Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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プロローグ

ーーーー神はサイコロを振らない。

アルベルト・アインシュタイン

 

 

 

「お忙しい中、お集まり頂き、誠に感謝いたします」

 

厳かな声がそう言って会の始まりを告げた。席についたスーツ姿の人物たちが一斉に声の主へと視線を集める。少しして、その人物は口を開いた。

 

「…結論から先に言いましょう。先の実験を持って、ようやく我々だけの手で“聖杯戦争”を執り行うことが可能となりました」

「おお!」

「素晴らしい!!」

 

場は万雷の拍手に包まれた。発言主の女性は拍手が鳴り止むのを待った後、一つ咳払いをしてから、話を続ける。

 

「…元来、御三家のみで執り行われて来た聖杯戦争。我々はその尻拭いばかりを担当させられて来ました。その歴史は屈辱の一言と言えます」

「全くその通りだ」

「しかし、我々も黙って連中の隠蔽工作に従っていたわけではありません。第一次聖杯戦争から暗躍させていた記録者(レコーダー)の手により、事件を詳細まで記録し、それを我々なりにずっと研究して来ました。そして、その研究がようやく結実し、疑似ではない本物の聖杯を造り上げることに成功したのです」

「うむ。その為に何兆ドルもの予算をこのプロジェクトへ注ぎ込んできたのだ」

「全ては聖杯が叶える願いの為に!」

「…忘れてはならぬのは、今日の為、魔術師協会及び聖堂教会の一部の人間の協力があってこそのものであるということです。彼らが一枚岩で無かったのは幸運でした」

「胡散臭い連中だけのことはあるな」

「現在、順調に聖杯戦争へ向けての準備を進めています。近く、開戦となりますでしょう」

「……一つ、いいかね?ミス・ユリエ」

 

一人の老人が手を挙げた。

 

「連中の聖杯戦争と同様に、わざわざ争いを起こし、マスター同士を殺し合わせる必要があるのかね?他にもっと効率的な方法があっても良さそうなものだが」

「ミスター・モゲル。ごもっともな御意見です。しかし、残念ですが現状はそれがベストな方法なのです。ご理解頂けますと助かります」

「やれやれ、また色々と動かねばならぬのか…」

「ミスター・モゲル。今度のは連中の為でなく我々の為に行うのです。多少は気が楽になりましょうぞ」

「そうではあるが…」

「ミスター・モゲルの言いたいことは分かる。聖杯戦争は単純に金が掛かる。一、二度の実験でさえかなりの額が消えたのだからな。本開催ともなれば、また莫大な金額が動くことは間違いないだろう」

「特に開催地は様々な面で大変だな。選ばれた国の者たちが可哀想で仕方無い」

「オリンピックとは真逆だな」

 

その言葉に何人かが笑い声を上げた。

聖杯は欲しいが、金は出来る限り出したくない。そんな思考が目に見えるようであった。

 

「……で、ミス・ユリエ。今回の開催地は何処かね?」

「……日本です」

「おお、日本か!」

 

多くの安堵の声が漏れた。

 

「我が国でなくて良かったよ」

「災難だな、シンイチロウ!」

 

そう言われ、肩をポンと叩かれる初老の男。シンイチロウと呼ばれた彼は嫌な顔をするどころか、寧ろ望んでいたかのように笑う。

 

「そうですか。我が国ですか。……ミス・ユリエ。日本の何処でやるのですか?」

「…ミドリカワです」

 

その単語にどよめきが起こる。

 

「…因縁の地、ですな」

 

シンイチロウがポツリと呟いた。

 

「我々主導の聖杯戦争。その一番最初の開催地が、御三家の聖杯戦争の縁の地、冬木市の近くとは」

「近くだからこそ…です。今回は実験ではない。失敗が出来ないからこそ、何でも利用するのです。例えそれが鼻持ちならぬ相手だとしても。条件に近い土地で行えば、成功率はぐんと上昇しますから」

「ごもっともですな。それで、肝心のマスターについてだが…」

 

シンイチロウは少し間を空けた。

 

「御三家の聖杯戦争では聖杯が選ぶそうだが、我々の聖杯戦争ではどう選定を?」

「基本的には、そこもほぼ一緒です。何処もかしこも原型から変えてしまえば、何が起こるか分かりませんからね。予想外の事態を避ける為だとご理解頂きたい」

 

その発言に、シンイチロウの隣の男が手を挙げた。

 

「ミス・ユリエ。それはつまり、我々の息のかかった者たちだけで聖杯戦争を行うことは出来ないということかね?」

「残念ながら、そういうことになります」

「Oh、ここまで来て、赤の他人に持ってかれでもしたら堪ったものではないな!」

「最悪関係者が誰もマスターに選ばれなかった…なんて笑い話にもならないようなことにならないのかね?」

「ご安心を。最低、一人は身内をマスターに選ぶように調整が出来ます。もっともその調整は一人にしか行えませんが」

「一人、か。心許ないな」

「なあに、勝てばいいのですよ。ミスター・スミス」

 

シンイチロウが自信ありげに言う。

 

「そうでしょう?ミス・ユリエ?」

「ええ。その通りです。幸い、我々の聖杯戦争では魔術回路が無い者でもマスターの資格を有します。対魔術師ばかりでは無いだけでもこちらには有利な材料となりましょう」

「それを聞いて安心した。何しろ、私がマスターとして推す人物は魔術の魔の字も無いような男でね。無論、対魔術師であっても十二分に戦えると太鼓判を押せるのだが、そもそもマスターに選ばれなければ意味が無いからね」

「成る程。では、後ほどその人物をマスターとして選定するように調整いたしましょう」

「頼むよ、ミス・ユリエ。協力は惜しまない」

 

と、その時、シンイチロウの向かいの強面の男が口を開いた。

 

「……シンイチロウ。分かってはいると思うが、抜け駆けは許さぬぞ?そういう条約を結んでいることを忘れてはいないだろうな?」

「勿論、覚えていますよ。心配ならば、私に二十四時間監視をつけてくれても構いませんよ?」

「フン、貴様一人に監視をつけるのにどれだけ費用が掛かると思ってるんだ。まあ、いい。取り敢えずは信頼するぞ、シンイチロウ?」

「裏切ればどうなるか、わかっているな?」

「ええ、ええ。皆様の期待も裏切りはしませんよ」

 

そう言って不敵な笑みを浮かべるシンイチロウ。念を押してきた者たちもそれ以上は何も言わなかった。

その流れを断ち切るかのように、ユリエがまた一つ咳払いをする。

 

「……それでは短いですが、これを持ちまして、本会議を終了いたします」

「有意義な時間だったよ。ミス・ユリエ。忙しい中、時間を作った甲斐はあった」

「聖杯戦争が今から待ち遠しいね。開戦となったら特等席で見させてもらうとするよ」

「手元にグラスがあれば、我々の聖杯戦争に乾杯……といきたいところだ」

「何にせよ、今まで払った金額に見合う見返りを期待させて貰うよ」

 

思い思いの感想を告げた後で、この集いは終了を迎えた。

 

 

 

「ミス・ユリエ。お疲れ様でした」

「有難うクロサキ。タバコを頂戴」

 

クロサキと呼ばれた坊主頭の男はニコリと笑って一本のタバコを差し出す。

 

「火をお点けしても?」

「お願い」

 

クロサキがタバコに火を点けると、ユリエが美味そうに煙を吸い込んだ。一息ついたところで彼女が口を開く。

 

「……俗物の塊共め。聖杯をただ願いを叶える為だけのものと思っているのでしょう。本当に浅はかな連中ですよ」

「ハハハ、手厳しい。そうは言っても大事なスポンサーでは無いですか」

「一部を除いて、金と地位だけしか取り柄の無い連中ですよ。御三家とはまた違った意味で不愉快です。連中と顔を合わせるだけで私の小皺も増えようものですよ。……ところで、クロサキ」

「はい」

「此度の聖杯戦争。その監督役はあなたにやって貰おうと思っています」

 

その言葉にクロサキは分かりやすく驚きの表情を見せた。

 

「……これはこれは感謝の極み。記念すべき第一回目の栄誉をこの私にですか?」

「あなた以上に適任者はいませんからね。願わくば、この一回で全てが終わればいいのですけれどもね」

「……謹んでお引き受けいたします。ミス・ユリエ」

 

クロサキは深々と頭を下げる。

 

「……頼みましたよ。それでは、早速ですが今から現地へ向かって頂けますか?来るべき開戦までに準備しなければならないことが多過ぎますので」

「御意に」

 

そう言うと、クロサキは無駄な行動をせずにその場から去っていった。

 

「……やっと、この時が来たのですね」

 

ユリエは独りごちる。

 

「我々の……いえ、私の聖杯戦争。その日がやっと……」

 

タバコの煙と香りが辺りに充満する。

これが、本来の歴史では起こり得なかった、新たな聖杯戦争。その幕開けとなることをここにいた人物以外はまだ知らない。

 

 

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