Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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朽ちた教会の男

「……着いたわ。ここよ」

 

瑠璃子に案内されて、直たちはクロサキという人物がいるという教会へとやって来た。

その教会は、駅からそれ程離れていなかった。路地へ入って、人通りが大分少なくなり始めた辺りで屋根の上の十字架が僅かに見えてくる。注意深く見なければその存在に気付けぬ程に希薄でありながらも、一度気が付くと妙に心に残る。遠くから見た印象はそんな感じであった。

そして、いざ目の前まで行くと、やはり強烈な印象を見る者に与える外観をしていた。朽ちかけたその小さな教会は、闇を纏い始めた外気と合わさり、まるでホラー映画の舞台のようであった。周囲の閑静な住宅街とはまるで色が異なっている。錆びた門が厳重に閉まっていて、それが重苦しい雰囲気を一層演出していた。

 

(……こんな所に教会なんかあったのか)

 

教会を見た直が最初に抱いた感想はそれであった。生まれた頃から住んでいる街。それも、家からそこまで離れているわけでは無いこの場所に教会があったことなど、直は今日まで知らなかった。もしかしたら、地図などで教会の存在を目に入れたことは過去にあったかも知れないが、気に留めるという程では無かったのだろう。

 

「さあ、入りましょうか」

 

瑠璃子はそう言って教会の門へと手をかけた。来訪者を拒むかのように閉まっていた門は、鈍い音を立てながら意外とあっさり開いていく。まるで、門が直たちの入場を許可しているかのようであった。

 

(……………………)

 

直は、ふと後方のセイバーを見た。警戒心を解いてはいないものの、必要以上に周囲を気にしているという様子も無い。取り敢えずは、すぐに身の危険が襲うという事態にはならなさそうである。

 

教会の中に入ると、これまた不気味な雰囲気を醸し出していた。埃臭く、生活感が全く無い。相当な年月ここが使われていないのだということを如実に示している。

入ってすぐに見える礼拝堂への扉には鍵が掛かっていないようで、これまたすんなりと開く。礼拝堂は外観から想像するよりは広い感じであった。僅かな淡い灯りが点いているようで、間も無く夜になるのに真っ暗ではない。すぐ外が荒れに荒れていたのに対して、礼拝堂の中は意外とちゃんとしていた。

 

「ん……?」

 

奥の方をよく見ると、一人の男が長椅子の端に座っていた。神父の服を着ているが、この教会の関係者といった感じには見えない。この男がクロサキだろうか。

 

「……お待ちしておりました」

 

男はそう言うと、すっと立ち上がる。背丈が高く、妙に威圧感のある男であった。また、五分刈りにした頭を金色に染めているのも印象的である。まるで暴力団組員のような風体と神父服のミスマッチから織り成す男の胡散臭さは想像以上ではあるが、それが逆に聖杯戦争という非現実的な物事の関係者であるということに信憑性を持たせている。

 

「あなたが、最後のマスターですね?」

 

男が尋ねてくる。まるで、質問の答えは最初から分かっているぞ、とでも言いたげな顔であった。

 

「……そのようだ。あなたがクロサキか?」

「はい。その通りです」

 

男はにっこりと微笑んだ。

 

「私の名前は黒崎礼吾。黒崎と呼び捨てで結構です。この度の聖杯戦争の監督役を務めさせて頂いております。以後、よろしくお願いいたします」

 

丁寧な物言いでそう言うと、黒崎は胸に手を当てて頭を下げた。慇懃無礼という感じでもなく、普段からこういう喋り方をする人間のようである。

 

「……早速だが、聞きたいことがある」

 

直は、すぐに本題へと入った。

 

「はい。私に答えられることでしたら、何でもお答えいたしましょう」

 

黒崎は微笑みを浮かべながら言う。

多少の含みは持たせているものの、情報提供を厭わないのであれば、遠慮の必要は無いだろう。

 

「……聞きたいのは、このふざけた戦争のことだ」

 

直は、当初から抱いていた疑問をぶつけた。何となく巻き込まれた形になってはいるが、肝心な説明をセイバーからしか聞かされていない。そのセイバーも記憶が曖昧だと言っているのだから、直を参加者だと言い張るのならば、監督役である黒崎にはちゃんとした説明を行う義務がある筈だ。

 

「聖杯戦争をふざけた戦争と仰られますか」

「ふざけていないのなら完全に狂ってるだろ。願いが叶う聖杯とかいう眉唾物をめぐって殺し合いとか、正気の沙汰じゃない」

「あなたは何処まで聖杯戦争のことを御存知で?」

「今言った以上のことは知らない。が、それだけでも、まともなものじゃないってことは判断出来る」

「確かに、まともではありませんね」

 

主催者側の人間である筈の黒崎は、直の言ったことをあっさりと肯定した。だが、それが本心なのか、ただ直に合わせただけなのかはその表情から窺い知ることは出来ない。黒崎はその顔に笑みこそ浮かべてはいるが、内面の部分を一切表には出していなかった。

 

「でも、それはあくまで一般常識、一般的な倫理観という括りの中で、です。そこから一歩出てしまえば、それはまともなことになるのです」

「……聖杯戦争の是非については、これ以上話すつもりはない。水掛け論になるだけだろうからな」

「賢明な御判断で」

「聖杯戦争とやらの存在自体も今更否定はしない。実際にあるのだろう。こいつらがいるわけだからな」

 

直は、セイバーと瑠璃子へチラリと視線を向けて言った。

 

「俺が聞きたいのは、聖杯戦争とは一体何なのか。何故そんなことが行われるのか。そもそも願いを叶える聖杯なんてものは本当に存在するのか。取り敢えずはその三点だ」

「なるほど。では、私にお答え出来る範囲でお答えしましょう。まず、第一点目」

 

そう言うと、黒崎は人差し指を立てた。

 

「まずは聖杯戦争とは何か?これは、その名の通り聖杯をめぐる争いのことです。極端な話、聖杯を欲する者同士が争い合えば、それはもう聖杯戦争なのです」

 

黒崎から返ってきた答えは、セイバーから聞いた内容とさして変わらぬものであった。

 

「……御不満な表情ですね。分かってます。この程度の情報は既に知っているのでしょう?でしたら、もう少し踏み込んだことをお話しするとしましょうか。つまりは聖杯戦争のルールについてです」

「回りくどいことを言わないで、すぐに話してはくれないのか?」

「物事には順序というものがあるのです。焦りは禁物ですよ?」

 

随分と勿体振った言い方なのは、自分のペースに相手を巻き込もうという算段なのか。

直は、苛立ちを抑えながらも黒崎の話に耳を傾け、必死に情報を得ようとする。

 

「まずは、前提として聖杯によって選ばれた七人のマスターとそのサーヴァントが生き残りを懸けて戦うこと。こう聞くと物騒ですが、完全に相手の息の根を止める必要はございません。要するに、相手が二度と戦えなくなれば良いのです。相手マスターの殺害はあくまで方法の一つでしかありません」

「二度と戦えない状態というのはどう判断する?」

「言葉通りです。サーヴァントを失い、マスターの戦う意思さえも完全に失われれば、それは最早二度と戦えないということに他なりません。その時は、この教会が脱落したマスターを手厚く保護いたしましょう」

「逆に言えば、サーヴァントがいなくなってもマスターに戦う意思があれば負けではない。ということか」

「もっと言わせて頂ければ、マスターがサーヴァントより先にやられてしまった場合でもサーヴァントに戦う意思が残っていれば、聖杯戦争を続行出来るのです。無論、どちらかが欠けてしまえば大きな戦力ダウンとなってしまうことには違いありませんがね」

「……つまり、手っ取り早く雌雄を決するにはどちらか、或いは両方を殺すのが確実、と?」

「そう考えるマスターは多いかも知れませんね」

 

含みのある物言い。もしかしなくとも、相手マスター及びサーヴァントの殺害が聖杯戦争のスタンダードなのだろう。

 

「なお、戦い方は自由ですが、ただ逃げるだけ逃げ回り、結果的に運良く最後の一人になったとしても聖杯を得る資格は与えられません。聖杯はあくまで戦いの果てに得られるもの。棚からぼた餅で得られるものではありません」

「戦略的な撤退はどう判断する?何も真正面からぶつかるだけが戦いじゃないだろ?」

「無論、それは問題ございません。逃げることが問題なのではなく、戦いを最後まで拒むことが資格剥奪の要因となってしまうのです。聖杯を求めるのであれば、くれぐれもお気を付け下さい」

 

その点で言えば、直は戦いを避けることはしたが、拒んでいる訳ではない。いざ、その時が来れば戦う覚悟はある。流石に殺すまではいかないが、決して日和るつもりは無かった。

 

「……その辺の情報は初耳だったな」

「それは良かった。私も説明した甲斐があったというものです。それでは、次に令呪について説明しましょう」

 

黒崎はそう言うと右の手の甲を直へと向けた。そこに紋様は無く、あくまで説明の為にそういうポーズを取っている様である。

 

「マスターは令呪を使うことで、サーヴァントに対して三回までならば、絶体遵守の命令を下すことが出来ます」

「どんなことでも…というのは一体どの程度のことまでを指すんだ?」

「どんなことでもです。殺せと命令すれば殺しますし、死ねと命令すれば死にます」

「……………………」

 

直は改めて左手の紋様を直視する。たった三回とは言え、こんなものが一つの命を思うがままに操れるとは。そこまでの強制力があるとは思いもしていなかった。

 

「……まあ、自殺はともかく、殺害に関しては令呪を使用せずともサーヴァントはやってくれるでしょう。それが彼らの使命なのですから」

「……………………!」

 

黒崎がそう言った時、セイバーが少し不快そうな表情をしたのを直は見逃さなかった。令呪で殺害を命令する必要がある場合を何となく察する。

 

「まあ、自分のサーヴァントとは仲良くやった方がいいですよ。余計な令呪を使うことも無くなりますからね。……或いは、こういう使い方もあります。サーヴァントを瞬時に遠くへ飛ばしたい時、または遠くのサーヴァントを瞬時に近くへ呼びたい時……。それらの時に令呪を使用すれば、それが可能となるのです」

「そういう使い方も出来るのか……」

「令呪は使い方次第で戦況を大きく変えます。大事に使うことをお勧めしますよ」

「だとさ」

「な、何よ!?」

 

急に振られた瑠璃子が顔を真っ赤にしながら言い返す。思い当たる節があるといった表情。直が昨日推察した通りだとすれば、彼女に令呪の無駄遣いをしたという自覚が芽生えたのだろう。

 

「ちなみに、相手マスターの同意を得られれば、令呪を移植することも可能です。また、同意を得られない場合でも、相手マスターから奪うことは可能ですので、そのことを念頭に入れておいた方がよろしいかと」

「……なるほどな。結局、そうやって殺し合いへと繋がるように出来ているんだな」

 

少しうんざりとした表情で直は言った。

 

「令呪があれば有利。ならば、相手を殺してでも奪い取ろうと考える奴は必ず出て来るからな。参加者が複数人いるのであれば、尚更だ」

「あくまで、それは方法の一つですよ」

 

黒崎は尚もその部分を強調する。

 

「……聖杯戦争の基本的なルールについては以上となります。分からないことがあれば、何時でもこの教会を訪ねて来て下さい。私は常にここにいますから」

 

とても生活感の無いこの場所に常にいる。黒崎の発言はどうにも信用におけないような気がしてきた。

 

「次に、何故、聖杯戦争が行われるのか?これについてお答えいたしましょう。それは、聖杯が求め、また聖杯が求められるからです」

「…………?何を言っているんだ?」

「つまりは、人々が聖杯を求める時、聖杯もまた人々を求める。故に聖杯戦争は始まるのです」

「ニーチェの様に言うな。そんなんで納得しろと言うのか?」

「私は話せることを話しました。後はそちらの御判断です」

「……………………」

 

直は何も言わなかった。先程ルールについてはあれだけ話してくれたのに、このことに関しては明らかに的を射てない返答。これ以上の追求をしたところで時間の無駄であることは想像に難くない。

逆に言えば、マスターである人間には話せぬ事情があると言っているに等しいとも言える。

 

「納得して下さったようで何よりです」

「……………………」

 

明らかに納得したという表情ではない直を見ながら黒崎はうんうんと頷く。

 

「では、最後に聖杯の存在についてお話ししましょう……」

 

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