ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物 作:パラレル・ゲーマー
東京、霞が関。文部科学省、第一記者会見室。
その空気は、異様なほどの熱気と、そして張り詰めた緊張感に支配されていた。
集まった、数百人の報道陣。彼らの視線は、ただ一点。演台の上に立つ、一人の男へと注がれていた。
現職の文部科学大臣、その人である。
普段は、教育改革や、文化振興といった、どこか穏やかなテーマについて語るはずの彼が、今日この場に、国際公式ギルドの腕章を付けた職員を伴って現れた。
その事実だけで、これから語られる内容が、ただ事ではないことを、物語っていた。
無数のカメラのフラッシュが、嵐のように焚かれる。
大臣は、その光の奔流を、その老いた、しかし揺るぎない瞳で、静かに受け止めていた。
そして、彼はその重い口を、ゆっくりと開いた。
「――皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
彼の、その静かな声が、マイクを通じて、日本中、いや、世界中へと届けられる。
「本日、ここに、我が国の、そして世界の、未来の教育に関わる、一つの重大な決定を発表させていただきます」
彼は、そこで一度言葉を切ると、その背後に設置された巨大なモニターに、視線を向けた。
そこに映し出されたのは、一枚の、あまりにも見慣れた、しかしどこまでも非現実的な、ダンジョンゲートの写真だった。
「ダンジョンが出現してから、10年以上が経過しました。かつて、未知の脅威であったそれは、今や我々の社会を支える、必要不可欠なインフラの一部となっています。
「しかし」
彼の声のトーンが、変わった。
「その一方で、我々は見過ごすことのできない、一つの課題にも直面しています。それは、若者たちの、ダンジョンへの、無秩序で、そして危険な関心です」
「ならば、我々大人が、教育者が、為すべきことは何か。それは、禁止することでも、目を背けることでもない。彼らに、正しい知識と、安全な環境を与え、その情熱を、より良い未来へと導くことではないでしょうか」
彼は、再び、その視線を、カメラの向こうの、世界の全てへと向けた。
そして彼は、その歴史的な、そしてどこまでも未来志向な、宣言を、告げた。
「本日、文部科学省は、国際公式ギルドとの全面的な連携の下、来月より、試験的に、全国の高等学校における**『ダンジョン探索部』**の設立を、正式な部活動として認可することを、ここに決定いたしました」
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
会見場にいた、百戦錬磨の記者たちですら、その言葉の意味を、一瞬、理解することができなかった。
そして、その静寂を破ったのは、絶叫だった。
『なんだと!?』
『来月から!?早すぎる!』
『正気か!?』
その、あまりにも巨大な、そしてどこまでも常識外れの「決定」。
その熱狂が冷めやらぬうちに、大臣は質疑応答へと移った。一人の記者が、勢いよく手を挙げる。
「大臣!部活動となれば、当然、装備や初期費用が必要となります!その点について、経済的な格差が生まれるのでは?」
その、あまりにも的確な問い。それに、大臣は、待っていましたとばかりに、頷いた。
「ご質問、ありがとうございます。その点についても、雷帝ファンド側と協議済みです。部活動に参加する生徒には、**保護者の同意書を提出することを条件に、雷帝ファンドから支給される100万円の初期資金の利用が認められます。**これにより、経済的な格差なく、全ての生徒が安全なスタートラインに立てるよう配慮しております」
その、あまりにも周到な、そしてどこまでも本気の「答え」。
それが、この決定が、ただの思いつきではない、国家レベルの巨大なプロジェクトであることを、何よりも雄弁に物語っていた。
世界の、新たな時代の始まりを告げる、号砲となった。
◇
そのニュースは、瞬く間にSeekerNetの全ての掲示板へと、燎原の火のように燃え広がった。
【SeekerNet 掲示板 - 総合雑談スレ Part. 1730】
1: 名無しの実況民A
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
祭りだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
歴史が、動いたぞ!!!!!!!!!!!!!!!
俺たちの、日常が、変わるぞ!!!!!!!!!!!!!!!
2: 名無しの高校生
来月から!?マジかよ!マジかよ!マジかよ!
俺の、あのクソ田舎の高校にも、ダンジョン部、できるのか!?
明日、速攻で、設立届、出してくる!!!!!!!!!!!!!
3: 名無しのゲーマー
2
落ち着けwww
それより、親の説得が先だろwww
「保護者の同意書」っていう、最大の壁がwww
4: 名無しの保護者
3
そうよ!そうなのよ!
うちの子、さっきから「部活入る!100万円もらう!」って大騒ぎしてるけど、そんな簡単にハンコ押せるわけないでしょ!
でも、ギルド公認の指導員がつくのよねぇ…。装備も安全なものなんでしょ…?うーん…!
5: 名無しの週末冒険者
4
お母さん、これはチャンスですよ!
俺たちみたいな、週末冒険者が、どうやってダンジョンの知識を得てると思ってるんですか?全部、SeekerNetの、真偽不明の情報と、あとは自分の体で覚えるしかないんですよ!
それを、学校で、安全に、体系的に学べるなんて、最高の環境じゃないですか!
俺が、高校生の頃に、こんな部活があったらなぁ…!
6: ハクスラ廃人
チッ。
学生が、お遊びでダンジョンか。
まあ、F級なら、安全だろうがな。
雷帝ファンドの件も、悪くない。これで、市場に初心者が増えるのは、良いことだ。低級素材の値段も、安定するだろうしな。
だが、勘違いするなよ、ひよっこども。
ダンジョンは、部活じゃねえ。
戦争だ。
その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも多様な、反応の数々。
期待、不安、歓迎、そして、ほんの少しの、嫉妬。
その全てが、この「決定」が、いかに巨大で、そしていかに、人々の日常に根差したものであったかを、物語っていた。
◇
東京都立、神代高等学校。
その、どこにでもあるありふれた高校の、その一室。
放課後の、夕暮れの光が差し込む、誰もいない教室で。
一人の少年が、そのホログラムのニュース映像を、食い入るように見つめていた。
彼の名は、佐々木健太。高校二年生。
彼の、その平凡な日常は、今日、終わりを告げた。
「…すげえ…」
彼の、その震える声。
彼の脳裏には、一つの、あまりにも眩しい光景が、浮かび上がっていた。
JOKER、アリス、小鈴、そしてソフィア。
神々の領域で、世界の理と戦う、あの英雄たちの姿。
(…俺も)
(俺も、あんな風に、なれるかもしれないのか…?)
彼の、その胸の奥で、これまで燻り続けていた、小さな、しかし決して消えることのなかった炎が、ごう、と音を立てて燃え上がった。
彼は、その場から駆け出した。
向かう先は、職員室ではない。
まず、家に帰らなければ。
そして、人生で最も困難な、しかし最も重要な「交渉」を、クリアしなければならない。
彼の、その手の中には、まだ何も書かれていない、まっさらな、設立届と、そして保護者同意書の、データが、確かに握りしめられていた。
◇
日米合同冒険者高等学校、学生寮。
その、あまりにも豪華な、そしてどこまでも未来的なラウンジで。
神崎美咲と、桜潮静もまた、その歴史的なニュースを、その目に焼き付けていた。
「…すごいね、静ちゃん」
美咲の、その声には、純粋な驚きと、そしてほんの少しの、戸惑いが滲んでいた。
「うん。すごい」
静もまた、その大きな瞳を、わずかに見開きながら、静かに頷いた。
「私たちが、命懸けでやってることが、普通の学校の、部活動になるなんて…。なんだか、不思議な感じ」
「…うん。でも、良いこと、だと、思う」
静は、そう言って、その視線を、ニュース映像の中で、嬉しそうにインタビューに答えている、同年代の少年少女たちへと向けた。
「これからは、もっとたくさんの人が、ダンジョンの、本当の面白さを、知ることができる。それは、きっと、良いこと」
その、あまりにも優等生な、そしてどこまでも彼女らしい、結論。
それに、美咲もまた、最高の笑顔で、頷いた。
「うん!そうだね!私達も、負けてられないね!」
彼女たちの、その瞳には、未来への、確かな光が宿っていた。
自分たちが、この新たな時代の、「目標」となり、「道標」となるのだという、静かな、しかしどこまでも力強い、覚悟の光が。
◇
そして、その頃。
西新宿のタワーマンション、その最上階。
JOKERは、そのARウィンドウに映し出された、文部科学大臣の、そのあまりにも真面目腐った会見の映像を、ただ退屈そうに、眺めていた。
彼の、その足元では、九尾の狐が、退屈そうに欠伸をしている。
「…はっ」
彼は、その鼻で、笑った。
そして、その配信画面の向こうの、1600万人の観客たちに、聞こえるように、呟いた。
その声は、どこまでも、彼らしかった。
「――部活動ごっこ、か。面白い。せいぜい、ゴブリンに泣かされないようにな」
その、あまりにも不遜な、そしてどこまでも世界の中心にいる男の一言。
それが、この新たな時代の、本当の幕開けを告げる、ファンファーレとなったのかもしれない。
世界の、全ての若者たちが、その手の中に、ダンジョンへの「挑戦権」という名の、新たなカードを手に入れたのだ。
その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも滑稽な、新時代の、幕開けだった。