ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

478 / 490
第462話

 その日の世界の空気は、二人の少女が奏でる、あまりにも美しく、そしてどこまでも熾烈な「円舞曲」に、完全に支配されていた。

【アルトリウス挑戦レース】。

 配信開始から5時間が経過。世界の、1000万を超える観客たちは、もはや食事も、睡眠も忘れ、ただその神々の領域の戦いを、固唾を飲んで見守っていた。

 JOKERの配信画面には、二つの、あまりにも対照的な死闘が、映し出されている。

 右には、無限の命を武器に、嵐のように猛攻を仕掛ける、白のアリス。

 左には、ただ一つの命で、完璧な守りを追求する、黒の小鈴。

 その、どちらが先に、あの深淵の騎士の心臓を穿つのか。

 世界の、全ての視線が、その一点へと注がれていた。

 

 ◇

 

 JOKERの神々の観戦席。

 配信開始から、すでに数時間が経過していた。テーブルの上には、空になったエナジードリンクの缶と、高級な菓子が、無造作に散らばっている。だが、その場の三人の怪物は、そのどれにも、一切手を付けようとはしなかった。

 彼らの意識は、完全に、モニターの中の、二つの世界に没入していた。

 

「…凄い」

 最初に、その沈黙を破ったのは、湊だった。

 彼の、その大きな瞳は、憧憬と、そして畏敬の念に、キラキラと輝いている。

「二人とも、もうアルトリウスの第二形態…あの二刀流の猛攻に、完全に適応しています。僕が、あれだけ苦戦したのに…」

「ええ」

 ソフィアが、その完璧な姿勢を一切崩さずに、静かに頷いた。

「小鈴様の方は、もはや芸術の域ですわね。あの予測不能な連撃の、全ての軌道を読み切り、最小限の動きでいなし続けている。ですが…」

 彼女は、その視線を、もう一つの画面へと向けた。

「アリス様の方も、驚異的ですわ。彼女は、読んでいない。ただ、その全てを受け入れ、そして死ぬことで、確実にダメージを蓄積させている。どちらが正しいというわけではない。ただ、あまりにも美しい、二つの『解』ですわね」

 

 その、あまりにも的確な分析。

 それに、JOK-ERが、そのロックグラスに残っていた最後の一滴を、静かに飲み干した。

 そして、彼は言った。

 その声は、どこまでも楽しそうだった。

「ああ。だがな、お嬢ちゃん。お前らは、まだこのショーの、本当の面白さに気づいてねえ」

「と、言いますと?」

「見てな。そろそろ、始まるぜ。本当の、地獄がな」

 

 その、JOKERの予言と同時に。

 二つの画面の中で、戦況が、大きく動いた。

 アリスと小鈴。二人の天才が、ほぼ同時に、あの絶望の壁…HP残り2割のラインへと、到達したのだ。

 だんだん安定して7割削れるようになり、そして8割までたどりつく。

 

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

 アルトリウスが、咆哮を上げた。

 彼の、その空虚だったはずの眼窩が、これまでにないほどの、憎悪の赤い光を放った。

 そして、その巨体から、おびただしい量の黒い深淵のオーラが、噴き出し始める。

 最終形態。

 これまでとは比較にならない速度と手数で襲いかかる、純粋な、そしてどこまでも予測不能な、暴力の嵐。

 それに、二人の天才が、同時に、その牙を剥かれた。

 アリスは、その嵐に飲み込まれ、蘇生しては殺され、蘇生しては殺されを、繰り返す。

 小鈴もまた、その完璧だったはずの舞を、完全に崩され、防戦一方へと追い込まれていく。

 

「――ここからだ」

 JOKERが、その瞳を、ギラリと光らせた。

「ここから、どちらが先に、相手の心を折るか。本当の、勝負だ」

 

 ◇

 

 配信開始から、8時間が経過していた。

 世界の、時間は、止まった。

 アリスと小鈴。二人の少女は、その地獄の猛攻の中で、ついに、その最後の領域へと、その足を踏み入れていた。

 アルトリウスのHPは、残り1割。

 そして9割削り、8時間経過してついに倒す。

 あと、ほんの数撃。

 だが、その数撃が、あまりにも、遠い。

 

「はぁ…っ、はぁ…っ…!」

 アリスの、その可憐な肩が、激しく上下していた。

 彼女は、この1時間で、すでに100回以上、その命を散らしていた。

 だが、その瞳の光は、一切消えてはいなかった。

「…もう、少し…!です、わ…!」

 彼女は、その震える足で、再び大地を蹴った。

 

「…………」

 小鈴もまた、限界だった。

 彼女の、その完璧だったはずの体捌きは、もはやない。

 その身には、無数の切り傷が走り、その純白だったはずの拳法着は、彼女自身の血で、赤く染まっていた。

 だが、彼女もまた、その足を、止めてはいなかった。

 その瞳には、ただ一点。

 アルトリウスの、その心臓だけを、捉えていた。

 

 そして、運命の瞬間は、訪れた。

 ほぼ同時に倒した。

 小鈴が、アルトリウスの、その最後の大振りの一撃を、紙一重で見切り、そのがら空きになった懐へと、渾身の、そして最後の一撃を、叩き込もうとした、まさにその瞬間。

 アリスもまた、アルトリウスの、その死角から、自らの命を燃やし尽くすかのような、最後のスマイトを、放っていた。

 だが。

 アリスの拳が、アルトリウスに届く、そのコンマ数秒前。

 騎士の、カウンターの闇の剣が、彼女の、その心臓を、無慈悲に貫いた。

 アリスのHPが、0になる。

 そして、彼女のS級ユニークスキル【予備心臓(よびしんぞう)】が、発動した。

 その、復活の、僅かな、僅かな硬直時間。

 その、0.5秒にも満たない、絶対的な時間の狭間。

 それに、小鈴の、その静かなる拳が、滑り込んだ。

 

 ズッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 これまでとは、比較にならない凄まじい破壊音。

 アルトリウスの、その鋼鉄の肉体を形成していた魔力の奔流が、制御を失い、内側から暴走を始める。

 彼の、その禍々しい鎧が、内側からの光によって、ひび割れていく。

 そして、その巨大な体は、ゆっくりとその場に崩れ落ち、そして満足げな光の粒子となって、消滅していった。

 その、コンマ数秒後。

 復活したアリスの拳が、その、すでに虚空となった空間を、虚しく殴りつけた。

 静寂。

 そして、システムログに、無慈悲な、しかしどこまでも美しい、勝敗の記録が、刻み込まれた。

 

深淵(しんえん)騎士(きし)アルトリウス、討伐完了】

【討伐者:(りゅう) 小鈴(シャオリン)

【討伐タイム:8時間3分12秒】

 

深淵(しんえん)騎士(きし)アルトリウス、討伐完了】

【討伐者:アリス】

【討伐タイム:8時間3分13秒】

 

 僅かな僅差で、小鈴が勝利する。

 

 ◇

 

「…終わったな」

 JOKERが、その手に残っていた、氷の溶けたバーボンを、一気に飲み干した。

「勝者は、小鈴。タイムは、俺の半分以下、か。…たいしたもんだ」

 彼の、その素直な賞賛。

 それに、ソフィアと湊も、その興奮冷めやらぬ様子で、頷いていた。

 

 そして、その祝福の、まさにその中心で。

 二人の少女の、その足元に、神々の、祝福の光が、降り注いだ。

 アリスのドロップは、(たましい)昇天(しょうてん)

 JOKERが、かつて手に入れた、あのソウルイーターの籠手。

 そして、小鈴のドロップ。

 それは、一つの、あまりにも禍々しい、そしてどこまでも美しい、スタッズベルトだった。

 

 マグネイト

 スタッズベルト

 要求レベル: 16

 敵に与えるスタン効果時間が30%増加

 俊敏 +50

 全ての元素耐性 +25%

 フラスコチャージの獲得量が50%増加

 俊敏が200以上ある場合、100%の確率でダメージが2倍になる

 俊敏が400以上ある場合、50%の確率でダメージが3倍になる

 俊敏が600以上ある場合、25%の確率でダメージが4倍になる

 俊敏が800以上ある場合、10%の確率でダメージが5倍になる

 

 フレーバーテキスト:

 

 王は鉄の力で国を奪い、

 英雄は炎の魔法で竜を屠った。

 

 だが、真の支配者は、そのどちらでもない。

 彼はただ、好機という一点に、

 全ての富と、全ての魂を、注ぎ込む。

 

 その、あまりにも暴力的なまでの、性能の羅列。

 それに、神々の観戦席にいた、三人の怪物が、同時に、その息を呑んだ。

「…なんだ、これは…」

 湊の、その震える声。

「…DEX800で、10%の確率で、5倍ダメージ…?正気ではありませんわね…」

 ソフィアの、その冷静な分析。

 そして、JOKERの、その心の底からの、楽しそうな、哄笑。

「…はっ!面白い!最高の、おもちゃじゃねえか!」

 

 その熱狂は、すぐに、世界の、全ての探索者の元へと、届けられた。

 コメント欄は、アルトリウス打倒の2号、3号誕生に湧く。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』

『やった!やったんだ!』

『JOKERだけじゃなかった!人類は、まだ先に進めるんだ!』

『そして、なんだよ、あのベルトは!化け物かよ!』

 

 その日、世界の探索者たちは、本当の「希望」の意味を、その目に焼き付けることになった。

 それは、一人の絶対的な英雄の背中を、ただ追いかけることではない。

 次々と現れる、新たな星々。

 その、無数の輝きが、互いに競い合い、そして高め合う、その様そのものなのだと。

 世界の、本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。