ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
その日の世界の空気は、一夜にして変わった。
彼女が、72時間の死闘の果てに掴み取った、たった一つの【高貴のオーブ】。その奇跡の瞬間を切り抜いた動画は、SeekerNetのあらゆる掲示板、Xのあらゆるタイムラインを、ウイルスのように駆け巡り、人々の、その眠っていたはずの、最も原始的な欲望に火をつけた。
「D級ダンジョンで、2000万円が掘れる」
その、あまりにも甘美な、そしてどこまでも現実的な響き。
それが、この世界の、新たな時代の幕開けを告げる、ゴングだった。
◇
【SeekerNet 掲示板 - 総合雑談スレ Part. 1722】
1: 名無しの実況民A
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
祭りだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
歴史が、動いたぞ!!!!!!!!!!!!!!!
2: 名無しのゲーマー
1
乙!
ああ、見てる!るりちゃんの切り抜き!
マジで、鳥肌立った…。
最後の、あの涙。あれは、本物だ…。
3: 名無しのVファン
2
(号泣)
るりちゃん…!本当に、おめでとう…!
俺は、最初から信じてたぞ!
4: 名無しの現実主義者
3
おいおい、感動ポルノに浸ってる場合かよ。
もっと、重要なことがあるだろうが。
これは、ただの美談じゃねえ。
経済が、動いたんだよ。
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも冷徹な指摘。
それに、それまで感動に包まれていたスレッドの空気が、一瞬にして、欲望と、打算と、そして純粋な興奮が入り混じった、熱狂の渦へと叩き込まれた。
その混沌の中心へと、この世界の、理を知り尽くした、賢者たちが、降臨した。
255: ハクスラ廃人
…はっ、笑わせる。
最高のショーだったじゃねえか。
だがな、お前ら、まだこの事件の、本当のヤバさに気づいてねえ。
これはな、「ターゲットファーミング」が、初めて「金」になった瞬間なんだよ。
これまでは、ただの理論だった。好事家たちの、遊びだった。
だが、るりとかいうあの小娘が、証明しちまったんだ。
知恵と、根性さえあれば、F級のひよっこですら、A級の稼ぎを、一夜にして超えられるってな。
261: 元ギルドマン@戦士一筋
うむ。
ハクスラ廃人の言う通りだ。
そして、この発見がもたらす、経済的なインパクトは計り知れない。
これまで、価値が不安定だった【高貴のオーブ】に、「D級ダンジョンを72時間周回すれば、理論上は手に入る」という、一つの「原価」が設定されてしまった。
これは、クラフト市場の、根幹を揺るがすぞ。
268: ベテランシーカ―
ええ。
そして、何よりも重要なのは、その「再現性」です。
JOKERが成し遂げた【
るり嬢のそれは、時間と、労力をかければ、理論上は、誰にでも真似ができる。
つまり…。
その、あまりにも静かで、そしてどこまでも真理を突いた一言。
それに、スレッドの全ての住人が、息を呑んだ。
そして、そのベテランシーカ―の言葉を引き継ぐかのように。
一人の、名もなき探索者が、その魂の叫びを、スレッドへと投下した。
『――俺にも、できるかもしれないってことか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
その一言が、引き金となった。
スレッドは、爆発した。
絶望的な格差社会。その、分厚い壁の、そのど真ん中に。
一つの、小さな、しかし確かな風穴が、開けられたのだ。
その穴の向こう側から、漏れ出してくる、黄金の光。
それに、世界の、全ての持たざる者たちが、その手を伸ばし始めた。
◇
D級ダンジョン【忘れられた下水道】。
その、新宿の片隅にある、古びたマンホールの入り口。
昨日まで、その存在を知る者すら、ほとんどいなかった場所。
そこが、今、この世界で最も熱い、黄金郷(エルドラド)への、入り口となっていた。
ゲートの前には、おびただしい数の探索者たちが、まるで巡礼者のように殺到し、巨大な、そしてどこまでも混沌とした人の波を作り出していた。
その光景は、もはやただのダンジョン攻略ではない。
一つの、巨大な社会現象だった。
その、群像劇の、中に。
いくつかの、あまりにも人間的な、そしてどこまでもこの時代を象徴するかのような、魂の物語が、確かに息づいていた。
【群像劇①:F級の若者】
「すげえ…!マジで、祭りじゃん…!」
人波の、その後方で。
一人の、まだあどけなさの残る少年が、その光景に、目を輝かせていた。
彼の名は、ユウタ。18歳。
大学を休学し、このダンジョン社会に夢を賭けた、どこにでもいるF級の若者だった。
彼のインベントリには、雷帝ファンドから支給された100万円をはたいて買った、なけなしの初心者用装備と、そして昨夜、コンビニで買ったおにぎりが二つだけ。
だが、彼の心は、この世界の誰よりも、豊かだった。
「俺も、るりちゃんみたいになるんだ…!」
彼は、そう呟くと、その小さな拳を、強く握りしめた。
彼のARコンタクトレンズの視界の隅には、昨夜からずっと、
彼女の、あの涙。
あの、感謝の言葉。
その全てが、彼の、その若い魂を、これ以上ないほど、奮い立たせていた。
(俺だって…!俺だって、やれるはずだ!)
彼は、その人の波を、かき分けるようにして、前へ、前へと進んでいく。
その、あまりにも無謀な、そしてどこまでも真っ直ぐな、夢を抱いて。
【群像劇②:A級のトップランカー】
「…チッ。虫けらが、群がりおって」
その、ユウタのような若者たちの熱狂を、まるで道端の石ころでも見るかのように、冷たい瞳で見下ろしている者たちがいた。
A級上位ギルド【ヴァルハラの雷】。
その、選りすぐりの精鋭パーティだった。
彼らの身を包んでいるのは、B級のユニーク装備で固められた、神々しいまでのオーラを放つ、完璧な戦闘装束。その一体一体が、中小企業ほどの価値を持つ。
リーダー格の、巨大な戦斧を担いだ男が、その部下たちへと、無機質な命令を下した。
「いいか、お前ら。感傷に浸るな。これは、ただの『仕事』だ」
「我々の目的は、ただ一つ。この、新たに生まれた『市場』を、誰よりも早く、そして効率的に、独占すること。そのための、データ収集と、先行投資だ」
「
「「「了解」」」
彼らは、その人の波を、まるでゴミでもかき分けるかのように、強引に、そして無慈悲に、こじ開けていく。
彼らにとって、るりの奇跡など、どうでもよかった。
それは、ただの、新たな「金」を生み出すための、都合の良い情報(データ)でしかなかった。
【群像劇③:週末冒険者】
「…おいおい、マジかよ。会社、休んできたのに、これじゃあ、中に入るだけで半日かかりそうだぜ…」
その、A級たちの、あまりにも傲慢な進軍を、どこか遠い世界の出来事のように、呆然と眺めている男がいた。
サトウさん、42歳。
中小企業の、中間管理職。
そして、二人の娘を持つ、父親だった。
彼は、今朝、妻に「ちょっと、急な出張が入ってな」と、人生で初めて、心の底からの嘘をついて、この場所へとやってきた。
彼の目的は、一攫千金ではない。
来月、誕生日を迎える、妻への、プレゼント。
彼女が、ショーウィンドウの前で、いつも羨ましそうに眺めている、あの30万円の、ブランド物のバッグ。
それを、買ってやりたかった。
ただ、それだけのために。
彼は、この混沌の渦の中へと、その身を投じたのだ。
「…まあ、並ぶしかねえか」
彼は、そう言って、深く、そして重いため息をつくと、その長蛇の列の、最後尾へと、その疲れた足を向けた。
その背中は、どこまでも小さく、そしてどこまでも、頼もしかった。
【群像劇④:他のVTuber】
「はーい!皆さん、こんにちはー!世界で二番目に可愛いVTuber、キラリン・ミナミだよっ!今日は、なんと!あの、伝説が生まれたダンジョン【忘れられた下水道】から、生中継でお届けしちゃいまーす!」
その、あまりにも明るい、しかしどこか空虚な声が、ゲート前の、喧騒の中で響き渡る。
大手事務所『ナロウライブ』の、中堅VTuber、キラリン・ミナミ。
彼女は、そのあざといまでの笑顔と、計算され尽くした仕草で、カメラの向こうのファンたちに、媚を売っていた。
「ミナミも、るりさんみたいに、奇跡を起こせるかなー?みんな、応援しててねっ!」
彼女は、そう言ってウインクを決めた。
だが、その瞳の奥に、るりのような、純粋な輝きはなかった。
ただ、この巨大なブームに、便乗しようとする、冷たい、そしてどこまでも計算高い、ビジネスの光だけが宿っていた。
彼女の周りには、同じように、二番煎じを狙う、無数のVTuberたちが、それぞれの「物語」を、演じ始めていた。
◇
そして、その混沌は、ダンジョンの、その内部へと、なだれ込むように、持ち込まれた。
かつては、静寂と、悪臭だけが支配していたはずの、あの薄暗い下水道。
そこは、もはやダンジョンではない。
一つの、巨大な、そしてどこまでも狂った、戦場と化していた。
狩場の奪い合い、関連素材の高騰…。
狭い通路で、探索者同士が肩をぶつけ合い、怒号が飛び交う。
「おい!今の、俺のネズミだろ!」
「うるせえ!早い者勝ちだ!」
人間の、その全ての欲望が、その全ての愚かさが、その全ての、愛おしさが。
その、薄暗い、下水道の中に、渦巻いていた。
その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも滑稽な、新たな時代のゴールドラッシュ。
その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも混沌とした、新時代の幕開けを。