ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
その日の世界の空気は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。
ネファレム・リフト、伝説の宝石、そしてJOKERという規格外の存在。世界の探索者たちが、日進月歩で変化し続けるダンジョンの理に一喜一憂していた、まさにその裏側で。水面下では、国家という最も巨大なプレイヤーが、世界の常識そのものを根底から覆す、一枚の切り札を、静かに、そして虎視眈眈と準備していたことを、まだ誰も知らなかった。
その歴史の転換点は、アメリカ合衆国から発信された。
世界の、全ての探索者のARコンタクトレンズに、一つの、あまりにも唐突な、そしてどこまでも荘厳な通知が、ポップアップした。
それは、ヴァルキリー・キャピタルの、黄金の鷲の紋章。
そして、その下に記された、シンプルで、しかし世界の全てを揺るがすに足る、一文だった。
『――本日21時(日本時間)より、当社の専属契約探索者、ソフィア・リードの、公式デビュー配信を行います』
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
そして、爆発。
SeekerNetの、全てのサーバーが、その一瞬、悲鳴を上げた。
【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 1165】
1: 名無しの市場ウォッチャー
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
祭りだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ガチの、神々の戦争が、始まるぞ!!!!!!!!!!!!!!!
2: 名無しのゲーマー
1
乙!
うおおおおお!マジかよ!
ヴァルキリーの秘蔵っ子!ついに、ベールを脱ぐのか!
3: 名無しのビルド考察家
2
【決戦の渇き】と【持たざる者】。あの二つの神話級アーティファクトを、独占した怪物。
一体、どんな戦いを見せるんだ…。
今夜は、眠れんぞ…。
その、あまりにも巨大な期待。
それに、答えるかのように。
その日の夜21時、きっかり。
一つの、新たな伝説が、その産声を上げた。
◇
【配信タイトル:【初配信】ソフィア・リードです。はじめまして】
【配信者:ソフィア・リード@Valkyrie Capital】
【現在の視聴者数:11,241,589人】
配信が始まった瞬間、そこに映し出されていたのは、JOKERの無骨な自室でも、るりの質素なアパートでもない。
一つの、あまりにも完璧な空間だった。
壁も、床も、天井も、全てが磨き上げられた純白の大理石で作られた、広大なドーム状の部屋。窓の外には、地球の青い輝きと、無数の星々が瞬く、宇宙空間が広がっている。
ヴァルキリー・キャピタルが所有する、衛星軌道上のプライベートステーション。
その、玉座の間。
そして、その中央に、一人の少女が、静かに立っていた。
ソフィア・リード。19歳。
プラチナブロンドの美しい髪を、夜会巻きのように優雅に結い上げ、その身を包んでいるのは、戦闘服ではない。純白の、シルクのイブニングドレス。
彼女は、その1000万を超える観客の視線を、まるで当然のように受け止め、その完璧な発音の日本語で、その最初の言葉を、紡ぎ出した。
「――はじめまして。わたくしが、ソフィア・リードですわ」
その、あまりにも落ち着き払った、そしてどこまでも気高い、挨拶。
それに、コメント欄が、畏敬の念に満ちた言葉で、埋め尽くされた。
『本物のお嬢様だ…』
『格が、違う…』
ソフィアは、その反応を、楽しむように眺めていた。
そして彼女は、その日の、最初の「爆弾」を、投下した。
「本日は、わたくしのデビューに際し、皆様に、わたくしの全てを、お見せしようと思いますの」
「まずは、わたくしの魂の形。ユニークスキルから、ですわね」
彼女が、そう静かに宣言すると、彼女の背後の空間に、一つの荘厳なテキストが、ホログラムとして浮かび上がった。
名前:
レアリティ: S級ユニークスキル
効果テキスト:
このスキルを持つ者は、その魂が常に最適化された状態にある。
これにより、術者の筋力、俊敏、知性の値は、装備やパッシブスキルなど全ての計算を終えた後、その最終的な合計値が常に2倍されたものとして扱われる。
フレーバーテキスト:
師は問うた。「人の限界とは、どこにある?」
弟子は答えた。「私が、立つ場所に」
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
そして、爆発。
『は!?』
『S級!?S級の、ユニークスキルだと!?』
『能力値が、常に2倍!?なんだよ、それ!チートだろ!』
その、あまりにも当然な、そしてどこまでも熱狂的な反応。
その中心で、一人の、天才的なビルド研究家が、その真実に、たどり着いていた。
『…待て。これって…?ああ、能力値スタッキングビルド専用といえるユニークスキルだ。JOKERや、湊君がやってる、あのDEXスタッキング。あれを、神の領域へと引き上げるためだけの、究極のスキル…!』
その、あまりにも的確な分析。
それに、ソフィアは、満足げに頷いた。
「ええ、その通りですわ。そして、その力を、今からお見せいたします」
彼女が、そう言った、その瞬間。
彼女の背後の空間が、ぐにゃりと歪み、デルヴ鉱山の、あの無骨な入り口が、その姿を現した。
「デルヴ鉱山を、無双しますわ」
その宣言と共に、彼女は躊躇なく、その闇の中へと、その一歩を踏み出した。
◇
そこから始まったのは、もはや戦闘ではなかった。
ただ、一方的な、そしてどこまでも美しい「蹂躙」だった。
彼女は、そのイブニングドレスのまま、その闇の回廊を、舞うように進んでいく。
闇の中から現れる、おびただしい数のモンスターたち。
だが、その全てが、彼女の、その華奢な、しかし神の力を宿した拳の前に、塵芥と化していく。
スキル、【スマイト】。
だが、その光景は、JOKERのそれとは、全く違っていた。
彼のスマイトが、荒々しいジャズの即興演奏だったとすれば。
彼女のスマイトは、完璧に計算され尽くした、クラシックの協奏曲だった。
拳、蹴り、そして掌底。
その全てが、黄金の雷霆を纏い、そして完璧な円を描きながら、周囲のモンスターたちを、薙ぎ払っていく。
その、あまりにも圧倒的な光景。
そして、彼女は、その死の舞踏の、その合間に。
まるで、紅茶でも嗜むかのように、優雅に、そしてどこまでも冷静に、その戦況を、解説していく。
「…このエリアのモンスターの密度は、1平方メートルあたり3.2体。スマイトの最大効率範囲を考慮すれば、最適な攻撃ポイントは、あそこですわね」
その、あまりにも人間離れした、そしてどこまでも美しい蹂躙劇。
それに、1000万人の観客は、もはや言葉を失っていた。
ただ、そのあまりにも巨大な「理不尽」の前に、ひれ伏すしかなかった。
そして、その神々の舞踏の、まさにそのクライマックス。
三つの、あまりにも見慣れた、そしてどこまでも神々しい名前が、彼女のコメント欄に、同時に、その光を灯したのだ。
JOKER:
ようこそ、『持たざる者同好会』へ
アリス@オーディン:
わー!仲間ですわ!よろしくお願いします!
小鈴@青龍:
…歓迎、します
その、あまりにも唐突な、三人の「先輩」からの、歓迎の言葉。
それに、ソフィアは、その蹂躙の手を、一瞬だけ止めた。
そして、彼女の、その完璧だったはずの表情が、初めて、わずかに、人間的な、温かい色を帯びた。
彼女の口元に、小さな、しかしどこまでも美しい笑みが浮かんだ。
「ええ、ありがとうございます、先輩方。光栄ですわ」
彼女は、そう言うと、その場の全てのモンスターを、最後の一撃で浄化した。
そして、彼女は続けた。
その声には、新たな物語の始まりを告げる、女王の響きがあった。
「ぜひ、今度の会合には、わたくしもお呼びくださいませ」
その日、世界の探索者たちは、本当の「神」の誕生を、その目に焼き付けることになった。
そして、その神が、一人ではない。
四人いるという、あまりにも絶望的で、そしてどこまでも面白い、その真実を。