Blue Archive: Visitor From Underground 作:暗黒星 堕零
苦笑いを浮かべるホシノ。彼女を睨みつけるシロコ。そしてそんな光景を目撃してしまったオレ達。…間違いなく、過去一最悪な状況だ。
“…どうしたの?”
不穏な雰囲気が漂っている事で沈黙が続いていた中、声を上げたのは先生。彼女らに何があったのかを尋ねる。
「ん、その……」
「……ホシノ先輩に、用事があるの」
「……悪いけど、二人きりにして」
用事がある、というのは事実だろう。だがこのまま彼女の要求通り二人きりにすれば、良からぬ事が起きるのは明白だ。
「そりゃ無理なこった。今のアンタらの間には、イヤ〜な空気がこれでもかと漂ってるんでな」
「ん……」
「サンズさんの言う通りです☆対策委員会に、『二人だけの秘密♡』みたいなものは許されません」
「何と言っても、運命共同体ですから」
「……でも」
シロコは反論しようとしたのだろうが、ずい、と詰め寄ったノノミに威圧され言葉が口に出る事は無かった。
「ですので、きちんと状況の説明もしてくれない悪い子には……」
「お仕置き☆しちゃいますよ?」
「う、うーん……」
「…恐ろしいな」
“…恐ろしいね。”
シロコは萎縮してしまう。後ろで見ていたオレと先生も同時に内心思っていた事をこっそりと呟く。
…ああいう普段は穏やかな女性が一番恐ろしいという事を、オレはトリエルで学んでいる。
「……えっとねえ…実は、おじさんがこっそりお昼寝してたのがバレちゃったんだよね〜」
沈黙を貫いていたホシノが口を開く。…が、ここまで見え見えな嘘も珍しい。その後もあれこれと話すが、何かを隠し通す為の言い訳にしか聞こえないというのが率直な感想だった。
「ま、人にはそういう時もあるよね〜。そろそろ集まる時間だし、行こっかー」
「ん……」
ホシノとシロコはそそくさと教室を後にする。オレ達も不安な部分が多い…というか不安な要素しかないが、そろそろ戻って来るはずのセリカ達にまで察せられれば会議どころの話じゃなくなる。ひとまずは対策委員会の教室に向かう事にした。
*
「………」
「………」
「………」
「(気まずっ…)」
…今朝の事もあって、教室内には何とも言えない雰囲気が漂っていた。恐らく先生も同じ事を思っているだろう。
「先輩達、大変!!これ見て!」
「アビドス自治区の関係書類を持ってきました!これを……」
「……な、何、この雰囲気?」
セリカ達が何やら書類を持ってきたが…まぁ、当然ながらオレ達の違和感に気づかれてしまう。
「あー…ついさっき皆で飲もうとしたジュースを盛大にこぼしちゃったんだよ。落ち込んでいるのも無理ないさ」
「……そうだろ、皆??」
「そ、そうだね〜…」
「うん…」
「あはは…」
「……ほらな?」
“…とりあえず今は大丈夫。おかえり、二人共。”
何とかその場を乗り切る。…いや乗り切ってるのかこれ?兎にも角にも、納得してくれたのか彼女達はこれ以上詮索はしなかった。
そして本題に入った訳だが、まずセリカ達が見せたのは地図。アヤネ曰く厳密には直近までの取引が記録されているアビドス自治区の土地の台帳、『地籍図』というらしいが。
問題なのは、アビドスに存在する建物の殆どが…この学校が所有している事になっていなかった事だ。
「そんな馬鹿な…んじゃ今の所有者は一体…いや、まさかとは思うが…」
「…はい。残念ながら…その『まさか』です」
アヤネが書類をめくる。そこに記載されていた所有者の名前は…よりにもよって、今一番視界に入れたくない名前。
「カイザーコンストラクション…」
その場に居る全員が驚愕する。…病院で店主から聞いた情報で薄々は察してはいたものの、危惧していた事が現実となった事に酷く動揺している。どうしてこんな事になってしまったんだ…?
「学校の自治区を取引だなんて、普通できる筈が……」
「……アビドスの生徒会、でしょ」
かつてなく真剣な表情をしたホシノが呟く。そりゃどういう意味だ、と尋ねる暇も無く彼女は話を続ける。
彼女の口から話されたのは、かつては他の学園同様生徒会があった事、自分が入学した時点で既に学校は借金を抱えていた事。そして当時副会長だったホシノと共に居た会長の存在。無論オレがその会長が一体誰で、どんな容姿をしていたのかなんて知る由も無いが、一人該当する人物が居る。
…そう、ホシノ専用の仮眠室を故意ではないとはいえ覗いてしまった際に目に入ったあの写真。彼女の隣に映っていたあの少女が、当時の生徒会長なのだろう。
「事情は何となく分かったし、生徒会だったホシノ先輩の前で言うのもだけど…やっぱりアビドスを借金まみれにした生徒会に良い印象は持てない…」
「…ここに来たばかりのオレが言う権利は無いと思う。だけど、多分生徒会の皆は誰よりも借金の事で思い悩んでいたとオイラは思うんだ」
「焦って、また焦って、空回りして。どうにかしようともがいても悪化するばかりで……」
まだ入学したばかりで、部外者にも等しい奴の妄言。正直なところ反感を買うと思っていたが、オレの言葉に皆は頷き、怒りを露わにしていたセリカも「そうね…」と呟いていた。
「…まぁ、オイラが言いたいのは、原因は外部に存在するんじゃないかって話だ」
“…アビドスを狙う外部の組織…心当たりしかないね。”
「ん、カイザー以外にあり得ない」
やはりと言うべきか、挙げられたのはカイザー社の名前。そこからシロコは、カイザーローンが学校が手に負えない程の金を貸し、利子だけでも払ってもらう為に土地を売るように仕向けたのでは、と自身の考えを伝えた。言わばマッチポンプってやつだ。
先程のシロコの憶測にこれまでに判明した事。それらをアヤネがまとめ上げ出した結論は、カイザー社の目的は金ではなく土地ではないか、というものだった。
返済金をヘルメット団に流し、つい最近までオレ達に仕向けていたのも、残った最後の土地であるこの学校を奪う為なのが理由だろう。
だが次の疑問が浮かび上がってくる。何の為に土地を求めていたのか、だ。そこでオレは過去に何か手がかりがあるのではと考え、記憶を辿ってみた。
「…もしや」
そこで思い出したのが数日前、風紀委員会と衝突した日の事。風紀委員達が撤退する際、委員長が先生に何かを伝えていた筈だ。
「そういや先生」
“どうしたの?”
「アンタ、この前ゲヘナの…あぁ、ヒナって奴に何か伝えられてただろ?それとこれ、関係あったりするのか?」
“…うん。皆の話を聞いていて、「これ」はここで話すべきだと思っていたんだ。”
先生がヒナから聞かされていたのは、アビドスの捨てられた砂漠でカイザー社が何かを企んでいるとの情報だった。
何故ゲヘナの風紀委員長が、何故先生に伝えたのか…疑問は次々と湧いてくるが、セリカの「実際に行ってみればいい」という提案によってそれらは吹き飛ばされた。
「先輩のおっしゃる通り、だな。ここで延々と悩んでいても何も起きやしない」
「……ん、そうだね」
「……いや〜、セリカちゃん良い事言うねえ。こんなにたくましく育ってママは嬉しいよ、泣いちゃいそう」
「ふふふっ、セリカちゃんは後でよしよし♪してあげないとですね?」
「…な、何よこの雰囲気!?私がまともな事言ったらおかしいわけ!?」
「後輩のオイラ的には先輩っぽくて良いと思ったけどな?」
「そ、そう…?…じゃなくて!皆たかって私を揶揄わないでよ!!」
オレも彼女を揶揄う事の楽しさを覚えてしまったのかもしれない。…なんて冗談はさておき、準備を整えたオレ達は早速、アビドスの砂漠へと歩みを進めるのだった。
…と、思ったが、出発する直前で先生とオレはシロコに呼び止められた。
「何やら重要な話みたいだけど、オイラも呼ばれる必要あったのか?」
「サンズは先生の補佐、そうでしょ?」
「まぁな。何もしないってのもアレだしさ」
「ん、だからあなたにも話す必要があると思った」
彼女がそう言って渡したのは、一通の封筒。そこに書かれていた文面に、オレ達は目を疑った。
“退会・退部届……小鳥遊ホシノ……!?”
…書かれている通りの意味だろうが、まるで理解が出来なかった。どうしてオレ達の中で最も長く学校に居て、誰よりも学校の事を想っている筈の彼女が退部を考えているんだ?
「…これ、何処で見つけたんだ?」
「…ホシノ先輩のカバンを漁ってみたら見つけたの」
“シロコはどうしてそんな事を?”
「それは…」
先生に尋ねられたシロコが答える。彼女が実行に移したきっかけは、ホシノがここ最近席を外す時間が増えたこと。それに加え、風紀委員会との戦いで追い詰められるまで来なかったこと。
シロコは勝手に荷物を漁った事に罪悪感を感じていたが…無理もない。この世界に来たばかりのオレでさえも、初めて会った時のホシノと、今の彼女とでは何かが違うと感じ取っていたのだから。
…同じ秘密を抱える者だからこそ、だろうか。
「先生〜、シロコちゃ〜ん、サンズく〜ん、まだかなー?」
外からホシノ達の声が聞こえる。ひとまずこの事は一旦保留、秘密にしておく事にして、目的の砂漠へと向かうのだった。
*
「ケ゛ホ゛ッ゛!゛!゛」
「ちょっ…!?ど、どうしたのよサンズ…!?」
「…すまん、気にしないでくれ。ちょっと目や口から入った砂が頭の中に…ケ゛ホ゛ッ゛!゛!゛」
慣れない辺り一面に広がる砂の地帯に加え吹き荒れる砂埃に苦戦するも、歩みは止めない。アビドスは年々砂漠化が進行しているとは聞いていたが…正直ここまでとは思いもしなかった。
「サンズさんが居た世界に砂漠は無かったんですか?」
「あぁ。
「…そっちの方がキツくないかしら…」
ふと辺りを見回してみると、周囲には砂に埋もれた家や車などの、人々が生活をしていた名残が。嫌でも砂漠化の実態を思い知らされる。
道中では時折不良やヘルメット団の残党に襲われるも難なく退けた。最近まではサポートのみに徹していたオレだが、実は最近になって銀行強盗の際にシロコから貰ったサブマシンガンも使い始めた。当初は的にこれっぽっちも当たらないわ、暴発しかけるわで散々な目に遭ったが、現在はそれなりに扱えている。
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」なんて言葉を前にこの世界のアニメで見たが…まぁ、皆の助けになるなら別に撃たれても構わないんだがな。
…なんて事を思いながら歩き続けて早数時間。砂に埋もれた建造物も見当たらない、開けた場所に辿り着いた。
「ここから先が、捨てられた砂漠……」
「…見事なまでに何も無いな」
何処を見ても砂、砂、砂。遠くに岩山がまばらにあるだけで、特筆すべきものなんてありゃしない。まさにオレが本で見た『砂漠』の光景だ。
「先輩方はここに来た事は無いのか?」
ふと気になり皆に尋ねてみる。
「うん。サイクリングも兼ねたパトロールでアビドスを回っているけど、ここまで来たのは初めて」
「えぇ、私も初めてよ」
「砂だらけの市街地に行った事はありましたが、ここから先は私も…」
「実はおじさんは来た事あるんだよね〜。久しぶりだなぁー」
どうやら最高学年のホシノは過去に来た事があるらしい。彼女曰くかつてここにはオアシスが存在し、『砂祭り』という祭りが開催される程賑わっていたという。…今では見る影も無いが。
「本当にこんなところにカイザー社に関する手がかりがあるのか?」
“うん。あの子が嘘をつくなんて思えないしね。”
別に彼女を疑っている訳じゃないが、こうも同じような光景がいつまでも続いていると疑念の一つや二つが出てきてしまう。しかし更に歩き続けていると、砂漠に似つかわしくないものを散見するようになった。
「ドローンに…あれはなんて言うんだっけな」
「オートマタだね。この辺り、何でかこういうのが良く集まるんだよねー」
辺りには稼働している機械やロボットが。何やら監視をしている様子だが、こんな何も無さそうな場所に配置する理由が…
…いや、『何か』があるからこそ居るんだろう。ヒナが先生に伝えた事は事実であると確信すると共に、遠隔で支援中のアヤネからの通信でアビドスに起こっている異変がより鮮明になる。
「……っ!?皆さん、前方に何かあります!」
アヤネが慌てた様子で報告する。彼女からは駐屯地らしきものが見えるというが、舞い上がる砂埃が視界を遮っていて上手く見えない。
「とりあえずは進んでみるのが得策なんじゃないか?」
“そうだね。…皆、念の為武器の用意をしておいて。”
銃に降りかかった砂を払い、前方にあるという施設へ向けて歩みを進める。進むにつれて道が舗装されていき、車両らしきものが通った後が一つ、また一つと増えていく。
そしてアヤネが指示した場所に到着したオレ達は、信じがたいものを目の当たりにする事になる。
「想像以上だな、こりゃ」
目の前に現れたのは物資が置かれたテントに戦車、見上げる程に巨大な門。周囲に張り巡らされた有刺鉄線が物々しい雰囲気を醸し出していて、何らかの軍事施設である事には間違いない。そしてそれを指し示すかのように、門には「KAISER PMC」の文字が。
…PMC。かつて暇潰しに散策していたウォーターフォールで見つけた、地上から流れ着いた雑誌を読んでいた際に見た事のある言葉だ。意味するのは、『民間軍事会社』の略称。今オレ達は、学生の身分で踏み入ってはならない場所にいるって訳だ。
ただならぬ雰囲気を察知し周囲を警戒している中、奇妙な赤い光がこちらに向けられている事に気づく。皆は門に注目しているからなのか、オレ以外の誰も気づく気配は無い。
…待て、赤い光?
その赤い光には、見覚えがあった。数日前にシロコに銃の扱い方を教わっていた事を思い出す。照準が定まらず微塵も的に当たらずにどうしたものかと悩んでいると、彼女がとあるものを渡してきた。
「…これは一体何なんだ?」
「それは『ポインター』って言うの。これを付けると赤い光が出て、標的に向ければ、当てやすくなる」
…そうか、攻撃の合図か。
「…皆、危ない!」
周囲に骨を出現させる。途端に骨が銃弾を弾き飛ばす音が辺りに響き渡る。
「うわっ!?なになに!?」
「…攻撃だ。ここを管理している奴らにバレたんだと思う」
「どうする先生?」と次いで言おうとした直後、ヘリの音やら戦車の稼働音が四方八方から聞こえてくる。…相当マズい状況に立たされているのは明白だ。
「大規模な兵力が接近中!こちらを包囲しに来ています!」
「包囲が完成する前に離脱してください!まずは急いで、その場から脱出を……!」
“指示は私がするよ。皆はアヤネの言う通り、撤退の準備を。”
上空からはヘリ、地上には兵士と戦車。それぞれが躊躇なく発射してくる銃弾の雨を骨で防ぎながら、砂塵が舞う砂漠を駆け抜けていくのだった。
*
「チッ…まだ来るのかよ…」
「……ふぅ」
「キリが無いなあ、これは……」
基地からはだいぶ離れたのだろうが、それでも攻撃が止む事は無い。途中で迎撃し幾つかのヘリを撃ち落とし、戦車を破壊した筈だが逆に増える始末。銃弾は尽き始め、疲弊によって逃亡する速度も下がり…ついに完全に包囲されてしまった。
「…参ったな、こりゃ」
「…絶体絶命?」
遠隔で支援しているアヤネからの通信も途切れ、オレ達を取り囲む兵士が一斉に銃口を向ける。シロコが呟いたように、まさに絶体絶命の状況だ。
「……いや、オイラが全力で骨を出し続ければ、どうにかアンタらは逃がせられると思う」
「…そこにサンズ君は入っているの?」
「まさか。たとえ余所者のオイラがポックリ逝っちまっても、前からここに居るアンタらが無事なら持ち直せるだろ?」
咄嗟に思いついた策を提案するも、周囲の皆は無言で首を横に振り、先生はこちらに歩み寄り肩に手を置いた。
“……駄目だよ、サンズ。君も私達の大切な仲間なんだから。”
“自己犠牲は、やめて。”
「…じゃあ、この状況をどうしろって言うんだよ…?」
苦肉の策も先生達に反対される。……なら皆の反対を押し切ってでも、作戦を実行するまで。さりげなく皆を自分の後ろへ誘導させ、骨を出そうと左手を上げようとした瞬間だった。
「侵入者とは聞いていたが……アビドスだったとは」
オレ達が逃げてきた方向から声が響き渡る。その声を聞いた兵士達は銃口を下げ、やって来た『それ』に対して敬礼を行った。
「まさかここまで来るとは思っていなかったが……まあ良い」
姿を現したのは、兵士よりも一回り大きな体躯を持ち、何とも高価そうなスーツを見に纏ったロボット。…企業のお偉いさんと言ったところか。
「……あなた達は、誰ですか?」
ノノミが彼に対して尋ねる。すると彼はため息をついた後、こちら側を嘲笑うかのような口調で喋り始めた。
「まさか私の事を知らないとは。アビドス、君達ならよく知っている相手だと思うがね」
「私は、カイザーコーポレーションの理事を務めている者だ」
「…そして君達、アビドス高等学校が借金をしている相手でもある」
──────────────
…オレ達の前に現れたのはカイザー社の理事。これまでも、今現在でもアビドスを苦しめている元凶が来やがった。
「おっと、口の利き方には気をつけるべきと忠告しておこう。幾ら戦う事しか能が無い君達でも、上の身分の者に対する態度は理解出来るだろう?」
「御託はいいよ。要はあなたがアビドス高校を騙して、搾取した張本人ってことで良い?」
「あんたのせいで私達は…アビドスは……!!」
皆が理事に対して怨嗟の言葉をぶつけるが、当の理事本人はその傲慢な態度を変えない。
それどころか、彼は土地を買収した理由を『宝探し』という冗談まで言い始めた。
「宝探し、なんてお偉いさんの割に何とも子供じみた嘘を吐くもんだな?信じられる訳がねぇだろ」
「私が冗談を言うとでも?まさか。私も随分と信用されていないようだな」
「…それに、口の聞き方には気をつけろと先程忠告したばかりだろう?君達程度など…」
「いつでも、どうとでも出来るのだよ」
理事はおもむろに携帯端末を取り出したかと思えば、何処かに連絡をし始めた。何をするつもりかと身構えている中、間もなく通信が復帰したアヤネから伝えられたのは…
「きゅ、9000万円!?」
急激な、それも異常なまでの金利の値上げ。それによって、アビドスが毎月返済する借金は9000万以上もの金額に膨れ上がった。極め付けに理事から告げられたのは、一週間以内にカイザーローンに3億円の預託。
「冗談じゃねぇ。一週間の間にそんな大金を稼げる訳が…」
「ならば、学校を諦めて去ったらどうだ?」
「自主退学して、転校でもすれば良い。それで全て解決するだろう。そもそも君達個人の借金ではない」
…彼が言う事も、一理はあると思う。だがオレがアビドスの皆を通じて見てきたのは、彼女達のアビドスに対する想いの強さ。提案を飲む訳がない。
それでも、想いだけがあっても何も起こらない。地下世界を守りたい、プレイヤーに諦めさせたいという意志がありながらも、延々と殺され続けたオレはそれを痛い程に理解している。
「……皆、帰ろう」
理事を睨みつけるシロコ達。今すぐにでも戦闘が開始しかねない緊迫感が漂っている中、口を開いたのはホシノ。
「…これ以上ここで言い争っても意味が無い、弄ばれるだけ」
彼女の言う通りだ。きっと今ここでオレ達がする行動は全て、彼らにとっては無意味なもの。…悔しいが、撤退をするのが一番賢明な判断だ。
「存外悪くない時間だったな。さあ、お客様を入り口まで案内してさしあげろ」
「…そうだ、思い出した。そこの骸骨の君だったな?つい最近アビドスに入学したという変わり者は」
「…だから何だ?」
「どういった理由なのかは全く見当も付かないが、他の学校を選んでいればより充実した学園生活を送れたのではないのか?」
「……自分の事しか考えられないアンタには、話したところで分からないだろうな」
…今何を言っても、何をしても現状が変わる事は無い。今オレ達が出来るのは、屈辱を噛み締めながらその場を立ち去る事だけだった。
*
今回の調査でカイザー社が売られた…もとい奪った土地で好き勝手していた事に、卑怯な手段を用いている事が分かったが、ほぼ失敗も同然だろう。学校に戻ってきたオレ達は莫大な借金の返済方法について考えていたが、思いつく案なんてありゃしない。
焦燥と怒りによって頭に血が上る皆を見て、ホシノはひとまず解散をして、明日改めて話し合う事を命令。皆もそれに了承し、各々が自宅へと戻っていった。
…オレと先生、ホシノを除いては。
“ホシノ、聞いてもいい?”
すっかり日が暮れ、薄暗くなった学校で先生がホシノに見せたのは、例の退部・退会届。それを見せられるとは想定していなかったのか、彼女は珍しく動揺していた。
「見た事も、秘密にしていた事も悪いと思っているよ。でもこんなものを見てしまった以上、オイラも先生も放っておけないって訳だ」
「そっかー…そうだよねー…う〜ん、仕方ないなぁ…」
「…うん、面と向かっていうのも何だし…二人共、ちょっとその辺歩かない?」
ホシノの提案で、静寂に包まれた校舎を歩きながら事情を聞く事になった。
「うわぁ、ここも砂だら……あれっ、綺麗になってる」
「オイラが定期的に掃除してるんだよ」
「ありがたいね〜。ノノミちゃんもシロコちゃんもセリカちゃんもアヤネちゃんもサンズ君も、みーんな良い後輩だよ」
「今のオイラには、このぐらいしか出来る事が無いんでな」
校内を歩きつつ、世間話を交えながらホシノが語ったのは、彼女がカイザー社、そして『黒服』と呼ばれる謎の人物からの提案。
それはアビドス高校を退学し、自分達の企業に所属すれば借金の半分近くを負担するという内容だった。それも2年前、つまり彼女が1年生の頃からずっとだ。
「…アンタ、どうしてそれを何年も抱え込んできたんだ」
「どうしてって…そりゃおじさん個人の問題だからね〜。可愛い後輩に余計な心配はさせたくないんだよー」
ホシノが抱えていた内情が想像以上に深刻である事をようやく理解するも、オレ達は言葉に詰まっていた。励ますのか、同情するのか、それとも何も言わないのか。どれが最良なのか、どれも最悪なのかも、判断が出来なかった。
そんなオレ達の様子を見かねたのか、ホシノは先程の言葉に付け加えたようにあはは、と笑い、カバンから退部届を取り出した。
「そんな顔しなくても〜…1ミリも悩んでなかったって言ったら嘘だけど、ちょっとした気の迷いって言うか…」
「だけどこの話はもうおしまい。捨てちゃおっか」
それを示すかのように目の前で退部届を破り、近くにあったゴミ箱に捨てると、彼女は再びこちらを向く。
「余計な誤解をさせてごめんね。たださっきも言ったように、皆に話したところで心配させるだけで良い事なんて無さそうだったからさ」
「でも、可愛い後輩達にいつまでも隠し事をしていちゃダメだよねー」
“運命共同体、だからね。”
今朝、ノノミがホシノ達に対して言った言葉。ホシノもそれを思い出したのか、にへ、と笑顔を見せた。
「…ここでノノミちゃんの言葉を持ってくるのは反則じゃなーい?」
「先生も言う事だし…うん、決めた」
「明日、皆にちゃんと話すよ」
ホシノは決心した表情を浮かべるも、オレにはその表情には陰りが見えるように感じた。
「……本当に明日、皆の『前』で話すんだよな?」
「………」
「勿論。約束するよ」
…そう、約束した筈だった。
──────────────
翌日教室に居た…いや、あったのは、ホシノが残した退部・退会届と、皆への手紙だけだった。