Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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少女の帰国

──それは、直がセイバーと出会う前日のことであった。

 

 

 

「久し振りね。この町も」

 

冬木町の駅改札から出た少女が感慨深そうに言った。長く艶やかな黒い髪をツインテールに結んだとても美しい少女は、その細長く華奢な手で身の丈半分近くあるトランクの取っ手を掴んでいる。

少女の名前は遠坂凛と言った。留学先のロンドンより、長期の休暇を利用して一時帰国してきたのであった。

 

「たった一年いなかっただけなのに、まるでそう思えないわ……」

 

凛は暫しの間、目を閉じた。

 

「色々あったから、かしらね?それとも……」

 

瞼の裏に浮かぶのは、この町で起き、彼女が経験した出来事の数々。そして、その中で出会ったある人物のこと。

 

「彼、元気かしら……。今日、帰って来るって伝えてないから、きっとビックリするでしょうね」

 

その人物のことを思うと彼女の顔には自然と笑みが浮かんでいた。何処かいたずらっ子っぽい表情である。

 

「さ。行きましょうか」

 

凛は誰に言うでもなくそう呟くと、トランクを引き摺り始める。駅前のバス停は時刻表を見る限り二十分近く待つ必要があったので、タクシー乗り場の方へ向かった。丁度一台のタクシーが停まっていたので、それに乗ろうと、彼女は少し駆け足気味になる。

だが、その歩みはすぐに目の前を遮る何者かによって止められてしまう。避けようと進路を変えると、その人物もまた彼女と同じ方向へ体を向けた。

 

「失礼!」

 

よくあることだと凛はまた別の方向へ進路を変えようとすると、再びその人物は彼女の前を塞ぐ。そんなやり取りが二度三度も続けば、偶然ではなく相手が故意に道を塞いでいるのだと彼女も気が付く。

 

「……あ!」

 

凛が足止めを食らっている間に、停まっていたタクシーは他の客を乗せて行ってしまった。周囲に他の車両は見当たらず、新たにタクシーなりバスなりが来るのを待たなければならなくなった。少なくとも、十数分は待つ羽目になるだろう。

 

「……ちょっとアナタ。何のつもりかしら?」

 

凛は声に明らかな苛立ちを含ませながら言った。彼女の行く手を塞いでいたのは、同じくらいの背格好をした少女である。ゴシックロリータの服装に身を包みテディベアを抱えていた。顔は俯いた姿勢の為か長い前髪が目の部分を覆い隠していて、鼻から下半分しかよく分からない。だが、知っている人物でないということだけは彼女にも何となく分かった。

 

「アナタが通せんぼしてくれたお陰でタクシーに乗りそびれちゃったじゃない。どうしてくれるのかしら?」

「……………………」

 

ゴシックロリータの少女は何も言わない。ただ、じっと前髪の奥に隠された瞳でじっと見つめてくる。

 

「黙ってないで何とか言いなさいよ!」

 

凛は思わず声を張り上げた。別にタクシーに乗り損ねたことを怒っているわけではない。自身の邪魔をし、その理由も告げない目の前の無礼者に腹が立ったのだ。

と、ゴシックロリータの少女は、急に両方の口角を持ち上げ、バッと顔を上げた。

 

「やっと会えたね……お姉ちゃん!」

 

とても嬉しそうな響きを含んでゴシックロリータの少女はそう言った。

 

「…………………………ハァ?」

 

凛は突然、「お姉ちゃん」 と呼ばれて困惑する。彼女の知る限り、このような妹は存在しないからだ。彼女にとって妹と呼べる人物は一人しかいないが、少なくとも目の前の少女ではない。また、姉妹的な意味ではない「お姉ちゃん」だとしても、何故このタイミングで、しかもそれを嬉しそうに言うのか理解出来ない。

 

「……何言ってんのアンタ?」

「嬉しいなあ。ずっと、ずっと逢いたかったんだ!」

「人の話を聞きな……」

「お姉ちゃん大好き!!」

 

ゴシックロリータの少女は妙にハイテンションでこちらの言うことに一切耳を貸そうともしない様子。

 

(……新手のストーカーか何かかしら?)

 

近年は同性のストーカーも珍しくないと言う。凛は、彼女が関わってはいけない種類の人間だとすぐに理解した。

 

「……もういいわ」

 

先程までの怒気はすっかり抜けていて、面倒臭さの方が大きくなっていた。凛は今やいち早くこの場から去りたくてたまらなくなる。

 

「お願いだから、そこをどいてくれないかしら?」

「何で?せっかく会えたのに……」

「しつこいわね!いい加減にしないと警察呼ぶわよ!」

「……そんなこと言わないでよ。ねえ、“凛”お姉ちゃん」

「!?」

 

その一言で凛は警戒を更に強める。

 

「……何で私の名前を知っているわけ?」

 

『凛』という名前自体は、そこまで珍しい名前というわけではない。だが、偶然の人間違いというには、あまりにピンポイント過ぎる。少なくとも、目の前のゴシックロリータの少女は、こちらが“遠坂凛”であるということを承知の上で接触してきている。と、考えた方が自然だろう。

 

「何で知っているかって?」

 

ゴシックロリータの少女はニヤリと笑う。顔を上げた際に見えた彼女の目は眼下に濃い隈が出来ていたが、何処か自身の目に似ているような気がした。

 

「それはボクがお姉ちゃんの家族だからだよ」

 

あまりにハッキリとそう言うものだから、凛は思わず頷きかけてしまった。そんな筈が無いことは自身が一番分かっている。

 

「……何を言うかと思ったら、よりにもよって家族ですって?私にアナタみたいな自分を『ボク』とか呼ぶ妹はいないんだけど?」

「ボクはお姉ちゃんの妹じゃないよ」

「だったら、私の姉かしら?それだと、姉の癖に私を『お姉ちゃん』と呼ぶ変なお姉ちゃんってことになるけど?」

「それも違うよ」

 

凛の皮肉にもゴシックロリータの少女は首を振るだけであった。

 

「……じゃあ、何かしら?悪いんだけど、これ以上アナタの妄想には付き合ってあげられないわよ?」

 

そうは言いつつも、凛は何故かこの少女を素通りすることが出来ないでいた。無視しようと思えばその機会は何度もあった筈。それなのに、何時の間にか彼女から目を離せないでいる。

 

「ボクはね……」

 

ゴシックロリータの少女はくいっと顔を上げ、喉を見せる。そこにはくっきりと喉仏の形が見えた。

 

「まさか、アナタ……」

 

女子でここまで喉仏が隆起しているのはかなり珍しい。だが、ハスキー気味な声と骨っぽく少し肩幅広めな体格を併せて鑑みると、別の答えが浮かんでくる。

 

「……ボクはね、お姉ちゃんの『弟』だよ」

 

ゴシックロリータの少女……改め、少年は躊躇なくそう言い放った。

凛は唖然とする。

 

「弟……ですって?」

「うん。そうだよ。ボクはお姉ちゃんの弟!」

「……呆れ果てたわね。家族を騙るストーカーの上に女装の変態とか。そんなのが私の家族だなんて笑わせないで。仮に本当に生き別れの弟でもこちらから願い下げだわ」

 

この時、凛は嫌悪感とは別に、胸の奥にざわつくような感じを覚えていた。有り得ないことだが、彼女……いや、彼の言っていることが真実なのではないかという懸念。それを振り払うかのように凛は彼へ否定の言葉をぶつけるのであった。

 

「……遠坂時臣も男だったってことだよ」

 

少年が何食わぬ顔でそう言うと凛の表情がサッと変わった。

 

「……父さんを侮辱するつもり?」

「事実を言っただけだよ。お姉ちゃんが知らない家族ってことは、つまりはそういうことだよ」

「いい加減にしなさい。何処で父さんの名前を知ったか知らないけれど、今すぐその不快な口を閉じないとただじゃ済まさないわよ」

「……そんなに怒るってことは、お姉ちゃんにとってはいいお父さんだったのかも知れないねえ。遠坂時臣は」

 

クククと少年は笑う。

 

「……だったら、ボクに協力してくれるよね?お姉ちゃん?」

「協力……ですって?」

 

凛は眉を顰める。同時に嫌な予感もしていた。

 

「お姉ちゃん、ボクと一緒に聖杯戦争で戦ってよ!」

「!!」

 

聖杯戦争。

その言葉をこんな人物の口から聞くとは、凛も流石に思ってもみなかった。聖杯戦争が何かを彼女はよく知っている。関係者どころか参加者であったのだから。かつて、この冬木町にて起き、彼女の体験した出来事の数々。それらには聖杯戦争が関わっていた。忌まわしくも懐かしい記憶である。

 

「……ようやく合点がいったわ。どうしてアナタみたいな奴にこんな胸騒ぎを感じていたのか。感じざるを得なかったのか」

 

そう言った後、凛は臨戦態勢を取る。

 

「つまり、アナタは魔術師ってことね?それも、私の敵!」

「ボクと戦うつもりなの?」

 

少年は身構える素振りを一切見せなかった。まるで、戦いなど起きぬと確信でもしているかのように。

 

「……残念だなあ」

「ええ。そうね。アナタにとっては、だけど」

「……アサシン」

「!?」

 

直後、凛は強い力で後ろから押さえ付けられた。

 

「サーヴァント!?」

 

警戒はしていた。油断もしてはいない。少なくとも、周囲には気を張っていたつもりであった。それなのに、こうもあっさりと背後を取られてしまうとは。まるで幽霊の如く、直前までその気配に気付くことが出来なかった。

 

「……力ずくってのは、なるべく避けたかったんだよね。だって、姉弟っぽく無いでしょ?」

「アナタ……アサシンのマスターだったのね」

「うん。そうだよ」

 

少年はあっさりと認めた。

 

「それじゃあ、行こうよ。お姉ちゃん」

「行く?行くって、何処へ連れて行くつもり?」

「勿論、ボクの家。緑川にあるから、そこまで遠くないよ」

「冬木町じゃないの?」

「その辺は追々話してあげる。今は姉弟の再会を喜ぼうよ!」

「誰が……くっ!?」

「アサシン。手荒な真似はしちゃダメだよ。だって、ボクのお姉ちゃんなんだから」

「……聞かせてくれるっていうなら、その辺のことも詳しく聞かせて欲しいわね。どうもただの与太話じゃ無いみたいだし」

「うん。後でいっぱいいっぱいお話しようね!」

 

そうして凛を連れていこうとして、少年はハッとなって立ち止まった。

 

「……そう言えば、名前をまだ言ってなかったね」

 

少年は凛を見下ろしながら自らの名を告げた。

 

「ボクの名前は真。フルネームは草壁真。真って呼んでくれると嬉しいな。名字が違うのは察してね」

 

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