ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第451話

 その日の世界の空気は、一夜にして変わった。

 月ノ宮(つきのみや)るり。その、あまりにも無名だったVTuberの名前は、日の出と共に、この星の全ての探索者が知る、新たな「神話」の代名詞となっていた。

 彼女が、72時間の死闘の果てに掴み取った、たった一つの【高貴のオーブ】。その奇跡の瞬間を切り抜いた動画は、SeekerNetのあらゆる掲示板、Xのあらゆるタイムラインを、ウイルスのように駆け巡り、人々の、その眠っていたはずの、最も原始的な欲望に火をつけた。

「D級ダンジョンで、2000万円が掘れる」

 その、あまりにも甘美な、そしてどこまでも現実的な響き。

 それが、この世界の、新たな時代の幕開けを告げる、ゴングだった。

 

 ◇

 

【SeekerNet 掲示板 - 総合雑談スレ Part. 1722】

 

 1: 名無しの実況民A

 おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 祭りだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 歴史が、動いたぞ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 2: 名無しのゲーマー

 

 1

 乙!

 ああ、見てる!るりちゃんの切り抜き!

 マジで、鳥肌立った…。

 最後の、あの涙。あれは、本物だ…。

 

 3: 名無しのVファン

 

 2

(号泣)

 るりちゃん…!本当に、おめでとう…!

 俺は、最初から信じてたぞ!

 

 4: 名無しの現実主義者

 

 3

 おいおい、感動ポルノに浸ってる場合かよ。

 もっと、重要なことがあるだろうが。

 これは、ただの美談じゃねえ。

 経済が、動いたんだよ。

 

 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも冷徹な指摘。

 それに、それまで感動に包まれていたスレッドの空気が、一瞬にして、欲望と、打算と、そして純粋な興奮が入り混じった、熱狂の渦へと叩き込まれた。

 その混沌の中心へと、この世界の、理を知り尽くした、賢者たちが、降臨した。

 

 255: ハクスラ廃人

 …はっ、笑わせる。

 最高のショーだったじゃねえか。

 だがな、お前ら、まだこの事件の、本当のヤバさに気づいてねえ。

 これはな、「ターゲットファーミング」が、初めて「金」になった瞬間なんだよ。

 これまでは、ただの理論だった。好事家たちの、遊びだった。

 だが、るりとかいうあの小娘が、証明しちまったんだ。

 知恵と、根性さえあれば、F級のひよっこですら、A級の稼ぎを、一夜にして超えられるってな。

 

 261: 元ギルドマン@戦士一筋

 うむ。

 ハクスラ廃人の言う通りだ。

 そして、この発見がもたらす、経済的なインパクトは計り知れない。

 これまで、価値が不安定だった【高貴のオーブ】に、「D級ダンジョンを72時間周回すれば、理論上は手に入る」という、一つの「原価」が設定されてしまった。

 これは、クラフト市場の、根幹を揺るがすぞ。

 

 268: ベテランシーカ―

 ええ。

 そして、何よりも重要なのは、その「再現性」です。

 JOKERが成し遂げた【虚空(こくう)】ガチャのような、天文学的な確率の奇跡ではない。

 るり嬢のそれは、時間と、労力をかければ、理論上は、誰にでも真似ができる。

 つまり…。

 

 その、あまりにも静かで、そしてどこまでも真理を突いた一言。

 それに、スレッドの全ての住人が、息を呑んだ。

 そして、そのベテランシーカ―の言葉を引き継ぐかのように。

 一人の、名もなき探索者が、その魂の叫びを、スレッドへと投下した。

 

『――俺にも、できるかもしれないってことか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 その一言が、引き金となった。

 スレッドは、爆発した。

 絶望的な格差社会。その、分厚い壁の、そのど真ん中に。

 一つの、小さな、しかし確かな風穴が、開けられたのだ。

 その穴の向こう側から、漏れ出してくる、黄金の光。

 それに、世界の、全ての持たざる者たちが、その手を伸ばし始めた。

 

 ◇

 

 D級ダンジョン【忘れられた下水道】。

 その、新宿の片隅にある、古びたマンホールの入り口。

 昨日まで、その存在を知る者すら、ほとんどいなかった場所。

 そこが、今、この世界で最も熱い、黄金郷(エルドラド)への、入り口となっていた。

 

 ゲートの前には、おびただしい数の探索者たちが、まるで巡礼者のように殺到し、巨大な、そしてどこまでも混沌とした人の波を作り出していた。

 その光景は、もはやただのダンジョン攻略ではない。

 一つの、巨大な社会現象だった。

 その、群像劇の、中に。

 いくつかの、あまりにも人間的な、そしてどこまでもこの時代を象徴するかのような、魂の物語が、確かに息づいていた。

 

【群像劇①:F級の若者】

 

「すげえ…!マジで、祭りじゃん…!」

 人波の、その後方で。

 一人の、まだあどけなさの残る少年が、その光景に、目を輝かせていた。

 彼の名は、ユウタ。18歳。

 大学を休学し、このダンジョン社会に夢を賭けた、どこにでもいるF級の若者だった。

 彼のインベントリには、雷帝ファンドから支給された100万円をはたいて買った、なけなしの初心者用装備と、そして昨夜、コンビニで買ったおにぎりが二つだけ。

 だが、彼の心は、この世界の誰よりも、豊かだった。

 

「俺も、るりちゃんみたいになるんだ…!」

 彼は、そう呟くと、その小さな拳を、強く握りしめた。

 彼のARコンタクトレンズの視界の隅には、昨夜からずっと、月ノ宮(つきのみや)るりの、あの奇跡の瞬間の切り抜き動画が、繰り返し再生されていた。

 彼女の、あの涙。

 あの、感謝の言葉。

 その全てが、彼の、その若い魂を、これ以上ないほど、奮い立たせていた。

(俺だって…!俺だって、やれるはずだ!)

 彼は、その人の波を、かき分けるようにして、前へ、前へと進んでいく。

 その、あまりにも無謀な、そしてどこまでも真っ直ぐな、夢を抱いて。

 

【群像劇②:A級のトップランカー】

 

「…チッ。虫けらが、群がりおって」

 その、ユウタのような若者たちの熱狂を、まるで道端の石ころでも見るかのように、冷たい瞳で見下ろしている者たちがいた。

 A級上位ギルド【ヴァルハラの雷】。

 その、選りすぐりの精鋭パーティだった。

 彼らの身を包んでいるのは、B級のユニーク装備で固められた、神々しいまでのオーラを放つ、完璧な戦闘装束。その一体一体が、中小企業ほどの価値を持つ。

 リーダー格の、巨大な戦斧を担いだ男が、その部下たちへと、無機質な命令を下した。

「いいか、お前ら。感傷に浸るな。これは、ただの『仕事』だ」

「我々の目的は、ただ一つ。この、新たに生まれた『市場』を、誰よりも早く、そして効率的に、独占すること。そのための、データ収集と、先行投資だ」

皇帝(こうてい)幸運(こううん)】の、一日あたりの推定ドロップ数を、正確に割り出す。そして、そのデータを元に、カードそのものの、あるいは、このダンジョンでしか手に入らない関連素材の、未来の市場価格を予測する。そして、最も利益率の高いタイミングで、全てを売りさばく。分かったな?」

「「「了解」」」

 彼らは、その人の波を、まるでゴミでもかき分けるかのように、強引に、そして無慈悲に、こじ開けていく。

 彼らにとって、るりの奇跡など、どうでもよかった。

 それは、ただの、新たな「金」を生み出すための、都合の良い情報(データ)でしかなかった。

 

【群像劇③:週末冒険者】

 

「…おいおい、マジかよ。会社、休んできたのに、これじゃあ、中に入るだけで半日かかりそうだぜ…」

 その、A級たちの、あまりにも傲慢な進軍を、どこか遠い世界の出来事のように、呆然と眺めている男がいた。

 サトウさん、42歳。

 中小企業の、中間管理職。

 そして、二人の娘を持つ、父親だった。

 彼は、今朝、妻に「ちょっと、急な出張が入ってな」と、人生で初めて、心の底からの嘘をついて、この場所へとやってきた。

 彼の目的は、一攫千金ではない。

 来月、誕生日を迎える、妻への、プレゼント。

 彼女が、ショーウィンドウの前で、いつも羨ましそうに眺めている、あの30万円の、ブランド物のバッグ。

 それを、買ってやりたかった。

 ただ、それだけのために。

 彼は、この混沌の渦の中へと、その身を投じたのだ。

「…まあ、並ぶしかねえか」

 彼は、そう言って、深く、そして重いため息をつくと、その長蛇の列の、最後尾へと、その疲れた足を向けた。

 その背中は、どこまでも小さく、そしてどこまでも、頼もしかった。

 

【群像劇④:他のVTuber】

 

「はーい!皆さん、こんにちはー!世界で二番目に可愛いVTuber、キラリン・ミナミだよっ!今日は、なんと!あの、伝説が生まれたダンジョン【忘れられた下水道】から、生中継でお届けしちゃいまーす!」

 その、あまりにも明るい、しかしどこか空虚な声が、ゲート前の、喧騒の中で響き渡る。

 大手事務所『ナロウライブ』の、中堅VTuber、キラリン・ミナミ。

 彼女は、そのあざといまでの笑顔と、計算され尽くした仕草で、カメラの向こうのファンたちに、媚を売っていた。

「ミナミも、るりさんみたいに、奇跡を起こせるかなー?みんな、応援しててねっ!」

 彼女は、そう言ってウインクを決めた。

 だが、その瞳の奥に、るりのような、純粋な輝きはなかった。

 ただ、この巨大なブームに、便乗しようとする、冷たい、そしてどこまでも計算高い、ビジネスの光だけが宿っていた。

 彼女の周りには、同じように、二番煎じを狙う、無数のVTuberたちが、それぞれの「物語」を、演じ始めていた。

 

 ◇

 

 そして、その混沌は、ダンジョンの、その内部へと、なだれ込むように、持ち込まれた。

 かつては、静寂と、悪臭だけが支配していたはずの、あの薄暗い下水道。

 そこは、もはやダンジョンではない。

 一つの、巨大な、そしてどこまでも狂った、戦場と化していた。

 狩場の奪い合い、関連素材の高騰…。

 狭い通路で、探索者同士が肩をぶつけ合い、怒号が飛び交う。

「おい!今の、俺のネズミだろ!」

「うるせえ!早い者勝ちだ!」

 人間の、その全ての欲望が、その全ての愚かさが、その全ての、愛おしさが。

 その、薄暗い、下水道の中に、渦巻いていた。

 その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも滑稽な、新たな時代のゴールドラッシュ。

 その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも混沌とした、新時代の幕開けを。

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