ごく普通の一人用のドーム型テントを設営している。
ナレーターの落ち着いた声が響く。
『このテントの内部面積は、約3平方メートル。大人の男性が一人、ようやく横になれるだけの広さです』
研究員が、テントの入り口に、一つの小さな、しかし複雑な幾何学模様が刻まれた銀色の装置を設置する。装置の中央には、F級の紫色の
彼が、その装置のスイッチを入れる。
装置が、淡い青白い光を放ち始めた。
そして、彼はテントの中へと入っていく。
カメラもまた、彼の後を追うように、その狭いはずの入り口をくぐり抜けた。
その瞬間、会見場にいた全ての人間が、そしてその映像を世界中で見ていた全ての人間が、息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、もはやテントの内部ではなかった。
一つの、広大な「家」だった。
天井の高い、開放的なリビング。その窓の外には、先ほどまで見ていたキャンプ場の風景が、まるで美しい絵画のように広がっている。リビングには、ふかふかのソファと大きなダイニングテーブルが置かれ、その奥には、最新鋭の調理器具が並ぶアイランドキッチンまでが見える。
研究員は、その広々とした空間をゆっくりと歩いていく。
リビングの奥には、寝室があった。キングサイズのベッドと書斎机。さらにその奥には、バスタブ付きの清潔なバスルームまで完備されていた。
その広さは、明らかに外から見たテントの大きさとは比較にならない。
一軒家。
いや、それ以上の空間。
『――これが、空間拡張技術です』
ナレーターの声が、その奇跡の光景に重なった。
『現在、この技術は、内部空間を最大で10倍まで拡張することに成功しています。そして、そのエネルギー源は、A級の精製済み
映像が終わる。
後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で満足げに頷く二人の世界の指導者の姿だけだった。
記者たちは、もはや質問をすることすら忘れていた。
ただ、自らが今目撃してしまった、あまりにも巨大な、そしてどこまでも美しい「理不尽」の前に、ひれ伏すしかなかった。
◇
その歴史的な会見の後。
世界は、変わった。
SeekerNetの掲示板は、もはやお祭り騒ぎではなかった。
一つの、巨大な、そしてどこまでも建設的な未来への議論の場と化していた。
【SeekerNet 掲示板 - 総合雑談スレ Part. 1922】
111: 名無しの建築家
…おい。
…おい、お前ら。
俺、今、仕事辞めてきた。
112: 名無しのゲーマー
111
は!?どうしたんだよ、いきなり!
113: 名無しの建築家
112
当たり前だろ!
見たか、今の会見を!
空間が10倍になるんだぞ!
俺たちがこれまで学んできた物理学も、建築基準法も、もう何の意味もなさなくなったんだよ!
これは、革命だ!
俺は、今からこの新しい世界の、最初の建築家になる!
115: 名無しの不動産屋
…やばい。
やばいぞ、これ…。
土地の価値が、暴落する…。
いや、違う。
外側の「土地」の価値は変わらない。だが、内側の「空間」そのものが商品になる時代が来たんだ。
俺のビジネスモデルが、今日、死んだ。
そして、新しいビジネスモデルが、生まれたんだ…。
118: 名無しのトラック運転手
…なあ、お前ら。
俺、今、泣いてる。
俺のこのボロいトラックの荷台。
あそこが、10倍の広さになるってことか…?
そしたら、俺、今の10倍、荷物を運べるってことか…?
給料も、10倍になるのか…?
そのあまりにも人間的な、そしてどこまでも切実な魂の叫び。
それに、スレッドは温かい、しかしどこまでも現実的な希望の言葉で溢れかえった。
『そうだ!』
『そういうことだ!』
『世界中の物流が変わるぞ!』
その熱狂の中で、二人の指導者は、この奇跡の技術がもたらす具体的な未来について語り始めた。
岸田首相は、その穏やかな、しかし力強い声で言った。
「**今後は、住宅や輸送での応用が期待出来ます。**特に、我が国日本のように、国土が狭く、人口が密集している国にとっては、これはまさに福音です。これまで高嶺の花だった都心の一等地に、誰もが広々とした住居を構えることができるようになる。災害時には、避難所に設置された一つのテントが、何百人もの人々を受け入れる巨大なシェルターとなる。これは、我々の生活の質を根本から向上させる、平和のための技術なのです」
そして、バイデン大統領がその言葉を引き継いだ。
彼の視線は、もはやこの地球(ほし)にはない。
そのさらに、その先。
星々の海を、見据えていた。
「そして、この技術は、我々人類の最後のフロンティアへの挑戦を、加速させることになるでしょう。宇宙開発です。ロケットに搭載できる物資の量は、限られている。だが、その内部空間を10倍にすることができたなら?我々は、より多くの機材を、より多くの食料を、そしてより多くの夢を、あの星々へと運ぶことができるようになる。これは、人類がその揺り籠であるこの地球を飛び出し、真の宇宙市民となるための、最初の、そして最も重要な一歩なのです」
そのあまりにも壮大で、そしてどこまでもロマンに満ちた未来への展望。
これは、人類史に残る大きな発見として、大々的に発表された。
その日の夜、世界の全てのニュースは、この一つの話題だけで埋め尽くされた。
そして、その熱狂の中心で、世界の全ての人間が、同じ夢を見ていた。
自分だけの、広々とした家。
無限の可能性を秘めた、未来。
そのあまりにも甘美な、そしてどこまでも輝かしい夢を。
彼らは、まだ知らなかった。
その夢の、そのすぐ裏側で。
新たな、そしてより根源的な「格差」と「欲望」の新たな戦争が、静かに、そして確実に、その火蓋を切って落とされようとしていたことを。
世界の本当の戦いは、まだ始まってもいなかったのだ。