Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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直と瑠璃子 その2

「あ、あああ……」

 

瑠璃子はまるで金魚のように口をパクパクとさせていた。目の前にはこちらを見下ろすセイバーの冷たい瞳。人目も憚らずに、ここで殺るつもりである。少なくとも、彼女にはそう見えた。

 

ランサーを呼ばなければ!

 

そう思いはするけれども、口も体も動かない。ただ、目の前の出来事をその目に映すのみであった。

ここまで自分が本番の実戦に弱かったとは。

相手を見くびっていたのと同時に自分を高く評価し過ぎていた。例え、どんな状況でも上手く振る舞える、自分ならばやれる、と。

その自信の根拠の一つには得意のフェンシングがあった。学校の部活動でやっているものだが、センスがあったのか、あれよあれよという間に不動のエースにまで上り詰めていた。試合でもいい成績を残していたので、それが何時からか彼女の自信となっていた。

そして何よりも、日本の歴史を作ってきたという自身の家系、その子孫であるというプライドこそが、彼女の揺るがぬ自信を生み出していたのであった。

だが、その自信による期待は沸き上がる恐怖心によって脆くも崩れ去った。無理もない。彼女は殺す、殺されるなど、今まで無縁の人生を送って来たのだから。フェンシングでは流石に人の命までは取らない。命の懸かったやり取りとはこんなに恐ろしいものなのか。こうして相手と対峙するまで、全く実感が無かった。

それに対して向こうはどうだろうか。目の前の少年は自身とさして変わらぬ年頃の筈。なのに、瑠璃子よりも堂々としている。まさか、こういったやり取りは初めてでは無いのだろうか。だとしたら、売ってはいけない相手へ喧嘩を売ってしまったようなもの。その代償はあまりにも大き過ぎる。

 

「………………ッッ!!」

 

覚悟さえも出来ず、瑠璃子はただ現実から逃げる為だけに目を閉じた。

 

 

 

「……これでよろしかったですか、マスター?」

「ああ。予想以上に効果てきめんのようだ」

 

 

二人のそんな会話が耳に入って、瑠璃子はハッとなる

 

「……あ、あなたたち、まさか!?」

「どうやら気付いたか」

 

直は思い通りという風に勝ち誇った笑みを僅かに浮かべる。

 

「……いくら何でもこんな場所で戦うわけが無いだろ。ましてや、殺すなんて有り得ない」

 

そう言うと直は、律儀に立ったままのセイバーへ視線を移す。

 

「俺はあらかじめこいつに言っておいたんだ。俺が目線を送ったら、立ち上がって相手を見下ろせ、とな。ただ、それだけだ。案の定、お前は勝手に勘違いし、ビビって何も出来なくなった」

「…………………」

「ある程度はそうだろうと思っていたが、もう疑う余地は無いな。ハッキリ言っておいてやる。お前は、この手の戦いには全く向いてない」

「…………………!!」

 

 

(瑠璃子。お前は戦いには向いていないようだ……)

 

 

今よりも少し前に聞いた言葉が瑠璃子の頭を過る。その発言主は彼女のサーバント、ランサー。令呪を使った直後に放たれた言葉であった。

 

 

(見てなさい!この私が戦いに向いていないかどうか、すぐに分かるわ!)

 

 

ムキになっての反論。正に売り言葉に買い言葉であった。

自身の資質を問われるような従者の物言いに対して、瑠璃子は結果で持ってそれを示そうと考えた。他のマスターを探したのもその為である。手っ取り早いのは勝負を仕掛けて、それに勝利すること。至極単純で確実な証明方法であった。

しかし、ようやく見つけた相手は自身を見るなり逃亡した。あまりに突然のことに彼女は追い掛けることさえ出来なかった。気が付いた時にはランサーから助言を貰うという屈辱。言われた通りに追い掛けるのは自身のプライドが許せなかった。

戦う前に逃げるような相手など、倒したところでその勝利の価値などたかが知れている。勇敢に向かってきた相手を打ち負かしてこそ、その勝利に価値が生まれる。

そう自身を納得させ、その日は帰った。思えば、この時、瑠璃子の方こそ戦いから逃げていたのかも知れない。

その翌日、逃亡した相手が突然現れ、自身を心理的に追い詰め、あまつさえにはランサーと同じ台詞まで吐かれる。この時、彼女の胸に去来したのは紛れもなく敗北感であった。

結果から見れば、瑠璃子は戦う前から既に敗北していたのである。

 

「………………!!」

 

瑠璃子は顔を真っ赤にしながら直たちを睨み付ける。だが、直の言ったこともまた事実である。それを身を持って実感したのは記憶に新しい。それ故に返す言葉もすぐには浮かんでは来なかった。

 

「……俺と手を組め」

 

そんな瑠璃子の心情を表情から察した直は改めて告げる。

 

「それが、互いにとって、現状の最善だ」

「…………その、ようね」

 

僅かに残ったプライドで瑠璃子はそう言うに止めた。失態を見せた恥はそう易々とは忘れられないが、だからと言って、このまま主導権を相手に渡したままでは良くはない。少なくとも、これ以上の弱味を見せてはいけないと瑠璃子は強がって見せる。

一方で、直もこれで相手を屈伏させられたとは思っていない。だが、これから先の行動においてイニシアチブを取り易くはなったのは事実。それは決して小さくは無い。手を組むことさえ叶いそうに無かった先刻までとは大きく違う。後は如何様に彼女と付き合っていくかが鍵となるだろう。

 

「早速だが、お前の知っていることを教えて貰おうか」

 

さしあたっては情報交換である。

 

「情報……ね」

 

瑠璃子は少し困ったような表情になる。

 

「私も別に詳しいというわけじゃ無くってよ?」

「だが、俺よりは知っているのだろう?令呪の使い方にしろ、俺よりも一歩踏み込んだことを知っていたのだからな」

「逆に聞かせて貰うけど、あなた……名前は何でしたっけ?」

「秋山だ」

「秋山さんは何処までご存知なのかしら?」

「何でも願いを叶えるとかいう聖杯をめぐって殺し合いが行われていて、俺はその参加者になった。そのパートナーとして、こいつみたいなサーヴァントとかいうのが現れた。そして、俺以外にも同じ境遇の人間がいるらしい。……今のところはそれだけだな」

「そう。基本的な部分は知っているようね」

「……もっとも、情報のソースはこの女なので、その情報が正しいかどうか。また、こいつが嘘を吐いていたとした場合も含めて、それらを見破る術は俺には無いがな」

「私は嘘を言ったつもりはありません」

 

セイバーが反論するように言った。

 

「騎士として、仕えるべき主へ嘘偽りを申し上げるなど、あってはならぬことです」

「それを信じる信じないは俺の判断でもあるがな」

「そんなこと言っていたら、私の言うこともそうなんじゃないのかしら?」

 

瑠璃子は少し呆れ気味に言う。

 

「慎重なのは結構ですけれども、疑い過ぎると人間不信になるのではなくて?」

「寧ろ、そのくらいで丁度いい。疑いの気持ちを忘れた時に人は裏切られるのだからな。それに、全部が全部を疑ってるわけじゃない。確信に至るまでは保留にしておくだけだ。物事というのは、積み重なった事実を見ていけば、大体の場合は真実へ行き着く。その為にも多角的な情報は必要だろう?」

「そう。だとしたら、残念な話だけど、私の知っていることも大体はあなたと同じよ。ご期待に添えそうに無いわね」

「つまり、お前もサーヴァントから聞いた情報のみということか」

「……少し違うわ。勿論、ランサーから教えて貰ったこともあるけど、この度の戦争、その基本的な情報はクロサキから聞いたのよ」

「クロサキ…?」

 

新たな固有名詞を耳にして、直は思わず前のめりになる。

 

「何者だ?お前の身内か何かか?」

「違うわ。教会の神父で、聖杯戦争の監督をしているそうよ」

「教会の神父……。監督……。胡散臭い以外の何者でも無いな」

「ええ、全く。その一点に関しては秋山さんと全く同じ考え。今でもそうおもっているもの」

 

クスクスと瑠璃子は笑う。先程まで恐怖におののいていたとは思えない程に余裕を取り戻しつつあった。立ち直りは早いようだ。

 

「……そうね。私に聞くよりも、クロサキに聞いた方があなたの望む情報が得られるのでは無いかしら?」

「確かに気になる存在だな。そのクロサキという人物は」

「ならば、今から会いに行きましょうか。丁度、私も彼に聞きたいことが出来ましたし」

 

突然の提案。願ってもないことではあるが。

 

「……罠の可能性は?」

「……とことん、呆れましたわ。慎重なのも過ぎると病気ね」

 

瑠璃子はそう言うと、オーバー気味に肩をすくめて見せた。

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