Blue Archive: Visitor From Underground 作:暗黒星 堕零
守りし者、破壊せし者
「嘘だろ…また負けたのか?ゲームには自信があったんだが…『コッ』稽なもんだな」
「ふふっ、これで私の三連勝だね」
「少し前までゲーム機なんて一度も触れた事無かったのに…随分と上手くなったね、姫」
ある家のリビングにて、テレビを凝視しながらソファーに座る一人のスケルトンと三人の少女。今まで『娯楽』に触れる機会が無かった彼女達の為に買ったゲーム機と、幾つかのカセットの中から選んだ格闘ゲームで対戦をしていた。
「ヒヨリとサンズには何度も勝っているのに…姫には一向に勝てないんだけど」
「うわぁぁああん!!誰にも勝った覚えの無い私はどうしたらいいんですか!?」
…まぁアツコが強い。とにかく強い。彼女とは何度も対戦しているが連勝したのは彼女がゲームに触れ始めた頃、今じゃ勝てる勝てないかの瀬戸際に常に立っている。
油断すればすぐにコンボを決められお陀仏、体が鈍らないようにと近接戦闘の練習台になったら赤子の手を捻るように組み伏せられた事を常々思い出す。
「…しっかしこれでアンタの三連勝か」
「そう。だから約束通り私のお願いを聞いてくれるよね?じゃあ…」
隣に座るアツコがこちらを妖しい笑みを浮かべながら見つめる。…何やら嫌な予感がする。
「…おっと、今日はやらなきゃいけない事があったんだったな。んじゃ、アンタのお願いはまた今度でな!」
「…むう」
そそくさとソファーから立ち上がり、リビングから立ち去る。というのも『今日やらなきゃいけない事がある』ってのは嘘じゃない。ある日突然思いついた、ホットドッグの移動販売ってのを試してみようと考えていたところだった。
まぁ一般的な『移動販売』のイメージとして挙げられる、トラックに乗っての販売って訳じゃねぇ。移動するのはオレだけ、メニューを書いた看板か何かを持ちながら出歩いて、注文に応じたものをテレポートで店から持ってくる…オレの能力を活用したやり方だ。
「さーて、と…最初は何処にすべきか…」
自室で考える。何処が良いだろうか?トリニティか?ゲヘナか?あまり行った事の無い百鬼夜行かレッドウィンターでも…
「…ミレニアムでも良いかもな」
ふと先程までしていたゲームを思い出す。ゲームといえば…思い浮かんでくるのは猫耳のヘッドホンを被った金髪の姉妹。
…つまりはゲーム開発部だ。ゲームが好きな才羽姉妹、ロッカーを根城とするユズ、廃墟で出会った不思議な少女アリス…彼女達が在籍しているのはそう、ミレニアムサイエンススクール。
完全なド偏見になるが、あの学園の生徒達はエナジードリンクばかりを接種し続けていてマトモな食生活を送っているイメージが無い。この機会に味も栄養も完璧なホットドッグを広めるってのもアリだろうな。
「よし、記念すべき一回目はミレニアムに決定だな?」
決まったとなれば怠けている暇は無い。事前に作っておいた自前の看板をひょいと持ち上げ、ミレニアムへと行き先を定め自宅を後にした。
*
「ホ、ホットキャット一つくださーい!!」
「私はチョコバナナドッグを!!」
「へいへい。ちゃんと並べよ?」
最初はどうなるのか少々不安なところもあったが実際はこう、オレを中心に大量の人だかりが出来る程の盛況っぷり。純粋に店の知名度もあるのだろうが…
「サンズさんですよね!?しゃ、写真一緒に撮ってもらってもいいですか!?」
「いいぜ。何か買ってくれたらの話だけど」
知らぬ間にオレ自身の知名度も上がっていたようで、オレを目的に来る奴らも居た。先生の補佐としてあちこちを歩き回っているからそれなりに顔は知られている方だと思っていたんだが、まさかここまでとは。
"…サンズだ!何をしてるの?"
「先生か。オイラは今『移動販売』をしてんのさ」
"移動販売って言っても…あぁ!君の能力か!スクワッドは元気?"
「あぁ。アリウスに居た頃よりも生き生きしてるのは確かさ」
客を粗方捌き、周りを囲む生徒達が少なくなってきたところに現れたのは先生。ついでにその隣には、地に着く長さの髪を靡かせ『銃』と呼ぶには余りにも巨大な武器を軽々と担ぐ少女も。
「あっ!アリスはサンズと遭遇しました!レアキャラです!」
「おう、勇者のお出ましか」
ミレニアムの廃墟で出会い、今はゲーム開発部の一員である天童アリス。『天真爛漫』という言葉が似合う、屈託の無い笑顔でこちらを見つめてくる。
「オイラはレアキャラ、でも経験値が高いって訳じゃねぇ。代わりに回復アイテムがあるがどうだ?」
「ホットドッグですね!サンズのホットドッグの回復量はトップクラスなので欲しいです!」
"私も一つ欲しいな。待ってね、今お金を払うから…"
「客とはいえ友達から金を貰う気にはなれないな。今回はタダでいいぜ」
ささっと用意し手渡した二つのホットドッグを頬張った先生とアリスは満面の笑みを浮かべる。…そういやアリスって一応はロボットだよな?今更だけど普通に物は食えんのか…
「オイラはこうしてホットドッグを売りに来てる訳だけど、アンタらは何してんだ?」
「はい!アリス達はあるクエストを受注しているのです!」
「クエスト?」
"ゲーム開発部の子達に頼まれていてね…"
先生は何故アリスと共にミレニアムのキャンパス内を散策しているのか、その理由を話した。
簡単にまとめるなら新作ゲームの為。製作に行き詰まっているモモイ達はインスピレーションを得られるだろうとアリスにキャンパス内や周辺の探検を頼んだ、そういう事だ。
「そうか…ならオイラも参加しよっかな?パーティーには時に遊び人も必要だろ?」
"本当!?助かるよ、サンズ!"
「パンパカパーン!アリスのパーティーにサンズが加わりました!」
"因みに私の役職は何かな?"
「先生はマスコットです!全てのステータスが低いですが幸運が高いので!」
「中々辛辣だなアンタ…」
こうして勇者のアリス、遊び人のオレ。…マスコットの先生、計三人のパーティーによる冒険が始まった。
人数が多い方が人々の目に入りやすいからオレはホットドッグをより売れるし、アリス達はインスピレーションになりそうなものを見逃す事が少なくなる。一石二鳥ってヤツだ。
「アリスちゃんだ!元気?」
「はい!アリスのHPは満タンです!」
「そこの看板持ってる人は…えっ、ホットドッグ売ってるんですか?じゃあ一つください!」
「へい、毎度あり」
その予想は的中、アリスと交流する生徒達は必ずと言っていい程にホットドッグを買っていく。
予想外だったのは…アリスのミレニアム内での人気っぷりだろう。道行く先々で出会う生徒達に挨拶されては餌付けと言わんばかりに菓子を貰っていた。
「アンタ、かなりの人気者だな?」
「アリスの魅力はカンストしてますので!」
その後もオレ達は…アリス風に言うならば様々なNPCとエンカウントした。例えば───
「サンズさんも試しにグラウンドを一周してみませんか?」
「い、いや…オイラは遠慮しておくよ…」
トレーニング部のスミレと出会い。
「サンズだー!やっほー!」
「よっ、アスナ───ぐあっ!?」
"ふ、吹っ飛んだ…"
普段はメイド服を着ている事もあって新鮮な制服姿のアスナとカリンと出会い。
「やあサンズ。Bonely Blasterの調子はどうだい?」
「問題ないぜ。アンタらがアレを作ってくれたお陰でオイラは巨悪をブッ飛ばせた」
「…なんか思った以上に活躍してるみたいだね」
「一体サンズさんはどんな存在と戦ったのでしょうか!?『巨悪』とは一般的に…」
エンジニア部の面々と出会い。
「クソッ!どうして勝てねェんだよ!!」
「アンタは感情的になりすぎだ。もっとオイラみたいに『ボーン』やりしようぜ?」
メイド部の部長であるネルと出会い、彼女に連れられゲームセンターへと向かった。アリスに対戦ゲームで大敗を喫したネルにオレも巻き込まれた訳だが、こっちもこっちで家でやる機会があるもんだから勝ってしまう。
「おい!あたしに勝たせる気はねェのかよ!?」
「いや…だってアンタ手加減したらブッ飛ばすとか言うじゃん…」
…隣に座る彼女からの圧で冷や汗が止まらなかった。背後から音も無く現れたアカネが任務を忘れていた彼女を引きずっていった事で難を逃れたが。
「…ありゃ、もう夕方か」
スクワッドへのお土産にとクレーンゲームで取ったぬいぐるみや菓子などを詰めた袋を抱え先生達とゲームセンターを出ると、既に外は夕日に照らされていた。
"そういえば…アリスはネルを怖がっていたんじゃなかったの?"
"ネルを怖がっているのかと思ってたけど…"
ミレニアムへと続く道を歩きながら、先生はアリスに問いかける。…確かに今日駅でネルと出会った際のアリスは酷く怯えていた。それもそうか、初対面時に戦いをふっかけられていたもんな。
「確かに、一時的にネル先輩は敵でしたが…今は味方」
「なのでモモイが言うには、ネル先輩は弱くなっている確率が高いと言っていました」
「だから、アリスはネル先輩の事はもう怖くありません」
あぁ、敵だった頃は強かったのに味方になると途端に弱くなるアレだな…と思いつつ、アリスがネルへの恐怖を克服している事に安堵する。
「アリスも、今日の先生とサンズとの冒険は楽しかったです!」
「その、残念ながらユズのクエストを進める事は出来ませんでしたが…」
「それでもアリスは勇者です。勇者は諦めないものです!」
「…その通り、だな」
あぁ、やっぱ思い出しちまう。オレ達モンスターにとっての勇者…アンダインを。力強く、心優しく、勇敢で…人間に対する憎しみが薄れた世界の彼女なら、きっとアリスを気に入る筈だ。
「まだ見習いですが、これからもクエストをこなし、沢山レベルアップして…」
「いつかは、この光の剣で世界を脅かす魔王を倒します!」
「その時まで…アリスと一緒に冒険してくれますか、先生、サンズ?」
"うん、勿論。"
「何処までもお供するぜ、勇者サン」
オレ達の返事にアリスは満面の笑みを浮かべた。彼女を明るく照らし出す夕日の光は、彼女の純粋無垢な心を表しているようだった。
『アリス』という人格が形成されたのはここ数ヶ月内での出来事、人間の子供にすりゃまだまだ赤ん坊だ。彼女がこれからどんな成長をしていくのか、見守っていこうじゃないか。
…そう、思っていた。
*
数日後、ヴェリタスから連絡が来たという先生に同行して再びミレニアムを訪れていた。同じく連絡を受けていたゲーム開発部と共にヴェリタスの部室へと入ると───
「何だコレ…ロボットか?」
「私達がミレニアム学区の郊外で発見したものです」
部室に無造作に置かれた奇妙な形をしたロボットが目に入る。球体のボディに触手のようなアーム、ついでに大きさもそこそこあって複数ある。仮に浮遊でもすりゃオレと同等、或いはそれ以上の高さになる。
「これって、本当にミレニアムで作られたロボット…なのかな?」
「ハレ先輩、これって今どんな状態なんですか?頑張ったら起動させる事って出来たり…」
「私達の方でも一通り調べてみたんだけど」
「結構綺麗だったから、起動出来ないかなーって思ったんだけどね」
「でも、結局見つけられなかったんだ」
「見た目からして如何にも『危険』って雰囲気で満載だけどな」
何処からどう見ても戦闘用として作られたロボット軍団、起動しようものなら絶対に事態が悪い方向へ傾く事なんて明白だろう。
「アリス…」
「アリス…見た事あります」
部室に入ってからというもの黙り込んでいたアリスが口を開く。未知の廃墟で発見された少女とこれまた未知のロボット。
…嫌な、予感がする。
「おいアリス、あまり近寄ったら…」
オレの制止も虚しく、彼女は既にロボットに触れていた。触れた直後こそ何も起こらなかったが、数秒後に突如としてふわりと浮かび上がり───
「え!?何!?電源入った!?」
禍々しい光を目と思われる部位に灯らせこちらを凝視する。それを機に起動しないままだったモモイのゲーム機が触れてもいないのに起動し、アリスが目を瞑ったまま微動だにしなくなり…『異変』が立て続けに起き始めた。
"アリス?"
「…大丈夫か?何処か具合でも悪いのか?」
オレ達の問いかけに返ってくる言葉は無い。こっちは彼女が何らかのアクションを取ってくれる事を求めているのに、どういった訳か彼女が接触していない周囲のロボットまでもが次々と起動する。一つ、一つ、また一つと。
「わわっ!何で急に動くの!?コタマ先輩、何かした!?」
「マキ、違います。私は何も…」
「…気をつけて!何か様子がおかしい!」
活動を開始したロボット達はアリスの周囲を旋回する。まるで従者達が主を守るかのように。
"一体、これは…"
「それを知りてぇのはオイラの方だよ…!」
現状こちらに危害が及ぶような事はしていない。ただはっきりと言えるのは…『アレ』はオレ達にとって脅威になり得る存在だって事。
一体自分は何をすれば良いのか───アリスを除く部室に居る誰もが慌てふためく中、遂にアリスが閉じていた目を開けた。
「…アリ、ス?」
その目に宿る、不気味に輝く赤紫の光。今の彼女はオレ達の知る『アリス』ではない事を即座に理解する。
「…コードネーム『AL-1S』起動完了」
かつて廃墟で初めて会話した時のような無機質で、淡々とした口調で話し始めたかと思えば───
「プロトコルATRAHASISを実行します」
何の躊躇いも無しに、チャージを完了した光の剣をこちらへと向けた。
*
「畜生…!マジでどうなっていやがんだ…!」
アリスの攻撃の余波で建物諸共外へと投げ出されたオレ達は、必死の形相でアリスが率いる敵勢力と交戦を続けていた。
部室にあった数だけならまだ良かった方、だが現実は何処からともなく更なるロボット軍団が現れる始末、倒しても倒してもその分新たな奴らが襲いかかる。
「うっ…」
「大丈夫かユズ!?」
"…サンズ、大変だろうけど負傷している生徒達の守りを固めてくれないかな?"
「…あぁ、こっちもそのつもりだ」
アリスの慈悲の欠片も無い攻撃は凄まじく、戦闘前に既に負傷していた奴らが何人も。オレやミドリのようにほぼ無傷の奴が居れば、ユズやハレのように流血している奴も。
「オイラが中心に動く!アリスの目を覚まさねぇとヤバいぞ!」
"動ける子達はサンズの支援をして!私が指揮する!"
左手に装着したブラスターから怒涛の勢いで光弾を発射し迫り来る敵を破壊、それでも向かってくる奴らには光刃で完全に機能が停止するまで斬り裂く。ケチャップを欠かさず飲みながら。
オレが注意を引いている事で攻撃はほぼオレに集中しているが、それでも一部の連中は生徒達に向かっていく。
「しまっ…」
「女子に手出すなんて…マナーのなってねぇ奴だなっ!」
サポートに集中し避けるタイミングを失ったコタマに一体のロボットが飛び掛かる…が、すんでのところで重力操作を発動、瓦礫から飛び出た鉄骨に向け突き刺す。
「コタマ先輩!大丈夫っ!?」
「…はい、何とか。ありがとうございます、サンズさん」
「気にすんな。当たり前の事をしたまでさ」
ロボットは皆の助力もあって徐々に減ってきたが問題は…アリス。プロトコルだの何だの言いながら何かを準備している。…実行されたらマズい、確実にマズい。
「アリスーッ!」
"…モモイ!?"
「お姉ちゃん!?何するつもり!?」
そんな中、モモイがアリスの元へと走り出しながら彼女に銃撃を浴びせる。
「元のアリスに戻ってよ!!急にどうしちゃったのさ!!」
「……」
「…妨害を確認。妨害対象を排除します」
"モモイ!アリスから離れて!"
モモイからの攻撃に一切動じる事なくアリスは───光の剣の銃口を眼前のモモイに構えた。
「あっ…」
「(クソッ…!全く骨の折れる奴だ…!)」
「何やってんだモモイ!先生に離れろって言われただろ!」
「…サ、サンズ…ごめん…」
咄嗟に取った行動、それはモモイの元にテレポートし彼女を重力操作で安全地帯へ飛ばし、アリスの攻撃を左手のブラスターのバリアで受け止める事。
「ぐ…うっ……!!」
光線の射程距離には先生達が居る、たとえモモイを助けたところで光線をどうにかしなきゃ被害は甚大だ。
「耐えてくれよ、オレの武器…!」
光線を防げていてもその勢いまでは止められない。じりじりと後退していく事で焦燥感に駆られていく。
「オレが、皆を…」
「守るんだ…!」
…あれから何分経過しただろうか、ようやく光線が止む。ケチャップを補給する暇が無いもんだから魔力もギリギリだったが。
「無事か!?先生!?皆!?」
"…ありがとうサンズ!全員無事だよ!"
安堵…したいところだがまだ問題は解決していない。それでも今の攻撃で光の剣のエネルギーを大幅に消費している筈、今が好機…
「…ッ!!」
「サンズさん!!後ろ!!」
「えっ───」
ユズの言葉で後ろを振り向───
「がっ」
背中を激しい痛みが襲う。
腹には無数の触手が何本も。
アビドスの皆に貰ったネクタイが、ワイシャツが、血で滲む。
口から血が噴き出す。
意識が、薄れていく。
"…そんな…!"
「サンズさん…サンズさん!」
「待ってミドリ…今行ったら…!」
皆の声が、どんどん、遠くなっていく。
視界が、暗くなっていく。
最期にオレの視界に入ったのは
暗雲と
静かに佇む、アリスの姿だった。
「ここ、は…」
オレの体以外の物体は何一つとして存在しない、闇に包まれた空間で目を覚ます。
「…嘘だろ、オレ死んじまったのか…?」
今居る場所には見覚えがある。ない方がおかしい。元居た世界でプレイヤーに殺された後に送られる、リセットされるまでに過ごす空間。
…つまりだ、オレは死んだという事になる。
「確かにいつ死んでもいい覚悟でいたけどよ…こんなところでくたばる訳には…」
「アリスは…?モモイは…?先生…アビドスの皆…スクワッド…」
クソ、クソクソクソ…!どうすりゃ、一体どうすりゃいいんだよ…!オレにはまだやらなきゃならない事があるのに…こんなところで、こんな、ところで───
「随分と久しいね、サンズ君」
懐かしい声が、暗闇にこだました。
──────────────
その声に焦燥に満ちていた精神が一気に覚醒する。間違いない、最後に声の主と会ったのは途方もない程に昔の話だが覚えている。忘れる筈が無い。
「…ガスター博士」
俯いていた顔を上げる。前方に一人佇むのは黒いコートを羽織り、顔に二つの亀裂が入る長身の男性。
オレとパピルスをこの世に生み出した創造主であり父親───『W.D.ガスター』。
「ア、アンタがどうして、ここに」
「きっと私の姿を見て酷く困惑しているだろうね?でもすまない、私からでは君の反応は見れないんだ」
「これは君がある特殊な条件下に陥った時の為に事前に君の精神世界に埋め込んでおいたある種の『映像』、これを見る頃には私は既に実体を失っているだろう。気体のように…」
「おっと、今『ガス』ターだけにって思ったでしょ?」
…流石は博士だ。オレには出来ない事を容易くしやがる。言おうとしたダジャレも先に言われちまった。
「さて、早速本題に入るとしよう。私の言う『特殊な条件下』というのは…」
「『この世界』とは異なる場所で、意識を失うような致命傷を負い危篤状態に陥った時だ」
「私は時空に発生する歪みを研究している際に偶然発見した。我々が居る世界とは別の世界…所謂『並行世界』だ」
「それぞれの立場が入れ替わった世界、モンスターが地下ではなく宇宙に追放された世界、人間とモンスターの戦争が未だに終わっていない世界…」
「あぁ、サンズ君がメインの世界も多かったなぁ。口が異様な程に裂けたサンズ君、眼帯を付けたサンズ君…三人のサンズ君が共通の敵に立ち向かう世界もあったね。あれはまさに
「…とにかく、観測したという事は何らかの異常で向こう側に行ってしまう可能性もゼロじゃない。もしそれがサンズ君やパピルスだったら…と思うと恐ろしくてね」
…確かに博士はぶつぶつと呟いていた事があった。並行世界がどうのこうの、と。あの人はそこまでの事を予測していたのか。
「だから私は君に埋め込んだ記憶から、これから伝える未曾有の危機に対応出来る方法を教えようと思ったんだ、サンズ君」
「まずは危篤状態から回復する術を教えよう。さぁ準備しよう!シャキっと立って私の方を向くんだ!」
博士に言われた通り猫背気味だった姿勢を整え、彼の方をしっかりと見据える。
「我々モンスターに宿る『魔力』は人間における『血液』。人間が貧血になれば倒れるように、魔力が不足すればモンスターも危機に陥る」
「つまり常に魔力を全身に張り巡らせなければならない。頭の先から足の指先までね」
「今の君は恐らく死にかけの状態、魔力の循環が不安定になっている筈だ。だからイメージしたまえ!魔力の流れを!感じ取るんだ!」
「あっ、君がその状態になるまで私は待機してるからね」
目を瞑り、形には存在しない魔力の存在を探し回る。…何処だ?何処にあるんだ?早く回復して目覚めないと、皆が…
…いや、焦ればよりゴールは遠くなる。焦るな、落ち着け。「オレにはやれない」なんて思うな、やらなければならないんだ。
「…見つけた」
あった。タマシイを中心に広がる、胸の奥に渦巻く温かいもの。これが博士の言う『魔力の流れ』に違いない。
「すぅ…はぁ…」
深呼吸をする。一箇所に留まる魔力を全身に滞りなく送る事をイメージしながら。
…手足の感覚が徐々に戻ってくる。魔力の流れが正常になっていくのを身をもって感じる。使い古され固まった人形の綿が、あるべき場所へ戻っていくように。
「おぉ、この音声を聴いているって事は出来たみたいだね。流石は私の息子だ」
ピタリと止まっていた博士が再び動き出す。笑顔で、祝福の拍手をしながら。それが実験体が予想通りの結果を出した事への喜びなのか、息子の成長への喜びなのかは…今のオレには分からない。
「…では準備しよう。君の潜在能力を引き出す時だ」
「───タマシイを出してくれ」
「出してくれ」と言われたがオレに拒否権は無かった。胸の中央から浮かび上がったオレのタマシイは、博士が有する六つの浮遊する手の内の一つに引き寄せられた。
「人間のとある科学者はこう言った。『人間は潜在能力の10%しか引き出せていない』と」
「モンスターも同じさ。私も、あのアズゴア王も本来の力を出すには至っていない」
「何故ならモンスターの脆い体では力に耐え切れずに…いずれ朽ち果てる」
「勿論サンズ君にそんな目には遭ってほしくないよ?常識の範囲内での強化さ」
「こうして延々と話していてもつまらないと思うし時間の無駄だから…さて、早速始めようか。痛みを伴うが…どうか我慢してほしい」
博士は両手に奇妙な力を溜め、オレのタマシイに近づく。不気味とも神秘的とも見える光で輝き出した両手で包み込んだかと思えば───
「───っ!?がっ…あぁ…っ!?」
痛い。痛い痛い痛い痛い。凄まじい激痛が全身を襲う。全身を殴られ、電流を流され、炎に焼かれ…あらゆる感覚の『痛み』が一斉に、絶え間無く続く。意識を失ってここに居るってのに、また意識を失いそうだ…!
「はか、せっ…アンタ、はぁっ…!!」
痛みに耐え切れず足元から崩れ落ち、地面をのたうち回る。幾ら叫んでも、動き回っても、博士は力を注ぐのを止めようとしない。…止めようとしても止められないんだろうがな。
「……!……ッ!!」
最早声を上げる事もままならない。この地獄のような痛みは、一体いつまで───
…気づけば痛みは収まっていた。やっとの思いでふらふらと立ち上がり、博士の方を見ると先程よりも一際輝くオレのタマシイがそこにはあった。
「すまないねサンズ君。きっと苦しかっただろう。私の事も恨んでいる筈」
「…あぁ、全くもってその通りだよ」
「…君を強くする為に必要であった事はどうか理解してほしい。もう少し良い方法はないかと探したんだけど…これしか無かったんだ」
申し訳なさそうにこちらを覗き込んでくる博士に嫌気が差してくる。どうせあの人の事だ、オレが何を言うのかもさっきのダジャレみたいに想定済みなんだろ?
「…だけど痛みに耐えてくれたお陰で、君は新たな力を得る事が出来ただろう。タマシイを再び取り込めばそれが分かると思うよ」
タマシイを浮かばせる手がこちらに接近し、オレの体に貴重品を扱うかの如く優しく、丁重に押し込み始める。
…本来あるべき体の中へと完全に戻った瞬間、今まで感じた事の無い力を全身で感じる。つい先程までの自分とは違う事が間違いないと思える程に。
「ありがとな、博士。…と言ってもオレの声は届かないんだろうけどな」
「これで私の役目は終わった。後は君が目覚めるだけだけど…少し、個人的な話をしたい」
「今思えば、君には父親らしい事をしていないと思ってね。研究しては実験、また研究しては実験…息子というよりも、助手のような扱いだった」
「でも君…いや、パピルスを含む君達に対する愛情は確かにあった事だけは言いたい。実験体ではなく、息子として」
「これはキミへの…私なりの思いやりだ。…不器用な父親で、ごめんね」
…何だよそれ。そういうのは録音じゃなくて面と向かって言えよ。…オレが碌に本音を言えないのも、彼のDNAを基に作り出されたのが影響しているのかもな。
「…まぁ、アンタには色々言いたい事があるけど本音が聞けて良かったよ」
「んじゃ───」
背中を向けていてもはっきりと分かるぐらいの光が背後から差し込んできた。…分かる。これはきっと元居た世界で何度も体験した───リセットから初期位置にリスポーンする時の感覚と一緒。
…精神世界から現実世界へと戻る合図か。
「…そろそろお目覚めの時間みたいだな」
「アンタは過去の博士。決められた事以外の事は言えないし、出来ない」
「それでも…久しぶりに会えて良かったよ。じゃあな…」
「…『父さん』」
*
目覚めてから最初に見たのは、何処かの建物の天井。ベッドに寝かされている事を把握する。
「…生きてたのか、オレ」
体を起こし、周囲を見渡す。ここは確か…あぁ、思い出した。シャーレの医務室か。意識を失ってから、恐らく先生が…
「…サンズ、お見舞いに来たわ…」
「…セリカ?」
ノックの後に部屋に入ってきたセリカと目が合う。彼女は口を開け、目を見開いたまま動かなくなる。
「え…サ、サンズ、起きた、の…?」
「あぁ…そうらしい」
「……」
「せっ…」
「せんせーっ!!サンズが起きたーっ!!」
見舞いの果物を近くのデスクに置いたセリカは大慌てで部屋を飛び出していく。ドタドタと騒がしい音を立てながら次は先生が現れ、無事で良かった、何処か痛むところはないかと言いながら涙ぐんだ顔で見つめてきた。
それから約一時間後。恐る恐る医務室へ入ってきたのは他でもない、対策委員会の皆だった。
「自分の事は大切にしてねって言ったのに…でも、サンズ君が無事で良かったよ。…本当に、さ」
ホシノ。
「サンズさんは二日間昏睡していたんです。体に異常がありましたら、私が何でも買ってあげますから。後輩らしく、先輩を頼ってくださいね?」
ノノミ。
「ノノミの言う通り。欲しいものがあるなら私が何処でも持ってきてあげる」
シロコ。
「これからサンズさんの体調は随時報告してくださいね?少しでも異常がありましたら補給物資を送りますので」
「いや、流石にそこまでしなくても…」
「そこまでする必要があるんです!」
アヤネ。
「ずーっと心配してたんだからね!?バイトしてる時も寝る時でも!…先輩を、悲しませないでよねっ」
セリカ。
「…すまねぇ、皆。そして…ありがとな。こんな奴をここまで心配してくれてよ」
自分の事で誰かを心配させたくないと思っていたばかりに罪悪感に押し潰されそうになる。しかしそれと同時に、頼れる仲間が居る事への安心感も湧いてくる。
"サンズ、『彼女達』も連れてきたよ。"
席を外していた先生が戻ってくる。…それにしても『彼女達』?もしや、と思いベッドから身を乗り出す。
「…サンズ」
「…アツコ、ミサキ、ヒヨリ…」
そうか、そりゃそうだよな。オレの家に一緒に居る三人も来るよな。
「あー…数日間家空けてすまなかっ───」
オレの姿を見たアツコはこちらに駆け寄ったかと思えば、勢いよく抱きついてきた。…一瞬何をされたのか頭が混乱する。
「…ずっと、心配していた」
「あの家はあなたの家なのに、あなたが居ない事が何よりも不安だった」
「…あなたは私達よりも体が弱いのに、どうしてそんな事をするの…!」
「お願いだから、自分を犠牲にするような事はしないで…」
怒りとも、悲しみとも、或いはその両方が合わさったような声色でアツコは言う。
…こんな彼女を見たのは初めてだ。
「姫はあなたが昏睡状態になったって聞いてから、今になるまでずっと落ち込んでいた。…私達もそうなんだけどさ」
「サ、サンズさんが死んじゃったらどうしようかと…ようやく信頼出来る人に会えたのに…」
彼女達を養っているのはオレだ。そのオレが消えたらどうなるのか…想像に難くない。
あの時はあの方法しか無かったと思っているが、それでも後先考えずに行動していた己を戒める。
「だけど、あなたがこうして動いて、話している姿を見れて良かった」
「…ごめんな。でもオイラはここにちゃんと居る、もう心配は無用さ」
「(…というかそろそろ離れてくれないか?オイラの先輩方も居るんだし…)」
「(…うーん、でもあなたがそれを望むなら分かった)」
アツコで遮られていた視界が開けると、そこには案の定ニヤニヤと笑みを浮かべるアビドスの皆の姿が。…後で弁解する必要があるみてぇだ。
"…お熱いね?"
「あん時の意趣返しのつもりかアンタ…?」
"ははっ、ごめんごめん。…っと、君にはもう少し休んでいてもらいたいところだけど、すぐにミレニアムに来て欲しいんだ。"
「…アリスの件だな?」
先生は頷く。あれからアリスがどうなったのか、オレはまだ把握していない。先生が無事である以上収束している事を願いたいが。
「んじゃ、病み上がりだけど早速ミレニアムに行かないとな。アビドスの皆、オイラの家に居る三人、来てくれてありがとな」
「ん、困った事があったらいつでも呼んで」
「うへ〜…おじさんにやれる事なら何でもするよ〜」
皆に別れを告げ、先生と共にミレニアムに向かおうとした瞬間だった。誰かがオレの右腕を掴む。
「…私も連れて行って」
「アツコ…?だけど今回の件はアンタには関係無くて…」
「あなたが関わっている時点で私には関係がある。…それに、また無茶をしそうだから」
「…どうする、先生?」
"私はいいよ。人の善意は素直に受け取るべきだよ、サンズ。"
「そうか…分かった、仲間は多いに越した事はないもんな。行くぜ、二人共」
「うん」
先生とアツコがオレに触れている事を確認し、ミレニアムにテレポートする。どうか元のアリスに戻っている事を願いながら。
「…君達に聞きたいんだけど、あの子ってサンズ君とどんな関係なの?」
「…少なくとも、お互いに大切な存在だとは思っているんじゃないかな」
*
「サンズさん…ご、ご無事で何よりです…」
「お気遣いありがとさんミドリ。まだ『最後の息』を吐くには早いんでな」
「…サンズ。ごめん。私の、せいで…」
「気に病む事はないぜ、モモイ。アンタの友達を助けたいという思いは正しい」
ミレニアムのホールにはゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部にメイド部、ホログラム越しでセミナーとミレニアムを代表する部活のメンバーが集合していた。皆の顔は暗く、どんよりとした空気が辺りを包み込む。
「…アリスの姿が見当たらないな」
"うん。だから少し長くなるけど、君が昏睡状態に陥っていた間に何があったのか話すよ。"
先生が話したのは、オレが敵の攻撃をモロに食らいブッ倒れた後の話。あの後メイド部が駆けつけた事でロボットは全て破壊され、アリスも鎮圧され正気に戻った。
だが正気に戻ったという事は、自身が一体何をしたのかを理解するという事。建物を破壊し皆を傷つけ、その行いへの罪に苛まれているところに現れたのが…ミレニアムの生徒会長『調月リオ』。
何故会長が現れたのか、それはアリスの正体を話す為だった。
「名もなき神々の王女…?」
"…リオが言うには、アリスは世界を滅ぼす為に作られたみたいなんだ。"
…確かに廃墟、それも資格が無いと入れない場所で眠っていた時点で只者ではないとは薄々察してはいたが、そこまでとはな。
「…で、来たからにはリオはアリスに何かしたんだろ?」
「連れて行っちまったよ。…ヘイローを破壊するとか言ってさ」
「…チッ、またヘイローの破壊かよ…」
近くでオレ達の話を聞いていたネルの言葉に思わず顔を顰める。エデン条約絡みで散々ヘイローの破壊の下りは聞いたってのに、嫌になるぜ全く…
「あたしもそんなのは嫌に決まってるからさ、会長に従属なフリをしてたんだけどよ」
「いきなり現れやがった『トキ』って奴にやられちまって…」
「…そのまま連れて行かれたって訳か」
問題なのはアリスが何処に連れて行かれたのか。たとえ助けに行くとしても肝心の居場所が分からなければどうしようもない…そう思っていた最中、セミナーのユウカとノアが口を開いた。
「先生、頼まれていたリオ会長の居場所の特定が終わりました」
"ありがとう、ユウカ、ノア。リオは何処に居るんだい?"
「はい。セミナーのデータベースにあった、意図的に隠蔽されたような痕跡があるデータを調べたところ…」
「予算の一部に不透明な流れを発見。それを追跡する事に成功しました」
「そうやって追っていった先がここです…今、画面に映します!」
ホールの中央にあるホログラムのモニターに映し出されたのは、巨大な壁に囲まれた都市の光景。その名を───
「コードネーム『エリドゥ』」
リオが『終焉に備える為の要塞都市』として作り出した大規模な都市。なんとこれを彼女は単独で、かつ今に至るまでセミナーの予算から横領し作ったのだという。
流石科学専門の学園を統べる存在というべきか、かなりの頭脳派と見た。
「サンズはどう思う!?会長のやってる事は間違ってるよね!?」
「…お言葉だが───」
「会長サンの行動は至極真っ当な事だ」
「えっ…?」
驚くモモイはオレの言ってる事が理解出来ないという様子だった。だからオレはそう思う理由を話した。
「普通に考えてみりゃ、自分の学園に世界を滅ぼせるような奴が居ると知ったらどう思う?気が気じゃねぇだろ」
「向こうとしては被害が出る前に確保しておきたかっただろうに、今まで泳がせていたのが温情ってもんだ」
「むしろ『友達だから』なんて感情論で動こうとしているオイラ達の方が側から見ればおかしい話だ」
「世界を守ろうとしている奴とその行動を妨害しようとする奴ら…一体どっちが『悪』に見えるんだろうな?」
ここまで聞けばオレは完全に会長側の存在。だがオレは彼女の考えは分からなくもないが、やろうとしている事には反対だ。
「…だけどオイラも友達が殺されるのを黙って見るなんてお断りだ」
「オイラもアリス救出作戦に参加するぜ」
「…!ありがとう、サンズ!」
そうとなりゃ善は急げだ。かつての鏡奪取作戦と同様にエンジニア部とヴェリタスが協力してくれる上に、今回はメイド部も仲間に居る。心強いったらありゃしない。
「サンズ、私達にも何か出来る事はある?」
オレの隣にピッタリとくっ付いているアツコの言葉に暫しの間、考える。彼女達には今まで凄惨な生活を送ってきたのもあって戦いとは無縁であって欲しいと思っていたが今は猫の手も借りたい状況、頼るべきだ。
「…元々アリウスに居たアズサはゲリラ戦を得意としてるんだけどさ、アンタらも得意な方か?」
「うん。アズサも私達と同じ訓練をしてきたから」
「そうか…なら…」
「オイラに良い考えがある」
以前とある作戦で用いたあの『バッジ』の存在を思い出しながら。