Blue Archive: Visitor From Underground   作:暗黒星 堕零

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In Paradisum

「…クリア。ここまでは安全」

「随分と寂れてんな、ここ」

 

 バシリカに通ずる旧校舎に向かう為に本格的にアリウス自治区に足を踏み入れる。そこに広がる光景は…『廃墟』以外の何者でもなかった。

 明かりが灯されている建物は何一つ存在せず、窓は割れ、劣化によって崩壊した建物の瓦礫が道に散乱している荒廃っぷり。

 

「おかしい…街が静か過ぎる。元々人通りが少ない場所だが、ここまではなかった筈だ」

「な、なんか…知らない物がいっぱい増えてます…」

「そうだね…違和感は、私もさっきからすごくある」

 

 ここに初めて来たオレと先生は彼女達の言う『違和感』にイマイチこないが、確かに見た事の無い武器にミサイルらしきものの残骸に…街にあるには不自然過ぎる物体があちこちにあった。その上…

 

「…なんでまたアイツらが居るんだ…?」

 

 前方に人影を発見、物陰に隠れ注視すると、そこに居たのはまさかの聖徒会。アリウス側のエデン条約が取り消された以上もうお目にかかる事は無いと思っていたが…嫌な再会だ。

 

「…っ、今の声は、確か…」

「エデン条約の時に『戦術兵器』として使ってた『アンブロジウス』の悲鳴だよ。…確かにあの時、私達が扱った複製で合ってるみたいだね」

 

 『アンブロジウス』なる名前は初耳、だが今聞こえたサイレンのような叫び声には聞き覚えがある。古聖堂周辺で勃発したアリウスとの決戦で対峙したデカい修道服を着た奴…あれがアンブロジウスだったか。

 しっかし訳分かんねぇものがそこら中にあって人ならざる者が闊歩しているこの状況、想像を絶する最悪っぷりだな…

 

「という事は…」

「…複製は、一度でも成功させればいいだけで…」

「つまり、本来の私達の任務は…『姫を古聖堂に連れて行って複製を発動させる事』だけだった…?」

 

「じゃあ、トリニティとゲヘナの占領任務は…」

「───彼女には、どうでもいい事だった…?」

 

 マダムが彼女達に幼い頃からトリニティとゲヘナへの偽りの憎悪を植え付けてきたのも、恐らくいつか彼女達に課す任務を円滑に行う為。…とことん腐りきった野郎だ。

 

「じゃあ、私達の任務は…」

 

 

 

「一体、何の任務があったのか」

 

 突如としてこの場に居る者の誰でもない、妖艶さと邪悪さが入り混じる声が辺りに響き渡る。

 気づけばオレ達は生徒会の集団に包囲されている状態。腐ってもこれまでアリウススクワッドを導いてきた存在、彼女達の考えている事はお見通しって訳か?

 

「チッ…罠か」

「…私達がここに来るって分かってたんだ」

 

 

 

「えぇ、勿論です」

 

 声の出所はオレ達を取り囲むアリウス生の一人が持つ通信機から。これがマダム…ベアトリーチェか。

 

「ここは私の支配下にある領地。皆さんの位置や目的地、その経路に至るまで全て把握しております」

「あなた達が旧校舎の回廊に行こうとする事も最初から分かっていました。愚かな子供達───私に隠し事なんて、不可能ですよ」

 

 『愚か』なのは一体どっちなんだろうな、と言いたくなる。言葉遣い自体は礼儀正しいが、言葉の随所に自身が絶対的な支配者である事を誇示する傲慢さが見え隠れしていた。

 

「あなた達の任務は最初から『ロイヤルブラッドを古聖堂に連れて行き、聖徒会を顕現させる事』…それだけです」

「パスは一度接続さえすれば、次からは私が統制出来るので。マエストロは自分の作品を奪われるようだと嫌がっていましたが」

 

「まぁ、トリニティやゲヘナを占領するかどうかなんて、私にとっては些末な事です」

「この自治区が長年抱いてきた憎悪を統制する為の方便ですから。私自身は、あの学園に何の遺恨もありません」

 

 …やはりか。アリウスの生徒達はマダムの身勝手な目的の為に、抱く必要の無い憎悪を抱かされていた。

 奴にとって、生徒は道具でしか無いのか?彼女達のこれまでの人生は、一体何だったんだ?

 

「……!」

「そうですね。ですから、あなたは任務を遂行したと言えるでしょう。私に複製の能力を提供しましたし───」

「ロイヤルブラッドも素直に生贄として捧げてくれました。あなたは言い付けをよく聞くいい子ですね、サオリ」

 

「…何が『いい子』だ。好き勝手生徒達を弄びやがって…」

「…おや、いらしたのですね。黒服から話は予々聞いておりましたよ、サンズ」

「丁度あなた『達』とは一度お話をしておきたかったのです」

 

「改めて初めまして、先生、サンズ」

「私はベアトリーチェと申します。既にご存知かもしれませんが、『ゲマトリア』の一員です。通信越しでの挨拶となる事をお許しください」

 

 オレの口から言葉として飛び出た憤怒に一切動じる事無く、マダムは会話の相手をオレと先生に切り替える。

 

"あなたが、アリウスを支配している…ベアトリーチェ?"

「はい、そして、ゲマトリアにおける唯一の成功者です」

 

「ふふっ…私の事が気になりますか?どうやってアリウスを手に入れたのか…必要ならば、あなた達が知っている情報と交換する事も出来ますよ?」

 

 オレ達の答えは勿論NO。にも関わらずマダムは自分がどのようにアリウスを支配したのかを一方的に語り始めた。

 その方法は魔法や超能力のような非現実的なものでは無い、余りにも生々しいもの。むしろ超能力だった方が良かったと思う程に。

 彼女が利用したのは『感情』。憎悪、怒り、軽蔑、欺瞞…あらゆる負の感情を用いて生徒達を操ってきた。

 

「生の謙虚さを教える金言は、無価値な空虚へと歪曲し…」

「堕落を警戒する厳格な自責は、逃れられない罪悪感へと歪曲し…」

「事実を歪曲し、真実を隠蔽し、本心を曲解し、嫌悪を助長し、憎悪を煽り、他人を、他人を、他人を、他人を───永遠に、お互いを、他人とさせる事」

 

「楽園は永遠に届かないからこそ、楽園たり得る。その地獄の中で『大人』は『子供』を支配し搾取し、捕食します」

「えぇ───誰かにとっては地獄でしょうが、これこそ『大人』の安らかなる楽園」

「ですから私のこれも、理解して頂けますよね?先生?」

 

 全ての生徒を分け隔て無く愛する先生にとって奴の言葉は宣戦布告に等しい。先生が『ラブ』を持っているのならば、奴が持つのは…『LOVE』だ。

 

「そして、ロイヤルブラッドをこのまま放っておいて頂けませんか?」

「そりゃ無理な要求だ。アンタにとってアツコは大切な存在かもしれないが、こっちにとっても大切な存在なんだよ」

「…きっと大切と言っても『道具』という意味だろうけどな」

 

「ほう…ではあなたは彼女の犠牲によってもたらされる恩恵…例えばこの世界の『真実』を知りたくはないのですか?」

「…真実…?」

 

 元研究者にとって、理解の及ばないものの真相を知るという事は実に興味深いもの。悔しい話だが、彼女の言葉に興味を抱いてしまった。

 

「この世界は正体不明で───理解などが一切及ばない、神秘と恐怖が入り混じった崇高の転炉」

「えぇ…私は、この世界の真実を教える事も出来ます。いかがでしょう?この機会を逃したら、次は二度と無いかもしれません」

 

 …確かにキヴォトスには一体どんな秘密が秘められているのか。知りたいという気持ちがあるのは否定出来ない。だが───

 

"そんな事には興味無い。"

 

「犠牲ありきの真実なんて願い下げだな」

"誰かの犠牲で到達出来る真実なんて必要無い。"

 

 オレと先生の思う事は一緒だった。そもそもサオリとの約束を破った奴から教えられる事が本当かなんて信じられる筈が無い。

 

「…くくくっ、そうですか…やはり、こうなるのですね」

「どうやら私達は、お互いに違う真実を信じているようです。えぇ───あなた達こそ私の敵対者で、間違いはありません」

 

「えぇ…理解しました。あなた達の語る楽園は『エデン条約』だったのですね。皆の友情で悪を退ける、単純で理解しやすい世界」

「くくっ…どうして、子供達の考えはこんなに純粋で単純なのでしょうか」

 

「…そういうアンタの考えは随分と捻くれてるみたいだけどな?エデンは楽園、それだけで十分じゃないか」

「そこに露悪的な意味を付け加えて何の意味がある?悪い大人のやりそうな事だぜ」

「露悪的?いいえ、私は本当の事を教えたいだけです。あなたが想像している通り『エデンという楽園こそ、原罪が始まった場所だ』と…」

 

"ベアトリーチェ。"

 

 通信機に一歩近づいた先生の顔は、発せられた声は、訓練場跡でアリウスの歩んだ歴史を聞いた時と同様に怒りで満ちていた。

 

"あなたは生徒を、私達を侮辱した。"

"そして「教え」を、「学び」を侮辱した。"

"私は大人として、あなたを絶対に許す事は出来ない。"

 

 誰よりも慈愛に満ち、誰よりも生徒を想う彼にとってマダムは『敵』以外の何者でも無い。まぁそれは…オレ達も一緒だけどな。

 

「…それは、宣戦布告だと思っても?」

「いいでしょう、バシリカでお待ちしております。───もし到達出来るのなら、ですが」

「そこで決着をつけましょう」

 

「さぁ先生───不可解な者よ」

「黒服はあなたを仲間と認識し、互いに競い合えると信じ」

「マエストロはあなたを理解者と認識し、互いに高め合えると信じ」

「ゴルコンダはあなたをメタファーと認識し、互いを通じて完成されると信じ」

「そして私はあなたを敵対者と認識し、互いに反発すると信じています」

 

「あなた…いや、あなた達は私の敵です」

「始末してください」

 

 マダムの言葉に応じるようにアリウス生は銃を構え、聖徒会が顕現する。

 「私の敵」?そんなのわざわざ言われなくても分かってるさ。むしろ言ってくれたお陰で躊躇する手間が省けた。

 

"行こう!スクワッド!サンズ!"

 

「ああ!」

 

「急ぎの用があるんだ、退いてもらうぜ」

 

 

"ミサキ!向こう中央の固まっているところを狙って!"

「分かってる」

 

"(聖徒会が縦に一直線…)"

"ヒヨリ!今だよ!"

「はっ、はい!」

 

 先程休憩し体力を回復した事でスクワッドの調子も改善、先生の指揮も相まって優勢な状況が続いていた。迫り来る敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ…前衛はサオリのみだが、骨の防壁でカバーする。

 

「空の旅にようこそ。そして…」

 

「急降下に気をつけな」

 

 一斉に地面から飛び出した骨の衝撃により宙に浮く敵。それを事前に見越して空中に重力操作で浮かせておいた瓦礫の破片から出現した骨が、今度は敵を地面に叩き落とす。

 

「ざっとこんなも……ん?」

"向こうが何か騒がしいね…"

 

 数こそ多いが対処しきれる程度、このままなら夜明けになる前に至聖所まで辿り着ける…そう思った矢先、前方が騒がしい事に気づく。まるでオレ達とはまた別の脅威に襲われているような…

 

「お前は確か…ぐっ…!?」

「背後から奇襲!兵力を分散させろ!」

 

「…まさかだけど『ミ』から始まるアイツじゃないよな…」

 

 その『まさか』は当たってしまった。前方を塞ぐアリウス生達を薙ぎ倒しながら現れたのは、退廃的なアリウス自治区とは正反対の純白の衣服を纏いピンク色の髪を靡かせる少女…

 

"ミカ…!?"

「…まさか、ここまで追いかけてきたのか」

 

「久しぶり…って程でもないか。また会えて嬉しいよ、サオリ」

 

 こっちは微塵も嬉しくない。今ここで会いたくない奴堂々の第一位だ。

 

「先生が指揮するスクワッドにサンズ、どうやったら勝てるか考えてみたんだけどさ…あんまりいいアイデアが思い浮かばなくて」

「とりあえず一回ぶつかってみようかな?って思って来てみたんだけど…」

 

「…やっぱダメだったね」

「相変わらず強いね、先生は」

 

"ミカ…!今はこうしている場合じゃ…!"

 

 先生の制止も聞かずミカはどんどんこちらに接近してくる。張り付いたような笑顔が彼女の威圧感を助長させていた。

 

「…ごめんね先生。私、元々言う事を聞かない『悪い子』だったでしょう?」

「先生が今どういう状況なのかは大体分かるけど…その言葉には従えないの」

「私は何度も先生を裏切ってきたし…それが1回や2回増えたからって、今更変わる事も無いし、うん」

 

 どうやらミカの戦うという意思は変わらないらしい。先生なら彼女を止められる…と思っていたが最早そういった域を飛び越えているようだ。

 …だが彼女がオレ達を追跡してくるだろうという事は予測済みだ。その為に色々仕込んでいたからな。

 

「あれっ…?おかしいな、体が何か重いや…」

「…アンタがいつ来てもいいように、これを解除しないままで良かったよ」

 

 再発動した重力操作がミカをその場に留まらせる。動きが完全に停止した事を確認すると彼女の真下に青い骨を出現させ、一切の抵抗を出来ないようにする。

 

「そして体育館でアンタに這い登った『罪』は───」

 

 

 

「未だにしがみ付いている」

 

 一体のブラスターから放たれた光線は容赦なくミカに襲いかかる。ただでさえ高火力の光線、そこにKRによる多段の痛みが上乗せされれば…

 

 

 

「…それは、ちょっと…反則、じゃない…?」

 

 幾ら膨大な戦闘力を有するミカでもただでは済まない。

 

 

「んんっ…痛いね…予想外の事をしてくるサンズが居ると厄介だな…」

 

 青い骨が消え、自身を支えるものが無くなったミカはその場に崩れ落ちるもすぐさま立ち上がる。

 …確実にかなりのダメージを与えた筈だが…相変わらず頑丈な奴なこった。

 

"ミカ…セイアは多分無事だよ。"

"だからトリニティに戻って…ミカを傷つけたくない。"

 

「先生…」

「ごめんね…私はいつもこんなだよね…」

「私みたいな問題児はさ…先生に何度も心配をかける生徒は…先生の傍に居られないって事も、よく分かってる…」

 

 平静を装っていたミカの瞳からは涙が浮かび上がり、自身の行いが如何に間違っているのかを止めどなく溢れる涙を拭いながら語る。

 「間違っていると分かっているのなら、どうしてこんな事をするんだ」…そう問いかける間も無く、彼女は自身の胸の内に抱えていた思いを声をかける暇が無い程の勢いで吐露し始めた。

 

「でも…私…」

「私…わたしには…」

 

「もう、帰る場所が無いの…トリニティにも…何処にも…」

「私はトリニティの裏切り者で、皆の敵で…何度もセイアちゃんを傷つけてしまった魔女だから…」

「学園から追い出されたら、ナギちゃんにも、大切な人達にも…二度と会えなくなる…」

「生徒じゃなくなったら…私みたいな問題児、先生だって、もう会ってくれないよ…」

「私に、これ以上幸せな未来なんか訪れないって事も、よく分かってる…」

 

「わ、私は…悪党だから…人殺しだから…」

「だから…私に残っているのはこんなものしか、無いの…」

 

 

 

「なのに、あなた達は…どうして?」

「私は大切なものを全部失ったのに!!───ぜんぶ、奪われたのに!!」

「あなた達は…どうして?」

 

 …何故ミカがここまで追い詰められてしまったのか。馬鹿正直に言えばそれは彼女の自業自得によるもの。だが同時に、ミカの受けている過剰なまでの私刑を知っている以上、彼女が置かれている状況に同情してしまう。

 

「あなた達が何の代償も支払わないで、何も奪われないでいるなんてそんなの…」

「そんな事、許したら…私は…」

 

「私は…何者でもなくなってしまう…」

「私には、何の意味も残らない…」

 

 …それでも他人に同じ苦しみを味わわせる理由にはならない。新たな罪を積み重ねる事になる。

 

「わたしは…」

「わたしは、どうしたらいいの…」

 

 

 

「スクワッドを───サオリを、そのままになんてしておけない…」

「その女が、何の代償も無く先生の庇護を受けるなんてダメ…」

 

 先程まで泣いていたのが嘘のようにミカの涙は引っ込み、明確な殺意に溢れた眼差しでサオリを見据える。あまりの豹変っぷりに思わず後退した。

 

「だから先生、サンズ、私を止めないでね」

 

 虚ろな表情をしたまま、ミカは前方に広がる闇へと消えていった。先生の言葉に耳を貸す事も無く。

 

「……」

「こりゃ面倒な事になったな…」

 

 ただでさえアリウスから追われているというのに更に馬鹿強い追跡者が一名追加。キツいってもんじゃねぇ。

 …だからと言ってここで足を止める訳にはいかない。いつ再び現れるのか分からないミカに警戒しながら、オレ達は先に進むのだった。

 

 

 

──────────────

 

 

 

 追手を迎え撃ち、または隠れてやり過ごし…遂に辿り着いた、アリウス分校の旧校舎。

 

「こっちだ」

"ここがアリウス分校の、昔の校舎…"

 

 例に漏れず到底校舎とは思えない荒廃っぷり、最早遺跡と言っても差し支えない。古びた街灯が、ぼんやりと照らし出していた。

 

「昔はここでアリウス生が勉強をしていたのでしょうか…ど、どんな事を学んでいたんでしょう…」

「さぁ…それを覚えている人は、もう居ないだろうね」

 

 「覚えている人はもう居ない」。下手すりゃ一世紀以上前に建てられた場所なんじゃないか?

 ここで過去に何が起こったのか気になるところだが、オレ達は歴史を学びに来た訳じゃない。老朽化で朽ち果てた校舎内に入り、地下に通ずる道を探していく。

 

「み、見つけました!こっちです!」

「そうか」

 

 地下回廊への道は案外早く見つかった。ヒヨリの案内の下今にも崩れ落ちそうな足場を恐る恐る進み、そこに広がっていた光景は…

 

「…懐かしさを感じるな」

 

 天井を支える柱が均一に立ち並び、崩落した壁の隙間からは月光の微かな明かりが差し込む回廊。

 …回廊。『サンズ』という存在を語る上で切っても切り離せない場所。オレはそこで人間を審判し、戦い…何度も殺された。今思えば、オレが最も長く過ごしてきた場所は回廊だったかもしれない。

 

「…待って」

「リーダーの言葉通り、ここがバシリカまで一直線に繋がっている通路なら…この地形は危ない」

「待ち伏せの可能性なら私も考えている。だが、むしろ一直線なら…」

 

「いや、聖園ミカの話」

「私が彼女ならどうするのか…考えたの」

 

 直接的ではないが「あなた達を追いかける」と言っていたミカ。急に心変わりでもしない限り、彼女がオレ達を密かに追跡している事は確か。こんな古臭い所で隕石でも落とされたらたまったもんじゃねぇ。

 

「彼女にとって一番の障害は多分、先生とサンズの存在。怪我をさせたくもないし、先生の指揮も厄介だろうから」

「でもアンタらスクワッドの事は憎いまま。先生に危害は加えずに、スクワッドを始末する方法は…」

「うん。きっと…」

 

 

 

「…何だこの音?」

 

 突如として辺りを激しい揺れが襲う。一体何が起こっているんだと見回す中───

 

 一本の柱がこちらに向かって倒れてくるのが視界に入る。

 

「嘘だろオイ…」

 

 突然にも程がある出来事にテレポートを発動する暇も無く、決死のダイビングによってすんでのところで危機を免れる。

 

「くっ…先生、大丈夫?」

"うん、何とか…"

「し、死ぬかと思った…」

「よ、よかったです…急に柱が壊れるなんて…一体…」

 

「…いや、壊れたんじゃない。『壊された』んだ」

「壊されたって…ま、まさか…」

 

「あ、ああっ!?リ、リーダーは!?」

 

 …そういえばサオリの姿が見当たらない。ミサキが何処に居ると呼びかけると、崩れた柱の反対側からサオリの声が。とりあえずは無事で良かっ…

 

「あ、ああっ!まだ終わってないんですか!?もっと倒れてくるっ!?」

 

 …冗談としか思えない光景、ドミノ倒しの要領で他の柱も次々と倒れてくる。避けては走り、骨で防ぎ…

 

「こ、今度はマジで死ぬかと…」

「…けほっ、けほっ」

「ダメだ…完全に塞がれてる」

 

 ほぼ全ての柱が倒れ、ようやく終わったかと汗を拭うも更なる問題が発生。

 一本目の柱が倒れた頃にはまだあった道も無数の柱によって塞がれ、サオリと分断されてしまった。

 

「リーダー、聞こえる?そっちに戻る道が塞がってないなら、合流地点を探すよ」

「…いや、それは厳しそうだ」

 

 

 

「…良かった!先生達が巻き込まれるかもと思って、威力を下げたんだけどさ。それでも不安だったから」

「まぁでも錠前サオリ───こうして、あなたが綺麗に残ってくれて良かった」

 

 

 

「…本っ当にしつこい奴だなぁ」

 

 

 ここからでは向こうがどうなっているのか全ては把握出来ないが、声からしてサオリ以外にミカが居る事だけは確実に分かる。

 それにしてもまぁ…執着心が強いったらありゃしねぇ。アンダインを彷彿とさせるぐらいには。

 

"ミカ!!やめて!!"

 

「…ごめんね、先生。それは出来ないよ」

 

 先生の必死の訴えも、今のミカにはもう届かない。制御の効かない暴走列車状態だ。

 …しかしマズい。非常にマズい。幾ら幼少期から戦闘訓練に明け暮れてきたサオリと言えど、単騎かつ先生の指揮無しでミカに勝てる見込みは…皆無に等しい。

 

「先生…」

"…うん。"

 

「待ってろサオリ!今テレポートでそっちに…!」

 

「来るな!!サンズ!!先生!!」

「…っ!?」

 

 先生達を連れてテレポートで向こう側に移動しようとした途端、サオリの言葉に呼び止められる。

 

「時間が無い…そのままアツコの所へ行ってくれ!」

「…姫を、頼む」

 

 スマホが示す現在時刻は既に夜明けまで1時間を切っていた。…もしサオリの言葉を無視し彼女を支援に行こうものなら、最悪の場合ミカに全滅される上アツコも助けられない、絵に描いたようなバッドエンドを迎える事になる。

 

「リ、リーダー…!」

「…リーダーの言う通りだよ。あるのかも分からない道を探す時間は無い」

「それに、もし道を見つけたとしても───手遅れだよ」

 

「今のリーダーではミカの相手なんか出来ない。サンズの力で向こうに行ったとして、限られた時間内に倒せるとは思えない」

「で、でも…」

「だから…このまま姫を助けに行くのが正しいよ。私達が何の為にここに居るのか、考えて」

 

「最終判断は先生に任せる…」

「それに、ミカは自分がやっている事を自覚しているみたいだけど…そんなあの女を先生は説得出来るの?」

「…オイラはミサキの意見に賛成だ。今のミカを止められるのは…恐らくミカ自身しか居ないだろうな」

 

 先生の顔はかつて無い程に苦悩に満ちていた。助けなければならない生徒が居る事と、生徒を見捨てる訳にはいかないという考えに板挟みになっているんだろう。

 

"………私は。"

"…目的を果たすだけだよ。"

 

"急ごう。"

 

 彼の選択は先に進む事。走り出した先生にオレ達も続いて、至聖所へと向かう…筈だった。

 

"ごめん、やっぱりミカとサオリを見捨てられない。"

「…だろうとは思ったよ」

 

 やはりと言うべきか、先生は途中で立ち止まりサオリ達の元に行く事を決断した。ミサキとヒヨリは時間が無いと言い聞かせるも彼は「彼女達の元に行く」の一点張り。

 夜明けは着実に近づいて来ているが、そもそもあのマダムが律儀に夜明けまで待つとは思えない。先生達の行動によってタイムリミットを早める可能性も十分あり得る。…なら。

 

「…じゃあ、アンタらはサオリ達の所に行け。オイラは先に至聖所に行ってアツコを救出する」

「た、単独でですか…!?危険ですよ…!」

「それを承知の上で、さ。まぁ安心しな、オイラには…」

 

「いや、きっとこのやり取りもマダムは見ている。だから詳しくは言えないけど…『秘策』があるからアンタらは早く行きな」

"…分かった。行こう、ミサキ、ヒヨリ。"

 

 先生達が来た道を戻って行くところを確認すると、あえて意味の無いテレポートを行う。消えた一瞬の間に『あるもの』を右胸に付け、何処にあるのかも分からない至聖所を探し求め始めた。

 …と言ってもその姿は、誰にも見えないだろうがな。

 

 

「(ここか…至聖所ってのは)」

 

 広大な旧校舎を駆け回り、ようやく至聖所に到着する。行き止まりだったり別の部屋だったり…至聖所を探す過程で訪れたどの場所よりも一際開けた空間にはある二人がそこに居た。

 

「(アイツがベアトリーチェか…)」

 

 まず目に入ったのは、中央で上空に浮かび上がるホログラムでもモニターでもない…未知の力で先生達の様子を映し出したものをジッと見つめる、赤い肌に白いドレスを纏った女性。サオリからの情報で奴がベアトリーチェで間違いない。

 鮮血みたいな赤い肌もそうだが、頭部上部を覆い尽くす無数の翼のそれぞれに付いた真紅の瞳の禍々しさといったらありゃしねぇ。嫌でも『敵』と分かる見た目だ。

 

「(…アツコ!)」

 

 そしてオレ達の目的であるアツコは…不気味な怪物が描かれたステンドグラスから差し込む光に照らされていた。…血管、或いは茨のような刺々しいものに身動きを封じられ、磔にされながら。

 

「(…何が丹精込めて教えた、だ。人として扱ってねぇじゃねぇか…)」

 

 …おっと、どうして堂々と居るのに気づかれていないのかについて話していなかったな。理由は右胸に付いている『コレ』だ。

 オレがミレニアムでウタハ達と共に固有武器の仕上げを行った際協力の礼として貰った、通称『ステルスバッジ』。付ければ体が透明化しレーダーにも探知されなくなる。どういった技術なのかは分からないが、こんな時には打ってつけのアイテムだ。

 コレのお陰でマダムはオレの存在に気づいていない。このままアツコを救出してさっさとおさらばしよう…そう思った途端、

 

「せ、先生…!?」

 

というサオリの声が上空の映像を通じて至聖所に響き渡る。映し出されていたのはミカとそんな彼女と激闘を繰り広げたのか満身創痍のサオリ、先生にミサキとヒヨリ。

 

「せ、先生…えっと…」

"ごめんね、ミカ。"

 

 困惑するミカの目を見つめ、先生は彼女に謝罪する。自分がきちんと説明をしなければならなかったのに出来ずに、ミカと向かい合って、きちんと話をしなければならなかったにと。

 

「ど、どうして先生が私に謝るの…?」

「先生は悪くないよ…悪いのは私でしょう!?それなのに、どうして…」

"生徒の命が懸かっていたから、サオリの手伝いをしているんだ。"

 

"だから───アツコを助けたら、一緒にトリニティに戻ろう。"

 

 先生の言葉にミカは一瞬笑顔を見せるも、これまで自身が行ってきた事を思い出し顔は再び陰りに覆われ始める。

 

「私がどんな子か知ってる…?───私の何を、知ってるの?」

「私は…『魔女』だよ」

「何か勘違いしてない?先生、ちゃんと私を見てる?この姿を───私が犯した罪を」

 

 どうやらミカは先生は自分の事を何も分かっていないと思っているらしいがそれは間違いだ。オレは彼の補佐として、如何に彼女の事で思い悩んでいたのかを知っている。

 だからこそ先生は、自分がミカをどう思っているのかを包み隠さず話した。

 

"そうだね───ミカは悪い子だ。"

 

"人を騙し、己を偽り。"

"人を傷つけ、己を傷めつけ。"

"そんな事をしておきながら、結果を受け入れる事が出来ずに泣いてしまう───そんな子だ。"

 

"でも、和解の手を差し伸べようとする優しさも持ち合わせているし、嫌われる事を恐れて自傷してしまう、不安定な子供でもある。"

 

"ミカは魔女じゃないよ。"

"ミカは、人の言う事を聞かないだけの不良生徒だ。"

 

"だから───ちゃんと、話を聞かせてほしいな。"

 

 それでも何故こんな自分に手を差し伸べてくれるのか、ミカは分からないままだった。

 

「そのまま、振り向かないで行ってくれたら良かったのに…どうして私を苦しめるの…?」

「こんな…最後まで…まだ私にチャンスがあると信じさせるの…?」

 

"大丈夫、ちゃんとあるよ。"

"チャンスは、無ければ作り出せないからね。"

「…そ、そんなの無茶苦茶だよ」

"もしそれがダメでも、次のチャンスを作ればいい。"

 

"失敗したとしても、何度でも。"

"道が続いている限り、チャンスは何回だって生み出せる。"

 

 オレの道は途切れていたから…チャンスなんてものは生み出せなかった。訪れなかった。

 だが彼女達の道は…何処までも続いている。その道がたとえ困難なものであろうとも。

 

"ミカ、サオリ…"

"一度や二度の失敗で道が閉ざされるなんて事は無いんだよ。"

 

"───この先に続く未来には、"

 

 

 

"無限の可能性があるんだから。"

 

 

 

「戯言もそこまでになさい!」

 

 先生が喋り始めた時からあからさまに苛立ち始めたマダムが、遂に我慢の限界に達し声を張り上げた。無数の目の全てが先生を恨めしく睨み付けている。

 

「よくも私のバシリカでそんな戯言を言えますね」

"ベアトリーチェ…!"

 

「興が冷めました。見世物はここまでといたしましょう」

「───あなた達の位置を、私が知らないとでも?いいえ、私は見守っていただけ」

「こんなつまらない余興はもう終わりにしましょう。さぁ、今から私の全力を尽くしてあなた達を相手して差し上げます」

 

「───儀式を、始めましょ…」

「…そんな!馬鹿な…!」

 

 振り返り、生贄として捧げられたアツコの姿を確認しようとしたマダムは異変に気づく。

 ───そのアツコが、何処にも居ない事に。

 

「ようやくお気づきになられたみたいだな、マダム?」

「あ、あなたは…!」

 

 バッジを外し、柱に寄りかかるオレの姿を捉えたマダムは酷く動揺している。いつからここに、と言いたげな顔だな?

 

「アンタがあの『見世物』に夢中になっている間にアツコは安全な所に移動させてもらったぜ」

 

 

 

「………」

「…ここは、家?」

 

【ちょっとの間そこで待っていてくれ。終わったら迎えに行くからさ】

 

「…そっか。助けに、来てくれたんだ」

 

 

 

「少なくとも、この短時間じゃアンタが見つけられない所さ」

 

"サンズ!そこに居るんだね!"

「おう。作戦成功だな」

 

 映像越しにこちらに呼びかける先生の声に応える。スクワッドはアツコの無事を知ると安堵の表情をしていた。

 

「…あなたは自分がした事がどれ程重大なのかをお分かりですか?」

「いいや、知ったこっちゃねぇな」

「ロイヤルブラッドの神秘を搾取し、キヴォトス外から到来する力を借り…自分の存在をより高位のものへと昇華させる為の儀式…」

「そうして高みに登り、この世界を救う───それこそ大人が到達すべき境地だというのに…!」

 

「世界を救う?今まで大勢の生徒を食い潰してきたアンタがか?冗談キツいぜ」

「ふふっ…ふふふっ…そうですか。ですがロイヤルブラッドを救出したところで、あなた達を生かしてここから出すつもりはございません」

 

「さぁ、ユスティナの聖女バルバラ…」

「戯言ばかりの先生の口を封じなさい!!」

 

 マダムの声に応じて先生達の元に現れたのは、周囲の聖徒会よりも遥かに巨大な体躯を有する複製。

 見る者を畏怖させるガスマスク、物々しい雰囲気の拘束具を身に纏い、人が持つには些か巨大過ぎる武器を軽々と持ち上げる。

 

「あれは───」

 

 サオリの声とバルバラと呼ばれる者の猛烈な射撃音が重なると同時に映像は途切れた。

 

「…さて、サンズ。あなたは私が直々に葬りましょう」

「へぇ…アンタに戦う力があるようには思えないがな?」

 

「そうですね…ですが事前に儀式を進めていたお陰で、不完全ではありますが私は高位の存在の姿を得る事が出来ました」

「…とことん裏切るのが得意みてぇだなアンタ?」

「ご安心を、すぐにあなたのお仲間も…」

 

「あなたと同じところに送って差し上げます!!」

 

 その言葉を皮切りに、マダム…いや、ベアトリーチェの姿が変化していく。

 彼女の赤い肌の色素を吸うように中心に赤い根が張り巡り、不気味なまでに体と腕は細長く変異し、頭部の翼は花弁の如く開き無数の目がこちらを凝視する。背後にヘイローに似た大きな輪を掲げながら。

 

「さぁ、その目にしかと映しなさい!」

「これが私…高位の存在となった姿です!」

 

 醜悪な内面がそのまま具現化した姿でベアトリーチェはこちらを見下ろす。自我の欠片も無さそうな見た目だってのによく喋るもんだ。

 

「…んじゃ、そんな高位の存在となったお前に質問だ」

「……」

 

 

 

「救いようの無い悪党でも変われると思うか?」

「努力さえすれば、誰でも良い人になれると思うか?」

 

 

 

「何を言うかと思えば…私が悪党とでも言いたいのですか?」

「結局のところ正義も悪も関係ありません、勝者が『全て』なのですよ」

 

「…まぁ、聞くだけ無駄だったか。でもありがとさん、後腐れ無くブッ倒せる姿になってくれてさ」

 

 

 

「長年に渡り積み重ねてきたお前の罪、今こそ清算させてもらうぜ」

 

 

「ちぃっ…!」

「ハハハハッ!!先程までの威勢は何処に行ったのですか?」

 

 …啖呵を切ったはいいものの、やはり今までアリウスを支配してきた奴と言うべきか中々手強い。苦戦を強いられていた。

 奴からの熾烈な攻撃もそうだが、何度倒しても際限無く湧いてくるデカいクマやウサギの着ぐるみみてぇな奴らが厄介過ぎる。ベアトリーチェに攻撃出来る機会を奴らからの攻撃の防御に費してしまう。

 

「邪魔だ!!」

 

 青い骨でまとめて雑魚敵の動きを封じ、サブマシンガンで一掃する。欠かさず瓦礫の塊を浮かせベアトリーチェに投げつけるも腕で易々と破壊される。枝みたいに細い腕なのに力はあるらしい。

 

「私から目を離していいのですか?」

「…ッ、別に見たくて見てる訳でもないんだがなぁ…!」

 

 雑魚敵に意識を向けている間にベアトリーチェの頭部から放たれる、四方八方に飛び交う赤黒い光線の内一つがこちらに襲いかかる。

 咄嗟に出した骨で防ぎテレポートで安置に移動、奴の攻撃後の隙を狙いブラスターの一撃を…と思ったがその判断が甘かった。

 

「またお前らかよ…!」

 

 テレポートした位置の前方には再び湧いた雑魚敵の群れが。向こうの攻撃よりもこちらのサブマシンガンの掃射の方が早く、蜂の巣と化す事は免れたが───

 

「孤軍奮闘もここで終いですよ、サンズ」

 

 …ベアトリーチェの凶悪なまでに鋭利な指先が、今すぐにでもオレを突き刺せると言わんばかりに向けられていた。

 

「さて、今頃向こう側も無残に蹂躙されている事でしょう。幾ら先生と言えど、聖女バルバラに敵うなど…」

「…お前は先生の事を甘く見ているな」

「…ん?」

 

 先生が?馬鹿を言うな。彼は今まであらゆる敵に打ち勝ってきたんだ、きっと乗り越えているに決まっている。

 

「確かにアイツはお前よりも弱いし、お前よりも生徒達を導いてきた年数も短い」

「…だけど誰よりも生徒の事を想い、どんな逆境も乗り越えてきた」

 

「お前みたいな三流の悪党が、先生を超えられると思うなよ…!」

「…負け犬の遠吠え程惨めなものはありませんね。では先程の宣言通り、私が葬って───」

 

 勝ち誇るように腕を振り上げ、オレを切り裂こうとしたその瞬間だった。

 

"ヒヨリ!!"

 

 馴染みのある声が馴染みのある名前を呼ぶと共に、一発の銃弾がベアトリーチェの腕を弾いた。

 

「来てくれると思ったぜ、先生、スクワッド」

 

 至聖所に先生とスクワッドが駆けつける。かなり苦しい状態だったから助かった、本当に助かった。

 

「馬鹿な…あのバルバラからどのように…!?」

"…ミカが引き受けてくれているんだよ。"

 

 …ミカが、か。あの群勢を一人で引き受けるなんて彼女でもキツいだろうに…全く、何処までも自分勝手なお嬢様だ。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

「うぅ…痛い…疲れた…あーもう傷だらけ…」

「でも…まだ大丈夫」

 

「……」

「ここは…聖歌隊室?」

「オルガンと…楽譜…」

「蓄音機まで…そうか、そうだよね。アリウスも私達と同じ授業を受けていた筈だもの」

 

「…動かないかぁ。まぁ、長い間使ってなさそうだし、仕方ないよね」

「……」

 

「はぁ…コハルちゃんが身を挺して助けてくれた時…カッコ良かったなぁ」

「コハルちゃん、物語のお姫様みたいだった。先生達が登場して助けてくれてさ…私もそういうお話が好き」

「窮地に陥ったお姫様を運命の人が救う…そんな御伽話」

「子供っぽくて、夢に溢れて…素敵で、胸がときめくような…」

「…私も、そんな物語の主役になりたかった」

 

「でも、分かってる。私にはそんな資格なんて無い」

「『魔女』がハッピーエンドを迎えるお話なんて、この世の何処にも無いもの」

「サオリ…私は、自分が受けた苦しみをあなたに感じてほしかった。そうじゃないと不公平だと思っていたの」

 

「でも…そうだね…」

「私と同じように、あなた達も救われたかったよね」

「あなた達も…幸せになりたかったよね」

「あなたがアツコを助けたい理由も分かるよ…」

「多くの人を騙し、絶望に陥れたあなたでも…最後の最後に、誰かを救う事が出来たなら…」

「苦痛だらけのあなたの人生も、それだけで報われる…そう、思ったのでしょう?」

 

「分かるよ、私とセイアちゃんもそうだもの」

「だから…アリウススクワッド」

 

「あなた達の為に、祈るね」

「いつか…いつか、あなた達の苦痛が癒える事を───」

「やり直しの機会を希うのと同じように───」

「あなた達に、未来が…次の機会がある事を───」

「だから、私は…」

 

「───あなた達を赦すよ」

「それは互いが公平に不幸である事よりも、もっと良い結末だろうから」

 

「───例えアツコを救ったとしても、あなた達の未来はきっと苦難に満ちている」

「一生追われるかもしれない…表を歩く事が出来ないような悲惨な人生になるかもしれない」

「でも、それでも…あなた達の未来に、ほんの一筋でも光明があると信じるなら───」

 

「アツコを助ける事で、あなた達自身も救えばいい」

「私はもう手遅れだけど…あなた達には、まだ時間が残されているでしょう?」

「それに…先生達が手伝ってくれているから、きっと大丈夫…」

「あなた達のその行く先に幸いが───」

 

「祝福が、あらん事を」

 

 

 

 …何処からか、掠れた曲と共に声が聞こえる。美しい、歌声だ。

 

「この歌は…」

「これは…Kyrie eleison(キリエ)…?」

 

 キリエ。まだオレが地上への到達を夢見てた頃に、地上から流れ着いた本で見た事がある。それが意味するのは、祈りの歌。

 …ミカがオレ達の為に祈ってくれている証拠だ。

 

「なりません!!!」

 

 無数に存在する目、それら全てを泳がせながらベアトリーチェは叫ぶ。怒りとも、焦りとも読み取れる声色で。

 

「なりません!私の領地で慈悲を語る歌を響かせるなど!」

「一体どのような手段を…楽器も蓄音機も全て破壊したというのに!…奇跡が起きたとでも?」

「なりません!!生徒は憎悪を軽蔑を…呪いを謳わなければなりません!」

 

「お互いを騙し傷つけ合う地獄の中で、私達に搾取される存在であるべきなのです!」

 

 …いい加減、お前は───

 

"黙れ。"

「黙れ」

 

"私の大切な生徒に話しかけるな。"

「オレの大切な友達に話しかけんな」

 

 そろそろその減らず口を塞いでやりたいと思っていたが、それは先生も同じだったらしい。

 

"あなたは偽りの教えで子供達を奈落へ落とした。"

「お前を絶対に許せない」

 

「よ、よくも私にそのような…」

「言葉をぉおおお───!!」

 

 オレ達の言葉が余程気に食わなかったのか、ベアトリーチェは咆哮と共にその姿を更に禍々しく変化させる。…気に食わねぇのはこっちもだがな。

 

「随分とお怒りみてぇだが…それはこっちもなんだよ」

「だから…」

 

「本気、出させてもらうぜ」

 

 左腕を天に掲げ、『あるもの』の存在を強く念じる。するとオレの意思に応じるかのように───左手に、小型のブラスターが装着される。

 

"…えっ!?それ何!?"

「オレの『固有武器』さ」

 

 そう、ミレニアムでモモイが発案し、ミドリがデザインを描き、ウタハを中心とするエンジニア部が開発し、オレが仕上げた己の固有武器…『Bonely Blaster』。

 

「はっきり宣言しておくぜ」

「お前はこれからサイアクな目に遭う」

 

 

 

"最後の戦いだ!皆行こう!"

 

 

 

──────────────

 

 

 

「消えろ!消えろ!消えろぉぉぉっ!!!」

 

 正気を失ったベアトリーチェの絶叫がこだまする。標的など存在しない、半狂乱の攻撃が至聖所を震撼させる。

 

「…消えるのはお前の方だ」

 

 左手から放たれる三つの光弾。一つはこちらに迫り来る攻撃を相殺し、二つはベアトリーチェに直撃し、奴を大きく仰け反らせる。

 

"ミサキ!あの着ぐるみ達の掃討は頼んだよ!"

「分かった!」

 

 相変わらず雑魚敵は湧き続けるが今は一人じゃない。ミサキの武器から発射されるミサイルが、空中で分解し拡散する弾頭で一瞬にして殲滅させる。

 

「あなた達をここまで導いてきた恩を仇で返すのですか!?」

「マ、マダム…あなたには感謝しています…でも、わ、私達は真について行くべき人を見つけたんです!」

 

 迷う事無くヒヨリはライフルの照準をベアトリーチェに定め、耳を劈く音を発しながら銃弾を発射する。銃弾は奴の体にクリーンヒット、絶叫が響き渡る。

 

「…ならば、この至聖所ごと消し飛ばして…!」

 

「あわわわ…!」

"…アレを受けたらマズそうだね。"

 

 蓄積したダメージで蹌踉めきながらもベアトリーチェは自身の上空にドス黒いエネルギー弾を浮かばせ、力を溜め始める。アレをモロに食らえばただじゃ済まない事なんて火を見るよりも明らかだ。

 

「皆!オレの元に集まれ!」

"分かった。皆、集合!"

「(今こそ『アレ』の出番か…!)」

 

 先生にスクワッドがオレの周囲に居る事を確認すると、骨による防壁に加え左手のブラスターから発生するバリアを展開する。

 

「その程度で…」

「耐え切れると思わない事ですね!!」

 

 エネルギー弾が地面に触れた途端、凄まじい爆発と爆風がオレ達を襲う。雑魚敵を巻き込み、至聖所の天井を吹き飛ばしながら。

 

 ……

 

 …煙が晴れる。骨こそ跡形も無く消し飛んだが、バリアが破られる事は無かった。ありがとな、エンジニア部。

 

「お返しだぜ」

 

 強力な攻撃の後には必ず隙が生まれるもの。ブラスターの攻撃を光線に切り替え、ガラ空きの奴の体に光線を撃ち込む。

 ダメージこそ与えられたが…攻撃の為に前方に出たのがマズかった。

 

「…やべっ…!」

 

 …ベアトリーチェの手が迫り来ている事に気づいた頃には遅く、呆気なく掴まれ握り締められる。骨の軋む音が頭の中で鳴り響く。

 

「このまま…このまま握り潰して差し上げます…!」

「ぐっ…あぁっ…!」

 

「…マダムッ!!」

 

 窮地から救ってくれたのはサオリだった。他でもない奴に教え込まれた技術の産物、優れた身体能力で宙を飛び、オレを握り締める手に通ずる腕に向け乱射。痛みに耐えかね力を緩めた隙をオレは逃さない。

 

「傍若無人に生き続け」

「周囲に不幸をもたらして」

「あまつさえ自身の行いを反省しない」

「ベアトリーチェ、お前に言いたい事がある」

 

「お前はオレの嫌いな奴(プレイヤー)にそっくりだ」

 

 左手のブラスターの口が大きく開き、光の粒子が吹き出す。いつしかそれは───

 

「…がァァァァァッ!?!?」

 

 ベアトリーチェの腕を、全身を八つ裂きにする光の刃と化した。テレポートを併用した不規則な動きに対応出来ないまま、ただ一方的に。

 

「ハァッ…ハァッ…よくも…よくも…!!」

「…満身創痍って感じだね、マダム?」

 

"そろそろ終わりにしようか、ベアトリーチェ。"

「あぁ、終止符を打つのに相応しいのは…サオリ、アンタだ」

 

 恐らく生まれた頃から今に至るまで、何十年もベアトリーチェを中心とする悪しき大人に虐げられ。本来得る筈だった青春すらも奪われてきたサオリこそが…この悲劇の幕を下ろす適任だ。

 

「…分かった」

「私の持てる限りの全力を、彼女に捧げよう」

 

"サンズ!ミサキ!ヒヨリ!サオリの攻撃の準備が完了するまで、彼女を支援して!"

「「「了解!!」」」

 

 向こうもただサオリの攻撃を待っている訳じゃない、雑魚敵の数は更に増え、ベアトリーチェも声にもならない叫び声と共に光線を乱射する。

 オレは通常と左手のブラスターで光線を相殺、サオリを取り囲もうとする雑魚敵をヒヨリのライフルが貫き、ミサキのミサイルが敵の攻撃を遅延させる。

 

"…サオリ!!"

「…あぁ!!」

 

 

 

「───終わりだ」

 

 

 

 聖堂での戦いと同様、青白い閃光が迸る一発の銃弾が放たれる。力を使い果たし、青い骨で身動きを封じられた上オレに両腕を両断されたベアトリーチェに最早抵抗する術は無く───

 

「グアアアアアアッ!!」

 

 胸元に大きな風穴を開け、遂に沈黙した。

 

 

「何故、どうして…!私は、私の…!」

「私の計画が…私の領地が…私の意識が…」

「わたくしの…ワタクシ、ノ…」

 

「グッ…アア……アァ………」

 

 『高位の姿』から元に戻ったベアトリーチェは、こちらへの怨嗟の言葉を漏らしながら地に伏す。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「お、終わり…ですか?」

「こ、これまで一番キツい戦いだったぜ…」

「…おっ、と…」

 

 疲労困憊で近くの折れた柱に座りたかったが、アツコを自身の家に避難させている事を思い出す。テレポート先に居るアツコに全てが終わった事を伝え、共に至聖所へと戻る。

 

「…サッちゃん」

「…アツコ!!」

 

 アツコが無事である事を改めて確認したサオリは感極まり、彼女に抱きつく。突然抱きしめられたアツコは少しの間困惑していたが、笑顔を浮かべていた。

 …良かったな。見てるこっちも嬉しくなるってもんだ。

 

「く、ぐぅっ…」

 

「…オレは中々のやり手だろ?」

"終わりだよ、ベアトリーチェ。"

 

 純白のドレスはズタズタに破れ、赤い肌よりも赤い血を流しながらも、ベアトリーチェはまだ生きていた。

 

「よくも…わ、私はまだ…まだ!」

「たかだか儀式を妨害した程度で図に乗らないでください!」

「まだ私にはバルバラもアリウスの兵力も無傷で残っている!複製能力だって保持しているのです!」

 

「…お前にもう『まだ』は存在しねぇよ」

 

 トドメにブラスターでも一発かましてやろうかと思ったその瞬間だった。

 

「その通り。このお話はこれで終わりです」

 

 音も無く突如として現れた、謎の人物。茶色のコートを纏い、遺影を持ち…首から上が存在しないあからさまに人ならざる存在。

 

「ゴルコンダ…!」

 

 ベアトリーチェから『ゴルコンダ』と呼ばれる存在は落ち着いた口調で自分が何者なのかを語る。

 とりあえず分かったのは…案の定、ゲマトリアの一員だって事だ。ベアトリーチェにゴルコンダ、ゲマトリアの供給過多だ。

 

「私は戦いに来たのではありません。マダムを連れ戻しに来たのです」

「それに、戦闘で勝てる自信もありません。『ゲマトリア』が皆マダムのように怪物に変われる訳ではないですからね」

「えぇ、マダム。これで明らかになりました。───先生はあなたの敵対者ではありません。これはあなたの物語ではないのです」

 

「あなたが起こした事件、葛藤、過程の数々…それらは『知らずとも良いもの』に格下げされました」

「あなたは主人公どころか…先生の敵対者でもなく、ただの『舞台装置』だったのです」

 

 その言葉にベアトリーチェは怒りを露わにする。仲間だってのに随分と否定するなコイツ?

 続けてゴルコンダは先生に話しかけるが…正直言って、訳が分からないというのが感想だ。物語の結末?テクスト?あたかもこの世界を、一つの『物語』として見ているかのように。

 

「それでは、私はマダムを連れて帰ります。マダム、起きてください」

"待って…!"

 

「もしかして私の邪魔をするつもりでしょうか?どうかそのような決断はなさらないでください、先生」

「例えば…私は様々な道具を生産出来ます。…サンズさん、あなたが破壊した『ヘイローを破壊する爆弾』も私の作品ですので」

「…そうかよ」

 

 何が作品だ、ただの兵器じゃねぇか。『研究』という名の人体実験、怪物の創造、長年に渡る洗脳教育、未知の物体の作成…前々から思っていたが、ゲマトリアは軒並み碌でもない連中しか居ないらしい。

 

「マダム、今回の実験は失敗です。帰りましょう」

「ゴルコンダ…!」

「失礼しました、先生。それでは、また」

 

「本来この世界には存在し得ない異端者…サンズさん」

「あなたがこれからも繰り広げる、予測不可能の物語には期待していますよ」

 

 そう言ってゴルコンダ達は、最初からそこに居なかったかの如く姿を消した。唖然とするオレ達を残して。

 

「…まぁ、今の奴らは一旦置いといて…」

"皆、大丈夫?"

 

 兎にも角にもアリウスを苦しめていた黒幕は去った。後ろを振り返り、スクワッド達の状態を確認する。

 サオリも、ミサキも、ヒヨリも、アツコも…傷が目立つが命に別状は無さそうだ。

 

「先生、サンズ、私達を助けてくれてありがとう」

"マスクはもう付けなくていいの?"

 

「…うん、大丈夫」

「マダムがどうして私にマスクを付けさせたがってたのか、分からなかったんだけど…」

「アズサの爆弾に巻き込まれた時、私の体を保護してくれた装置があって…多分、それを起動させるのに必要だったんだと思う」

 

 一応…ベアトリーチェも奴なりにアツコを丁重に扱っていた。といっても『人間』としてではなく、傷一つ許されない高級な『食材』としてだろうがな。

 

「…先生」

「約束通り…姫を救ったから…先生の好きにしてくれ」

「何言ってんだよ、サオリ…」

 

 いきなり何を言い出すかと思ったが…確かに彼女はあの路地裏で言った。「好きにして構わない」と。

 

「私が全ての元凶だ…エデン条約事件も、セイア襲撃も、ナギサ襲撃も…ミサキも、ヒヨリも、アツコも…皆私のせいでこうなってしまった」

「連邦生徒会でも、トリニティでも…矯正局でも何でも構わない。先生達が思う、一番適切な所に私を送ってくれ」

 

「…確かにアンタは多くの罪を犯してきた。その中には一生をかけて償っていくしかないものもあるだろう」

「でも、アンタは己の罪を理解し、心の底から悔やんでいる。勿論それだけじゃ駄目だけど、今のアンタにはこれだけで十分さ」

 

 オレの言葉に付け加えるように、先生は口を開く。

 

"…そうだね。サオリは責任を負わないといけない。"

"サオリは長い間、周囲の子達を守る為に頑張ってきた。"

 

"他人の面倒を見て、守り、耐え───責任を負ってきたんだ。"

"だからこそ、おかしな環境で狂った教育を受け、誤った選択をしてきたのだと思う。"

 

"サオリ達は、罪を犯した生徒…それは変わらない。"

"だからといって、苦しんで当然な訳じゃない。"

"子供達が苦しむのは、その子のせいじゃない。"

 

"子供達が苦しむような世界を作った責任は、大人の私が負うものだからね。"

 

 かつて居た世界で審判者を務めていた以上、彼女達の罪は見過ごせない。だからといって、無闇矢鱈に償えとは言わない。それは彼女達の…『夢』を失わせる事になる。

 

「サオリ、将来の夢は?なりたいものはある?」

「…そんな、そんなものは…分からない…一度も、そんなもの考えた事が無かった…」

「私が何が好きなのか、何がしたいのか…私は、一つも分からない…」

 

「サオリは、責任感が強くて…決断力があって…んーと」

「お、教えるのが上手です…色々…教えてくれる時は、怖いですけど…」

「真面目ではあるよね。計画を立てるのも上手いし、指揮をするのも上手だし」

「おぉ、オイラといつも居る奴とそっくりだな?だから…」

 

"…うん。サオリは今後…いい先生になれるかもしれないね。"

「そりゃ良いな!もしなれた時にはオイラに勉強を教えてくれよ?コツコツ、骨だけにゆっくりでな?」

「ぶっ…!」

 

「…えっ、今リーダー笑った?嘘でしょ?」

 

 彼女達は青春の大半を奪われてきた。彼女達なりに罪を償いながら、どうか残された青春を全力で謳歌して欲しい…オレはそう思うな。

 …と、このまま終わりたいところだが、まだ救わなきゃいけない奴が居る。そう、未だバルバラ達を相手取っているミカだ。

 

"じゃあ、ここでお別れだよ。"

「オイラ達、まだやらなきゃならない事があるんでな」

 

「なっ…!?急に…待ってくれ先生!サンズ!」

"まだ助けが必要な生徒が居るんだ。"

「ま、待ってくれ…!」

「私は…私達は…!」

 

「…いや、そうか…」

「それを見つけるのが私の…」

 

"大人の私が保証するよ───その答えは、必ず見つけられる。"

「ついでにオイラもな」

 

 悪しき存在から解放されたスクワッドを残し、至聖所を立ち去る。…何か、言い忘れている事があるような気もするが。

 

 

「ゲホッ…ゲホッ」

「…あーあ、全身どろっどろ…」

「でも…日が昇るまで耐え切ったよ…結構大変だったけど…」

 

「きっと、アツコは助けられたよね?サオリも、他のスクワッドも…皆、ハッピーエンドを迎えられたかな。先生達が一緒に居ただろうから、きっと…」

「うん…それなら、いいや…」

 

「ごめんね、先生、サンズ…私はここまでかな…」

「先生達と一緒に、帰りたかったのに…」

 

 

 

"待って!!!"

「一人だけバッドエンドなんて胸糞悪いもんはナシだぜ」

 

 ブラスターの光線が、ミカに襲いかかる敵の群勢をまとめて消し飛ばす。

 

「せ、せ…先生!?それにサンズも…」

「間に合ったぜ。やれやれだ」

"遅くなってごめんね、ミカ。"

 

 ミカの純白の服は所々が破け、血が滲んでいた。翼もボサボサで…どれだけ彼女がここを通させまいと立ち向かってきたのかが分かる。

 

「せ、先生、サンズ…なんでここに…?ど、どうして…?」

「へへ、どうしても何も…」

"言ったでしょ?私はいつもミカの味方だって。"

"ミカのピンチには、当然駆けつけるよ。"

 

「そ、そんな…わ、私は…悪い子で…」

「あぁ、アンタはどうしようもない奴だ。色々面倒事を起こしてさ」

「でも最終的に、こうして助けてくれた。そもそも悪い奴だからって、それが助けない理由にはならねぇよ」

 

 先生がカードを取り出したのを見て、こちらも再度左手にブラスターを装着する。あのバルバラって奴は如何にも厄介そうな奴だが…不思議と負ける気はしない。

 

"…私の。"

 

 

 

"私の大切なお姫様に何してるの!!"

 

 

 

「…わーお」

「…ワオ」

 

 …おいおい、随分と思い切った事を言うじゃねぇか。こりゃ責任を取らざるを得ないよなぁ?

 

"サンズ、まだ戦える?"

「おう、ケチャップ飲んだからまだまだいけるぜ」

「さぁて、と…」

 

 

 

 

「ごめんな聖女さん、今は懺悔する気にはなれんな」

 

 

 

──────────────

 

 

 

 ───あれから色々な事があった。バルバラを倒すと共に、アリウス自治区にトリニティからの援軍がやって来た。救護騎士団に、正義実現委員会に…ティーパーティーも。

 

「…セイア?」

 

 そこにはナギサに加え、セイアも居た。再び寝たっきりになっていたと聞いていたが…何やら『取引』をしたやらで容態は改善したみたいだ。代わりに予知夢は使えなくなったらしいが。

 

「何度も懲らしめたいと思ってた」

「───それでも大好き、セイアちゃん」

「……え?」

 

「ナギちゃんはヒステリーが酷過ぎ!って言うか、こんな所まで紅茶を手放せないのちょっとどうかと思うよ?」

「カフェイン中毒?それとも強迫症?」

「───でも、そんなナギちゃんが大好き」

「い、いえ、これは…緊張してしまって…えっ?」

 

「うん…二人共、大好きだよ」

「二人共ありがとう…そして、ごめんね…」

 

 ティーパーティーの各派の代表は再び揃い、仲も改善。これで全員でミカの聴聞会に出席するという約束も守られるだろう。

 

「…ふぅ、ようやく終わったな」

「これで何を気にする事も無く、いつも通りの生活を───」

 

「……あっ」

 

 心の中に留まり続けていた違和感の正体に気づいた瞬間、ベッドから飛び上がりミレニアムのヴェリタスの元へと急いで走り出す。

 …『あの返事』をまだ聞けてねぇ。

 

 

「…よっ、アリウススクワッド」

 

「サッ、サンズさん!!」

「…どうやって私達の位置を?」

「それはー…ちょっと秘密だ」

 

 場所は何処の学園の自治区にも属していない森の中。ヴェリタスに懇願し、彼女達の居場所を探知してもらった結果ここに辿り着いた。

 

「あなたの要件は何?」

「良い質問だぜアツコ。…聖堂でデカい怪物が現れる前、アンタらに投げかけた提案は覚えているか?」

 

 そう、彼女達の境遇を知り、どうにかしてオレがやれる事はないかと考えた末に思いついたある提案とその返事。彼女達と共に行動している時に感じていた違和感の正体はこれだった。

 

「…ごめん、あの時もあの時で必死で覚えてない」

「そうか…なら、もう一度言うぜ。よーく聞いてくれ」

 

 

 

「アンタら、オイラの店で働くつもりはないか?」

 

 

「あなた、この量の仕事を今まで全部一人でやってきたの?」

「そうだぜ。スタッフが来て助かったよ」

「…ちょっとあなたの事、見直したかも」

「こ、ここで働けるなんて…夢みたいです」

 

 こうして行方が知れないサオリを除く、アツコ、ミサキ、ヒヨリのアリウススクワッドはオレの店で住み込みで働く事になった。

 彼女達がこれからどんな青春を歩んでいくのかを見守る───それがオレの新たな役目だ。

 

 

 

「うわぁあああん!!!ケチャップを床に落としちゃいましたぁああああっ!!!」




エデン条約編、これにて終結です。
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