Blue Archive: Visitor From Underground 作:暗黒星 堕零
「………」
「……へへっ…」
オレは今、とある部屋の中でメイド服を身に纏う少女と睨み合っていた。
何故こんな事になってしまったのか…それを全て理解してもらう為には、昨日のG.Bibleを入手しミレニアムに戻ってきた直後まで遡る必要がある。
*
オートマタからの襲撃を受け、大慌てでテレポートでミレニアムに戻るとすぐさまパスワードを解除出来るというハッカー集団、『ヴェリタス』の元へと向かった。構成員はコタマにハレ、マキ、今は不在だがチヒロの四人だ。
メンバーの一人のマキの分析によって本物のG.Bibleである事が判明したはいいものの、ファイルのパスワードはまだ解析出来ていないという。…因みにモモイのセーブデータは消えていた。
「んじゃ…打つ手は無いって事か?」
「いいや、セキュリティファイルを取り除いて丸ごとコピーが出来る…Optimus Mirror System…通称『鏡』って呼ばれるツールがあれば出来なくもないよ」
その『鏡』は部長…だったヒマリが作り出したものでヴェリタスが所有していたものだったのだが、この前生徒会、つまりユウカに押収されたという。
「押収って…一体何をやらかしたんだよ?」
「その…」
コタマが口を開ける。
「私はただ、先生のスマホのメッセージを確認したかっただけです。その為に、『鏡』が必要で…」
"………"
「…銀行強盗よりかは些かマシだな」
"比較しないでよ!?"
…まぁ押収された経緯はさておき、ヴェリタスも鏡が必要という理由で協力をしてくれる…のだが、それは生徒会と対立する事を意味していた。そして生徒会側に居るのが…
「鏡は生徒会の『差押品保管所』に保管されてるんだけど。そこを守ってるのが実は…」
「『メイド部』、なんだよね…」
部活の詳細を知らないオレは「メイドなんて可愛らしいだけじゃないか?」と思いながら首を傾げるも、その名前を聞いた才羽姉妹の顔からは一気に血の気が引いていた。
"メイド部って…具体的には何をしてるの?"
「メイド部はミレニアム最強の武力集団だよ」
ハレがメイド部の詳細について話し始める。
「任務を迅速に遂行し、対象を華麗に『清掃』する…メイド部が最強と呼ばれているのはメンバー全員が優れたエージェントで構成されているからなんだけど、何よりも大きいのは『彼女』の存在」
「メイド部の部長、コールサイン・ダブルオー…ネル先輩だよ」
「…何か思ったよりもヤバい連中だな」
たかがメイド、と思っていた数分前の自分を殴りたくなる。ガチガチの特殊部隊じゃねぇか。しかしどうやらネルは現在は不在らしく、戦力は普段よりも減少していると言える。
とはいえあちらが戦闘が日常茶飯事の部活に対して、こちらは普段はゲーム製作に没頭しているであろう部活。先生の指揮があるものの真っ向から立ち向かえば勝機はまず無い、そう断言出来る。オレの元居た世界で例えるなら一般モンスターがロイヤルガードに挑む…そんなもんだ。
だからメイド部とは極力正面衝突は避け、鏡だけを奪取する作戦を計画した訳だが、この計画を実行するにはオレ達だけでは厳しい。
そこで協力を要請したのが、アリスが『光の剣』と呼ぶ銃を製造したエンジニア部。彼女達は「その方が面白いから」なんて理由で快諾してくれた。
「さて、これで大体準備は出来たか?」
「いいや、次はサンズにやってもらいたい事があるんだよね!」
モモイがオレに向けて指差す。
「…オイラにか?やれる事ならやるが」
「サンズって廃墟に行く時と戻ってくる時にテレポートみたいな能力を使ってたよね?あれを使える基準みたいなものはある?」
「あぁ。主に一度訪れた場所、明白なイメージが存在する…この二つの条件を満たしていれば可能だ」
「成る程!」と彼女は頷き、話を続ける。
「なら…先生とサンズには、明日シャーレの視察って形でミレニアムを巡りながら差押品保管所の場所を把握してほしいの!」
「テレポートで一気にその部屋まで行って、鏡を取っては戻ってくるって訳か」
「うん!こんな便利な能力を持つ人が仲間に居るんだったら、使わない手は無いよね!」
翌日、モモイに言われた通りオレと先生は改めて差押品保管所の場所を把握する為に、ユウカの案内の元ミレニアムを巡った。かといって真っ先に向かえば当然怪しまれる。今回の計画には関係の無い場所にも足を運び、目的である保管所はセミナーの活動を見学するという体で紹介された。その時は軽く眺める程度だったがしっかり記憶に刻み込んだ。
その後ゲーム開発部を中心にモモトークを通じテレポートの準備は完了したと伝え、実行日である今日の深夜まで待機する事になった。
「クエスト開始までもうすぐです。アリス、気を引き締めます!」
「サンズ、準備は大丈夫?」
「あぁ勿論。いつでもOKだ」
監視カメラの映像をジャックしたヴェリタスが保管所付近に誰も居ない事を確認すると、早速オレは『近道』を使い保管所前まで移動する。
「いざやるとなると…緊張するな」
ヴェリタスからの情報を参考にするならここ周辺には無数の警備ロボットが巡回しているみたいだが、彼女達に指示されたタイミングでなら誰にも見つからずに済むようだ。
「…で、肝心の『鏡』の見た目はどんなものだ?」
「待ってて…あっ、あった。はい、これだよ」
通信中のハレからスマホに鏡の画像が送られてきた。それを見ると保管所の扉の前に立ち近道の体制を取る。保管所内部には行ってはいないが、扉越し程度の距離なら難なく行える。
「よっ…と」
テレポートは成功、無事保管所内部へと侵入出来た。中には無数の生徒から押収したと思われるものがずらりと置かれていた。
「…これか」
目当ての鏡を発見し、さっさと退散しようとしたその瞬間だった。
「おい、それを持って何するつもりだ?」
「────ッ!?」
予期していなかった自分以外の声。咄嗟に背後を振り返ると、そこには見慣れない服の下にメイド服を着た少女がこちらを睨みつけていて…今に至るのだった。
*
「………いや、オイラは最近ここに配慮された警備員でさ、ちょーっと中の様子を確認しに…」
苦し紛れにも程がある言い訳。無論、こんな理由で目の前の少女からの疑惑は晴れる筈が無い。
「施錠されていた扉を開けずに急に現れた奴が、か?」
少女は警戒心を更に高め、一歩、また一歩とこちらに迫ってくる。生存本能によるものか、はたまた恐怖心からか…自然と後ろに下がるもすぐさま壁にぶつかった。
「あたしはさ、怪しい奴が来るかもしれないから見張っていてくれって頼まれたんだ。わざわざ前の任務を早く切り上げさ」
「…どうやら的中だったみてぇだな?」
…さて、ここからどうするべきか。いや、オレが今出来る事なんて一つしかない。唯一かつ、最善の行動は…
「…じゃあな、メイドさん」
彼女の周囲に骨を出し一時的に行動を封じ、即座にテレポートを行う。皆が集合しているホールをイメージし能力を発動すると、そこにはオレの帰還を待っていたゲーム開発部と先生が居た。
「サンズ!どうだった!?」
「見つかったし持ってきた。だが…」
"だが…?"
「…中に待ち構えていた奴が居た。メイド服のだ」
「……因みにどんな見た目だった?まさか赤い髪だったり…」
無言で頷く。何かを察した才羽姉妹の顔はみるみるうちに青く染まり、冷や汗が流れ始める。
「…ネル先輩だぁぁぁぁっ!!!どうしようミドリ!?」
「どうしようって言われても…見つかったからには戦うしか…!」
「そんなの無理だよー!絶対ボコボコにされちゃうって!」
モモイはミドリの肩を掴みブンブンと揺らす。ミレニアム最強格と謳われるネルとのまさかの遭遇。あの時オレのすぐ目の前に居た少女がネルと知るや否や、ダラダラと冷や汗が流れ始める。
「まだ終わりじゃありません、モモイ!ミドリ!」
パニックに陥っている才羽姉妹の間にアリスが割り込み、彼女達を落ち着かせる。自分達が力を合わせれば、メイド部に勝利するのも決して不可能ではない、と。彼女の陰りを一切見せない純粋な眼差しを見て才羽姉妹は落ち着きを取り戻す。
そうして全員がメイド部に立ち向かう決意を固めたところで、相手の分析を始める。まずメイド部のメンバーは計4人。
爆弾を巧みに扱うアカネ、カンと幸運で予測不可な立ち回りを行うというアスナ、遠方からの射撃も難なくこなすスナイパーのカリン…そして圧倒的な戦闘力で猛威を振るうリーダーのネル。先生の指揮ありきでもこの4人が一斉に来れば勝ち目は無いが、個々と戦えばまだ勝機はある。それにこっちにはヴェリタスとエンジニア部の支援もある。
対メイド部についてはオレが何らかの事情で不在だった場合の第二の作戦も用意されていたようで、それの一部を応用する形となった。
「…んじゃ、改めて作戦も決まった事だし…」
「レイドクエスト、開始です!」
──────────────
オレ達の作戦はまずこうだ。今回の計画の首謀者である才羽姉妹にエンジニア部のコトリとヴェリタスのマキが扮する。扮すると言っても変装する訳じゃない。事前に作成した才羽姉妹がある場所に居る虚偽の映像を監視カメラをジャックし流し、それをリアルタイムの映像と誤解した奴が向かうとそこにはコトリとマキが…といった感じだ。
それによってアカネを誘導、ミレニアムに搭載されているシャッターのシステムを悪よ…活用し封じ込む事によって無力化を試みる。
この作戦はオレ達が真夜中のミレニアムを走り回っている最中に無事成功したとの報告が入る。因みにシャッターは生徒会の指紋があれば容易く開けられるらしいが、ヴェリタスが『ウイルス』を侵入させた事で不可になった。
「まずはアカネ先輩、だね」
「事前から仕込んでいたとは言え、まさか上手くいくとはな」
こうも走り回っていては当然だが、巡回している警備ロボットに見つかるので連戦を強いられる。だが戦ってばかりではただただ体力を消費するのみ、いざメイド部と遭遇した際に即座に反応が出来ない。
その為警備ロボットが見当たらない、オレ達から見て左側が一面ガラス張りの通路にて軽い休憩を取っていた。
「その…カリンって奴の狙撃技術はどんなもんだ?」
「私はその光景を実際に見た事は無いのであまり詳しくはありませんが…とにかく、ミレニアム、いえキヴォトスの中でもトップクラスのスナイパーである事は確かです。それこそ、別の建物から私達を狙える程には…」
「勉強は得意じゃないみたいだけどねー!」
才羽姉妹にカリンの事を尋ねる。スナイパー、つまりオレ達からでは視認出来ないような距離から攻撃してくる厄介な奴だ。対策のしようが無い。
…待てよ?
「それこそ、別の建物から私達を狙える程には…」
つい先程のミドリの言葉が頭をよぎる。今オレ達の横にあるのは一面がガラス張りの壁、周囲の建物がよく見える。
…つまり屋上等のよく見渡せる場所で、スコープなどの拡大出来るものがあればこちらの様子もよく見えるという事だ。
「……マズい」
嫌な予感を察知し最も窓に近い位置に居るモモイを重力操作でこちらに引き寄せ、オレ達を囲む形で骨を出現させる。
その瞬間、ガラスが割れる音と共に骨が揺れる程の衝撃音が響き渡る。…あと数秒でも判断が遅れていれば、誰かが狙撃の餌食となっていた。
「えっ、何何!?」
「噂をすれば何とやら…カリンから狙われているんだ」
今すぐにでもこの通路から出たいところだが、恐らく向こう側は既にリロードを完了している。迂闊に骨の防壁から顔を出せば撃たれるのがオチだ。
その証拠と言わんばかりに、再び骨に銃弾が着弾する音が響く。この骨は頑強ではあるものの流石に何度も攻撃を受け続けていれば壊れる。カリンはそれを狙っているのだろう。
「そうだサンズ!テレポート!テレポートしたらどう!?」
"この時間帯のミレニアムは無数の警備ロボットが巡回してるんだったよね。ワープ先で囲まれるって可能性も…"
「その通りだ。ついでに今何処に居るのかも分からないメイド部と鉢合わせる危険性も孕んでいる状況でもあるからな」
…さて、どうしたものか。動きたいのに動けないもどかしい状態が続いている中、止めどなく撃たれていた狙撃がピタリと止んだ。
「狙撃が…止んだ?」
「ウタハ先輩とヒビキちゃんだ!カリン先輩の相手をしてくれている間に急ごう!」
ここからでは見れないが、どうやらエンジニア部の面子のお陰で食い止められているようだ。なら立ち止まっている暇は無いと立ち上がろう…としたのだが、地震のような揺れに足元を取られたかと思うのも束の間、照明で照らされていた通路が闇に包まれる。
作戦の内容はオレも把握しているので何を行うのかは大まかに理解している。この停電、いや電力の遮断もその一つだと。
「作戦の為とはいえ…ここまで暗いと普通に困るな」
「サンズって能力を使った時に左目が光るでしょ?アレを照明代わりにしてよ!」
「アンタはオイラを何だと思ってんだ??」
アカネとカリン、現在は二人を無力化に成功している。残りも同様に二人…その内の一人がとんだ難関だが、この調子ならどんな形であれメイド部に勝利を収める事も夢じゃない。
電力が遮断されても自前の電力で稼働する警備ロボットに警戒しつつ、先に進むのだった。
*
電力が遮断され、校舎を照らすのは月明かりと非常口の位置を知らす誘導灯のみ。お世辞にもそれらは十分な光源とは言えず、先生にオレ、ゲーム開発部の全員が何処から来るのか分からない脅威に対し警戒を張り巡らせていた。
お互いの顔すら満足に確認出来ない状態でも迫り来る警備ロボットを中心とした敵を撃破しつつ、オレ達は大きく開けた空間に辿り着いた。
「お、来た来た!ここに来ると思ってたんだよね!」
その空間に着いた途端、前方から聞き覚えの無い声が聞こえてくる。姿は向こう側とこちら側で距離がある上、電灯が消えている事で見えない。
「遅かったねー、待ってたよ〜」
こちらに近づいてきた事で視界に姿が鮮明に映る。その身に纏っているのは…メイド服、それが意味するのはただ一つ。メイド服の一員と遭遇した以外に無い。
オレが保管所で出くわしたのがネル、閉じ込められているのがアカネ、つい先程までオレ達を狙撃していたのがカリンならば…目の前に居るのはアスナ、か。
「ようこそ、ゲーム開発部!それに、えっと…先輩、だっけ?あと…隣に居るガイコツの人!」
「…アンタが興味があるのかは分からないけど…一応サンズって名前だ」
「へぇー!サンズって言うんだ!それに思い出した!『先生』だ!ずっと会えるのを楽しみにしてたんだよ〜?」
『天真爛漫』という言葉が似合う少女。…だが彼女はどうやってオレ達がここに来る事を予想出来たのか…疑問に思っていた事をミドリが彼女に尋ねるが、返ってきたのは…
「どうしてって言われても〜…何となく?」
「予感とか直感とか、そういうのってあるでしょ?ここで待っていたら先生にも、あなた達にも会えるんじゃないかなー、って」
という言葉。理由を一言でまとめるなら『カン』…だろう。メイド部の説明で彼女の特筆すべき特徴にカンがあると言われていたが、まさかここまでとは思ってもいなかった。
「さっ、じゃあ始めよっか?」
「えっと、念の為に聞くのですが、何を…?」
「戦闘を!私、戦うのが大好きなの!」
…まぁ、ここに居るという事はそうだろうなと思っていた。各々が戦闘体制を取り、アスナの「行くよっ!」という掛け声で戦闘が始まる。
…のだが、メイド部に所属しているエージェントな事もありとにかく強い。数は圧倒的にこちらが上だというのにまるで手が出ない。
オレはアスナの猛攻からゲーム開発部を守る為に骨の防壁を出すが、彼女達が骨に辿り着く前にアスナの射撃に吹っ飛ばされる状況が続く。
「アンタのその動き、何なんだ…!?まるでオイラが骨を出す位置を最初から分かっているような…」
「うーん…これも何となく、かな!」
…これもカンかよ。何とも恐ろしい奴を敵に回してしまったもんだ。
オレ達の戦況は間違いなく劣勢、一旦退いて体制を整えようとモモイ達が身を引こうとしたところにそれを阻害するように銃弾が横切る。
「ハレ先輩から連絡!カリン先輩を抑えられなくなって、ウタハ先輩が捕まっちゃったって!」
「さ、さらにマキからも連絡!アカネ先輩がシャッターを爆発させて脱出したみたい!」
「同時に、凄い数のロボットがこっちに向かってきてるって…!」
「…考え得る限りのサイアクな状況だな」
マズい。本当にマズい。今まで上手くいっていたのがまるで嘘かのように瓦解していく。このままだとオレ達は負け、ゲーム開発部は廃部の一途を辿る。オレはそれを阻止する為にここに居るんだ。考えろ、どうすれば良いのか、何をすれば良いのか…
青い骨でアスナの動きを止めて短期決戦に持ち込むか?…いや、たとえ彼女をそれで倒せたとしてもすぐさま援軍がやって来る。ならこの空間に通じる入口全てを骨で封じるか?…これも駄目だ。きっとこちらに向かっているアカネの爆弾の猛攻には数分も耐えられないだろうし、『凄い数のロボット』を十数体と仮定してもそいつらの一斉攻撃を受け続ければ骨粉に早変わりする。
「…アリスは…」
この状況を打開する案を導き出す為周囲を見渡していると、オレと同様に自分が今するべき行動に苦悩しているアリス、そして彼女の武器が視界に入る。…彼女が担ぐ武器、あの一撃が当たれば大抵の奴は倒せる…そう断言出来るのは彼女の廃墟での戦闘を見たからだ。
……これしか方法は無い。策がまとまり次第先生の元に移動すると、己の考えを伝える。
「先生、今からアリスを連れて一旦テレポートで別の場所に移動する」
「んでもって向こうの援軍が集まったところで先生が合図してくれ。そこでオイラ達が再び現れて、アリスの一撃を浴びせて一網打尽にする」
「だからそこまでどうにかして持ち堪えてくれないか?」
"…分かった。任せて。"
アリスにも同様の事を伝え、先生と通信可能な機器を持っている事を確認しテレポートで別の場所に移動する。今まで居た空間とは正反対に静寂に包まれている。
「サンズ…先生達は大丈夫なのでしょうか…?」
「安心しな、オイラが、いやオイラ達が絶対に成功させる」
待機する事早数分、先生からの合図は来ない。あちら側の状況がどうなっているのか分からない以上やはり不安な気持ちは拭えないが、先生に全てを賭ける他無い。
そしてそれから更に数分。遂にその時が来た。
"今だよ。"
通信機から先生の合図を示す声が聞こえ、アリスがオレの服を掴んでいる事を確認し即座にテレポートを行う。
再び先生達が居る空間へと戻って来る。視界に入るのはアスナとアカネ…まさかのユウカまで居た。だが今はそんな事を気にしている場合じゃない。幸い死角に居る事で三人にはまだ気づかれていない…ならばやる事はただ一つ。
「今だ、アリス」
「はい!」
「光よ!!」
耳を劈く爆音と共に光線が発射される。衝撃で吹き飛ばされそうになり近くにあった柱に必死にしがみつくが、光線に巻き込まれるアスナとアカネ、何が起こったのか分からず硬直しているユウカの姿は確実に捉えた。
光線の発射が終わり、煙の中から姿を現したのは地面に伏しているメイド部の二人と、未だに唖然としているユウカ。
「アリスちゃん!!サンズさん!!」
「良かった〜…急に消えたからどうしたのかと思ってたけどこんな作戦を企んでいたんだ!」
"作戦成功だね、サンズ"
「あぁ」
ゲーム開発部と先生が駆け寄ってくる。アカネとアスナは光線をモロに食らった事でその場から一歩も動けなかったが、アスナは自身の身体の状態が如何に酷いかを笑いながらアカネに伝えていた。…確かに彼女の「戦うのが好き」というのは間違いじゃないみたいだな。
「ま、待ちなさい!」
「…おっと、待っているのはアンタの方だぜ」
ようやく状況を理解したユウカがこちらに銃を向けようとしたところを青い骨で阻止する。骨が体を貫いているように見えるが痛みは無い。ただ動けなくなるだけだ。
「さ、最初からあなたはこれが目的だったの…?」
「いいや、アンタらに追い込まれた末に咄嗟に思いついたのさ。アンタら…いやミレニアムからしたらオイラ達は極悪人だが…これも廃部を阻止する為だ、すまない」
…一応謝ったがこんなものは謝罪の内には入らないだろうな。とにかくここに長居する必要性は無い。オレ達は骨やアリスの攻撃の余波で滅茶苦茶になった空間からそそくさと立ち去っていく。
*
「わ、私もう無理かも…」
「わっ!ユズ大丈夫!?」
カリンの狙撃に怯えていた通路に似た…というかほぼ同じ通路でユズの口から本音が漏れ出る。アリスを除くゲーム開発部の三人は先程までのアスナとの戦いによって疲弊していた。
「今満足に動けるのはオイラと…」
「はい、アリスだけです」
「…やっぱりアビドスの皆がおかしいだけで、普通ここまでの連戦だと───」
「随分とお疲れのようだな?」
通路の奥から声が響いたかと思えば、間髪入れずに銃弾の雨が襲いかかる。咄嗟に前方に骨を出した事で直撃は免れた。
アカネとアスナは暫く動けない、カリンもここに来るまでの最中に今度こそ無力化に成功した事を伝える連絡が入ってきている。なら誰が残っているのかなんて、わざわざ考える必要も無い。
「よぉ」
…メイド部の部長、ネルだ。
「成る程な。どうりで、いちいち良い判断だと思ったぜ」
「今までこのチビ達を指揮していたのも、ミレニアムの差押品保管所から何かを持ち出す事を指示していたのも…あんただったか」
先生に対し話しかけるネルに先生は「自分達を倒しに来たのか」と問いかける。彼女は問いに鼻で笑いながら先程まではそうだったが今は違う、と言った後にオレの方を向く。
「強いて言うならまずは…そこの、真っ白いあんた」
「…オイラか?」
「そうだ。地面から骨を出せる上に、瞬間移動みてぇな事が出来る奴なんて初めて見た。やるじゃねぇか」
「あー…ありがと、さん?因みに…アンタを囲んだ骨からはどうやって抜け出したんだ?」
「あぁ?んなもんブッ壊したに決まってんだろ」
「…そうか」
彼女の任務を真っ先に妨害したのはオレ。その分再び会った際には因縁を付けられるんじゃないかなんて思っていたが全くの逆、オレを称賛するような言葉だった。これが強者の余裕ってヤツか…?
「それに…そっちのバカみたいにデケぇ武器持ってるあんた」
アリスの事を指しているのだろうが、肝心の本人は辺りをキョロキョロと見渡しているだけ。さりげなくアリスに「アンタの事だよ…!」と伝える。
「あんただよ、あんた!」
「アリスの事ですか?」
ようやく自分の事だと認識したアリスにネルは苛立ちを見せながらも、とある提案を出した。彼女が提案したのはアリスとの一騎打ち。もし自分を相手取り勝利を収めれば、今回の件は見逃してやると。
アリスはこの提案に承諾。お役御免となったオレ達は後ろに下がり、念の為攻撃がこちらに飛び火する可能性も踏まえ骨で防壁を作り二人の戦いを見守る事にした。
「行きます、魔力充電100%…!」
先に仕掛けたのはアリス。先手必勝と言わんばかりに武器に魔力、もとい電力をチャージし、最大出力でネルに向け発射する。一筋の光線がネルに向かって襲いかかる。
アスナ達に放ったものとは比べ物にならない轟音。崩壊する校舎の壁。視界が意味を成さない程の煙が立ち込める。
「…やったか??」
「アリスちゃん!そのセリフは無闇に言っちゃダメ!」
アリスは勝利を確信するも、その淡い期待は偽りのものだった。煙を切り裂く勢いで飛んで来た銃弾がアリスを襲い、彼女の体が後退する。
「確かに、並大抵の火力じゃねぇが…」
「ただ、それだけだ」
煙の中から姿を現すのはネル。体には傷一つ付いていない。…まぁあんな大振りの攻撃が来ると予測出来ているのなら避けるのは容易いだろう。
「も、もう一度、魔力を充電…!」
「遅ぇよ」
アリスは慌てて電力をチャージしようと試みる。しかし当然ネルが黙ってそれを見ている筈が無く、目にも止まらぬ動きでアリスの懐に飛び込み零距離での素手による殴打や銃撃を浴びせる。
「てめぇの武器は確かに強い。だが引き金を引いた後、発射まで最低でもコンマ数秒はかかる」
「その上、その強すぎる火力のせいで、相手にある程度の距離まで入られたら動けねぇ」
飛び交う銃弾、跳弾によって次々と砕け散るガラス。その中でネルはアリスの弱点を語る。一方アリスは巨大な武器が偶然にも盾代わりとなりどうにか凌げているものの、裏を返せばそれしか出来ない状況にあった。
「…はぁっ!」
ほんの一瞬ネルの攻撃が緩んだ隙を狙い、アリスが武器を振り回し一撃を加える。質量と速度を伴った一撃にネルは呻き声と共に吹き飛ばされ、地面に勢いよく叩きつけられる。それでも彼女は何事も無かったように立ち上がり、最強のメイドによる猛攻が再開する。
手に持つ鎖をしならせたかと思えばアリスの足元を打ち据え転倒させ、無防備になった瞬間を銃底で殴りかかろうとする。すんでのところでアリスは避け、再び武器を振り回しネルと距離を取る。
…もしこの戦いが協力可能であればオレが重力操作でネルを通路の奥へと移動させていたが、残念ながら現実は一騎打ち、そうはいかない。アリスがどのようにしてネルに打ち勝つのか…それを眺める事しか出来ない。
「……!」
何を思ったのか、アリスは電力のチャージを始める。だが変わらずネルとの距離は近いまま、このまま発射すれば自分も巻き込まれ───
…違う、銃口が向いているのはネルじゃない、床だ。まさか…いやその『まさか』を彼女は実行しようとしているんだ。
「─────光よ!!」
立っていられなくなる程の衝撃が地面を伝わってオレ達に襲いかかる。床の破片と思われるものが骨の防壁にぶつかる音が聞こえる。
「アリス!!」
流石にこのまま傍観している訳にはいかないとアリスの元へ向かう…が、そこにはぽっかりと空いた穴と下の階で倒れているアリスが居た。
「に、肉体損傷48%…後退を望みます!」
「そりゃあんな事をすれば…なぁ?…皆、アリスを医務室に連れて行く。オイラに掴まってくれ」
昼間にミレニアムの視察に行った際に偶然ではあるが医務室の位置は把握していた。アリスを背負う先生、才羽姉妹、ユズがオレに触れている事を確認するとテレポートを行い撤退した。
この一戦によってネルには恐らく大ダメージを与えた。だが見逃す条件は勝利、勝敗はまだ決まっていない。もし医務室まで彼女が追ってくれば…
…しかしオレが危惧していた事とは異なり、ネルもその他のメイド部のメンバーも医務室に姿を現す事は無く、そのまま朝を迎えた。
──────────────
翌日、いや既に日付は変わっていたから翌朝と言うべきか。夜の激闘による疲労はまだ残っていたが、オレ達は黙々と『テイルズ・サガ・クロニクル2』の開発に取り組んでいた。
G.Bibleからゲーム開発に関する素晴らしい情報を得たからって?……オレ達はそう解釈している。そう解釈せざるを得ないからだ。
実際、鏡を手に入れた事でG.Bibleの内容は把握する事は出来た。だがそこで得られた事は…
「ゲームを、愛しなさい」
…だ。そう、これしか無かった。他にあったものを言うなら長い前書きのみ。とんだ拍子抜けだ。
当然ゲーム開発部の部室は阿鼻叫喚、ユズはショックの余りロッカーに閉じこもり、モモイは泣きじゃくり、ミドリはこの世の全てに絶望したような顔で静かに涙を流していた。
そんな中で声を上げたのはアリス。今の自分があるのは初代TSCのお陰、ユズとモモイ、ミドリがどれだけゲームを愛しているのかを。
モモイ達はその言葉を聞き立ち直り、期限は一週間を切っているがTSC2の開発を始める事を決意する。先生もオレもゲーム開発なんて一度もした事なんざ無いが、何もしないよりはマシと思い協力する事にした。
「サンズさん!バグはありましたか!?」
「いいや、ようやく全てのフィールドの壁に触れたところだがすり抜けは起こらなかった」
「……テストプレイってこんなにキツいもんだったんだな…」
「先生!テキストにミスは無い!?」
"大丈夫!エンディングまで目を凝らして見たけど無かったよ!"
"…ちょっと休んでもいいかな?"
こうして試行錯誤しながら開発を進め、気づけば期限までは残り数分…数十秒。最終確認を済ませ、モモイが大急ぎでファイルの転送を開始し───
ミレニアムプライスへの参加受付が完了しました。
あと数秒でも遅れていれば手遅れになるといったタイミングで参加が完了した。皆が間に合った事を喜び合うが、その目にはまるで生気が無い。…それもそうだ、オレを含めここに居る全員が数日間寝る間も惜しんでゲーム開発に没頭していたからな。
期限には間に合ったが肝心はその『結果』。仮に何の成果も得られなければ努力も虚しく即廃部だ。全てが決まるのはミレニアムプライスが開催される3日後。オレが開発に携わった部分はほんの一部だが、当日になるまで気が気ではなかった…
*
3日後。オレ達が釘付けとなっているテレビにはミレニアムプライスの生中継が映し出されていた。司会は共にメイド部と激闘を繰り広げたエンジニア部のコトリが務めている。
最多とされる応募数の中から表彰されるのはたったの7つのみ。注目されている作品として挙げられたものの中にはTSC2も含まれていた事から可能性は十分にある。
まず7位に受賞したのはウタハによる光学迷彩下着セット……光学迷彩下着セット!?…こんな珍妙でしかないものが受賞するなんて先が思いやられるなと内心思う。
その後も6位、5位と次々に紹介されていく。それらの殆どが実用性があるのか分からないものばかり。本当にこれらの中にTSC2は含まれているのか…少々不安になってきた。
4位。まだ呼ばれない。
3位。まだ、呼ばれない。
2位。…まだ、呼ばれない。無い心臓が今にも破裂しそうになる。
CMを挟んで1位。コトリの口から出た名は───
「新素材開発…」
…ゲーム開発部では、なかっ…
「うわぁぁぁぁっ!!!」
「!?」
選ばれなかった事に落胆するや否や、モモイが泣き叫びながらテレビに向け銃を乱射する。大勢の人々が集まり鮮やかな青空を映し出していたテレビは電流を迸りながら壊れ、ただの鉄屑と化した。
「うぅ…結局、こうなっちゃうなんて…」
TSC2が受賞されるかもしれない…そんな期待に胸を膨らませていた空気から一転、部室の空気は一気に底まで崩れ落ちた。
…廃部を阻止する為にオレはここに来たというのに。彼女達の想いに応えられなかった事への罪悪感と責任感が強くのしかかる。
「アリスは…」
…そうだ。廃部が指し示す意味は、アリスの居場所が無くなるという事。まだオレにやれる事は、ある筈。
「アリス。アンタが嫌じゃなければの話だけど…オイラの店に来るか?一人で住むにはちょっと広くてさ…それか…」
"うん、私はシャーレでも構わないよ。"
モモイ達はアリスと別れの挨拶を告げる。離れ離れになっても会いに行く、と。受け入れ難い現実だが、受け入れるしか用意された道は存在しない。
廃部が確定した以上、この部屋はもうゲーム開発部のものじゃない。部室から去るべく、彼女達が至る所に置かれているゲーム機などを片付けようとしたその瞬間、慌ただしい足音と共にユウカが現れた。
「モモイ!ミドリ!アリスちゃん!ユズ!」
彼女の襲来にモモイ達は怯える…が、ユウカの顔をよく見てみるとその顔は怒りというよりも、何かを祝いたげな表情に思えた。
推測通り彼女からは「おめでとう!」という祝福の言葉が送られ、完全に廃部の気分であったゲーム開発部の面々はひたすらに困惑といった状況。
「え、何この反応?」
「結果、見てなかったの?」
そういえばモモイがテレビを破壊したから最後までは見ていなかったな…と思い出す。呆れた顔でユウカがスマホの画面を見せると、そこには『特別賞』に受賞されたTSC2の名が。
続けてマキも登場、今ネット上ではTSC2で大騒ぎしていると伝える。部室にあるパソコンから確認してみるとSNSはTSC2の話題で持ちきり、ダウンロード数も最早恐ろしくなる程に上昇している光景が目に飛び込んでくる。
…まぁここまで長々と話したが、つまりは廃部はナシ、これからも部活動を続けていられるって訳だ。
モモイ、ミドリ、ユズ、アリス。彼女達が抱き合う様子に微笑む先生を見て、オレも自然と笑みが溢れる。
「なんつーか…アンタの気持ちが分かったような気がするよ、先生」
「誰かの為になれるのって、案外嬉しいもんだな」
"生徒の喜びが、私の喜びでもあるからね。"
「だからと言って自分の時間を容赦なく削る奴にはなりたくないけどな?アンタ、オイラが居なきゃ過労でブッ倒れてるだろ。もう少し自分を労れ、な?」
"うっ…善処するよ…"
廃墟を探索し、アリスと出会い、メイド部と激闘を繰り広げ…オレに降りかかったのは予想外に次ぐ予想外の展開の連続。
苦労していないと言えば嘘になる…それでもオレの存在が少しでも今回の件に貢献出来たのなら苦労した価値はあった、そう思うのだった。
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「やっべ…忘れちまった…」
数日後、ゲーム開発部の部室に忘れ物があった事を思い出し部室を訪れる。部員は全員不在で部屋は消灯されていたが、わざわざ点けるのもと思いスマホのライト機能を元に探す事にした。
「確かここに……ん?」
後ろから何かに照らされるような感覚を感じ振り返る。しかしあるのは積み重なったゲームの外箱とモモイのゲーム機のみ、起動はしていない。
「…気のせいか」
求めていたものは発見した、ならこれ以上ここに居座る理由は無い。よっこらせと立ち上がり部室を去った。
それが後にミレニアム全体を巻き込む大騒動となる事は露知らずに。
これにてパヴァーヌ1章は閉幕となります。次回からはエデン条約編に入ります!