Blue Archive: Visitor From Underground 作:暗黒星 堕零
偶然人の気配を感じられない学校を発見したオレは、休める場所を探し求めて校内を徘徊していた。どの教室を覗いても誰かが使っていた形跡は見当たらない。廊下はどういった訳か所々に砂が蓄積していて、窓は砂塵によって外の景色が確認できない程に汚れていた。
教室の数や校舎の大きさを見るに、かつてはこの学校も本で見たように、多くの生徒で溢れかえっていたのだろうと思うと、少し虚しさを感じる。そんな事を思いながら歩いていると、物置小屋のような場所を見つける。他の教室と比べると汚れも少なく、ここで一旦休息を取ろう、と足を踏み入れようとした瞬間だった。
「動かないで」
背後からの予期せぬ自分以外の声が辺りに響く。
恐る恐る振り返ると、何かをこちらの背中に向けて突きつけている、動物のような耳を生やした銀髪の少女がいた。向けられていたのはあのオフィスで見たものと同じ、銃だった。
「……クソッ…!」
咄嗟の判断で近道を使い少女から離れ再び臨戦体制へと入る…
「がはっ…!?」
…いや、入ろうとした。近道を使った途端にオレの視界はガクンと落ち、暗転していく。あぁ、どうして忘れていたのだろうか。
自分の体力が、既に、限界を迎えて、いた事、が────
*
「……で、この人…人?はどうすれば良いのでしょうか…」
「うへ〜、もしかして新入生かもしれないよ〜?」
「明らかにそんな見た目じゃないでしょ!?も〜…ホシノ先輩は…」
意識が戻るのと同時に、隣から複数人の話し声が聞こえてきた。耳を傾けてみると、どうやら自分について話し合っているらしい。
…しかし悠長に話を盗み聞きしている暇ではない事を思い出す。自分は今、武器を装備している集団の本拠地らしき場所に無防備で放置されているのだから。いつ撃たれても文句は言えない状況下に晒されている。目を盗んで近道で脱出するべきか…そんな事を考えていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「今この人、少し動きませんでしたか〜?」
「ん、起きたかも。…ねぇ、私たちの声が聞こえるなら返事をして」
…マズい、目覚めた事がバレた。返事をしろと言われたが、素直に応じれば何をされるのか分かったものじゃない。街中で遭遇してしまった不良達のように金を出せと脅されるかもしれない。それよりも酷い事をされる可能性だってある。耐えろ。この連中がここから去るまで……
「…もしかして私たちを危ない集団だと思っているのかもしれないけど、むしろおじさん達は君の事を助けたいと思ってるんだよね〜」
「うん。あなたが学校に入って行くのを見て最初は侵入者だと思ったけど、見たところ何も持ってないし違うのかなって」
予想外の言葉に困惑する。オレを惑わす為の嘘である可能性も捨てきれない。だが、このまま気を失ったフリをしていても状況は何も変わらない。
一か八か、オレは彼女らと対話を試みる事にした。体力も多少は回復しているのだから、仮に騙されたのなら近道を使って逃亡すれば良い話だ。
「……それは本当か?」
「わぁ、本当に起きてたんですね〜♪おはようございます〜♧」
「こ、こっち見た…大丈夫なのかしら…」
目を開け、起き上がったオレの視界に映ったのは5人の人間。長いピンク色の髪で気怠げな表情をした少女、意識を失う前にオレに銃を突きつけた銀髪で獣のような耳を生やした少女、薄い黄色のカーディガンを羽織り笑顔でこちらを見つめる少女、奥で警戒心剥き出しで睨みつけているのはこれまた獣耳を生やしたポニーテールの少女、眼鏡をかけ他の生徒よりも長い耳を持つ少女だった。警戒している者こそ居るがまるで敵意は感じられない。杞憂だったか、と心の中で呟く。
「私の言葉に応えてくれてありがとね。じゃあ〜…どうしてここに来たのか、おじさん達に教えてほしいな」
ピンク髪の少女がオレに問いかける。
「………分からない。気づいたらこの『世界』に居た」
「目覚めたら見知らぬオフィスみたいな場所に居て、そこにやって来た奴に銃を向けられたから逃げて…逃げて逃げて逃げて……この学校に着いた」
「それって…もしかしてアレ?最近流行ってる異世界転生ってやつ!?おじさん、そういうのちょっと疎いんだよな〜」
「…ますます怪しくなってきたわね」
オレがここに来た経緯を話すもやはりと言うべきか、全員が信じられないという反応を示していた。銀髪の少女だけは小さな声で「…私と同じ」と呟いていたのが気になったが、赤の他人のオレが深く聞くのも野暮だと思いその疑問は胸に留めておく事にした。
「…学校に無断で侵入してきたオイラを追い出すどころか休ませてくれたアンタらには感謝してる。それでもオイラがここにとって邪魔者だって事には変わりない」
「短い間だったけどありがとさん。オイラはここから出て行くよ。機会があればまた会えればいいな」
…と、気まずさや申し訳なさからこの学校から去ろうとしたが、カーディガンの少女が声を上げる。
「ダメですよ〜?そんな別の世界…?からやって来た上に、武器も何も持っていない方を放ってはおけませんから。ねっ、ホシノ先輩?」
「うんうん、それに今日も『先生』も来る予定だしね〜。そうだアヤネちゃん、先生は何時頃に来るんだっけ?」
「はっ、はい!確か昼過ぎにはお仕事を終えられて来られると言っていました」
「そっか〜。じゃあそれまでここでゆっくりしていかない?みんなはいい?」
「私はいいと思う」
「勿論大丈夫ですよ〜♧」
「私はちょっと心配だけど…ホシノ先輩がそう言う…なら」
「私もだ、大丈夫です!」
…こりゃ参ったな。この世界の第一印象が最悪だったばかりにここまで親切にされるとは思わなかった。
「んじゃ…お言葉に甘えてそうさせてもらうかな」
彼女らが『先生』と呼ぶ存在が来るまでの間、オレ達は軽い自己紹介をした。
何故か自分を「おじさん」と呼ぶピンク髪の少女はホシノ。カーディガンの少女はノノミ。銀髪の少女はシロコ。ツインテールの少女はセリカ、眼鏡の少女はアヤネという名前らしい。そうしている間にオレの番になった。
「オイラはサンズ、スケルトンのサンズさ。元居た世界じゃダジャレで大勢を笑いの渦に巻き込んでいたんだぜ?」
「ダジャレって…ホシノ先輩と気が合いそうね」
「うへ〜、おじさんは心までおじさんになった訳じゃないよ〜?」
「スケルトン…つまりはモンスターという事ですよね?なら他の種族の方々も…」
「あぁ、居たぜ。ヤギとか魚とか犬とかな」
「動物さんでいっぱいなんですね〜♪会ってみたいです!」
「ん、私も同感」
会話が弾む。何度も何度も同じ展開を繰り返してきたオレにとっては、まだ警戒心は残っているものの、これから何が起こるのか分からない状況がとても楽しく感じられた。
「でね〜…おっと、何だか私達質問してばかりだね。サンズ君は質問あったりする?」
「…質問、か」
「んじゃ、オイラが聞きたいのは、この学校についてだ。…アンタら以外の生徒の気配がしないのはどうしてだ?」
オレの質問にホシノは一瞬顔を顰めるも、すぐに先程と同じ気怠げな顔に戻る。
「……その質問が来るとは思わなかったなぁ。でも聞かれたからには、答えなきゃいけないよね〜…。…うん、じゃあおじさんがこうなった経緯について説明するよ」
ホシノ達によると、どうやらここ『アビドス』は数年前から定期的に砂嵐、それも大規模なものが発生する地区らしい。それに耐えかねた住民や生徒達が続々と別の地区へと移住し、現在の状況に至ったようだ。
そして問題なのは砂嵐だけではない。砂嵐の対策の為に大量の資金を投入するものの一向に改善はせず、借金は膨らむばかり。どれほどの額を抱えているのまでは流石に聞く気にはならなかったが、膨大な額である事には間違いないだろう。
「アンタら、結構、いやかなり大変な思いをしているみたいだな。まだ若いのに借金の返済に明け暮れているなんて…」
「…はい。ですが私達は諦めません。私達が生まれ育ったこの地を手放す事なんて出来ませんから」
アヤネは決意のこもった表情で言い切る。周囲の生徒達も同様の顔で頷く。…あぁ、なんて覚悟の決まった子供達なんだろうか。そう思っているとアヤネのスマートフォンから着信が鳴る。
「あっ、先生からです!どうしましょうか?サンズさんの事も事前にお伝えした方が…」
「うん、その方が良いね〜。きっとあの人なら何か案を出してくれると思うしさ。それに『大人』だしね?」
その後の先生とアヤネの会話を聞く辺り、学校に到着した事、そしてオレに関する事を話していたのだろう。電話を終えると1分も経たない内に廊下から足音が聞こえ、ノックと「入るよ」という声と共にドアが開かれる。
ようやく目的の人物とのお出ましか、そう思い立ち上がったオレの視界に映ったのは衝撃の光景だった。
“君は…!”
「アンタは…」
思わず目を見開く。何故なら目の前に居るのは、今朝この世界で目覚めたばかりの時に遭遇した青年だったからだ。予想外の再会に驚愕しつつも、オレはこの世界にやって来た経緯を話す。
“やっぱり。君の雰囲気に感じた違和感は的中していたよ。…それにしてもシャーレからアビドスに来たとなると、結構な距離を歩いたよね?”
「まぁ…それなりに、な。アンタが気にする事じゃないよ」
“あと…今朝の事を謝罪したい。ユウカも悪気があって君に銃を向けた訳じゃないんだ。”
「分かっているさ。不審者が居たら警戒する、それは当然の事だ」
ここに居る生徒達と同様に警戒をすると思いきや、既にオレの事情を大方把握していたようだ。あの僅かな時間でそう判断出来る辺り、観察眼に長けているのが分かる。
…にしてもだ、ほぼ初対面のオレに対して真っ先にする事が気遣いなんてとんだお人好しだ。生徒から慕われているのも頷ける。そうして心の中で感心していると────
「…きゃぁっ!?」
「…もう!昨日懲らしめたばかりなのに懲りないわね!?」
外から銃声やら爆発音が響き渡る。
「何が起きたんだ…!?」
「多分『ヘルメット団』。サンズが来る前の昨日に撃退したついでに前哨基地も制圧したんだけど、また来たみたい」
余りの治安の悪さに頭を抱えそうになる。年端もいかない子供が銃を持ち銃撃戦を繰り広げるなんて、元居た世界とは価値観が大幅に異なるのだと今更ながらに思う。
「では先生、お越しになられたばかりで申し訳ありませんが…指揮をお願いします」
「分かってるよ、アヤネ。じゃあみんな…出動!!」
「うへ〜、行っくよ〜」
「なるべく早く終わらせちゃいましょ〜♪」
「ん、了解」
「この後バイトあるのに〜…!」
サポート役であろうアヤネを除く、それぞれが自身の銃を持ち教室を後にする。次から次へと起きる非現実的な出来事に自分はどうするべきかと悩んでいると、先生が再び話しかけてくる。
“折角だし、サンズも彼女達がどう戦っているか見に行かない?”
「見に行くってアンタなぁ…そんな街中でやってるパレードに行くみたいな感覚で言うか?銃撃戦だぜ?」
“大丈夫だよ。私の近くなら流れ弾が飛んでくる事もないし。それにキヴォトスじゃ銃撃戦は日常茶飯事だからね。”
「嘘だろ…?」
“私もキヴォトスには来たばかりだけどもう慣れたよ。君もすぐに慣れると思うし…さぁ、百聞は一見にしかずだよ!”
「ちょっ…待っ…」
…こうして先生に手を引かれる形で教室を出たオレは、ヘルメット団なる集団との戦闘を見る事になった。
──────────────
「……マジかよ」
口頭で何度も伝えられていたとは言え、やはり実際の光景を見ると唖然とするしかなかった。
前線のホシノは盾を構え徐々に進行し、その後ろからシロコは手榴弾を投げたりミサイル弾を発射するドローンを駆使し、セリカは巧みなリロードで隙を見せる事なく攻撃を続け、後衛のノノミは鈍重なガトリングガンを笑顔で振り回していた。腕力どうなってんだ…?
“どう?これが私達の戦いだよ。”
「…夢でも見ているんじゃないかと思うな」
生徒達に指揮をしながら先生は話しかける。その正確無比な指揮、そしてホシノ達を筆頭とするこちら側の生徒の戦力の高さも相まってヘルメット団は追い詰められていく。
両者共々銃弾がモロに直撃しても「痛い」で済ませていたのは…これ以上突っ込んでいるとまた疲労で倒れそうだからこの世界の常識として慣れていくしかないのだろう。
「マズい、追い詰められた!銃弾は!?」
「もう全部無くなった!!」
「……クソッ!撤退だ撤退!」
ものの数分で決着がついた銃撃戦。満身創痍の状態でヘルメット団が撤退していく。一方こちら側の生徒達は特に疲れた様子は見せず、まるでスポーツの試合に勝利した選手のようにハイタッチやお互いを褒め称えていた。
「ヘルメット団全員の撤退を確認、私達の勝利です!」
“みんな、お疲れ様。”
「…すげぇなアンタら」
「ん、楽勝だったね」
「おっ、サンズ君も来てたんだねー。おじさん達の活躍、どうだった?」
「今回もありがとうございます、先生☆」
「バイトの時間も…うん、全然大丈夫ね」
その後は軽い会話を交わしながら学校の教室へと戻り、本題であるオレをどうするべきかの話し合いが行われた。
「お金も持っていませんし当然ですが家も無い…中々絶望的な状況ですね…」
「へへっ、これじゃホームレスと何ら変わりはないな?」
「そんなに卑下する必要は無いよ〜?シロコちゃんは何か案ある?」
「ん、ここには他の地区に移住して誰も居ない家が沢山あるからそこをサンズの家にする」
「仮に前から住んでいた人が戻ってきたら大騒ぎになるわよ!?」
案の定と言うべきか難航していた。しかし、「私も案を出していいかな?」と手を上げた先生の言葉によって、ひとまずこの問題は解決する事になる。
“…サンズが良かったらの話なんだけど、シャーレに住むっていう案だね。”
「…オイラが目覚めた場所か?」
“うん。休憩室でちゃんとした睡眠は取れるし、シャワーもあるしお腹が減ったらコンビニがあるし。どうかな?”
「シャーレ…!確かにその案がありましたね。私達はアビドスに限定して考えていたので…」
「…成る程な。んじゃ、オイラはそうさせてもらうよ。ありがとな、先生」
オレがそう言った途端、教室は歓喜の声で湧き上がる。
…
……
………
「……どうしてだ?どうして住んでいる世界も、種族すらも異なる赤の他人にここまで親身になれるんだ?」
自然と思っていた事が口から溢れ出る。
「…ん、困っている人が居たら助けるのは当然」
「シロコちゃんの言う通りだよ〜?実際初めてアビドスに来た先生はシロコちゃんに助けてもらってたみたいだしねー」
“ははは…でもここに居るみんなが優しい事は私が保証するよ。だからどうか、信じてくれないかな。”
「先生もアンタの事もまだ信用しきれない…けど、目の前に困ってる人が居るのに放っておくのは人としてダメだから…さ?」
…ははっ、何だよそれ。
「……そうか、そう、か。…優しいな。アンタらは…」
殺されるばかりで同じ時間を何十回も何百回も繰り返し、忘れかけていた人の暖かさに触れ、思わず涙が溢れそうになる。
…決めた。この者達には返すべき『恩』がある。このまま何もせずにさようなら、だなんて出来る訳がない。やりたい事があっても
「サンズさんの問題が解決できて良かったです!…ですが、つまりもう私達とはもうお別れ、という事ですよね」
「少しの間でしたが、やっぱり寂しいですね〜…」
「……いや。待ってくれ、みんな」
“…どうしたのサンズ?”
「アンタらには何から何まで助けてくれた上に、アンタらが抱えている事情も聞いた」
「なのに何もせずに別れるのは人、いや骨の道理に反する。だから……」
「…オイラも、アンタらの手助けがしたい」