Blue Archive: Visitor From Underground   作:暗黒星 堕零

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「厄介事は嫌いだが…まぁ元居た世界の出来事に比べれば全てがマシに見えてくるんだ」
「…オレの感覚、麻痺しちまってんのかな」


蠢く陰謀

 深夜の騒動から一夜、補習授業部の面子は早朝にも関わらず威勢に満ち溢れていた。それもそうだ、今日は模擬試験のある日なのだから。

 

「試験範囲の予想問題も、もう何周もしている。準備は完璧だ」

「わ、私も負けないんだから!正義実現委員会のエリートの力、見せてあげる!」

「では、私も精一杯頑張るとしましょうか♡」

 

「その意気だ、期待してるぜ」

 

 そうして始まった模擬試験。最初の頃と比べると明らかに皆の問題を解く速度が早く、不安一色だった顔は自信を感じさせるものになっていた。

 

"試験終了!"

「お疲れ様、いつも通りオイラに渡してくれ」

 

 数十分後、解答用紙を回収し採点を行う。その結果は───

 

「や、やりました…!?」

「ほ、本当っ!?嘘ついてない!?」

「……!」

「あらあら♡」

 

 全員が合格点を上回っていた。最初にオレが見た模試の結果とはまるで大違い、思わず感嘆の声を上げる。今まで一桁代が当たり前だったハナコも事情を打ち明けてくれたお陰か標準的な点数になっていた。

 これなら全員が合格、退学の危機とはおさらば…なんて思いながら、合格記念に豪華なホットドッグでも振る舞うかと考えていたその夜。予想外の一報が耳に飛び込んできた。

 

「試験範囲を、既存の範囲から約三倍に拡大…?」

「はぁっ!?何それ!?」

「『また、合格ラインを60点から90点に引き上げとする』…?」

 

 突然昨日トリニティの掲示板に掲載されたという試験の変更内容。合格点の引き上げの時点で馬鹿げているのに試験範囲の大幅拡大、意図的に落としに来ているようにしか思えない。

 

「…成る程、私達の模擬試験の結果を、ナギサさんが何かしらの手段で把握したみたいですね」

「露骨なやり方ですねぇ…どうしても私達を退学にしたい、と」

 

「…退学?」

「えっ、た、退学!?ちょっとどういう事!?」

 

「本当は知らないままでいて欲しかったんだが…こうとなると話すしかないか」

"うん。コハル、アズサ、ちょっと長くなるけど一から説明するね。"

 

 コハル達にもハナコに話した時と同様に補習授業部の裏の事情を伝える。…せめて彼女達だけはトリニティのいざこざに巻き込みたくなかったが仕方ない。

 

「試験に三回落ちたら、退学…!?」

「…成る程」

 

「か、隠しててごめんなさい…まさか、こんな事になるなんて…」

「すまない…ん?待ってくれ、まだ試験の変更内容があるみたいだ」

 

 画面を更にスクロールすると試験会場と時間も変更されている事に気がつく。まだあるのか、と内心呆れながらも内容を確認する。

 

「試験会場は…『ゲヘナ自治区第15エリア77番街、廃墟の一階』、時間は『深夜の3時』…」

 

 

 

「……マジで言ってんのかコレ?」

 

 よりにもよって場所はゲヘナ、その上時間はほとんどの奴らが夢の中に居る深夜。碌でもない事が起きる事なんてほぼ確定しているようなもんだ。

 トリニティとゲヘナの間はかなりの距離がある。今からにでも向かわないと間に合わない。どうすれば……いや、『アレ』がある。

 

「…なぁアンタら、高いところは大丈夫か?」

「そ、それって…試験と関係あるの?」

「あるさ。大いにさ」

 

 

「きゃあぁぁぁぁっ!!!」

「コハルちゃーん、大丈夫ですよ〜…」

 

「ヒフミ、大丈夫?」

「は、はい…心配してくれてありがとうございます、アズサちゃん…」

 

"だ、大丈夫かな、これ…"

「下は見ない方が良いぜ。慣れれば楽だけどな」

 

 怯えるコハルを抱きしめるハナコ、微動だにしないアズサに青ざめているヒフミ。場所は打って変わってキヴォトス上空、三つのブラスターの上にそれぞれ二人が乗り目的地へと向かっていた。

 高いところが苦手な奴にとっては発狂モノだが迅速かつ安全に辿り着く為にはコレしか無いと見込んだ。

 

「サンズがこんな事を出来るなんて知らなかった。凄いね」

「だろ?…おっと、余り激しい動きはするなよ?落ちかね───」

"見てよサンズ、私上空で立っ…うわぁっ!?"

 

 

 

「……こうなるからな」

"ご、ごめん…"

 

 暫しの間空の旅を楽しんだ?後、試験会場に無事到着した。到着した、のだが…

 

「…ここで本当に合ってんのか?」

 

 そこは到底試験を受ける場所とは考えられない路地裏。劣化によって崩壊した建物、足元にはゴミが散乱し、閉じられたシャッターには落書きが幾つも塗り潰されていた。

 

「ど、どうしてこんなところで試験を…あ、試験用紙とかどうなるんでしょうか、誰か来てるんですかね…?」

「いや、誰も居なさそうだ。でも何かしら、手段は用意している筈」

 

「…これだ」

 

 廃墟の前でアズサが見つけたのは弾丸らしきもの。オレにはさっぱりだが、彼女曰くL118の牽引式榴弾砲の弾頭で……

 …とにかく、それがティーパーティーの所有物でナギサが関係しているものだという事は分かった。中に入っているのは試験用紙と通信機、何とも回りくどい方法だな?

 

「…これを見ているという事は、無事に到着されたようですね」

 

 オレ達が発見した事に応じるように起動した通信機から聞こえてきたのは…恐らく、ナギサの声だろう。

 

「な、ナギサ様!?」

「え、じゃあこの方が、ティーパーティーの…?」

 

 ナギサで合っていたみたいだ。ならこの機会に補習授業部に対する扱いに遠回しに嫌味でも言ってやろうか…

 

「ふふっ…恨みの声が聞こえてきますね。まぁこれは録画映像なので、リアルタイムには聞こえないのですが」

 

 …そう思っていたが、そんなオレの思考を読み取っているかの如く録画映像である事を伝えられる。

 

「一応引き続きモニタリングはさせて頂いておりますので、その事をお忘れなく…では幸運を祈りますね、『補習授業部』の皆さん」

 

「どうかお気をつけて」

 

 何処か悪意を感じさせる言い方で録画は終了する。録画で一方的に話されていたのもあり全員が唖然としていた。

 

「…オイラ達の様子を監視してるなら見せてやろうぜ?どこまで成長したのかをさ?」

「は、はい!皆さん入りましょう!いよいよ第2次特別学力試験です!」

"よし、頑張ろう!"

 

 合格点の引き上げがどうした、範囲の拡大がどうした、オレ達は今までの努力を発揮するだけ。退学の危機とはここで終わり───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 …どうしてオレは、ベッドの上に居るんだ?

 

 

「よ、良かったぁ…!サンズさんが目を覚ましました!」

「…大丈夫?サンズ?」

「も、もうっ…心配したんだから!」

「何処か痛みはありますか?それとも、視界が眩んでいたり…」

 

 つい先程まで廃墟内に居たというのに、何故だかオレはベッドに寝かされた上で皆に不安気な表情で見つめられていた。しかも深夜だった筈なのに窓からは朝日が。

 

"…目が覚めたんだね、サンズ。ケチャップ飲むかい?"

「サンキュー。……いやそれどころじゃない、試験は、試験はどうなったんだ!?」

 

「……」

「それは…」

 

 オレは試験の結果を確認していない。皆に尋ねるも返ってくるのは沈黙、或いは目線を逸らすのみ。

 

"私が話すよ。実は試験は…"

 

 先生から話されたのは…あまりにも信じ難いが突如として発生した爆発によって試験用紙が焼失、未受験扱いで不合格で終わった事だった。

 その爆発に先生達も巻き込まれ補習授業部の面子はキヴォトスの生徒な為無傷、先生も常に展開している謎のバリアによって守られた。…が、耐久力も守るようなものも無いオレだけが爆風をモロに食らい盛大に吹っ飛び衝撃で気絶、朝になるまでここで眠っていたという。

 

「あー…迷惑、かけたな…それに不合格か…」

「気にしないでください、サンズさんのせいではありませんから…」

「で、でもどうするのよ…このままだったら本当に退学に…!」

 

「…いや、させない、絶対にな。まだ試験は一回残っている。だろ、先生?」

"そうだね。これからはもっと、君達をサポート出来るように頑張るから。"

 

 …こうして別館で再び対策問題をひたすらに解いては模試に挑戦する日々が始まった。範囲の拡大に伴い勉強に取り組む時間は以前よりも増加し、本人達の希望で就寝時間を削ってでも勉強を優先するようになった。

 その成果もあってか模試の結果は著しく上昇した。ほぼ全員が70点後半或いは80点以上を取るのは当たり前になってきたし、ハナコに至っては満点を叩き出していた。

 

「やったなアズサ、91点だ」

「…本当!?」

「凄いです、アズサちゃん!」

「わ、私も頑張らないと…」

 

 いつしかアズサも合格ラインの90点以上の点数を取り、ヒフミとコハルもあともう少しで目標まで届きそうな点数にまで到達。無理難題だと数日前までは思っていたがこの調子なら合格も夢じゃない。

 なんて思うのも束の間、時の流れは残酷なまでに早く、最後の試験までは一週間、五日、三日…ついに明日に近づいてきた。

 

「…ついに明日、ですね」

「ま、まさか急に、色々と変わったりしないよね?」

 

 あれ以来掲示板は随時確認しているが変更は無し。場所はトリニティ第19分館の第32教室、時間は午前9時。急遽変更された前回と比べれば現実的な条件だ。

 だが現在時刻は午後9時過ぎ、既に試験開始まで12時間を切っている。昨日までならこの時間でも机に向かっていたが、これ以上起きていればきっと寝不足で十分なコンディションを活かせない。それは先生もヒフミ達も同じ考えで明日に備えて就寝する…

 

 …筈だったんだが…

 

「こ、こんばんは、先生、サンズさん…ま、まだ起きていらっしゃいましたか」

"ヒフミも、眠れない感じ?"

「は、はい…」

 

「私も来ちゃいました♡」

「ハナコちゃん…」

 

「皆何してるの…」

「コハルちゃんまで…」

 

「…おいおい、結局皆起きてるじゃないか」

 

 また何処かに行っているというアズサを除いた三人が先生の部屋に集合していた。とかいうオレも一旦店に戻ったものの落ち着かず、別館にUターンして来た訳なんだが…

 集まったのも眠れないのが理由の一つなのだが、ハナコがある事を伝えたい為でもある。

 

「…実は先程、シスターフッドの方々に少し会ってきたんです。色々と調べたい事があって…」

「明日、私達が試験を受ける予定の第19分館についてなのですが…」

 

「ま、まさかまた場所が変わって…!?」

「いえ、そうではありません。ただそこにはその後、かなりの数の正義実現委員が派遣されて、建物全体を隔離するとの事です」

「なんと言うか…最初からそれを行う予定だったみたいな知らせだな」

 

 思わずため息をつく。現実に嫌気が差しながらもハナコに隔離をする理由を問うと、「エデン条約に必要な重要書類を保護する」という名目でティーパーティーからの要請。

 …ナギサだ、ナギサからの指示に違いない。疑心暗鬼になっているとはいえ、どうして彼女はここまでして試験を妨害するんだ?

 

「それから、本館の方にも戒厳令が出ているようです。昨日から変に静かだったのは、このせいみたいですね」

「か、戒厳令…そんなの聞いたの初めてです…」

「恐らく、誰一人あの建物への出入りは許されません。エデン条約が締結されるまで、ずっと」

 

 正義実現委員会が関わっているとなれば、この戒厳令とやらに反するような行動を取れば待ち受けているのは彼女達との敵対。それに正義実現委員会には…

 

「コハル、アンタが所属している正義実現委員会にはどんな奴が居るんだ?」

「えっと…マシロにイチカ先輩、ハスミ先輩に…」

「先輩の事は全員尊敬してるし、いつか私もああなりたいって思ってるけど…やっぱりツルギ委員長が一番凄いのよ!」

「ツルギ…オイラ、トリニティの事はまだ全然分からなくてさ、よかったらそのツルギについて教えてくれないか?」

 

「ツルギ委員長はね…『トリニティの戦略兵器』と呼ばれるぐらいに強いの!」

「戦略兵器…!?」

「壁を簡単に壊しちゃったり、どんなに強い相手でも倒しちゃうし…」

「か、顔はちょっと怖いけど…とっても冷静だし優しい人なの!分かった!?」

 

 …コハルからの話のみで実際に会った訳じゃないがツルギなる人物が居る。戦略兵器なんて呼ばれている奴と敵対するかもしれない…そう考えるだけでも悪寒がする。

 

「そ、そんな…わ、私がハスミ先輩に事情を説明して…!」

 

 コハルが打開策を出すもハナコによって却下される。仮に話しハスミが納得してくれたところで、オレ達を助ければティーパーティーに離反したと見なされ追放される可能性があるからだ、と。

 

「やれやれ…ずっとナギサの手の平の上で踊られてばっかだな…」

 

 

 

「……私のせいだ」

 

 次から次へと降りかかる問題に苦悩している中、ドアを開け部屋へと入ってきたのはアズサ。その瞳には罪悪感や責任…自身に対する負の感情が浮かんでいた。

 

「皆、聞いて。話したい事がある」

「アズサちゃん…?」

 

「……」

「アズサ…?ど、どうしたの?具合でも悪いの?」

 

 彼女の体は酷く震えていた。それが緊張によるものか、恐怖によるものか、どちらなのかどちらでもないのかは分からないが、これから何を話そうとしているのかは分かるような気がする。

 

「…皆にずっと、隠していた事があった」

 

「……アンタが元々はアリウスに居たって事だろ?」

「…!サ、サンズ、何故それを…!?」

「聞いたんだよ、アンタを入学させた…ミカにさ」

「あうぅ…ア、アリウスって…一体何の話を…」

 

 

 

「…うん。私はサンズの言う通り元々アリウス分校の出身で、トリニティに潜入している」

「そして…ティーパーティーのナギサが探している『トリニティの裏切り者』は、私だ」

 

 遂にアズサ自身から真実が話される。だが彼女が語った事はオレが把握している内容、つまりミカに伝えられた事と全く異なるものだった。

 

「アズサに課せられた任務はナギサのヘイローの破壊」

 

「ミカに都合の良い嘘をつき彼女をトリニティに入れた」

 

 …長年トリニティを恨んでいるとはいえまさかハナから和解する気など微塵も無く、ミカの善意を無下にし騙しているとは。

 

「アリウスの事はよく分からないけど、それが私達の補習授業部とどういう関係がある訳…?」

「明日の朝、アリウス分校の生徒達がナギサを狙ってトリニティに潜入する」

「…私は、ナギサを守らなきゃならない」

 

「あー…待ってくれ、アンタはさっきナギサのヘイローを破壊する為に潜入したって言ったよな?どうして任務とは真逆の事を…」

「それは…」

 

「…アズサちゃん自身は、最初からその目的でトリニティに来た、そういう事ですね?」

 

 ハナコの言葉に、アズサは無言で頷く。

 

「最初からナギサさんを守る為に、ナギサさんを襲撃する任務に参加した…言わば二重スパイ」

「アリウス側には連絡係として、常に問題ないとずっと嘘の報告をしながら…本当は裏切る為の準備をしていた」

 

「成る程な。アンタが毎晩外出していたのもそれが理由か」

「…あぁ。皆には『見張り』だなんて嘘をついて…申し訳ないと思っている」

 

 …そもそもだ。俺よりも、先生よりも幼いアズサのような子供達が何故憎しみ合い、使命の為に嘘をつき続け、誰かを殺める任務を任されなければならないんだ?

 たとえそれがこの世界の常識であっても、オレは声高に言ってやる。「そんな事が罷り通ってたまるか」と。

 

「…どうして、ナギサさんを守ろうとするんですか?それは、誰の命令で?」

「…これは誰かに命令された訳じゃない。私自身の判断だ」

 

「桐藤ナギサが居なければ、エデン条約は取り消しになってしまう。あの平和条約が無くなればこの先、キヴォトスの混乱は更に深まるだろう」

「その時また、アリウスのような学園が生まれないとは思えない…」

 

 他でもない、彼女の意志による行動。自身が所属していた学園全体を敵に回してでもやり遂げるという思いは…『ケツイ』と言える。

 

「だから平和の為に、という事ですか?」

「…とっても甘くて、夢のような話ですね。今回の条約の名前と同じくらい、虚しい響きです」

 

「アズサちゃんは嘘つきで、裏切り者だった…」

「トリニティでも本当の姿を隠し、アリウスでも本音を隠していた。アズサちゃんの周辺には、アズサちゃんに騙された人達しか居なかった。ずっと周りの全てを騙していた…そういう事で合っていますか?」

「ハナコ…」

 

 アズサの内情を知ったハナコは、彼女の行いを責め立てるように詰め寄る。確かにハナコの言っている事は間違っていない、しかしそれは…アズサの罪と言えるのか?

 

「…いつか言った通りだ。私は皆の事も、皆の信頼も…皆の心も、裏切ってしまう事になる、と」

「だから、彼女が探している『トリニティの裏切り者』は私。私のせいで補習授業部は、こんな危機に陥っている」

「本当にごめん。私の事を恨んでほしい。今のこの状況は全て、私がもたらした事だから…」

 

「アンタが全ての責任を背負う必要は無いさ」

「…サンズ」

「アズサは裏切っちゃいない。誰しも一つぐらいは秘密にしたい事はあるだろ?」

「でもアンタはちょっと抱え込み過ぎだ。幾ら自分で決めた道だとしても、ただただ辛いだけだ」

「だけど…もし皆に真実を話して失望されたり、見放されるかもと考えたら…」

「オイラ達は友達、失望したりなんかしないさ。…アンタが肩の荷を下ろして話せるよう、もっとお互いを知って、信じるべきだったかもな」

 

 オレの言葉はきっと…自己満足と言われても仕方のないものだ。それでも彼女が感じているだろう罪悪感を、少しでも減らしたかった。

 

"…サンズの言う通り、アズサのせいなんかじゃない。"

"元々の原因はきっと、「信じられなかった事」の方。"

 

"ナギサがもっとヒフミを、ハナコを、アズサを、ハスミとコハルを信じていたら。"

 

"ミカがもっと、ナギサの事を信じていたら。"

 

"もっとお互いがお互いを深く信じられていたら、こんな事にはならなかった。"

 

 『信じる』というのは…案外難しいものだ。ましてや信頼を失った後なら尚更。今こそオレは先生やアビドスの皆のお陰で人間を信じる事が出来たが、元の世界に居た頃は自分以外の全てが信じられなくなっていた。

 …気まぐれにオレ達を地上へ導いては再び虐殺の道を歩み、またある時は善良な人間を装い不意打ちで大切な家族や仲間を殺したプレイヤーによって。

 

「そうですね…今のナギサさんのように、誰も信じられなくなってしまった人を変える事は難しいです。誰かを信じるという事は元々難しいですし」

「…ですがアズサちゃんは、私達にこうして本心を語ってくれました。黙り続ける事が出来た筈なのに、謝ってくれました」

 

 何故彼女がそうしたのか、ハナコは言う。補習授業部での時間が楽しかったからなのではと。共に勉強をし、飯を食べ、洗濯をし、掃除をし…そんな何気ない日常を、手放したくなかったから。

 アズサは暫しの沈黙の後、頷き肯定する。海や祭りや遊園地、知りたい事や行きたい場所はまだまだある事を伝えた。

 

「何だか知ったような口をきいてしまいましたが…分かるんです、その気持ち。何せ…はい。同じように思った人が、居たんです」

「何故か要領が良くて、何をしても周りからおだてられてしまうようなタイプで…」

 

 ハナコは知り合いの話だと前置きをしたが、彼女の語り口には違和感があった。知り合いの話にしては妙に詳細で、まるで自分をあえて他人に置き換えているような…

 

「ですが…その人とアズサちゃんは違いました」

「話は一瞬変わりますが…アズサちゃんは実際に今回の事が終わったら、この学園での生活は終わってしまうんですよね?」

 

 そうだ、彼女はティーパーティーのミカによって入学したが違法な方法である事には間違いない。その上アリウスを裏切るとなれば…居場所は何処にもなくなる。

 アズサはきっと最初からそれを覚悟していた。なのにどうして毎日熱心に勉強に取り組めたんだ?まさにこの状況は、彼女がよく口にしていた「全ては虚しい」というのに。

 

「ですが同時に…アズサちゃんはその後ろに、いつも言葉を付け加えていました」

 

 …あぁ、そうだ。ハナコの言う通り、彼女はいつもあの言葉に反発するような事を付け加えていた。

 「たとえ全てが虚しい事だとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない」などと。

 

「そうして…ようやくその人も気づいたんです」

「…学園生活の、楽しさに」

 

「下着姿でプール掃除をしたり、皆水着で夜の散歩をしたり、裸で色々な事を打ち明け合ったり…自分を曝け出せる人達と、そういったよくある事を全力でするという事が、こんなにも楽しかったんだと」

「うん…いや、裸ではなかったけど…」

 

「……♪」

「えっ、何でオイラの方見るの?してないからな?」

「ですが筋肉も内臓も無いスケルトンのサンズさんは、実質全裸と言えるのではないでしょうか?」

「なんて事言うんだアンタ…!?」

 

 …ともかく、オレの違和感は的中していた。トリニティでの学園生活に生きづらさを感じていたのは他でもない、ハナコ本人。そんな彼女も友人達に恵まれ、ようやく本音を話せるようになった…そう解釈していいだろう。

 それぞれの事情が明らかになった事自体は良いが、肝心の試験の問題はまだ解決していない事を思い出し苦悩する。

 

「…まずは、私達の方から動きましょう」

「これまで様々な嘘や策略の中で弄ばれてきましたが…今度は私達の方から仕掛ける番です」

 

 現実に引き戻され、あれやこれやと案を出す中でハナコは立ち上がる。普段は卑猥な発言が目立つ彼女だが、ここぞという時には率先して行動してくれる。

 

「何せここには正義実現委員会のメンバーと、ゲリラ戦の達人と、ティーパーティーの偏愛を受ける自称平凡な人と、トリニティのほぼ全てに精通した人が居ます」

「その上、『魔法』という予測不可な力を使えるサンズさんに、ちょっとしたマスターキーのようなら『シャーレ』の先生まで居るんですよ?」

「この組み合わせであれば、きっと…」

 

 

 

「…トリニティくらい、半日で転覆させられますよ♡」

「…はい!?」

「えっ、どういう事!?何をする気!?」

 

「何をするも何も、試験を受けて合格するだけです♡」

 

 ハナコは笑顔を浮かべたままだが、そこには確かな『怒り』があった。

 

 

 

──────────────

 

 

 

「目標を確保した」

「流石だアズサ、仕事が早いぜ」

 

 別館の屋上。オレはある作戦を遂行する為に待機していた。どんな作戦かというと…まぁ簡単な話、アリウスがナギサを襲撃するのなら、こちらが先に彼女を救出すれば良い話だ。…無理矢理気絶させる少々手荒な方法だが。

 それを聞き計画を変え別館に向かって来るであろうアリウスの連中を迎え撃ち、正義実現委員会の到着まで時間稼ぎをするって作戦だ。

 

「さて…オレの出番といったところか」

 

 アズサとハナコが別館に到着してから数分後、こちらにアリウス生の群勢が迫り来るのを確認する。だがまだ行動に移すには早い。まだだ、まだ引きつけろ。

 

「…やるか」

 

 魔力を全身に張り巡らせ、別館の全体像をイメージする。左手を強く握りしめ、そこから魔力を放たんとばかりに上へと振り上げると共に握った手を開く。

 

「何だこれはっ…うわぁぁっ!!」

 

 一瞬の地響きの後、別館を取り囲むように夥しい数の青い骨が地面から一斉に突き出す。骨に貫かれ身動きが取れなくなり、狼狽えるアリウス生達がよく見える。

 

「クソッ!まだ動ける者はあの入り口から───」

「それもさせねぇよ」

 

 ダメ押しと言わんばかりに入り口付近にも骨を出現させ、ついでに近くに居た奴らが突き出した衝撃で宙に飛ばされ地面に叩きつけられる。

 

「爆弾を持ってこい!周囲の被害は考えるな!」

 

「(…あれが指揮官か)」

「なら…」

 

「なっ…!?」

 

 重力操作で指揮官と思われる生徒をこちらに引き寄せる。数秒前まで自分達を指揮していた奴が宙に浮いたかと思えば、忽然と姿を消した怪奇現象にアリウス生達は呆然と立ち尽くすのみだった。

 

「お、お前か…訳の分からない骨を出し続けて…一体何者だ!?」

「名乗る程の奴でもないさ。強いて言うなら…」

 

「ダジャレ好きの怠け骨さ」

 

 厳ついガスマスクにプロテクターを装着しているだけで、中身はヒフミ達とほぼ変わりない同じ年代の少女。なのに居る学園が異なるだけでここまで人生が変わるものなのか。

 もしかつてのトリニティがアリウスを追放しなければ、彼女達もごく普通の学園生活を送れたのだろうか。

 

「…すまんな」

 

 …だからと言って情けはかけられない。地面に叩きつけ気を失った事を確認すると、皆が待機している体育館にテレポートした。

 

"サンズ、お疲れ様。"

「あぁ、オイラの仕事は一通り終わったぜ」

「サ、サンズってあんな事も出来たんだ…」

「そういや…コハルどころか補習授業部の皆にはオイラの力は実際に見せてなかったな。まぁサポートだけで大した事はないさ」

 

「…はい、では難所を一つ乗り越えたところで、次のフェーズに移りましょうか」

 

 今のところはハナコの考案した作戦通りの展開になっている。オレ達の目的はアリウスの群勢の撃破ではなくあくまで時間稼ぎ。本命は正義実現委員会の到着だ。

 ナギサの失踪に身内であるコハルからの連絡、ここまで異変続きなら動き出すのもそう遅くはない筈。

 

 …そう思っていたのだが一向に来る気配がしない。まだかまだかと待っている内に突入を許してしまった証拠であろう爆発音が聞こえ、徐々に安心感よりも焦燥感が上回っていく。

 

「…参ったな」

 

 遂に骨で塞いでいた体育館の入り口さえも突破され、そこからアリウスの群勢が続々と入り込んでくる。

 

「…数が多い、大隊単位だ。多分、アリウスの半数近くが…」

「あうぅ…!こ、これだけ沢山の方が、平然とトリニティの敷地内に…!?」

「まだ、正義実現委員会が動く気配が無い…?」

 

「それは仕方ないよ」

「だってこの人達はこれから、トリニティの公的な武力集団になるんだから」

 

「やっ、久しぶり。先生にサンズ。また会えて嬉しいな」

 

 言葉を発する事も無く、黙々と訓練された軍隊のようにオレ達を取り囲むアリウスの中から姿を現したのは…よりにもよって今最も見たくない存在。

 

 

 

「……ミカ」

 

 

 

 妖しげな笑みを浮かべこちらを見つめるミカ。まるでオレ達が自分の登場を想定していなかった事を嘲笑うかのように。

 

「まぁ簡単に言うと、黒幕登場☆ってところかな?」

「私が本当の、『トリニティの裏切り者』」

 

 ミカは笑顔で正義実現委員会は自分の指示によって決して来ない事を伝えると共に、本当はエデン条約には否定的である事を明かす。その理由は余りにも単純で、身勝手なもの。

 

「ゲヘナが嫌いだからだよ」

「たった…それだけの理由でか?」

「そうだよ?私は本当に、心から…心の底からゲヘナが嫌いなの」

 

「ゲヘナのあんな、角の生えた奴らなんかと平和条約だなんて、冗談にも程があると思わない?考えるだけでゾッとしちゃうよ」

「絶対裏切られるに決まってるじゃんね?背中を見せたらすぐに刺されるよ?」

「……ここでも、か」

 

 再び想起する、地上での記憶。地上に到達したモンスター達を待ち受けていたのは人間からの謂れのない差別や偏見。

 

「急に現れた奴らと仲良くしろだなんて無理に決まっている」

「動物が人の言葉を話すなんて…気味が悪い」

「今まで閉じ込められてきたんだ、どうせその復讐をしに来たんだろう?」

 

 キヴォトスと元居た世界には何の繋がりも無いと思っていた…だがあった。嫌な側面ばかりが。どうして何処の世界でも、争いは生まれるのか。

 

「少なくとも全員が全員、アンタの思っているような悪辣な奴らばかりじゃない。ゲヘナにも良い奴が───」

「でもサンズ、私の情報が間違いじゃなければ、あなたがやってるってお店の常連客の中にはテロリストで有名な美食研究会が居るよね?」

「それ、は…」

 

「偶然気に入ってもらえたから良い関係を築けているみたいだけど、もし彼女達の口に合わなかったら…どうなっていたんだろうね?」

「今頃あなたのお店は、見るも無残な瓦礫の山になっていたかも?」

 

 アクアリウム襲撃の一件で美食研究会の本性を知った、いや知ってしまった以上否定は出来なかった。彼女達の爆破の対象に、オレの店が含まれていた可能性もゼロじゃない。

 

「…そういう訳だから、ナギちゃんを返してくれる?大丈夫、痛い事はしないよ。まぁ、残りの学園生活は全部檻の中かもしれないけど」

"じゃあエデン条約は、やっぱりれっきとした平和条約…"

 

「あっ、あの時は騙してごめんね、先生。うん、それは嘘」

「あれは本当に平和条約だよ。そもそも素直でおバカなナギちゃんに、エデン条約を武力同盟として活用するなんて事、出来ないからね」

 

 …あの時プールサイドでナギサが連邦生徒会長になるとか、邪魔者を潰す可能性があると言ったのもナギサを怪しませる為だった訳か。

 だが全てが嘘ではないとミカは付け加える。アリウスはトリニティだけでなくゲヘナも憎んでいる。だからゲヘナを憎む者同士手を取り合った、と。

 

「アリウスは最初から、トリニティのクーデターの道具だった…?」

「うん?…うん、確かに。これはクーデターとも言えるかもね。最終的にはナギちゃんを失脚させて、私がティーパーティーのホストになるんだから」

「ああ、あなたの事は分かるよ。ありがとう、白洲アズサ。私はあなたの事をあまり知らないけれど、私にとって大事な存在である事は変わりない。今までも、これからも」

 

「だって今からあなたには、ナギちゃんを襲った犯人になってもらわないといけないからね」

「…何処まで人を利用すれば気が済むんだ、アンタは…!」

 

 彼女にも彼女なりの事情があるのかもしれないが、それを知らないオレにとってミカは邪悪な存在にしか見えなかった。…いや、知ったところで許されざる事には変わりない。

 

「トリニティの穏健派を追いやって、その空席をアリウスで埋める」

「もしかしたら新しい連合になるかもね?必要なら新しい公儀会でも開いて…うん、それも良いかも?」

「それで、新たな武力集団を得て再編されたトリニティが、ゲヘナに全面戦争を仕掛ける。そう、これが私の計画!」

 

"…っ!"

「笑顔で言う事か、それが…」

 

 怒りに満ちた先生の瞳を見てミカは驚いた後に申し訳なさそうに謝罪する。

 そんな表情をしながらも計画を中止するつもりは無いらしく、指で合図をするとアリウスの群勢が続々と体育館に突入してくる。

 

「もっと丁寧にお話したいところだけど…まずは色々と邪魔なのを片付けてからにしよっか?」

 

「…先生と補習授業部はアリウスの奴らを頼む」

「オイラは…ミカを引き受ける」

 

「…気を付けて、サンズ。こうして見ただけで分かる…かなり強い」

「大丈夫さ。オイラ、アイツよりもヤバい奴と戦った事あるからよ。…だから、そっちは頼んだ」

 

 先生が指揮する補習授業部とアリウス生達の交戦が始まり、銃弾が飛び交う中でミカと向き合う。

 

「アンタは…こんな事をして申し訳ないと思わないのか?アンタを信頼していた先生を、友人を、自分の計画の為に騙して…」

「…うん、サンズの言う通り申し訳ないなぁー、とは思ってるよ?きっと私が同じ事をされたら、ショックで寝込んじゃうもん」

 

「でも今は話は別。だって今のあなた達は敵、話し合いで解決出来ない以上力で捩じ伏せるしかないよね」

「……そうか、自身の行いに『罪』を感じているのは間違いないみたいだな」

「なら…」

 

 

 

「アンタはサイアクな時間を過ごす事になる」

 

 

 

 

 

 ミカは背中に罪が這い登るのを感じた。

 

 

 

──────────────

 

 

 

「…ふふっ、何それ?最悪な時間?最悪な時間を過ごす事になるのはあなたの方じゃないかな?」

「それはどうだろうな?実際にやってみなきゃ分からないぜ。戦う選択しか無くなってしまった以上…お互い御託はもういいだろ?」

 

 

 

「さっさとやろうぜ」

 

 それが意味するのは、開戦の合図。ミカは口元に笑みを浮かべた途端銃弾の如く、そのままオレを薙ぎ倒さんとばかりの勢いでこちらに向かってくる。

 一直線、進行方向を変えるつもりが無いのなら迷わず自身の前方に骨を出現させる。

 

「あははっ、骨を出したところでどうするつもり?防御にしか使えな───」

 

「痛った…!?」

 

 ミカは破壊しようとしたのか骨に触れるも、痛みに顔を顰め思わず後退する。

 対象が背負う『罪』をダメージへと変換し、僅かではあるが確かな痛みを与え続ける。これがオレの本領────『KR』だ。

 

「(何なの…?今の痛み…まるで火に炙られたみたいにじわじわって…)」

「…いつの間にかそんな細工をしたんだ。中々小賢しい事をするんだね?」

 

「オイラは特に何もしていないさ。アンタの『罪』がそうさせたんだ」

「罪って…私を裁くつもり?いいよ、あなたの裁判ごっこに付き合ってあげる」

「私の弁護人は私自身、無罪は…」

 

「力づくでもぎ取ってみせるから」

 

 こちらを明確な『脅威』と判断したミカは手慣れた動作で銃撃を開始する。

 銃なら避け慣れている、いつも通りテレポートで…

 

「なっ…」

 

 オレの能力を把握済みなのかと見間違う反射神経に目を見開く。テレポートで移動した位置には既に銃口が向けられ、瞬時に骨の防壁を出すもその一撃は絶大そのもの。

 ミシリ、と骨がひび割れる音が聞こえる。

 

 このまま防御に徹していても勝ち目は無い。魔力の流れを変え、無数の小さな骨を生成しそれら全てが一斉にミカに降りかかる。

 襲い来る骨を彼女は何食わぬ顔で銃を鈍器のように用い破壊していく。捌き切れなかった骨が掠り一瞬動きが止まった隙を狙い、携帯しているサブマシンガンの連射を浴びせる…もまるで効き目が無い。

 

「あっ、一応銃は持ってるんだね。でもそんな豆鉄砲、私には効かないよ」

「…随分と頑丈だな?」

 

 …ブラスターなら彼女に有効打を与えられるかもしれないがここは別館。仮に放てば建物の崩壊は免れない。

 ヒフミが、ハナコが、コハルが、アズサが大切な思い出を築き上げてきた場所。そんな場所を壊すだなんて、オレには到底…

 

「何悩んでいるのかな?こんな時に隙を見せたら命取りだよ?」

 

 ブラスターを使うか否かを迷っている内にミカが手の届く間合いにまで迫っている。彼女が向けてきたのは銃口…じゃない、拳…!?

 

「…殴り倒すつもりかアンタ!?」

 

 すんでのところで避けるも、空振った拳が直撃した壁は轟音と共に砕け破片が四散する。馬鹿力とかいうレベルじゃねぇ。

 重力操作で強制的に距離を取り、ミカが飛ばされる位置に向け骨を設置、そのまま骨が砕け散る勢いで衝突する。

 

「いったぁ〜…」

「ううっ…」

 

「…ちょっと邪魔かな」

 

 硝煙と土煙が混じり合う煙の中からやれやれと言った顔で、片手で巻き込まれたアリウス生を端に退けたミカが姿を現す。

 

「凄いね、サンズ。私ってあまり戦闘経験が無いんだけど、それでもここまで長く戦ったのはあなたが初めてだよ」

「ありがとさん。こっちもここまで必死になって戦うのは久しぶりだ」

 

「だからあなたが能力で私を翻弄しているみたいに、私の『能力』を見せてあげるよ」

「へぇ、それは一体どん───」

 

 『音』が聞こえる。銃声でも、誰かの声でも、オレが魔法を使う音でもない。なら何処から…

 …上だ、体育館よりもさらに上、上空だ。上空から地上には飛来するもの…

 

「…まさかな」

 

 嫌な予感は的中した。体育館の天井を突き破り墜下してくるのは隕石。咄嗟の判断でテレポートを行うが…オレは隕石の脅威を甘く見ていた。

 被弾は免れるも落下した衝撃は体育館全体が揺れる程。その衝撃までは防げず、後ろに凄まじい勢いで吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。

 

「ぐうっ…!」

 

 意識が一瞬揺らぐ。明暗する視界が映し出すのは銃口。

 生存本能によるものか、意識ははっきりしないのにも関わらず判断は自分でも驚く程に冴えているようで、すかさず再びテレポートを行い間一髪で絶体絶命の状況を乗り越えた。

 

「ハァ…こっちは銃弾を一発でも食らったらアウトなんだぞ…」

「…えっ、そうなの!?なら先に言って欲しかったなぁ?私だって誰かを殺したくないんだよ?」

 

「…でもこれ以上私の計画を邪魔するなら、あなたの頭蓋骨を割るつもりでいるけどね」

 

 …恐らくまた隕石を呼び寄せるつもりだ。その証拠と言わんばかりに、先程の隕石によってぽっかりと空いた天井の穴から見える明け方の夜空からは、一際輝く物体がこちらに接近しているのが見えるのだから。

 

「…二度と同じ手は食らうか」

 

 だからと言って二の舞を踏むつもりは無い。空に向かって手を伸ばし、重力操作の射程内に入るのを待つ。

 

「何をするつもりなのかな…っ!?」

「何をこうも、アンタを倒す為だ…!」

 

 自身にとってよからぬ事を企んでいると察知したミカが銃を構えようとする前に青い骨で動きを封じる。無理に動こうとするがそれは逆効果、持続する痛みが彼女を襲う。

 …掴んだ。勢いこそ変わらないが確かに掴んだ。隕石は徐々に速度を落としオレに当たる直前で静止、完全にオレの制御下となった隕石の標的は───

 

 ミカへと変わる。

 

 

 

「…それはちょっと予想外だったかな」

 

 飛来時とほぼ同等の速度で迫る隕石に、ミカは骨を強引に破壊し射撃で迎撃するも無意味。

 体育館後方に居たミカの体は複数のアリウス生を巻き込みながら前方へと吹っ飛んでいった。

 

 

「ハァ…ハァ…骨の折れるお嬢様だ…」

 

 作戦の開始前にケチャップを飲み魔力を補給していたが今ではそれも尽きつつあった。最早マトモに立つ事も叶わず、膝をつく。

 

"サンズ!"

「サンズさん!」

 

 アリウスの群勢を担当していた先生とヒフミ達が、次々と来る増援に対処しつつオレの様子を見かねて駆け寄ってくる。

 

「ハナコ…そっちの戦況は…どうなんだ…?」

「まだこちらが優勢ですが…このまま増援が来るとなるとジリ貧で不利に…」

 

「まさかここまでやるなんて…正直驚いたよ。ねぇ、サンズ?」

「…!!」

 

 瓦礫を押し除けながらオレ達の前に現れたのは…ミカ。衣服こそこれまでの戦闘で汚れているものの…信じ難いが顔にはまだ余裕が残っていた。

 

「アレをモロに食らって…まだ立つのか、アンタは…」

「ううん、まぁまぁしんどいよ?あなたの骨のせいで全身がジンジン痛むしさ?でも…」

「あなたはもっとしんどそうだけどね?」

 

 笑顔で服についた汚れを落としながら彼女はこちらの体力が限界に近づいている事を見抜く。…まぁ見抜くも何も、顔や息の荒さで分かるんだがな。

 

「もう…セイアちゃんもナギちゃんも居なくなるんだし、これでようやく始められるっていうのに、変に邪魔しないでほしいなぁ」

 

 …待て、どうしてセイアまで?彼女はプールサイドで言っていた、「セイアを襲撃した奴は分からない」と。あれも…嘘だったのか?

 

「ミカさん、一つ聞かせてください!セイアちゃんを襲撃したのも、あなたの指示だったんですか!?」

「…あはっ、ハナコもそんな目をするんだね」

 

「うん、私の指示だよ。セイアちゃんってば、いつも変な事ばっかり言って。楽園だのなんだの、難しい事ばっかり」

「でもヘイローを破壊しろとは言ってないよ。私は人殺しじゃない」

「ただ卒業するまで、檻の中に閉じ込めておいた方が良いなって思っただけ。でも、自然とああなっちゃったの」

 

 …アンタは、そんな事の為だけに大切な友人すらも排除するのか?そう彼女に言おうとするも、今のオレには息をするだけで精一杯だった。

 

「それ以上は、当事者に聞いた方が早いんじゃないかな?…ねぇ、白洲アズサ。何だか一部誤解があるみたいだし、私の代わりに説明してくれない?」

「セイアちゃんがあんな事になっちゃったのが、ここまで事態が大きくなったきっかけなんだよ?」

「そこからもう色んな事がどうしようもなくなっちゃった訳だし…ねぇ、その辺りどう思う?」

「……!」

 

 

 

「ち、違う…あれは…」

 

 ミカに問われたアズサは途端、黙り込む。…『当事者』、セイア襲撃の話。まさかな、彼女がそんな…

 最悪の憶測が頭をよぎる中、一人のアリウス生がミカに何かを伝えているのが視界に入った。

 

「トリニティの生徒が一部、こちらに向かってきています!」

「…?なんで?ティーパーティーの懲戒令に背くような人達は、もう…」

 

「…居ますよ、ティーパーティーにも命令出来ない、独立的な集団が」

 

 ハナコの言葉に応じるように現れる、修道服を着た少女達。その中にはマリー、つまり…

 …シスターフッド、か。

 

「ティーパーティーの聖園ミカさん。他のティーパーティーへの傷害教唆及び傷害未遂で、あなたの身柄を確保します」

「シスターフッド、歌住サクラコ…」

 

「……あぁ、参ったなぁ。勝てるビジョンが浮かばないや」

 

 ミカは一旦は銃を構えるがこちらを見ると銃を下ろし、地面に置く。オレの勘違いでなければ、降伏の合図だ。

 

「本当は降参するつもりなんて無かったけど…想定以上に体力を消費しちゃった。何処かの骸骨さんのせいでね」

「それ、褒め言葉として受け取っていいのか?」

 

「…どうして?セイアちゃんが襲撃された時だって、動かなかったのに…今このタイミングでシスターフッドが介入するなんて、冗談きも程があるよ」

「…何を見誤ったのかな」

 

 ミカは小声で、自分の敗北の原因を考察する。ハナコが居たから?アズサが居たから?それともヒフミ?コハル?彼女達を甘く見ていたのが敗北に繋がったのは間違いないが、何より…

 先生がこちら側に居た時点で、既に敗北は確定していた。ついでにオレの能力を知らなかった事も。

 

「いやー…ダメだな、私…はぁ…」

「ミカさん、セイアちゃんは…」

「…本当に、殺すつもりじゃなかったの。今の私が何を言っても言い訳になるけど…」

 

「…セイアちゃんは、無事です」

「…!?」

「それはつまり…生きてんのか…?」

 

 ハナコの口から明かされたのは、セイアが生存しているという知らせ。

 死亡はあくまで彼女の身を守る為の擬装、現在はトリニティの外で救護騎士団の団長が側に居ながら身を隠している。それが真実だと。

 

「…良かったぁ」

 

 セイアの生存を知ったミカは安堵すると共に座り込み、オレ達の勝利を認める。

 アリウス生と共にシスターフッドに連行される中、彼女はアズサに問いかける。

 

「…アズサちゃん。自分が何をしてるのか、その結果この先どうなるのか。それは分かってるんだよね?」

「もちろん」

 

「…トリニティが、あなたの事を守ってくれると思う?」

「これからずっと追われ続けるよ。ずっと、何処に行っても」

「…あなたが安心して眠れる日は、来るのかな?」

「それに、サオリから逃げ切れると思う?アリウスの出身なら勿論知ってるよね、et omnia vanitas…」

 

「うん、分かってる。それでも私は最後まで足掻いてみせる、最後のその時まで」

「そしてオイラ達がアズサを支えるさ。アンタが今言ったみたいに、安心して眠れる日が来る日までな」

 

「……そっか」

「良い仲間を、持ったんだね」

 

 体育館の窓から差し込む朝日に照らされたミカの顔は、何処か寂しげな表情をしていた。

 

 

 

──────────────

 

 

 

「オイラの事はいいからさ…アンタらだけでも先に行ってくれないか…?」

「駄目。サンズも行かないと」

「おわっ…」

 

 オレを背負いながら走り出すアズサの後を追うヒフミにコハル、ハナコに先生。何故走っているのかって?そりゃ肝心の試験をまだ終えていないからだ。

 試験開始まで残り1時間を切った上にここは広大なトリニティ学園。走らなきゃ間に合わない。

 

「や、やっと到着しましたね…」

 

 ようやく試験会場まで辿り着き全員の息が絶え絶えの中、会場前に居たのは正義実現委員会の生徒。懲戒令が敷かれていた事を思い出すも、彼女の顔を見るにその心配は無さそうだった。

 

「お待ちしておりました、補習授業部の皆さん。ハスミ副委員長からの伝言です」

「頑張ってください、と…」

 

 ハスミからの伝言を受け取り会場内へと入る。試験を行う教室に近づいていく度、周囲の緊張が高まっていく。

 

「ここが目的地…なんだが…」

「…アズサ、そろそろ下ろしてくれないか?」

「あっ…ごめん、軽くて背負っている感覚が無かった」

 

"…とにかく、私達が同行出来るのはここまでだね。"

「応援してるぜ。アンタらならきっと、いや絶対にやれるさ」

「はい、ありがとうございます…!」

「私が本当にエリートだって事、証明してあげるんだから!」

「今まで皆が教えてくれた事は、決して無駄にはしないから」

「ふふ…では、行ってきますね?」

 

 

 数日後、試験の結果が返ってきた。条約に陰謀に隠し通してきた本心…補習授業部は多くの困難に立ち向かい、乗り越えてきた。

 そんな彼女達の結果は、見なくとも既に分かりきっていた。

 

 

 

ハナコー100点

アズサー97点

コハルー91点

ヒフミー94点

 

 

 

「…やったな」

 

 全員、合格だ。

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