ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第472話

 神々の闘技場に、絶望的な宣告が響き渡った。

 20分。

 それがこの狂った世界の理(ルール)が、四人の挑戦者に与えた、あまりにも短く、そしてどこまでも絶対的な制限時間。

 その事実を突きつけられた四人の天才たちの表情は、しかし、絶望に染まってはいなかった。

 JOKERの口元には、獰猛な笑みが浮かんでいた。

 ソフィアの瞳には、複雑な方程式を解き明かした数学者のような、静かな興奮が宿っていた。

 アリスと小鈴は、ただ黙って、しかしその全身から、不屈の闘志を迸らせていた。

 

「――面白い。面白いじゃねえか」

 JOKERのその静かな、しかしどこまでも力強い声が、四人のヘッドセットに響き渡る。

「ただの殴り合いじゃねえ。最高のタイムアタックだ。燃えてきたぜ」

 彼はそう言うと、この地獄の舞台における最初の、そして最も重要な指揮を執った。

「今までの攻撃をフェーズ1とする。ビーム、スラム、三連魔法弾、そして追尾弾。各自、対応を覚えろ!」

 

 その言葉を肯定するかのように、シェイパーのローブの影から、再びあの禍々しい紫色の球体…ヴォラタイルアノマリーが生まれ出た。それは、ゆっくりと、しかし確実に、最も近くにいたアリスへと、その死の追跡を開始する。

 アリスは、眉一つ動かさない。ただその小さな体で、完璧な円を描くように、闘技場の外周を走り始めた。彼女の動きには、一切の無駄がない。ただ、その球体を最も安全で、そして最も効率的な場所へと誘導するためだけに。

 

「――よし、良い判断だ、アリス!」

 JOKERの声が飛ぶ。

「だが、そのまま新しい床を潰させるな!こっちだ!」

 JOKERが叫んだ。彼は自らの立ち位置を、先ほどヴォラタイルアノマリーが作り出した最初のダメージフィールドの、そのすぐ隣へと移動させていた。

「ヴォラタイルアノマリーは、既にダメージフィールドがある場所にいき、わざと当たれ!これで時間稼ぎ出来る!」

 そのあまりにも常軌を逸した、そしてどこまでも天才的な発想。

 それに、アリスと、そしてこの戦いを見守っていた1000万の観客が息を呑んだ。

 アリスは、即座にその意図を理解した。彼女は、その追尾弾を引き連れたまま、JOKERの元へと一直線に駆け抜ける。そして、JOKERが作り出したわずか数センチの隙間をすり抜け、その背後でヴォラタイルアノマリーを、既存のダメージフィールドのそのど真ん中で炸裂させたのだ。

 

「なるほど…ダメージフィールドを、できるだけ少ない面積で受けて時間稼ぎする戦術か…一瞬の間に判断したのね…流石、JOKER!」

 ソフィアが、その完璧な表情をわずかに感嘆の色に染めた。

 JOKERのその神がかった指揮能力。それは、この絶望的なテーブルに、確かに一つの「勝ち筋」を描き出し始めていた。

 四人は、そのJOKERのタクトの下で、完璧な舞踏を再び始めた。

 シェイパーが放つビームとスラムの嵐。その全てを、彼らは最小限の動きでいなし、そしてそのコンマ数秒の隙間に、確実な反撃を叩き込んでいく。

 ダメージフィールドは、少しずつ、しかし確実にその面積を最小限に抑えられながら、闘技場の片隅へと追いやられていく。

 四人のHPバーは、常に危険な領域を上下していたが、決してゼロにはならない。

 そして、シェイパーのその禍々しいHPバーだけが、ゆっくりと、しかし確実にその輝きを失っていった。

 8割、7割、6割…。

 よし、よし、順調だな…!

 JOKERのその心の中に、ほんのわずかな、しかし確かな手応えが生まれた、まさにその時だった。

 

 シェイパーのその動きが、ぴたりと止まった。

 そして、そのローブの影の奥で、星雲のように渦巻いていた光が、これまでにないほどの憎悪の輝きを放った。

 そして、四人の魂に、直接その絶対的な王者の声が響き渡った。

 

『――エグザイル!では、これはどうかな?』

 

 その言葉を合図にしたかのように。

 シェイパーの姿が、その場から掻き消えるように消えた。

 そして、次の瞬間。

 闘技場の四方の壁際。その四つの異なる場所に、同時に彼の姿が現れたのだ。

 いや、違う。

 三体は幻影。そして、一体だけが本物。

 そのあまりにも理不尽な、そしてどこまでも悪意に満ちた、新たなゲームの始まり。

 そして、その四体のシェイパーが、そのローブの下の腕を、同時に天へと掲げた。

 その指先から、無数の紫色の魔法弾が生まれ始めた。

 そしてそれらは、まるで意志を持っているかのように、四人の挑戦者たちへと、雨のように降り注ぎ始めたのだ。

 

 瞬く間に、フィールドが弾幕で埋め尽くされる。

 それはもはや、ただの魔法ではない。

 一つの、完璧に計算され尽くした死の弾幕(カーテン)だった。

 弾丸は、ただ真っ直ぐ飛ぶのではない。互いの軌道を予測し、補い合い、そして挑戦者たちの全ての逃げ道を、完璧に塞ぐようにその軌道を変えていく。

 

「まずい!カスると大ダメージを食らうぞ!この感じ、一撃で9割は持って行く強さだ!各自、避けるのを専念しろ!」

 JOKERのその絶叫に近い警告が、三人のヘッドセットに響き渡る。

 だが、その言葉はもはや不要だった。

 彼らは、その肌で理解していた。

 この弾幕は、これまでとは次元が違うと。

 

「きゃっ!」

 アリスのその可憐な悲鳴が響き渡る。

 彼女のその神速のステップですら、この飽和攻撃を完全には捌ききれない。彼女の肩を、一つの魔法弾が掠める。

 HPバーが、一瞬で1割にまで蒸発した。

「――喝ッ!」

 小鈴が、その小さな体でアリスの前に立ちはだかる。彼女のその金剛の肉体が、降り注ぐ死の雨を、その身一つで受け止める。だが、その衝撃は、彼女のS級ユニークスキルをもってしても、完全には殺しきれない。彼女の口の端から、一筋の赤い血が流れた。

「…っ!ギリギリですわ!」

 ソフィアもまた、その完璧な回避行動の、その限界に直面していた。

 JOKERは、その地獄絵図のその中心で、ただ歯を食いしばっていた。

(クソッ!これがフェーズ2かよ!)

 

 そして、その死の弾幕が、ぴったり10秒で止んだ。

 だが、彼らに安堵のため息をつく暇は与えられなかった。

 四体のシェイパーが、再びその姿を一つに戻す。

 そして、その本物が、その両の手のひらを、再びその胸の前で合わせた。

 極太ビーム。

 フェーズ1のあの悪夢が、再び。

 

「ビームだ!避けろ!」

 JOKERが叫ぶ。

 四人は、その最後の力を振り絞り、その死の光の奔流から、その身を躍らせた。

 だが、その間にも。

 常にヴォラタイルアノマリーで、フィールドが削れていく。

 闘技場の安全地帯は、もはや最初の半分以下にまで、その面積を狭めていた。

 

「…はぁ…はぁ…」

 JOKERのその荒い息遣い。

 ダメージは与えて、削る事も出来ているが、色々きつくなってくる。

 HPも、フラスコも、そして何よりも集中力が、限界に近かった。

 そして、彼は理解してしまった。

 この地獄のローテーション。

 弾幕、そしてビーム。

 これを、あと何回繰り返せばいいのか。

 そして、その度に、自分たちの立つ場所が、少しずつ、しかし確実に失われていく。

 そのあまりにも絶望的な未来の絵図を。

 

(…まずいな。このままじゃジリ貧だ)

 

 彼のその魂の奥深くで。

 一つの冷たい、そしてどこまでも確実な敗北の予感が、その鎌首をもたげ始めていた。

 だが、彼は決してその絶望を、仲間たちには見せなかった。

 彼は、そのARカメラの向こうの、1000万人の観客たちにも見せなかった。

 彼は、ただその口元に、最高の、そして最も不遜な笑みを浮かべて言った。

 その声は、震えていた。

 だが、それは恐怖からではない。

 抑えきれない、武者震いからだった。

 

「――面白い。面白いじゃねえか」

「ここからが、本当のショーだろ?」

 

 彼の新たな、そして最も美しい死の舞踏が、今、始まろうとしていた。

 そのあまりにも壮大で、そしてどこまでも狂った神々への挑戦。

 その幕開けを、世界の全てが、ただ固唾を飲んで見守っていた。

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