Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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逃走

突然現れた謎の二人。

その内の一人に「あなたはマスターか?」と尋ねられる。

もしかしなくても、この二人は直と同じ境遇の人間…つまり、聖杯戦争に関わる者たちであろう。

 

「……あら?黙りかしら?」

 

少女は返答の無い直たちを見て口を開いた。

 

「まあ、確かに今の質問に対して“はい、私はマスターです”なんて馬鹿正直に答えはしないでしょうね。でも、私には分かるのよ?そっちの彼女がサーヴァントだってね!」

 

そう言って少女はセイバーを指差した。

 

「ふふふ、まさかこんなに早く他の参加者が現れるなんて予想もしていなかったかしら?そんな顔をしているわね」

「……………………」

「また黙りですの?あまりのことに声が出ないといったところかしら?いいわ。先に話し掛けたのは私。ですから、礼儀として先に名乗ってあげましょう」

 

少女は長いスカートの裾を持って、直たちへ向かって礼儀正しく頭を下げて見せた。

 

「私の名前は九宝院瑠璃子。以後、お見知り置きを……って、ちょっと待ちなさい!!」

 

瞬間、直は臨戦態勢だったセイバーの手を取ると、そのまま駅の中へと走っていた。

 

「マスター!?」

「いいから黙って来い!!」

 

直はそう言うと、セイバーの手を引いたまま柵を飛び越え、駅構内を走る。

 

「ちょ、ちょっとお客さん!!」

 

駅員が慌てて呼び止める頃には二人は人の往来の中に消えていた。

二人組、特に少女の方は、ポカンとした様子でそれを見ているだけであった。それだけ、直の行動は突発的であったということだろう。

 

「……ルリコ。追わなくていいのか?」

「……い、今行こうと思ったところよ!」

 

男にそう言われ、ハッとなった少女は急いで柵を飛び越えよう…と、したところで止まってしまう。

 

「……ふ、フン!今日のところは見逃してやろうじゃないの!」

 

駅員の視線から逃れるように改札へ背を向けた少女は、そう言って男の方へ戻っていく。男はやれやれと肩をすくめて見せた。

 

 

 

「……追って来てはいないようだな」

 

あの二人の姿が見えないことを確かめると、直は少し乱れた息を整えながら休憩スペースに設置された椅子に腰掛けた。

直のよく利用するこの駅は最近完成した複合施設と繋がっている為、改札口を二つ通り抜ければその中に入ることが可能なのである。流石にこの時間帯は殆どの店が閉まっているか、閉める準備をしているところなので昼間程の活気は無いものの、人の往来は決して少なくない。

 

(……しかし、何故、奴らは分かったんだ?)

 

直は先程の二人組のことを改めて思い浮かべた。

 

(マスターか?…と聞いてきたことから考えて、奴らも聖杯戦争の参加者な筈だ。いくら、この女が悪目立ちするような存在とはいえ、こうもピンポイントで特定出来るものなのか?)

 

直はチラッとセイバーを見る。

 

(服装も変えているし、パッと見はただの外国人にしか見えないと思うが……。緑川は都心では無いとはいえ、決して小さい町ではない。外国人の旅行客や滞在者も少なく無いのだがな)

 

彼らはどうやって直たちのことを見分けたのか。

 

(まさか、日本人と外国人の組み合わせ全てにああやって声を掛けた訳でも無いだろうに……。そういうことが可能な奴もいるだろうとは思っていたけど、流石に不意討ち過ぎたな。昨日の今日でこれとは先が思いやられる)

 

直はハァと溜め息を吐いた。

 

(……自分と同じような境遇の奴を目の当たりにすると、嫌でも聖杯戦争のことを信じざるを得なくなるな)

 

あの二人組の存在、それが直に思い知らせる。直が既に当事者なのだ、ということを。

半信半疑であった…いや、そう思いたかった直の希望は脆くも崩れ去った。これは悪い夢などではなく現実なのである。

 

(最早、やるしかないってことなのか。戦わなきゃ……)

 

「……マスター」

 

考えにふける直へセイバーが不服そうな表情で話し掛けてきた。その理由が直にはすぐ思い当たった。

 

「……不満そうな顔だな」

「何故、あのような行動を?……先程の二人。恐らくは他のマスターとそのサーヴァントでしょう。私には彼らを迎え撃つ準備は出来ていました」

「顔に似合わず、随分と物騒なことを言うな」

 

直は意外そうな顔でセイバーを見た。大分走ったのに彼女は息一つ乱れていない。

 

「気高い騎士様はそんなに殺し合いをしたかったのか?」

「そういうわけではありません。しかし、相手の手の内さえ見ずにいきなり敵前逃亡など……」

「“情けない”或いは“私の実力を信頼していないのではないか”といったところか?」

「はい。失礼ながら、その通りです」

 

セイバーはハッキリと言った。

 

「……驚いたな。出会って間もないのに、もう信頼されていると思っていたのか?俺はお前のことを知らないし、お前だって俺のことを何も知らないじゃないか。そんな互いに何も知らない状態で未知の敵と戦おうなんて博打もいいところだ。有り得ないよ」

 

対して、直はそうキッパリと言い切る。

 

「戦うのであれば、万全に万全を期した上でだ。さっきはあまりに突然過ぎた。まさか、こんなに早く向こうから接触してくるとは想定していなかったよ。何か仕掛けるには後手に回り過ぎで、どう考えても相手の方が有利。何にしても、あまり望ましい状態とは思えない。だから、逃げた。情けないと思うなら、勝手に思ってくれていい。それに、逃げたからこそ分かったこともある」

「と、仰りますと?」

「……まず、奴らが無関係な人間の多い中で問答無用に攻撃を仕掛けてくるような屑ではないということ。少なくとも、一定以上の常識に則って行動しているということだ」

 

無秩序な暴力。それは、何事も理詰めで行動する直にとっては天敵に等しい。

ただ、少なくともあの二人組はそういうタイプでは無いようだ。

 

「それと、あの男のサーヴァントは恐らく自由意思で行動しないようにされている可能性が高い」

「何故、そう思われるのですか?」

「逃げた俺たちをすぐに追っ掛けて来なかったからだ。あいつらと対峙した瞬間、お前が特に俺の指示も無く戦闘体勢に入ったのを見るに、サーヴァントはマスターの指示が無くとも自分の判断で動けるのだろう?ならば、あの女がボーッとこちらの動きを見ている間にも、あのサーヴァントだけは俺たちを追っ掛けて来た筈だ。それが無かったということは、あのサーヴァントは女の指示が無ければ勝手な行動は出来ないような命令がされているのだろう」

「なるほど。令呪があればそれは可能でしょう」

 

セイバーのその言葉に直は一瞬、ピクッとなる。

 

「……そうなのか?」

「はい。令呪を使うことでマスターは我々サーヴァントへ絶対に覆すことの出来ない命令を下すことが可能です」

「……そういう大事なことを今説明するのか?」

「申し訳ありません。しかし、私が呼び出された直後のあなたに説明してもあまり意味は無いだろうと思いまして」

「まあ、それは確かにそうなんだが……。賢明な判断、痛み入るよ」

 

直はそう皮肉ると、肩をすくめた。

 

「じゃあ、あの女は令呪を使ったんだろう。そうなると、俺の考えにまた一つ、確信を持てるな」

「確信?」

「あの女はプライドが高く、そしてナルシストだ。これは不意討ちなどが出来たにも関わらず、わざわざ自分から前に出て来て、更に名前まで名乗り上げようとしたところからも伺える。そういう人間だから、サーヴァント自身に判断させて動かすよりも、なるべく自分の命令を聞かせたいと考える。戦うのがサーヴァントであっても、その指示を出しているのはあくまで自分だという前提が欲しいのさ」

「言われてみると、あのサーヴァントは自分の判断で動こうとはしなかった……。その推測は当たっている可能性が高いと思います。ところで、もし仮にあのサーヴァントが追って来ていたら、その時はどうされたのですか?」

「その時はお前が守ってくれるんじゃないのか?」

 

直はフッと笑う。

 

「……今にして思えば、奴らはそもそも戦いに来たのでは無かったような気がするな。これから戦うって感じの口調や雰囲気じゃ無かった。もしかしたら、ほんの挨拶程度のつもりだったのかも知れない。挑発のつもりか、何らかの交渉の腹積もりがあったのかは定かではないけどな。もしも、最初から戦うつもりだったのならば、他にいくらでもやりようはあっただろう」

「確かにマスターの方に殺気はありませんでした」

 

セイバーは胸の支えが少し取れたような表情に変わっていた。

 

「そこまで考えていたのであれば、私からこれ以上申し上げることはございません」

「三十六計逃げるに如かず、か。まあ、相手の素性も多少は分かったから、それを収穫とするか」

「そうなのですか?」

「あの制服は城風女子のものだ。ただのコスプレじゃなければ、あの女はそこの生徒である可能性が高いだろう。ならば、今度はこちらから接触するという手もある」

「今度は我々が先手を取るということですね」

「ああ。奴らもまさか逃げた相手がすぐに会いに来るとは思わないだろう。意表を突けるかも知れない」

 

直はニヤリと笑う。

 

(上手くいけば、こちらの欲しい情報が得られるかも知れないしな)

 

同じように聖杯戦争に関わる人間であれば、直の知らないことを知っている可能性は十分にある。実際にそれを聞き出せるかどうかは神のみぞ知るところだが、何も進展が無いよりはいい。

 

(ただし、戦う可能性もある。だからこそ、確実にこちらが先手を取らなければならない)

 

その為の接触。結果的に相手にされたことをやり返す形になる。

 

(全ては明日、だな)

 

ふと、直は持っていたコンビニの袋に視線を向けた。走ったせいか、中のものがひっくり返ってしまっている。

 

(……やれやれ。この始末もどうつけたものか)

 

直は苦笑した。

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