ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第63話

 神崎隼人は、C級ダンジョン【忘れられた闘技場】のその異質な空気の中を、慎重に歩みを進めていた。

 先ほどの最初の戦闘。

【ゴブリン・グラディエーター】。

 その一体を倒すだけで、彼は自らの攻撃が初めて完全に「回避」されるという屈辱と、そしてこのC級という新たなテーブルの洗礼を受けた。

 精度。

 その重要性を肌で理解し、彼は常に【精度のオーラ】を展開させながら、闘技場のさらに奥深くへと進んでいく。

 彼の心に、もはや慢心はない。

 あるのは、ただこの未知の戦場に対する最大限の警戒と、そしてそれを乗り越えんとするギャンブラーとしての、静かな闘志だけだった。

 

 彼が次にたどり着いたのは、先ほどのアリーナよりもさらに広大な、円形の広間だった。

 壁には無数の武器が飾られ、床には血と砂が乾いてこびりついている。おそらく、ここはかつて剣闘士たちがその命を賭けて戦った、メインアリーナだったのだろう。

 そして、彼がその広間の中央に足を踏み入れた、その瞬間。

 彼の前後二つのゲートが同時に開き、そこから二体のモンスターがその姿を現した。

【ゴブリン・グラディエーター】。

 二体。

 

 だが、その二体は全く違う役割を担っていた。

 一体は、前回彼が戦った個体と同じく、鋭利なショートソードと頑丈そうな円形の盾を構えた前衛。

 そしてもう一体は、その背後、隼人から最も遠い位置に陣取り、その手には黒く光る強靭なショートボウを構えている後衛。

 その完璧な布陣。

 それは、彼らがただのモンスターではなく、明確な戦術思想を持った「軍隊」であることを物語っていた。

 

『うわ、また出たぞグラディエーター!』

『しかも今度は二体!前衛と後衛の完璧なコンビじゃねえか!』

『C級はこれが普通なのか…。こんなの、ソロでどう相手しろってんだよ…』

 

 コメント欄が、その絶望的な光景に悲鳴を上げる。

 隼人もまた、そのあまりのいやらしさに、思わず舌打ちした。

 だが、彼は退かない。

 このパズルを、どう解くか。

 彼の脳内で、高速のシミュレーションが開始された。

 

「――まずは、前衛からだ」

 隼人は、セオリー通り、最も手前にいる盾持ちのグラディエーターへとターゲットを定める。

 彼は地面を蹴り、【憎悪の残響】が放つ青黒い冷気のオーラをその身に纏いながら、突撃していった。

 グラディエーターもまた、その侵入者を迎え撃つべく、盾を構え、剣を振るう。

 キィン、という金属音。

 隼人の長剣と、ゴブリンの盾が激しく火花を散らす。

 C級のエリートモンスター。その動きは、D級のそれとは比較にならないほど洗練されている。

 だが、一対一であれば、今の隼人の敵ではない。

 彼が【無限斬撃】の連撃でグラディエーターの体勢を崩し、そのがら空きになった胴体へととどめの一撃を叩き込もうとした、その瞬間だった。

 

 ヒュッ、という鋭い風切り音。

 彼のギャンブラーとしての直感が、警告を発する。

 彼は、咄嗟にその場から飛び退いた。

 彼が元いた場所の床に、一本の矢が深々と突き刺さる。

 後方のスナイパーからの狙撃。

 あまりにも的確なタイミングでの、援護射撃だった。

 その一射で、隼人の攻撃は完全に中断させられてしまう。

 

『うわ、今の危なかったな!』

『完全に連携してるぞ、こいつら!』

『前衛を攻撃すると後衛が撃ってくる。後衛を狙うと前衛が邪魔をする。完璧なコンビネーションだ…』

 

 その通りだった。

 隼人は、何度か攻撃を試みる。

 だがその度に、二体のゴブリンは完璧な連携で彼の攻撃をいなし、分断し、そして逆に有効打を与える隙を与えない。

 前衛のグラディエーターは、決して深追いはしない。ただひたすらに、隼人の足を止め、時間を稼ぐことに徹している。

 そして、その稼いだ時間で、後方のスナイパーが、じわじわと、しかし確実に隼人のHPを削り取っていく。

 そのあまりにもクレバーで、そしていやらしい戦術。

 

「…クソがっ!」

 隼人は、悪態を吐いた。

 このままではジリ貧だ。

 彼のHPバーは、すでに何度かの被弾で、半分近くまで削られていた。

 そして、そのHPが50%を切った、その瞬間。

 

 彼の体に装備された一つのユニークな盾…**【背水の防壁】**が、その真の力を発動させた。

 彼の全身から、これまでのリジェネとは比較にならないほどの、力強い生命のオーラが溢れ出す。

 毎秒100を超える、圧倒的なHP自動回復。

 彼の赤いHPバーは、みるみるうちにその輝きを取り戻し、全快へと向かっていく。

 

『おおおおお!背水の防壁発動!』

『リジェネ量ヤバすぎる!秒間100超えかよ!』

『これならまだ戦える!押し返せ、JOKER!』

 

 視聴者たちが、歓喜の声を上げる。

 そうだ、これこそが俺の保険。

 この圧倒的な回復能力があるからこそ、俺は次の一手、ハイリスクなギャンブルに出ることができる。

 

(こういう時は…)

 彼は思う。

(小細工は終わりだ。こっちも大技で、テーブルごとひっくり返すしかねえ)

 

 隼人は一度、大きく距離を取った。

 そして、自らの状況を冷静に分析する。

 この完璧な連携を、打ち破るにはどうすればいい?

 二体を、同時に無力化する必要がある。

 彼の脳裏に、一つの答えが浮かび上がっていた。

【必殺技】衝撃波の一撃(ショックウェーブ・ストライク)。あれなら、二体を同時に巻き込み、そして気絶させることができるかもしれない。

 

 だが問題は、どうやって二体を射線上に捉えるかだ。

 グラディエーターは、常にスナイパーを庇うように立ち回っている。

 彼の思考が、高速で回転する。

 そして彼は、一つの大胆な、そしてあまりにもJOKERらしい「解法」を見つけ出した。

 

 彼は、動いた。

 ターゲットは、後方のスナイパー。

 彼は、一直線にスナイパーへと突撃していく。

 当然、前衛のグラディエーターが、その進路を塞ぐように立ちはだかる。

 だが、それこそが隼人の狙いだった。

 

 彼は、グラディエーターが盾を構えたそのまさに目の前で、急停止した。

 そして彼は、そのありったけの魔力と体重と、そして魂を込めて、無銘の長剣を地面に叩きつけた。

 敵にではない。

 ただひたすらに、硬い大理石の床に。

 

【必殺技】衝撃波の一撃(ショックウェーブ・ストライク)発動。

 

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 

 凄まじい轟音と共に、闘技場の石の床が砕け散る。

 そして、そこから放たれた半透明の力の衝撃波が、二体のゴブリンを同時に飲み込んだ。

 目の前のグラディエーターは盾ごと吹き飛ばされ、後方のスナイパーは、その衝撃になすすべもなく体勢を崩す。

 気絶効果により、二体の動きが完全に止まった。

 

 その絶対的な好機。

 隼人は、そこに嵐のような連撃を叩き込んだ。

【通常技】無限斬撃(インフィニット・スラッシュ)。

 もはやそれは、MPを気にする必要のない、純粋な暴力の嵐。

 脆弱の呪いを受け、その防御力を失った二体のゴブリンに、彼の長剣が何度も、何度も深々と突き刺さり、その存在を削り取っていく。

 ザク、ザク、ザク、ザクッ!

 

 やがて二体のゴブリンは、その体を支えきれず、ゆっくりとその場に崩れ落ち、ひときわ強い光を放ちながら消滅した。

 

 静寂が戻る。

 隼人は、荒い息を整えながら、勝利を噛しめていた。

 彼は、MP回復のためにベルトに差した【マナフラスコ】を、一度呷った。

 そして、ARカメラの向こうの観客たちに語りかける。

 

「…なるほどな」

 

 コメント欄には、彼の見事な逆転劇に、賞賛の声が溢れていた。

 

『すげええええ!あの状況から勝つのかよ!』

『地面に叩きつけて衝撃波でまとめてスタンさせるとか、発想が天才のそれ』

『C級の連携攻撃はマジでいやらしいよな…。PTだったら、タンクが前衛を引きつけて、アサシンが後衛を潰すって、分担して処理するんだけどね』

 

 パーティ専門の視聴者の、その的確なコメント。

 それが、隼人の心に深く突き刺さった。

 そうだ、パーティならもっと簡単に勝てたはずだ。

 俺は、たった一人でその全ての役割をこなさなければならない。

 

 彼は、自らの戦いを振り返る。

 そして、静かに呟いた。

「これからは、ただ殴るだけじゃダメだ。戦術も、考える必要があるってことか」

 

 C級という新たなステージ。

 それは彼に、新たな、そしてより高度な「ゲーム」を要求していた。

 彼のギャンブラーとしての、そしてゲーマーとしての本当の戦いは、まだ始まったばかりなのだ。

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