Blue Archive: Visitor From Underground 作:暗黒星 堕零
「これ、は」
机に置かれていたのは、ホシノが残した退部・退会届に加え、皆への手紙だった。
手紙には昨夜彼女が話した、黒服の提案を受け入れここを去る事に加え、皆へのメッセージが綴られていた。シロコ、ノノミ、セリカ、アヤネ、先生。……そこにはオレも含まれていた。
一人一人、一枚一枚丁寧に書かれた手紙の中からオレ宛てへの手紙を手に持つが、読もうとする手が止まる。だが読んでも読まなくても結果は変わらない、それを理解すると止まっていた手は手紙をめくり、内容を目の当たりにする事になる。
「サンズ君、ごめんね。折角入学してくれたばかりなのに、もうお別れだなんて」
「でも私にはこれしか無かったんだ。皆にこれ以上苦労をかけさせない為にもね」
「きっとここよりも、他の学園の方がサンズ君の助けになってくれる人は多く居る」
「…だけど。もし、これからもアビドスに居続けてくれるなら、皆を支えてくれないかな?」
「きっと私が居なくなって、皆はどうすれば良いのか迷うと思う。そこでサンズ君の出番。一番の後輩に無茶言うなって思うけど…励ましたり、支えになる人が居るだけで気持ちは大きく変わると思うんだ」
「だから、検討しておいてね」
「…あと、サンズ君のダジャレ、おじさん的にはとっても面白かったよ」
「………」
…嘘をついて、一方的に別れを伝えるなんて、そりゃないだろ。状況を飲み込めず、ブランと垂れ下がったオレの手から、支えを失った手紙が落ちていく。
またオレは、誰かを失うのか?
またオレは、何も守れないのか?
またオレは、何も出来ないのか?
「………ちょっと、席を外す」
気づけば口から溢れ出た言葉と共に立ち上がり、足は教室のドアへと歩みを進めていた。
“…何処に行くつもり?”
先生の言葉には耳を貸さず、ドアの取手に手をかけようとしたところを、シロコがオレの前に立ち塞がる。
「ホシノ先輩を、探しに行くつもりでしょ?」
「……そうだ」
「…分かっているのなら、そこを退いてくれないか?」
「何処に居るのかさえ分からないのに…どうやって探し出すの?」
あぁ、ああ。彼女の言う通りだ。何も間違っちゃいない。だがかつて居た世界での記憶がよぎり、焦燥に満ちている今のオレにマトモな思考回路は存在しなかった。
「…だけどこうしている間にも、ホシノはオイラ達からどんどん離れていっている訳だろ…?物理的にも、精神的にも…!」
「それは…そうですけども…」
「だからそこを退いてくれ。オレはもう、誰かを失う思いなんてしたく…!」
咄嗟に口から飛び出た言葉にハッと我に返った瞬間だった。
「うわあっ!?」
爆発音とそれに伴う揺れがオレ達を襲う。
“今のは何…!?”
「待ってください、今場所を調べています…!」
アヤネが爆発音の発生源を調べた結果、特定されたのは…アビドスの市街地だった。
「こちらに向かって、数百近いPMCの兵力が進攻中!同時に、市街地に無差別攻撃をしています!」
…ホシノがここを離れた事を兵力を投入してきたのだろうか。とにかく、攻撃されているなら迎え撃つ他ない。防弾チョッキを着ている事を確認し、武器を持ち教室から出ようとした…途端だった。
「対策委員会を発見!こっち…ぐあぁっ!?」
あろう事かカイザーの兵士が教室に乗り込んでくる。射撃する直前にシロコが攻撃をし難は逃れたものの…窓から外を覗くと既に無数の兵士が学校の敷地内に侵入していた。
「正面玄関から兵力の侵入を確認!皆さん、直ちに…」
「…ま、待ってください!」
「ど、どうしたの!?」
「…裏口からも侵入を確認しました。私達だけではとても対処出来る数では…」
…対処出来ない、か。だがそれは皆が同じ行動をした場合での結論。…弱いオレでも、行動すれば結果は変わるかもしれない。そうと決まれば、今オレがやるべき事はただ一つ。
「…なら」
「…サンズさん?」
「裏口の奴らは、オイラに任せてくれないか?」
オレの言葉に、その場に居た皆が目を見開く。…自分でも、正気じゃない事を言っているのは理解している。
「正面から来た奴らはアンタらが対処してくれないか?オイラは出来る限り時間稼ぎをする」
「ま…待ってよ!!サンズって一発でも撃たれたら…!」
「分かってるさ。でもそれを奴らに話したところで、考えが変わる訳が無いしな。少しでも勝率を上げる為だ」
“…サンズ。”
「前にも言ったろ、先生?オイラは最弱だけど、そう簡単にやられるつもりは無いってな」
「だから、オイラを信じてくれ」
先生は少しの間考え込むと、「そうだね」と呟きこちらを向いた。
“…分かった。私はサンズの言葉を尊重するよ。”
“でも、本当に危険な状況に陥った際には迷わず私達を呼んで。”
「うんうん☆無茶は禁物ですよ〜?」
「…あぁ、そっちもな?」
こうしてオレは裏口を、それ以外の皆は正面からの敵を迎え撃つ事になった。決まったとなれば立ち止まっている暇は無い、既に侵入している兵士を途中まで同行していた皆と倒しながら裏口へと向かうのだった。
「現在この学校に在籍しているのは僅か数人程度。数で押し切れる」
「あぁ。その程度ならすぐに終わるだろ……」
「……ん?足下に何か転がってきたな」
「何をしている。任務に集中……ッ!?」
「逃げろ、手榴───」
聞こえてくる叫び声と爆発音。何人もの兵士が爆発によって盛大に吹っ飛んでいくのが見える。早速シロコから貰った手榴弾が役に立ったな。
今の爆発によって無数の兵士が待機していた裏口が空いたところを見逃さず骨を出現させ塞ぐ。更に状況を把握しきれていない兵士達に銃弾の雨を浴びせてやる。
「来いよ侵入者共。オレが相手だ」
──────────────
「謎の骨が立て続けに出現!!孤立を強いられて…がぁっ!!」
「クソッ、射撃方向が毎回変わる事で位置が把握出来ない…!」
「こちらE班!予想以上の苦戦を強いられています!」
兵士達が慌てふためく様子を見て、骨の遮蔽物の裏で思わず笑みを浮かべる。我ながら性格の悪い事をしていると思うが、こうでもしなきゃ奴らとは対等に戦えないんでな。
骨の壁でグループを分断させ、孤立を誘発させたところで一人一人確実に仕留めていく。それでも集まろうとする輩には、手榴弾でまとめて吹っ飛ばす…それがオレの戦法だ。
骨自体の攻撃力は皆無に等しいが、以前から使っているように遮蔽物として使えるほか、下から突き出した際の勢いで空中に飛ばす事が出来れば落下ダメージも見込める。いやぁ、万能だな?
「……おっと、弾切れか」
「…なら…」
予備の弾丸は持ってきているが、正直リロードをしている時間なんてものはほぼ無い。だからオレが考えたのは…
「拝借、していくぜ」
隙を伺い、意識を失い周囲に誰も居ない兵士の銃を代わりに使うという作戦。サイズはオレが持っているサブマシンガンとはだいぶ異なるが、アビドスの皆から大体の銃の使い方はレクチャーしている。多少の誤差は問題無い。
たかが学生、たかが数人程度の戦力。自身達のそんな慢心によって押されている事を重く見たのか正面口に居る舞台に援軍を要請していたが、どうやらあちらの方でも盛大に打ち負かされているようだ。
まぁ、そもそも…
「何をしている!?さっさと援軍を……ッ!?」
「おっと、通話時間はもうお終いだ」
そう易々と連絡なんてさせないけどな。
こうして迫り来る兵士達をヒットアンドアウェイの戦法で倒し続け早数十分。増援は尽き、残りは見たところ十数人程度。戦況はこちらの方が優勢……に、思えたが…違った。
「ハァッ…クソッ…魔力が…」
銃と銃弾は幾らでも補充出来ても、魔力は減り続けるばかり。常に動き回っている為休憩し回復する暇すら無い。一見するとこちらが優勢に見えても実際はその真逆。少しずつ、押されている状況だった。
「攻撃の頻度が落ちてきている。姿は未だ確認出来ないが、疲弊している証拠だ!!」
「……チッ、その通りだよ」
だが諦める訳にはいかない。正面ではまだ皆が戦っている最中なんだ。オレ一人が怠けるなんてあってはならない。骨の陰に隠れ残りの兵士達を撃ち続ける。
「…あぁ、こんなタイミングでかよ…」
これが何度目の弾切れなのか、最早数える事も億劫だ。新たな銃を補充しに、倒れている兵士の元にテレポートしたその瞬間。
「がぁッ……!?」
ガクンと視界が下に落ち倒れ込む。
……まぁ、そうなるか。この短時間で数十回ものテレポートを小刻みに繰り返していたんだ、魔力の消費が激しいに決まっている。そしてこの、シロコと初めて遭遇した時と全く同じ感覚。
……魔力切れの証拠だ。
「居たぞ!!あそこだ!!」
「マズいっ……ぐっ……」
逃げようと試みるが、身体が微塵も動かない。僅かに動く指先で砂を掻く事しか出来なかった。近づく兵士を腕で振り払う力など当然無く、気づけばあっという間に兵士達に取り囲まれていた。
「まさか一人でここまで抵抗していたとはな…」
「よくも我々をコケにして…」
「さぁ、裏口を塞ぐあの骨を退けろ。命令に素直に従えばこのまま何もせずに見逃してやる」
「……アンタらの命令に、従うとでも?」
「そんなのお断り、ってな」
「…そうか」
「ならお前はここで終わりだ」
一斉に銃口が向けられ、引き金に手をかける。そして続いて銃声が────
“セリカ、頼んだよ。”
猛烈な銃声が耳をつんざく。だがオレの体の何処にも銃弾による負傷は存在せず、銃声の発生原だと思っていた兵士は地面に伏していた。なら何処から生じたものなのだと周囲を見渡してみる。
「はぁ…ギリギリ間に合ったわね…」
「……セリカ?」
背後に居たのは、先生と対策委員会の皆。どうやら銃声で聞こえていなかったが、オレが撃たれそうになる直前に駆けつけた皆が残りの兵士を倒してくれたようだ。
「先生も言ってたわよね?『本当に危険な状況になったら迷わず呼んで』って…」
「…すまん、一人で解決しようとする癖が…出ちまった」
「とにかく、サンズさんが無事で良かったです☆」
「…因みに、だが…正面口は、どうなった?」
「ん、もう片付けたよ。サンズが裏口を担当してくれたお陰で楽勝だった」
「そう、か」
それを聞き、肩の力が一気に抜け落ちる。オレのした事は無駄じゃなかったのだと。自身の行いが報われたのだと。
「なら、良かっ───」
だが、オレの状態は最早限界だった。仲間の安否と、学校を守れた事を理解し安堵すると…
オレの意識は、深い闇の底へ落ちていった。
*
「うぅっ…」
目が覚めると、まず目に入ったのは窓から差し込む夕日。オレが意識を失った時はまだ午前だった筈だが…それならだいぶ長い事眠っていた事になる。
次に確認したのは今自分が居る場所。自分が寝かされていたのはベッドで、周囲にも複数のベッドが。…成る程、保健室か。
“あっ、目が覚めたんだね。”
ノックと共に入ってきたのは、花束を手に抱えた先生。決して豪華ではないが、一目見ただけでも気持ちの込もったものだと理解出来るものだ。それをオレの側にある棚に置き、隣のベッドに座った。
「…それは?」
“これは…うん、まずはサンズが寝ている間に起こった事を話そうか。”
先生が話したのは、気を失ったオレを保健室へと運んだ後、皆は爆発音の発生原である市街地へと向かった事。そこではあのカイザー理事が率いる軍勢が暴虐の限りを尽くしていたらしい。
交戦を開始した直後は数の差、それに加えホシノが不在な事もあり苦戦を強いられていたが、そこに現れたのは何と便利屋だったという。因みに花束は便利屋の皆がなけなしの所持金を合わせて買ってくれたと先生から聞いた。どうやら見舞いといつぞやのラーメン屋での誤爆に巻き込んでしまったお詫び…みたいだ。
便利屋が参戦した後は戦況は一変、カイザーの連中は瞬く間に退散していき、ホシノをどう救出するべきか一旦学校に戻り今に至るのだった。
「そんな事があったのか。…力になれなくて申し訳ない」
“ううん。サンズは十分力になっているよ。もしあの時君が裏口を担当していなかったら、学校での戦いは長引いて市街地の被害は拡大していたと思うから。”
「…へへ、そう言ってくれて嬉しいよ」
話は変わるが、次の目標は先生が言ったようにホシノの救出方法。そこで先生は、ホシノと深く関わっている、昨夜彼女との会話でも挙がっていた『黒服』と交渉する事に決めたようだ。
「大丈夫か?その黒服って奴、アンタに何を話すのか、何をするのか、まるっきり見当がつかないんだが?」
“そうだね。でも彼も私と同じ『大人』。無闇に暴力に訴えかけるような人物ではない筈だよ。”
「…大人の戦い、って訳か」
それでもやはり、心配である事には変わりない。昼間の戦いに参戦出来なかった分、オレも何かをすべきだろう。
「…んじゃ、オイラはアンタの護衛としてついて行こうかな?」
“気持ちは嬉しいよ。でもこれは、君が言ったように『大人の戦い』。生徒である君を巻き込む訳にはいかない。”
「おいおい、確かに身分上は生徒だけど、オイラもそこそこいい歳いってるんだぜ?…モンスターからしたら、まだ若造だけどな」
「だから手伝わせてくれ。アンタが生徒を支えるように、オイラもアンタを支えてやんないとな?」
オレの言葉に先生は一瞬目を丸めるが、直後に穏やかな笑みを浮かべた。
“…うん、そうだね。ならお言葉に甘えて宜しく頼むよ、サンズ。”
「あぁ。…それじゃ、決まった事だし…」
「”行くとしようか。”」
*
とある地区に存在するビルをエレベーターで上り、オレ達は黒服が居るという部屋の前に辿り着いた。周囲は黒服の不可解な存在を指し示すかのように、形容し難い異様な雰囲気に包まれていた。
「オイラはこのドアの前で待機している」
「命の危機を感じたらすぐに部屋を飛び出してオイラに掴まれ。ビルの入口にテレポートしてさっさと退散だ」
“分かった。でもそうならないように私も尽力するよ。”
そう言うと先生はこちらに笑顔で親指を上に立て、ドアと面と向かうとノックをした後に部屋へと入っていったのだった。
…
……
………
…あれからどれほどの時間が経過したのだろうか。数時間か、あるいはまだ数分も経っていないのか。
部屋からは何も聞こえる気配はしない。しかし、先生が彼なりに戦っているという事だけははっきりと分かる。
…それからさらに数分後。足音がこちら側に近づきドアが開かれる。先生だ。
“ただいま、サンズ。”
「おかえり。…で、何か収穫はあったか?」
“うん。”
中に居るであろう黒服に会話を聞かれる可能性を踏まえ、ビルを去り外で話を聞く。
黒服との交渉は数十分にも渡る話し合いの末に決裂。まぁ以前からホシノを狙っているとかいう奴が持ち掛ける提案なんてロクなもんじゃないだろうし、当然だとは思ったけどな。
だがどう言った訳か、黒服はホシノの居場所を教えてくれたという。先生曰く「彼は私を好意的に見ている」…らしい。つくづく理解し難い奴だ。
「アビドス砂漠のPMC基地の実験室、か。分かったならやるべき事はただ一つだな」
“そうだね。”
「じゃあさっさと学校に……」
「……先生。ゲマトリアは、あなたの事をずっと見ていますよ」
“そう。好きにして。”
「…そして、今この部屋の外に居る骸骨の方も」
“…っ!?”
「彼はこの世界とは異なる場所から流れ着いてきた、そうでしょう?」
“…どうしてそれを知っている?”
「我々の諜報技術は非常に優れていましてね。数週間前、あなたと共に行動をしているところを確認した直後から既に調査を開始していました」
「結論としては……いつか彼は、我々に厄災をもたらすでしょう」
“…だとしても、それはきっとサンズの意志じゃない。”
“彼は私達の大切な仲間。侮辱する事は許さないよ。”
“………”
「…先生、何つっ立ってんだ?」
“……おっと、ごめんね。少し考え事をしていたんだ。早く皆に知らせないとね。”
「あぁ。オイラに掴まれ。学校まで一直線で『近道』だ」
“宜しくね。”
何かを考え込んでいた先生が少し気になったが、何せ今は時間が無い。余計な追求は控え、対策委員会の皆が待っている学校へ先生と共に戻った。
「おかえり、先生、サンズ」
「何か、掴んできた顔だね」
外はすっかり夜が更けていたのにも関わらず、教室には皆が待機していた。オレ達の報告を聞く為に、寝る間も惜しんで待ち続けていてくれていたんだ。
「じゃあ、改めて────」
“ホシノを助けに行こう!!!”
──────────────
「オイラがここに来るのは初めてだな」
翌朝、オレは先生と共にゲヘナ学園を訪れていた。三大校の一つな事もあって学校とは思えない程の規模を誇っている。
…で、どうしてこんな場所に居るのかというとだ。理由は単純明快、協力者を求めに来た訳だ。
相手はキヴォトス全土に根を伸ばしている大企業。幾ら少数精鋭のアビドスとは言え、オレ達だけで対処するには困難を極める事は明白だからな。
「はぁ?風紀委員長に会いたい?」
ゲヘナの兵力の大半を占めていると言ってもいい風紀委員会に協力を要請しに来たが、そこに現れたのは風紀委員の一人である褐色の少女。…あぁ、思い出した。確か『イオリ』という名前だった筈だ。
「ゲヘナの風紀委員長にそんな容易く会えるとでも思っているのか?」
こちらの事情を知らないとはいえ何とも強気な口調だ。それともこの間の事を根に持っているのか…どちらにせよ、交渉を試みるも彼女は態度を変える様子は無い。
「そうだな、じゃあ土下座して私の足でも舐めたら……」
「……おい、アンタ…」
流石に余りにも度が過ぎている。彼女の身勝手な提案に黙っていられなくなり、抗議をしようと歩み出した瞬間、「ひゃんっ!?」というイオリの甲高い悲鳴が広大な校内に響き渡る。
…嫌な予感がよぎる。今考えうる限りの最悪の事態が起こっていない事を願い、彼女の足元に目をやると…
「………マジ、かよ」
…先生が、一心不乱にイオリの足を舐めていた。時間が無いのはオレも分かっている、分かっているん…だが、迷う事無く舐める選択を取るのは常軌を逸している。
「大人としてのプライドとか、人としての迷いとかは無いのか!?」
「アンタがそう言ったんだろ…??」
「いっ、いやそうだけど……!」
大の大人が年端もいかない少女の足を舐める光景は見るに堪えない光景だった。正直言って帰りたい。関係者だと思われたくない。
「何だか楽しそうね?」
「…アンタは」
…騒ぎを聞きつけたのか、委員長が直々にやって来た。彼女は先生の覚悟に関心していたのも束の間、イオリが俯いているのではなく足を舐めているのだと伝えると…
「!!!???」
顔を真っ赤にして先程までの威圧感は何処へやら、年相応の少女らしく慌て始めた。…いやこれで良いのか…?
「見てあの人……」
「風紀委員の足を舐めてるよ……」
「やめろ、これは見世物じゃない!!帰れ帰れ!!」
「今一番恥ずかしいのは、同伴しているオイラなんだよ!」
…その後は流れでゲヘナと協力関係を結ぶ事に成功した。まぁ…形はどうであれ、生徒の為なら何でもする教師の覚悟を証明したお陰なのかも…しれない。
…イオリの足を舐めていた先生が悦んでいるように見えたのは、気のせいだと信じたい。
「ん、準備完了」
「補給も十分、おやつもたっぷり入れておきました!」
「…遠足か何かと勘違いしてないか?」
オレ達がゲヘナと交渉している間に、対策委員会の皆は既に完了していた。…ノノミが持っている、菓子がこれでもかと詰まった袋が気になったが。
「そういうサンズさんこそ、パーカーのポケットに何か入ってますよね♪」
「あぁ、これはな…」
オレも人の事を言えないが、と思ったところをノノミに指摘される。自分だけ隠し事はすべきではないとポケットから取り出したのは、プラスチックの容器に入った赤い液体。
「…もしかして、それって…」
「……そう」
「ケチャップだ」
ケチャップが出てくるとは想定していなかったのか、オレ以外の全員が目を見開いていた。セリカに至っては引いていた。
ケチャップはオレの好物、それも直で飲む程の生粋の『ケチャラー』な訳だが、これこそオレがこの世界で魔力を回復出来る唯一の物。これさえあれば長期戦もどうって事ない。その理由を話すと皆は納得してくれた。
「…さて、気を取り直して…」
“それじゃ、出発!”
「はい!ホシノ先輩救出作戦……」
「開始です!!」
*
「皆さん、大丈夫ですか?」
「ん」
「全っ然大丈夫!」
「オイラもまだまだいけるぜ」
道中で何度も何度もカイザーの兵士と交戦するも、先生の指揮があるオレ達をその程度じゃ止められる事なんざ不可能。既にホシノが居るというPMC基地の付近まで接近していた。
「前方に敵を発見しました!!」
「距離は2km、もうすぐ接敵します!皆さん、対応の準備を……」
性懲りも無く兵士は続々とやって来る。向かって来るなら迎撃するまで、銃を構えたその直後に数秒の間アヤネの声が聞こえなくなる程の凄まじい爆音と、敵が居るであろう位置でここからでもはっきりと目視出来る規模の爆風が広がる。
シロコの言葉から今の砲撃はトリニティのものらしいが、オレ達はトリニティに協力を持ちかけに行った覚えは無い。そもそもいつ、何処でトリニティと……
…いや、あった。確実にあった。数週間前、ブラックマーケットで知り合い、共に銀行強盗を行ったあの少女…
「あ、あぅ……わ、私です……」
オレの予想を決定づけるかのように、こちらに接近してきた一機のドローンから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ありがとさん、ヒフミ。アンタのお陰で助かった……」
「ち、違います!私はヒフミではなく『ファウスト』です!」
「いやでもヒフ…」
「フ ァ ウ ス ト で す ! !」
「…すまん」
…ヒフミと思っていたが、どうやら勘違いだったみたいだ。ヒフ…ファウストはオレ達を支援してくれた牽引式…榴弾砲?がトリニティのものと酷似しているが、関係性は全く関係無いという。
…いつかヒフミに会った時の為に、何かしら礼を用意しておかないとな。
とりあえずは今の状況を整理しよう。敵は先程の砲撃によって大打撃を受け、混乱状態に陥っている。統制が取れずに弱体化しているのなら…攻めの一手だ。
ホシノが囚われている以上、皆を守れるのはオレしか居ない。忙しなく動く皆を見逃さないように周囲を常に見回し、骨で銃弾の雨を防いでいく。
そして銃弾が飛んできた方向へ向け骨を突き出し、打ち上がった兵士を追い討ちと言わんばかりに撃ち抜く。魔力切れを防ぐ為ケチャップの補給も忘れない。
途中で幾つかの軍事用ヘリとも交戦したが、ここで役立つのが青い骨だ。説明抜きに動かないのが正解なんて事は理解出来る筈も無く、急に空中で静止したヘリを必死に動かそうともがく内にノノミの集中砲火を食らい爆散した。
こうして止めどなく現れる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ…まぁそこまで楽勝という訳じゃなかったが、ゲヘナの風紀委員会とファウストの支援によって、遂に目標地点へと到達した。
「…ここ、学校?」
砂に埋もれた建造物が目に入るが、セリカの言葉によって『それ』の正体に気づく。校門らしき壁に、砂塵によってくすんでいるが時計らしきもの。間違いなく、学校だ。砂に埋もれている箇所を除外しても、アビドス高等学校よりも遥かに規模が大きい事が伺える。
そこで真っ先に思い出したのは、オレがここに来た直後にホシノが話してくれたアビドスの事情。積み重なる借金と砂嵐によって大勢居た学生は他校へと行ってしまった事を。もしかつてのアビドスがキヴォトスでも随一のマンモス校だったのなら…と、頭に一つの憶測がよぎる。
「ああ。ここは、本来のアビドス高等学校本館だ」
嫌味ったらしい声が背後から聞こえる。最早わざわざ姿を確認しなくとも、その声の主は分かりきっている。
「よくぞここまで来たものだ、アビドス対策委員会」
大勢の部隊を引き連れて現れたのは案の定カイザー理事。つい最近対策委員会…と便利屋の皆に敗北したばかりらしいなのによく来れたもんだ。
警戒するオレ達を横目に、理事はアビドスの歴史について語り始めた。正直言って奴の言葉に耳を傾けたくはなかったのだが、オレの憶測通りにアビドスはキヴォトスの中で最も強大な学園だったと判明した。…そこに今居る生徒は勿論、かつての生徒の尊厳を踏み躙るようにゲマトリアが実験室を立てている事も。
「成る程な、アンタの話にしては珍しく参考になったよ。…で、ホシノは何処だ?」
「あの副生徒会長なら、向こうの建物に居る。もしかしたら、既に実験が始まっているかもしれないがな」
理事は旧アビドス校を挟んだ先にある無機質な建造物を指差した。今すぐにでも向かいたいところだが、理事がここに居るという事はオレ達のホシノ奪還計画を阻止する為にやって来たという事。
更に先程のアヤネの通信によって、相手は全兵力を用いてこちらに対抗していると聞かされている。目標がすぐ目の前にあるのに辿り着けないもどかしい状況だ。
「……ん、じゃあここは私に──」
殿を務めようとしたのかシロコが声を上げたところに、そうはさせないと言わんばかりに周囲で爆発が幾つも発生する。
両者の戦力が減少したところを漁夫の利でも企む輩が現れたのかと臨戦体制に入るが、そこに駆けつけた集団が原因だと知るや否や、それはあり得ないと即座に理解する。何故なら…
「じゃーん!やっほ〜☆」
「べ、便利屋の皆さん…!?」
硝煙の中から姿を現したのは、最早見慣れたと言ってもいい、便利屋のいつもの四人組だったからだ。
「…あ。元気になったんだね」
カヨコがこちらの存在に気づく。
「あぁ。オイラの為に見舞いの花を買ってくれてありがとさん、嬉しかったよ。もしかして手助けに来てくれた感じか?」
「そうよ。……ふん、こっそり助太刀しようと思ったのに、そう上手くはいかなかったわね」
「そうか…」
このタイミングで来てくれたという事は、彼女達が行うであろう行動は一つしかない筈。周囲の皆もそれを察したのかお互いを見て頷いていた。
「ふふっ、勘だけは鈍ってないようね、対策委員会。私達がここに来た理由なんて、決まっているでしょう?」
「ここは私達に任せて、先に行きなさい!!」
やっぱりな、と心の中で感嘆する。元居た世界で見た漫画でも似たような展開を見たのを鮮明に覚えていた。
「アンタらには助けられてばっかだよ。いつか礼をする時には、存分に弾まないとな?」
「はい、このご恩は必ず!」
「ん、ありがと」
オレ達の進行を阻害する為に兵士が一斉に銃口を向ける。が、便利屋の手によってそれらはいとも容易く阻止される。便利屋が食い止めてくれている間にホシノを救出するべく、オレ達は先へと進む。
「ホシノ先輩の位置、確認できました!」
「あそこです、あのバンカーの地下に!」
目標地点まであともう少し。1メートル、また1メートルと近づいていく。疲労で倒れないよう定期的にケチャップを摂取しながら砂漠を駆けている中、奴は現れた。
「お前達…」
…そろそろ、というか既にうんざりしている。カイザーの理事だ。その顔は怒りの形相を呈していて、手は溢れ出る怒りで震えていた。…怒りたいのはこっちなんだがな。
「対策委員会……ずっとお前達が目障りだった」
理事はオレ達への身勝手で、独善的な怨嗟の言葉を吐き続ける。全ては自分が始めた事だと言うのに、あたかもこちら側に責任があるかのような物言いは不愉快極まりなかった。
「あれほど懲らしめたのに、徹底的に苦しめたのに、毎日毎日楽しそうに!!!」
「お前達の所為で、計画がっ!!!私の計画がぁぁっ!!!!」
「子供に嫉妬する大人程見苦しいものはないな。それ以上キレたら血圧上がるぜ?」
「…おっと、ロボットだから血は無かったな?」
「……ッ!!どいつもこいつも私をコケにして…!!」
「…来い、『ゴリアテ』!!!」
理事の合図に応じて現れたその兵器は、他とは一線を画す雰囲気を放っていた。戦車よりも巨大な体躯を持つのにも関わらず円滑な動きでこちらに迫り来る様子は、オレ達を圧倒するには十分だ。
だからと言ってこんなところで退く訳にはいかない。大切な仲間を救うべく、カイザーとの決戦に挑むのだった。
*
「はぁっ!!」
セリカの銃から発射された銃弾がゴリアテの機体に直撃する。それを機にノノミのマシンガンによる掃射がゴリアテの弾幕を撃ち落とすと共に本体に確かなダメージを与え、シロコのドローンからのミサイルの衝撃で後退する。
「………!」
「攻撃が来ます!サンズさん!」
「任せとけ」
それでも怯む事なくゴリアテは攻撃を続行する。流石はあの理事が最終局面まで温存していた兵器と言うべきか。
装備されている無数の銃火器から再び弾幕が放たれる。遮蔽物はゴリアテの猛攻によってほぼ全てが使い物にならなくなっていたが、オレの骨によって着弾は免れる。…が。
「…嫌な音がしたが…こりゃ参ったな」
“……割れてる。”
その一撃は凄まじく、今まで傷つく事の無かった骨にヒビが入っていた。一発程度なら確実に防げるが、次の攻撃に耐えられるかは…正直分からない。仮に破壊されれば当然無防備になるし、飛び散った骨片によって隠れている皆が負傷する可能性もある。
なら新しい骨を次々と出していけば良いと思うが、当然オレの魔力は無限じゃない。無策に出し続けていけば魔力切れを起こし、恰好の的になってしまう。魔力を回復するケチャップも残り少なく無闇には使えない。
それから数十分が経過したが、戦況は平行線…のように見えたが、こちらが不利な状況にあった。弾は尽き始め、皆には疲労が見え始めていた。…学校での戦闘におけるあの時のオレと全く同じ状態だ。
一方でカイザー側は大企業な事もあり弾切れを起こす気配は一切無かった。それどころか先程よりも装填される弾の威力が増している始末。…長期戦に持ち込み心身共に追い込まれているところを、用意していた強力な装備でトドメを刺す算段か。
「きゃあっ…!」
「…ッ!ノノミ!!」
ゴリアテの攻撃を避けようとするものの避けきれず、足に被弾し倒れたノノミを骨で覆う。案の定すぐさま追い討ちが飛んでくるが間一髪防ぐ事は出来た。
「ノノミ先輩、シロコ先輩、セリカちゃん、サンズさん…」
「弾が…あと僅かしか…」
「…ん、そろそろキツくなってきたかも」
「もうっ…本当にしぶといわね…!」
…深く考えなくとも分かる。もう彼女達は限界間近だ。どうにかして、どうにかしてこの危機を打開する方法は…
「………いや、だけど『アレ』は…」
…あるには、ある。オレが恐れから封じているアレがある。使うには、絶好のタイミングじゃないか。…だけど…だけども…
…ここしか、ない。
「……」
覚悟を決め、発動するべく左手を上げる。
「あ…あなた…わたしをそんなににくんでいるの?」
「で…でも…きさまのことはしんじてるよッ!」
「このせかいは、いきつづけるのだ…!」
「キ…キミは…ボクのファンクラブにはいるつもりは…なさそうだね…」
「そ…そんな…なぜ…」
「だから…おねがい…ころさないで…」
「─────っ、お゛えっ……」
…無理だ。無理だ無理だむりだむりだむりだ。恐怖が心を支配する。手足が震え始め、呼吸すらままならくなる。
「あぁ、あぁ……オレに、は……」
嗚咽する。視界が歪む。最初から、オレには無理だったんだ。誰かを救う事なんて。結局、オレは操り人形のままだったんだ。
「………!!」
「……!?」
皆の声が聞こえる。だけど何も出来なかった。皆が必死に諦めずに戦う中、安全圏で惨めにうずくまる事しか無かった。
ごめん、みんな。
…………いいや、違う。まだ終わった訳じゃない。
「…っ」
震える足に鞭を打ち立ち上がる。確かにオレは誰も救えなかった。大切な仲間も、友達も……家族も。
…だがそれは過去の話。過去の事象を変えられないのは当然の話だ。ホシノを、皆を救えるのかはこれからの話。まだ変えられる未来なんだ。
「………もう誰も、失ってたまるものか」
残っているケチャップを全て飲み干す。尽きかけていた魔力が身体を巡り始める。歪んでいた視界は元に戻り、今倒すべき脅威をしっかりと見据える。
「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!゛!゛!゛」
声の出る限り叫び自身を囚えている恐怖を振り切る。いつまでも守れなかった過去を引きずるな。今は、今守れるものを全力で守るんだ。
「───来い」
オレの声に応じて現れた、巨大な竜の頭骨。ガスター博士とオレ達が共同で開発した、いつか起きるであろう地下世界の危機を打破するべく生み出された兵器。
…そう、ガスターブラスターだ。
「……」
「…久しぶり、だな」
「いきなりで申し訳ないが…お前の力、使わせてもらうぜ」
返ってくる言葉は無い。だがオレの言葉を了承したかのように口を大きく開けると、敵を跡形も無く殲滅する光線を放つべくチャージを開始する。
「皆っ!!避けろっ!!」
「今の声は…」
“サンズ…?”
「見てください!あの巨大な頭蓋骨のようなものから莫大なエネルギー反応を感知しました!!」
「…あれでケリをつけるつもりだと思う」
「皆さん、サンズさんの仰る通り避難してください!!」
オレの声が届いたのか、対策委員会の皆はブラスターの射程内から離れていく。…これで躊躇なく撃てる。
「何だ…あれは…」
「理事長!あの浮遊している物体から膨大なエネルギー反応を感知しました!」
「…そうか、なら避けろ。発射までにはまだ時間がある筈。外した後の隙を狙ってやれ」
「了解です」
「…あ、あれ…?」
「……どうした、何故動かない!?」
「そ、それが…ピクリともしないんです、ゴリアテが!!」
「何をふざけた事を…!?さっさと動かせ!!」
「ち、違います!動かそうとしているんです!!ですが『動けない』んです!!」
「……お前らは、逃がねぇよ」
もう一つの封じていた能力…重力操作であのデカブツの動きを止める。必死に動こうと試みているのだろうが動く気配は全く無い。予想外の事態に混乱する理事はひたすらに機体を引っ張ったり叩いたりしている。
「……」
「…そうか、完了したか」
ブラスターがこちらに視線を寄せる。それが示すのは、光線が発射可能になった合図。
…時は満ちた。今オレにある全てを奴にぶつけてやる。
上げていた左手を敵の居る方角へと向ける。罰すべき存在を捉えたブラスターが冷徹な瞳で睨みつけ、今まで溜めていた力を放たんとする。
「クソッ!!攻撃、攻撃だ!破壊しろ!!」
「…出来ません!!レバーを引こうがボタンを押そうが何一つ反応しません!!」
なぁ、カイザーの理事さん。アンタもきっと、アンタなりに努力をしてきたんだろうな。…だけどアンタは努力の仕方を間違えた。
皆を欺き騙した、
「お前のような奴は…」
「地獄で、燃えてしまえばいい」
刹那、オレの左目が忍耐の水色、正義の黄色に輝くと共に一閃の光線が撃ち出される。
爆風によって地表が抉られ、周囲の砂に埋もれた残骸が彼方へと消し飛んでいく。
聞こえるのは轟音、見えるのは視界を覆い尽くす眩い閃光のみ。
*
「…ありがとさん。やっぱりお前は頼りになるよ」
役目を終えたブラスターが消え、そこに残されていたのはゴリアテだったものの破片と、焼け落ちたコートを纏い倒れている理事の姿のみ。
「クソッ…クソがぁっ…!」
地面に這いつくばり、せめてその場から逃亡しようと試みている理事に歩み寄る。
「…因果応報だよ。理事さん」
「なんて卑怯な奴なんだお前は…!あんなものを隠し持っていただなんて…!」
「それ、アンタが言えた事じゃないぜ」
敗北は確定したのにも関わらず理事の強気な口調は一切変わらない。負けたという事実に傲慢なプライドが理解を拒んでいるのだろうか。
「覚えていろ…いつか、この屈辱はお前達に何倍にもして返してやる…!」
「……反省の色は無し、か。ならアンタはもう少し…」
再び重力操作を発動し、理事を宙に浮かばせる。彼は「離せ!」と何度も騒ぎ立てるが当然そんな気は無い。
「サイアクな目に、遭ってもらうぜ」
──────────────
“サンズ!!”
「大活躍でしたね〜♪よしよし、です☆」
「ちょっ…まぁ…ありがとな」
先生達が駆けつけてくる。砂埃で服は汚れ、先程までの激闘によって負傷している者も居たが、とりあえずは全員無事だと確認する。改めてこの世界に住む少女達の頑丈さには驚く。
「…ねぇサンズ、あれ何?」
「あれは…ちょっとしたアートみたいなもんだよ」
セリカが電柱にぶら下がっている理事を指差す。…正直やり過ぎた感は憎めないが、彼女達を苦しめ続け自分勝手に生きてきた者の末路としては相応しいだろう。
「とにかく、だ。これで邪魔者は居なくなった、そうだろ?」
“うん。後はホシノが居るあそこに向かうだけだね。”
「ええ!きっとまだ間に合うはずよ!」
オレ達の目的はあくまでホシノの救出であってカイザーを懲らしめる事ではない。呻き声を上げている理事は放っておく事にして、ホシノが捕らえられている所へと駆け足で向かっていった。
*
「着きましたね…」
“でも…んぎぎっ……開かないね…”
ようやく目的地に到着し、施設内を走り回りホシノが幽閉されているだろう地下室の前に来たが、立ち塞がるのは開かずの扉。引いても押しても開く気配はしない。
「すみませんサンズさん、先程のアレを再び発動出来たりは…」
「すまん。実はこうして立っているのがようやくってレベルなんだ。今のオイラには何も……」
「……え?」
「「アヤネ(ちゃん)!?」
隣を見ると、今まで学校に居たであろうアヤネの姿に一同が驚愕する。どうやらシャーレに貸してもらったヘリで来たらしい。そこからアヤネも加わり扉を開ける方法を試行錯誤するが、どれもが失敗に終わってしまう。
右往左往している中、「どけて!」と顔を真っ赤にしたセリカがオレ達を押し退けて扉に接近。何か良い方法を思いついたのかと思うのも束の間、明らかにオレが想定していなかった構えを取り始めた事で頭脳ではなく物理でこじ開けるのだと直感で理解する。
「もうっ!!じれったいわね!!」
「こんのっ!!」
痺れを切らしたセリカが思い切り扉を蹴り上げると、扉はベコンと凹み施錠していた鍵ごと破壊される。…火事場の馬鹿力ってのは物凄いな。
「ホシノ先輩!!」
部屋の中央で拘束されているホシノを発見する。逆を言えばそれだけで、危惧していた実験が行われた痕跡は無かった。
こんな陰気臭い場所に長居は不用だ。拘束具を解き、総出でホシノを抱え部屋から立ち去ったのだった。
「………」
「これ…どんな状態なんだ?」
救出自体は成功したのだがホシノは虚ろな表情をしたまま何も喋らない。…教室に置かれていたあの手紙の文面からして、きっと彼女は永遠の別れを想定していたんだろう。
「私達が助けに来たこの状況を、夢か何かだと思っているのかしら…」
「ん、もしそれが本当なら…」
“早く覚ましてあげないとね。”
長期戦で疲弊しきっている皆の代わりに、先生が施設の入り口の扉をガチャン!と勢いよく開ける。
…眩しい。夕日が差し込む。午前も、それも日が昇り始めた時から作戦を開始していたと考えるとかなりの時間戦闘を行っていたのか。
外に出ても尚ホシノは俯き続けている。それを見かねたのか、皆が一斉にホシノの名を叫んだ。
「「「「ホシノ先輩!!!!」」」」
皆の声がはっきりと耳に届き、夕日に照らされたホシノが俯いていた顔をゆっくりと上げる。瞳がはっきりと『そこ』に居る皆を映し出すと、生気を失っていた瞳に輝きが戻る。
「あ、あれ…どうやって……」
「どうして……だって、私は……」
“ホシノ。”
それでも現状を飲み込めないでいるのかホシノは何度か目をぱちくりとさせていた。数秒後皆が助けに来てくれたのだと理解したのか、表情が穏やかになっていく。
「そっか……皆が、先生が……」
「大人が、ね…はは」
各々が再会を喜ぶその光景は、言葉では言い表せない程に素晴らしいものだった。
ようやくオレは、誰かを救う事が出来たんだ。誰かの未来を守れたんだ。
「……良かったな」
「あっ、居ました!サンズさんもこっちに来てください!」
部外者が感動の再会を妨げる訳にはいかないと隅に引っ込んでいたのだが、アヤネに手を引かれ皆の元に連れ出される。
「へへ…サンズ君も来てくれてたんだね」
「うん。それにサンズは今回のMVP」
「そうですよ〜!大きな頭蓋骨でカイザーの方をドカン!とやっちゃったんです☆」
…何と言うか、自分のした事を言葉で説明されると気恥ずかしい。
「良いのか?ホシノみたいにアビドスを守り続けた訳でも、セリカとアヤネみたいにアビドスで生まれ育った訳でもないオイラがこんな重要な場面に立ち会って…」
「何言ってるのよ!入学を申し出たのは他でもないサンズじゃない!」
「そ、そうですよ!そんなに自分を卑下しないでください!」
「うんうん♪サンズさんはもう私達の大切な仲間の一人ですよ〜!」
「ん、その通り」
…そうか、そうだよな。彼女達がそう言うのなら、これ以上卑下するのはやめだ。アビドスの一生徒として、胸を張るべきだ。
「…んじゃ、アビドスの一員としてホシノには言っておかないとな」
「…おかえり、ってな」
「!……お、おかえりっ!先輩!」
「ホシノ先輩、おかえりなさい!!」
「おかえりなさい、です!!」
「おかえり、ホシノ先輩」
「…あはは……」
ホシノは何処か困ったような、しかし喜びに満ち溢れている笑みを浮かべた。
「……何だか皆、期待に満ちた表情だけど…求められているのは、あの台詞?」
「ああもうっ!分かってるなら焦らさないでよ!」
「うへ〜……全く、可愛い後輩達のお願いだし、仕方ないなぁ……」
「ただいま」