ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第68話

 C級ダンジョン【忘れられた闘技場】。

 その血と砂にまみれたアリーナは、もはや神崎隼人にとって、忌まわしき敗北の記憶を刻まれた場所ではなかった。

 そこは、自らが編み出した「黄金パターン」を試すための最高の実験場。そして、彼の圧倒的な成長を数万人の観客に見せつけるための、華やかなショーの舞台へと変貌していた。

 

 彼の進軍を阻むものは、もはや何もなかった。

 アリーナを抜け、闘技場の内部通路へと足を踏み入れる。そこは、かつて剣闘士たちが血と汗を流したであろう、薄暗く入り組んだ迷宮。物陰や通路の曲がり角から、ゴブリン・グラディエーターたちが次々とその姿を現す。

 ある時は、盾持ちの前衛が二体同時に、通路を塞ぐように立ちはだかる。以前の彼であれば、その重圧に一瞬、足を止めていたかもしれない。だが、今の彼は違う。

「――邪魔だ」

 ただ短く、そう呟くだけ。

 彼は、その二つの盾が作り出すわずかな隙間へと、躊躇なく【スペクトラル・スロー】を投げ込む。霊体の剣は壁を跳ね返り、一体の背後へと回り込み、その無防備な背中を切り裂く。相棒が、予期せぬ方向からの攻撃に体勢を崩した、その一瞬の隙。それを見逃すほど、隼人は甘くない。彼は、残ったもう一体の懐へと瞬時に踏み込み、【無限斬撃】の嵐を叩き込む。

 数秒後には、二体の屈強なグラディエエーターは、ただの光の粒子といくつかの魔石へと変わっていた。

 

 またある時は、高台の上から二体の弓兵が、同時に毒矢の雨を降らせてくる。それは、回避と接近を同時に要求される、極めて厄介な布陣。

 だが、隼人はもはやその高台に、わざわざ登ろうとすらしなかった。

「的が二つか。好都合だ」

 彼は、ただ立ち止まる。そして、右腕を二度、三度としなやかに振り抜くだけ。

 分裂し、弧を描きながら飛翔する三つの霊体の剣。そのあまりにも理不尽な弾道は、高低差という戦術的なアドバンテージを、完全に無意味なものへと変える。

 高台の上から、二つの短い悲鳴が聞こえる。それだけだった。

 

『もう、ただの作業じゃんw』

『JOKERさん、完全にこのダンジョンを理解(わか)ったな』

『前衛2体も後衛2体も、もはやボーナスステージでしかない』

『黄金パターン、強すぎるだろ…。初手スペクトラル・スローで数を減らすか、陣形を崩す。残った敵は、決意のオーラで受け止めてじっくり料理する。あまりにも完成されすぎてる…』

 

 コメント欄もまた、彼のそのあまりにも安定しきった蹂躙劇を、もはや驚きではなく、心地よい安心感と共に眺めていた。

 彼の配信は、もはやハラハラドキドキの冒険活劇ではない。

 一人の天才的な職人が、完璧な手順で美しい工芸品を創り上げていくのを、ただうっとりと眺めるような、そんな芸術鑑賞の時間へと昇華されていた。

 

 隼人自身も、その「作業」を楽しんでいた。

 一体、また一体とグラディエエーターを処理していくたびに、彼の経験値バーは着実に、しかしゆっくりとその輝きを増していく。

 彼は、戦闘の合間にドロップした魔石を拾い上げながら、ARカメラの向こうの観客たちと軽口を叩く。

「どうだ、お前ら。退屈か?」

 その挑発的な問いかけに、コメント欄が待っていましたとばかりに反応する。

 

『退屈なわけねえだろ!この圧倒的な安心感こそが、JOKER配信の真骨頂だ!』

『分かる。仕事で疲れた後にこれ見ると、マジで癒されるんだよな…』

『JOKERさんが負けるわけないっていう、絶対的な信頼感。これがいい』

 

「はっ、言ってくれるじゃねえか」

 隼人は、その温かいコメントに、照れくさそうに鼻を鳴らした。

 彼が、次の一体のグラディエーターをいつものように霊体の剣で壁ごと貫き、光の粒子へと変えた、その瞬間だった。

 

 彼の全身を、あの黄金色の祝福の光が包み込んだ。

 それは、レベルアップの輝き。

 

【LEVEL UP!】

 

「…おっと」

 予期せぬタイミングでのレベルアップに、隼人は小さく声を漏らした。

 彼のレベルは、13から14へと、また一つその数字を上げた。

 新たな5ポイントのステータスポイントが、彼の魂に刻み込まれる。

 

『おお!レベルアップ!』

『ナイス!これで、また強くなるのか!』

『レベル14!おめでとう、JOKERさん!』

 

 コメント欄が、祝福の言葉で埋め尽くされる。

 隼人は、その声援に軽く手を振りながら、自らの確かな成長を噛みしめていた。

 これでまた一歩、あの遥かなる頂へと近づいた。

 妹を救うための力が、また一つその手に宿った。

 彼の心に、温かい、そして力強い決意が満ちていく。

 

「サンキューな、お前ら。だが、ショーはまだ終わっちゃいねえぜ」

 彼は、ステータスポイントには手を付けなかった。

 これは、切り札だ。

 本当に必要な時が来るまで、温存しておく。

 彼のギャンブラーとしての、冷静な判断だった。

 

 彼は、レベルアップによって全快したHPとMPを確認すると、ダンジョンのさらに奥深くへと、その歩みを進めていった。

 彼の心は、すでに次なる獲物を捉えていた。

 この闘技場の本当の「主」。

 その存在を、彼はこのダンジョンの濃密な魔素の、そのさらに奥に、確かに感じ取っていたのだから。

 

 どれほどの時間を進んだだろうか。

 入り組んだ通路を抜けた先。

 隼人は、ついにその場所へとたどり着いた。

 そこは、これまで彼が通ってきたどのエリアとも比較にならないほど広大で、そして荘厳な空間だった。

 まるで、古代ローマのコロッセオそのものを、地下にそのまま移設したかのような、巨大な円形闘技場。

 高い、高い天井。

 壁一面にずらりと並んだ観客席。そこには今も、声なき観客たちの熱狂と、血への渇望が染み付いているかのようだった。

 そして、その中央に広がる、直径100メートルはあろうかという広大な真円のアリーナ。

 その血と砂にまみれた地面。

 そこが、このダンジョンの終着点。

 ボスの間。

 その事実を、隼人は誰に教えられるでもなく、その肌で理解していた。

 

 彼の配信のコメント欄も、そのあまりにも圧倒的な光景に、これまでの和やかなムードから一変していた。

 

『なんだ…ここ…』

『ついに来たか…。ボス部屋だ…!』

『空気が違う…。画面越しにでも分かる…。とんでもないプレッシャーだ…』

『JOKERさん、一度引いて準備を見直した方がいいんじゃないか?』

 

 視聴者たちの不安と緊張が、まるで物理的な圧力となって隼人の背中にのしかかる。

 だが、彼の心は不思議と凪いでいた。

 いや、凪いでいるというのは正確ではない。

 彼の魂は、最高の大勝負を前にしたギャンブラーのように、静かに、しかし激しく高揚していた。

 彼は、この瞬間を待っていたのだ。

 

 彼が、アリーナの中央へとその運命の一歩を踏み出した、その瞬間だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!

 闘技場全体が、地響きを立てて揺れ始めた。

 アリーナの四方八方から、巨大な鉄格子が同時にせり上がり、彼の退路を完全に断ち切る。

 そして、その鉄格子の向こう側の暗闇から。

 一体、また一体と、あの忌々しいモンスターたちがその姿を現し始めた。

 ゴブリン・グラディエーター。

 だが、その数は尋常ではなかった。

 

 一体、二体、三体…。

 五体、六体、七体…。

 最終的に、彼の目の前に現れたのは、総勢十体のゴブリン・グラディエーターの大軍勢だった。

 彼らは、完璧な陣形を組んでいた。

 前衛に、分厚い鉄の盾とショートソードを構えた屈強な盾兵が六体。

 その鉄壁の守りの後ろに、黒い強靭なショートボウを構えた冷徹な弓兵が四体。

 それはもはや、ただのモンスターの群れではない。

 明確な指揮系統と戦術思想を持った、少数精鋭の「軍隊」。

 その十体のグラディエーターたちが放つ殺気とプレッシャーは、これまでのどの敵とも比較にならないほど濃密で、そして絶望的だった。

 

『うそだろ…!?』

『10体!?ボスが10体もいるのかよ!』

『しかも、前衛6、後衛4の完璧な布陣じゃねえか!こんなの、どうやってソロで勝てってんだよ!』

『無理だ!絶対に無理だ!JOKERさん、逃げてくれ!』

『これはもうゲームバランスが崩壊してる!A級のレイドボスでも、こんな無茶な構成はないぞ!』

 

 コメント欄が、阿鼻叫喚の悲鳴で埋め尽くされる。

 数万人の視聴者の誰もが、彼の敗北を、そして「死」を確信した。

 だが、その絶望的な光景を目の前にして。

 神崎隼人は、ただ一人笑っていた。

 その口元に、獰猛な、そして歓喜に満ちた三日月の笑みを浮かべて。

 

「…なるほどな」

 彼は、ARカメラの向こうの絶望する観客たちに語りかける。

 その声は、震えてはいなかった。

 むしろ、楽しんでいるかのように弾んでいた。

「集団戦闘か。面白いじゃねえか。ディーラーが、一度に10人出てきたようなもんだな」

 彼は長剣【憎悪の残響】を構え直す。

 その切っ先を、10体のグラディエーター軍団へとまっすぐに向けた。

「だが、安心しろよ、お前ら。どんなに数がいようと、やることは変わらねえ」

「このテーブルのルールを、俺が、俺のやり方でぶっ壊してやるだけだ」

 

 彼は、動いた。

 ターゲットは、敵軍の中央。

 それは、自殺行為にしか見えなかった。

 鉄壁の盾の壁へと、自ら飛び込んでいく、あまりにも無謀な突撃。

 だが、それこそが彼の狙いだった。

 彼は敵陣のまさにど真ん中。

 前衛の盾兵たちが彼を包囲しようと陣形を狭めた、その完璧なキルゾーンの中心で、急停止した。

 そして彼は、そのありったけの魔力と体重と、そして魂を込めて、無銘の長剣を地面に叩きつけた。

 敵にではない。

 ただひたすらに、硬い大理石の床に。

 

「じゃあ、初手はこれだな!」

 

 彼の楽しそうな声と共に、あの必殺のスキルが炸裂した。

【必殺技】衝撃波の一撃(ショックウェーブ・ストライク)。

 

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 

 凄まじい轟音と共に、闘技場の石の床が砕け散る。

 そして、そこから放たれた半透明の力の衝撃波が、彼を中心として360度全方位へと、爆発的に拡散していった。

 それはもはや、ただのスキルではない。

 戦場の全てをリセットする、戦略級の一撃。

 衝撃波をまともに受けた前衛のグラディエーターたちは、その分厚い盾ごと木の葉のように吹き飛ばされ、陣形は完全に崩壊した。

 後方の弓兵たちもまた、その予期せぬ衝撃になすすべもなく体勢を崩し、その狙いを大きく狂わせる。

 気絶効果により、10体のグラディエーター、その全ての動きが完全に止まった。

 完璧なイニシエート。

 完璧な陣形破壊。

 

「おいおい、これじゃただの的だぜ?」

 

 隼人は、混乱し、棒立ちになっているグラディエーターたちを嘲笑うかのように言い放った。

 そして、彼はその絶対的な好機を逃すはずがなかった。

 彼のターゲットは、ただ一つ。

 混乱から立ち直るのが最も早いであろう、後衛の四体の弓兵。

 彼は、右腕をしなやかに、そして力強く振り抜いた。

【スペクトラル・スロー】。

 青白い霊体の剣が、ブーメランのように回転しながら後衛の弓兵たちへと襲いかかる。

 一本が三本に分裂する、必殺の投擲。

 彼は、それを立て続けに三度繰り返した。

 シュオオオッ!シュオオオッ!シュオオオッ!

 合計九本の霊体の剣がアリーナを縦横無尽に飛び交い、後衛の四体の弓兵たちを、確実に、そして正確にその命を刈り取っていく。

 ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!

 悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。

 後衛の四体の弓兵は、その場に崩れ落ち、一瞬で光の粒子となって消滅した。

 瞬殺。

 あまりにも、一方的な瞬殺だった。

 

 やがて、衝撃波の混乱から回復した前衛の六体のグラディエーターたち。

 彼らが目にしたのは、絶望的な光景だった。

 頼みの綱であった後衛からの援護射撃は、もはやない。

 そして目の前の闖入者は、その長剣を肩に担ぎ、まるで「さあ、第二ラウンドを始めようか」とでも言うかのように、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。

 彼らの緑色の醜い顔に、初めて純粋な「絶望」の色が浮かび上がった。

 

「もう、料理は済んでるぜ?」

 

 隼人は、その絶望をさらに加速させるように言い放った。

 六体のグラディエーターが、怒りと恐怖に我を忘れ、ヤケクソになったように突撃してくる。

 だが、その攻撃はもはや隼人には届かない。

 彼は、その全ての攻撃を、時に盾で受け止め、時に華麗なパリィでいなし、そして着実に一体、また一体とその命を刈り取っていく。

【無限斬撃】の嵐が吹き荒れる。

 ガキン、ザシュッ、キィン、ザシュッ!

 鉄と骨が砕ける不協和音が、アリーナに響き渡る。

 それは、もはや戦闘ではない。

 ただの、一方的な蹂躙。

 ただの、処刑だった。

 

 そして、最後の一体が光の粒子となって消え去った、その時。

 アリーナに、絶対的な静寂が戻った。

 後に残されたのは、おびただしい数の魔石とドロップアイテム。

 そして、その中心で荒い息一つ乱すことなく、静かに佇む一人の王者の姿だけだった。

 

 その直後。

 彼の全身を、これまで経験したことのない、ひときわ強く、そして荘厳な黄金の光が包み込んだ。

 ボス討伐の莫大な経験値。

 それが、彼の魂と肉体を一気に次のステージへと引き上げたのだ。

 

【LEVEL UP!】

【LEVEL UP!】

 

 祝福のウィンドウが、彼の視界に立て続けに二度ポップアップする。

 彼のレベルは、14から16へと、一気に二つ上昇した。

 

「――C級ダンジョン【忘れられた闘技場】、完全攻略」

 

 隼人は、ARカメラの向こうの言葉を失った観客たちに、静かにそう告げた。

 その瞬間。

 コメント欄が、これまでのどの熱狂とも比較にならない、本当の爆発を起こした。

 それはもはや、ただの賞賛ではない。

 一つの伝説が完成したその瞬間に立ち会えたことへの、感謝と祝福の嵐だった。

 拍手喝采のスタンプが、画面を滝のように埋め尽くしていく。

 彼のリベンジは終わった。

 そして、彼の新たな伝説が、今ここから始まろうとしていた。

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