Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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遭遇

書斎の中で今回の怪異についての情報を探していた直であったが、結果的に有意義な情報を得ることは出来なかった。

唯一と言っていい収穫は虹彦のレポートであるが、これも書きかけの上、内容は仮説に基づく仮説であって、直が今すぐに欲しい情報では無かった。

 

「ある程度予想はしていたがな……」

 

目の前に突然人間が現れたり、殺し合いをするのだと言ったり、そんな常識の外の事象についての情報など容易に開示するとは思えない。仮に資料があったとしても、そう簡単に他人の目に触れるような取り扱い方はしないであろう。

 

「……もうこんな時間か」

 

気が付けば、時計の針は十時を回ろうとしていた。途端に空腹が直を襲ってくる。今から作るのも面倒だが、そもそも冷蔵庫は空に近かった。ならば、出前でも取ろうかと思ったが、生憎と何時も出前を取っている店は定休日であった。また、こういう日に限って買い置きのカップ麺や冷凍食品は無い。

 

「仕方無い、か……」

 

直は近くまで買い出しに出掛けることにした。我慢するという選択肢もあったが、気分転換に外の空気が吸いたくなったのだ。近く、と言っても、立地的に駅の方にまで行かねばコンビニやスーパーは無い。大抵の場合は学校帰りのついでに買い物を済ませるのだが、それが今日であったことを直はすっかりと忘れていたのであった。やはり、病院へ行った帰りというのは、どうも冷静ではいられなくなる。

 

「……何処へ行かれるのですか?」

 

玄関口へ向かう直を見てセイバーは言った。

 

「……買い物だよ。弁当か何かでも買ってこようと思ってな」

「では、私も御一緒します」

「何故、そうなる?」

「あなたが何時、他のマスターに狙われるか分からないからです。その時に私が側にいられなければあなたを守ることが出来ません」

 

直はハァ、と溜め息を吐いた。

彼にとって、何よりもまず一番に得体の知れないのは、目の前の彼女である。彼女と距離を取りたいという意味もあっての外出なだけに、一緒に並び歩くなど考えるだけで頭痛がしてくる。

 

「……頼むから、少し一人にさせてくれ。お前といると、頭がおかしくなりそうになる」

「それは出来ません。みすみすマスターを見殺しにするなど、主に仕える騎士としてあってはならないことです」

「また騎士気取りか。もう、いい加減にしてくれないか?大体、他のマスターがいたとして、俺がマスターだって、どうやって見抜くんだ?お前みたいな如何にも怪しい奴と一緒にいる方が、寧ろ自分がマスターだと宣伝しているようなものじゃないのか?」

「だとしても、あなた一人危険に晒すよりはマシです。……一つ、無礼を承知で言わせて頂きますが、あなたは肝心なことをお忘れです」

「何?」

「私が呼び出され、あなたはマスターとなった。その時点で、あなたが望むと望まざるとに関わらず聖杯戦争に巻き込まれているということです」

「…………」

「あなたは先程、理解も納得もしていないと仰られました。それはごもっともですし、その為に私が答えられることは答えました。あなたが十分に理解し、納得するまで、私は何時までも待ち続けるつもりです。ですが、既にあなたは私共々狙われる存在だということをお忘れなく」

 

セイバーは窘めるように言った。

それは、正にその通りで、彼女という存在が目の前にいる以上、事態はとうに起きた後なのだ。直がマスターであることを否定しても、その証は既に左手に刻まれている。

以降のことは、直の気持ち次第。言ってみれば我が儘のようなものである。それは、直自身が一番理解していた。

 

「……分かった。なら、もう何も言わん。付いて来たいなら勝手にすればいい」

 

直はそれだけ言うと、セイバーへ背を向けた。

よくよく考えれば、彼女の言うことは決して間違いでは無いのだ。

現状、自身が特異な状況であることは間違いないが、それが直の身にだけ起きているとは限らない。もしも、他の誰かの前に自身と同じようにサーヴァントと名乗る者が現れ、そいつがサーヴァントの言ったことを鵜呑みにし、行動していると仮定した場合、直はターゲットの一人ということになる。人並み以上の運動神経を持つ直でも喧嘩は殆どしたことはないし、戦闘経験などある筈もない。一人でいたところを狙われたら為す術がないのは純然たる事実である。

ただ、あくまでこれは仮定の話。そもそも、どうやって相手がマスターかどうかを見分けるのか直には分からない。令呪がマスターの証のようなものらしいが、こんなものはいくらでも隠すことは可能である。

だが、過去にも聖杯戦争があったというのであれば、当然マスター同士は互いを認識し合っていた筈である。つまりは、何らかの方法でマスターを見抜くことが出来るのだろう。慎重に慎重を期すのであれば、少なくともそういうことが可能であるという前提で動いた方がいい。

直はそれらのことを踏まえた上で、セイバーの同行を認めた。

しかし、流石に甲冑のような服のまま外を歩かせるのはあまりにも目立ち過ぎるので、直は由布子の部屋から適当な服を取り出して彼女へ渡し、着替えを待った。

 

「……何をしているんだ俺は」

 

思わず声に出して愚痴ってしまう直であった。

 

 

 

コンビニで晩食用のつけ麺と缶コーヒーを購入すると、直は夜のひんやりとした空気を感じながら、駅前の通りを歩いていた。そのすぐ後ろをセイバーが無言で付いてきている。彼女が今着ているのは、由布子が着ていた白いブラウスと女性用のジーンズであった。胸の辺りが多少キツそうであったが、セイバーは特に文句も言わない。

 

(……多少は気分転換になったかな)

 

少し距離を歩くことで、先程よりも心なしか冷静さを取り戻せたと直は感じていた。

 

(……とは言え、手掛かりが何も無いのでは、事態の進展も何も無いんだがな)

 

現状ではあまりに情報が少な過ぎるのがネックであった。手掛かりはゼロに等しい。

 

(やはり、この女に聞くしか無いのか?)

 

すぐ後ろを歩くセイバー。彼女に尋ねれば、取り敢えずは直の疑問に答えてくれるだろう。信憑性こそ定かでは無いが、それを言い出したら虹彦のレポートだって十分疑わしいわけだし、キリがない。

 

(仕方がない、か……。今思えば、何故頑なにこの女と話すのを躊躇ったんだろうな。やはり、先程までの俺はどうかしていたようだ。まあ、だからと言って、この女の言うこと全てを鵜呑みにするつもりは無いが)

 

あくまで参考程度に。直がそう考えるようになったのも外の夜気にあたって大分頭が冷えたからだろう。

 

「……セイバー、聞きたいことがある」

「はい、何でしょう?」

「聖杯戦争は一体、誰が何の為に始めたものだ?」

「分かりません」

「……いきなりだな」

「申し訳ございません。しかし、分からないものは分からないのです。記憶の欠如なのか、元々知らなかったのかは定かではありませんが、あなたにお伝え出来るような情報を私はどうやら持ってはいないようです」

 

セイバーは相も変わらず一点の曇りも無いような目をしている。

 

「……そうか。ならばもう一つ聞くが、お前は一体誰なんだ?」

「……申し訳ありませんが、それはお答え出来ません」

 

セイバーはやや間を空けてから言った。先程とはニュアンスが少し異なる言い方である。

 

「……一転して、今度は知らない教えない、か。理由は聞かせてくれるのか?」

「はい。それはあなたが弱いからです」

「……ハッキリと言ってくれるな」

「気分を害してしまったことは申し訳ありません。しかし、失礼ながら、あなたからは魔力をあまり感じません。魔力をあまり持たぬ人間が、何故召喚を行うことが出来たのか、今でも不思議に思っているくらいです」

「まあ、魔力なんて持ってない人間の方が大半だと思うがな」

「魔力を持たぬということは、私はあなたから魔力の供給を受けることがあまり出来ません。本来であれば、私は自身を霊体化して姿を第三者へ見せぬようにすることが可能なのですが、魔力の供給が無い為、それも叶わぬのが現状です」

「またも初耳だな。魔力とやらがあれば、そんなことまで出来たのか。ますますもって、お前の存在が謎だな」

「我々、サーヴァントの正体は英霊……つまり、かつて英雄として崇められた者が守護霊と化した存在なのです」

「今度は幽霊か。もう、何でもありだな」

 

直は苦笑する。

 

「先程までの話を踏まえると、お前も名のある英雄の内の誰かということなのか?」

「はい」

 

セイバーは即答した。

 

「なるほど……。確かに歴史に名を残す程の英雄であれば、その正体を知られるのはデメリットが大きいな」

「はい。あなたにもっと力があれば、共に並び立つ者として私の真の名を教えても問題は無いのですが、そうでない以上、無闇に話せば敵に知られる可能性の方が高い。故に、お教えすることは出来ないのです。不服かも知れませんが、ご理解下さい」

「……理解も何もあまりに内容がぶっ飛び過ぎてて疑うことさえ馬鹿馬鹿しくなってくるな。今時のファンタジー小説だって、もっとリアリティがあるぞ」

 

直は半ば呆れ気味に言う。

彼はあまり読まないが、ライトノベルのような荒唐無稽な世界観である。英雄だの霊体だの、色々と混ざり過ぎで、これが小説ならどう収拾をつけるのか気になるところであった。

そんな感じで歩いていると、駅の改札口前に差し掛かっていた。こんな時間でも流石に駅は人の往来が多い。直はこの駅から何時も学校へと通っている。

ふと見ると、男女の二人組が駅の真ん前に突っ立っているのが目に入った。まるで何者かを待ち構えているかのようである。

また、この男女が不思議な組み合わせであった。方やお嬢様学校として名高い城風女子高等学校の制服を着た癖っ毛の少女。方や長身の明らかに日本人ではない風貌の男。カップルにしても異質過ぎる組み合わせである。

 

「……いたぞルリコ」

 

男の方が少女にそう告げる。男の視線は明らかに直とセイバーを捉えていた。

少女はコクリと頷くと、腕を組みながら一歩前へ出て、直たちを見ながら言った。

 

「……あなた、マスターね?」

 

ニヤリと少女は笑う。

その顔には得体の知れない自信が浮かび上がっていた。

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